綾部喜八郎夢
四話『後悔してももう遅い』前編
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私は自分でも、怒りっぽいという自覚がある。なにかあったらとりあえず、かーっと頭に血が上ってしまう。咄嗟に手が出ることは少ないけど、咄嗟に悪態を吐いてしまうことは多い。直さないといけないなぁと思うんだけど、反射的な行動というのはなかなか抑えられないものだ。 とは言え。 今回のことで怒りっぽいと言われるのは、正直不本意だ。 「……ねえ、綾部」 「喜八郎」 「ああ、そうだった。ええっと……喜八郎」 「うん、なに?」 私はいつも通りに穴の中。落とし穴だか塹壕だか蛸壺だかどれでもいいけど、とにかく穴の中。その私を見下ろしているのは、これまたいつも通りに、飄々とした無表情の綾部喜八郎。 「喜八郎、私のことが好きなんだよね?」 「大好き」 「……っ」 自分で聞いたくせに、ちょっと動揺してしまった。駄目だ、気合を入れて、照れを振り払う。 「ありがとうございます、私も好きです。……じゃなくて。それなら、なんでまだぼっこぼこ私を穴に落とすの?」 「を穴に落とすのが、好きだから」 「はい予想通りですね。すみません、分かってました! ……あのね。綾部は私が好きなの? それとも私を穴に落とすのが好きなの?」 「喜八郎」 ああ、面倒くさい! 「喜八郎さんは! 私が好きなんですか! それとも私を穴に落とすのが好きなんですか!」 「どっちも」 「そーですか!!」 そーですよね!! そうだ、こいつはもともと話の通じない男だった。私は今更ながらにそのことを思い出して、顔をひきつらせる。 私と喜八郎は、十日ほど前に恋仲になった……らしい。いや、らしいというのはただの照れ隠しで確かに恋仲になったんだけど、それはそれとして、喜八郎は恋仲になる前と全く変わらず、隙あらばという勢いで私を穴に落とそうとする。むしろ頻度で言えば、恋仲になってからのほうが多いほどだ。 私にはそれが納得行かない。いや、落とすなとは言わない。どうもこいつが私を好きなのは、落ちっぷりが気に入っている、というのが大きいらしいから。とはいえだ。これほど執拗に落とす必要があるのだろうか。私、もしかして騙されてないか。 「喜八郎さん、お願いがあるんですけど」 「うん、なに?」 「私、喜八郎と恋仲だよね?」 「うん」 「なら、恋人のお願いを聞いて欲しいんですが」 「落とさないでっていうことなら、無理」 「そうですか、無理ですか!」 やっぱりか! 聞く前から分かってたけど、やっぱりか! どうしたものかと頭を抱える私の様子に、喜八郎はちょっと眉をひそめて、やれやれと言わんばかりにため息を吐く。 いやいや、むしろそれは私の反応だと言いかけた時、喜八郎が無言で穴の中に入ってきた。もともと狭いのに、二人もいたらぎゅうぎゅうだ。自然と私に迫る形になる喜八郎に、思わず身を引く。後ろは土だから意味ないけど! 「な、なに」 「そんなに嫌?」 じっと真顔で覗き込まれて、言葉に詰まる。私はまだ、すぐ近くに他人がいるという感覚に慣れていない。口付けできそうな距離で顔を覗き込まれるのは、正直心臓に悪い。 「いや、あのね、ちょっと離れて」 ぐい、と喜八郎の顔を押しのける。特にこの顔が厄介だ。喜八郎の、自分よりもよほど整っている顔を見ていると、見惚れてしまいそうな、逆に殴りたいような、そんな複雑な気持ちになる。つまりはまともにものが考えられない。 喜八郎はちょっと嫌そうな顔をしたけど、案外素直に身を引いてくれた。ほっとして、もう一度気合を入れる。 「……あのね喜八郎、思い出して欲しいんだけど。私、今日一日であんたの穴に落とされるの、何回目?」 「五回目?」 たぶん五という数字の意味だろう、喜八郎が手のひらを開いてみせる。 「違う、六回目」 私はそれに自分の指を一本突きつける。 「朝に二回、昼休みに一回、授業中に一回、放課後に二回。今に至る」 「授業中のは関係ないと思う」 「教室移動の時に落ちた」 「それはが目印を見落としてただけだよ」 「あんたに落とされたことに変わりはないし」 ちょっと不服そうな喜八郎にそう言い切って、私は指を戻す。喜八郎も開いていた手を下ろす。 「というわけでですね、私は今日一日で六回落とされてるわけです」 やっぱり異常だ。明らかに落とされすぎだ。恋仲になる前は、一応一日三回が限度だった。 「……でも、僕は五回しか立ち会ってない」 「なんで不満そうに言うの! 六回……まぁいいや、五回よ!? 朝から五回もぽこぽこぽこぽこ、私は穴に落ちる玩具かっ!」 「……僕も、はもうちょっと注意力つけたほうがいいと思う」 「あーんーたーのせいでしょうが……!!」 つまり私は、それが納得行かないのだ。 落とされる自体は、もういい。もはや落とすなとは言わない。でも、この多さは正直きつい。今はいいけど、もし体調が良くなかったり運が悪かったりしたら、怪我してしまうに違いない。だから、その前に手を打たないと。 「もう少しでいいから抑えてよ! そりゃあんたは私を落とすのが好きかもしれないけど! 私は好きじゃないの!」 「……ふうん」 小さな喜八郎の声に、びくりとした。冷たい。声が冷たい。 いつもは無表情に近い喜八郎が、今はちょっと睨むように私を見てる。いやいやあんた、なに私が悪いみたいな空気作ってんの! この男にどう言えば伝わるのかと悩んでいると、喜八郎がぽつりと言った。 「……は、僕が嫌いなの」 「す、好きだって言った!」 「でも、穴に落とされるのは嫌いなの」 「……あのね、喜八郎さん。私、穴に落とされるのが好きだって、今まで一度も言った覚えがないんだけど」 伝われ。頼むから伝わってくれ。恋仲になったくらいだし私はこの男が好きだけど、それとこれとは別問題だ。 「……そうかもしれないね」 喜八郎は案外素直に言うと、それからすっと目を細めた。 喜八郎の手が、私の肩に触れる。体重がかかる。顔が近づく。まずい、と私は身を引きそうになって、逃げ場がないことに今一度気づく。 「き、喜八郎……?」 「でもね、僕はを落とすのが好きなんだ。……が好きだから」 言葉と共に、そっと唇を塞がれる。すごく近くにある喜八郎の匂いと体温に、身体が強張る。温かい喜八郎の唇が、私のそれを柔く吸う。その感触に、ぼうっと頭が麻痺してきた。 ──まずい、流される。 喜八郎の肩を、一気に押し戻す。 「人の話を聞いてください、喜八郎さん」 「……聞いてるよ」 「聞いてないじゃない! 聞いてても考えてないじゃない! だからえーと……なんの話だったっけ?」 くそ、口付けなんかされたから分からなくなった。顔が赤くなる私の前で、喜八郎が言う。 「は、穴に落とされるのが好きじゃない」 「そう、それ! ……だからね、ちょっと相手の身になって、かつ冷静に話し合ってみよう」 いいですか、と私は先生になったような気分で喜八郎に考えを促す。 「喜八郎が私を穴に執拗に落とすのは、それが楽しいからだよね? でもね、それは喜八郎だけであって……」 「ねぇ、」 人が説明している最中に遮って、喜八郎が私の顔を覗き込む。また近いその顔に、私は思わず口を閉じた。 「僕はね、が好きなんだ。……だから穴に落としたい」 「……その二つがどうして繋がるのか、さっぱり分からないんですけど」 ていうか逆だよね? 私が穴に落ちると楽しいから、私のことが好きなんだよね? 「を僕のものにしたいから」 ──は? 真顔で言う喜八郎の言葉に、私は唖然とする。ますますわけが分からない。 「なんで私が喜八郎の穴に落ちたら、喜八郎のものになるの」 「そんな気がするから」 「曖昧にも程がありませんか」 「そう言われても。は頑固だね」 「だ、誰が頑固よ! それはあんたでしょうが明らかに!」 「それに怒りっぽい」 「言うに事欠いて不本意すぎるわよ!」 「でも僕はが大好きだよ」 「……そ、そろそろ慣れてきた! 誤魔化されない!」 ああもう、さっきから全然話が進んでない! なんだか私ずっと叫んでばっかりだけど、明らかに私のせいじゃないよね。これ喜八郎が悪いよね。誰かに確認したい気持ちでいっぱいになる。 「……ねえ、それはどうでもいいんだけど」 「流すなー! 人があれだけ一生懸命訴えてるのを、流すなー!」 つまり聞こえないフリをしているというやつなのだろう。はっきりとは言わないけど結局『落とさないのは無理』ということなのだ、きっと。 さすがにやる気が失せてきてどうしたものかとため息を吐く私に、喜八郎が腕を伸ばしてきた。ぎゅうっと抱き締められる。 「……なにしてんの、喜八郎」 「そんなことよりに触りたい」 「そうですか、そんなことよりですか……」 脱力してしまう私に、喜八郎はこちらの肩に顔を埋めたり軽く頬に口付けを落としたり、好き勝手に遊んでいる。顔に血が集まっていく。ただ抱き締められているだけだから強く拒絶が出来ないけど、それでもすごく恥ずかしい。喜八郎の体温が私に触れるのは、まだとても緊張するから。その私の様子が分かってるのか、喜八郎は優しく私の頭を撫でる。落ち着かせるように。 ……なんだか、まあいいか、と思ってしまった。 別に諦めたわけじゃないけど、喜八郎を説得するのは今日でなくてもいいかなと思う。肌と肌の接触と、すごく近い喜八郎の体温が心地良くて、私も喜八郎の背に腕を回して抱き締める。柔らかな抱擁に、ぼうっとしてくる。 「……ねえ、」 すごく近くにいるのに、喜八郎は私の名前を呼ぶ。それが少しくすぐったくて恥ずかしくて、私は喜八郎の肩に顔を押し付ける。 「なに、喜八郎……?」 答えると、喜八郎は私にさらに身を寄せて、そっと耳元で囁いた。 「あのね。……があんまり穴に落ちたくないのは、分かってるから」 「え……?」 この話はもう終わりだろうなと思っていたから、喜八郎の言葉に驚いた。喜八郎は私を抱き締めたまま、囁きを続ける。 「でもね、少し我慢して。──気になることがあるから」 「……喜八郎?」 なにを言ってるのか全然分からない。喜八郎の両手が、私の頬を包むように触れて、顔を覗き込まれる。 「が嫌がることはあんまりしたくないから。だから……ちょっと我慢して」 まるで私のためみたいな言い方に、混乱する。いやいやなんか喜八郎さん勘違いしてませんかねと焦り始めたとき、軽い口付けをされて身が固まる。じっと、近距離で合わせられる瞳。そして、いつもの喜八郎の声とは違う、……甘い声。 「僕は、が好きだよ」 ──その時。 多分、気づいたのは奇跡だったと思う。喜八郎に抱き締められて口付けされて甘い言葉まで囁かれて頭が混乱していた私は、けれどその時、他人の気配がこちらに近づいてくるのを察した。 この穴は、いつも通りに図書室の近くに掘られていた。つまりここは、普通に人通りがある道なのだ。 まずい……見られる! 即座に喜八郎を突き飛ばしたまさにその瞬間、上から誰かの影が落ちてきた。咄嗟に見上げると、呆れたような声が降ってくる。 「……なにをしているんだ、お前達」 「た、立花先輩!」 怪訝そうに穴の中を覗き込んでくるのは、作法委員長の立花先輩だった。喜八郎はいつもの無表情で、立花先輩を見上げてる。誤解される、まずい! このアホに落とされたんですと言おうとすると、立花先輩はそれよりも先に、面白そうに笑った。 「ほう。喜八郎、お前も隅に置けないな。塹壕の中で逢い引きとは、なかなか趣味のあるやつだ」 あああああ、まずい、やばい! 「違います! 喜八郎が穴に落としてきたから、足引っ張って落としてやっただけです!」 「違います立花先輩。先輩の言うとおりです、逢い引きです」 「認めてどーすんのよ……!!」 すぐ目の前にある喜八郎の肩を掴んでがっくんがっくん揺さぶる。なるほどと含み笑いが落ちてきて、私はぎょっとする。 「そうか。それは邪魔して悪かったな、喜八郎」 「はい、邪魔です立花先輩。どこかに行ってください」 「あんたはなにをそう冷静に、先輩に向かって邪魔とか言ってんのよ!!」 あまりの恥ずかしさに、ばしんと喜八郎の頭を叩きつける。そのまま勝手にその肩を踏みつけて、穴の外へと飛び出た。 「……ん、私は邪魔ではなかったのか」 外に出た途端、去ろうとしていた立花先輩が不思議そうに私を振り向く。ああもう、誤解を解かないと! 「違います! ただの事故です! なんのやましいこともありません!」 「ほう。喜八郎、どっちが正しいんだ」 先輩の声にぎくりとして穴を振り返ると、喜八郎が軽い身のこなしで穴から出てくるところだった。立花先輩の問いに、無表情で答える。 「立花先輩は、どこの馬の骨とも知れない変な怒りっぽい女子生徒と、可愛い後輩の僕のどっちを信じるんですか」 「きーはちろぉぉぉぉ!!! どこの馬の骨ってなによ、馬の骨って!」 「そう言われてしまうと、私も信じないわけにはいかないな。なんせ可愛い後輩の言うことだ」 「あああああああもーーー!」 この頃になって、私はようやく気がついた。絶対この二人、私を肴にして遊んでる! よくよく考えれば、ドエス委員とドエス委員長じゃないか! 私に分が悪いに決まってる! 「お前、確かだったな。照れたふりで焦らすのは男に有効な手だが、度を越すと逆効果だぞ?」 「いいんです。は二人きりのときは僕にすごく甘えてくれますから」 「ほう、一度見てみたいな。どんなふうに甘えるんだ?」 「駄目です。僕に甘えるは僕だけのものです」 「ちーーーがーーーうーーー!」 顔が真っ赤になっているのが分かる。もう駄目だ、これ以上肴にされてたまるもんか! 「覚えてなさいよね、喜八郎のばかーーーー!」 「あ、」 「おやおや」 くつくつと笑う立花先輩の声音を聞きながら、私は全速力でその場から逃げ出した。 なにがあってもぜっっったいに、作法委員会には入らない! と固く誓いながら。 「……立花先輩、やりすぎです」 「それは悪いことをした。私はあの手の女子をからかうのが好きでな」 「多少ならいいんですけど。はああなったらなかなか許してくれません」 「しかし、私のせいばかりではないだろう。お前、私のことに気づいていたな?」 「……ええ、まあ」 ふう、とため息を吐いて、喜八郎はの去った方向に目を向ける。その喜八郎に、仙蔵は面白がるような目つきになる。 「まさか、お前が恋路の駆け引きをするようになるとは思わなかったな。穴を掘ることしか興味がないのかと思っていたが」 「いろんな女の人と浮ついたことしか出来ない先輩に言われたくありません」 「言うようになったじゃないか、喜八郎」 喜八郎の言葉も意に介さず、仙蔵は逆に愉快そうに微笑む。 「では次はにしてみようか。反応が大きくて飽きなさそうだ」 明らかにからかう口調の仙蔵の言葉に、喜八郎はゆっくりと目を細める。からかわれているのを承知で、それでも言わなければと面倒そうな口調で。 「……に手を出したら、本気で怒りますよ」 「ふむ。お前が本気で怒るところを目に出来るならば、なおさら興味が湧いてきたな。……冗談だ。可愛い後輩の女に手を出すほど私も非情ではない。そうなのだろう、可愛い後輩?」 にやりと妖艶な笑みを向けて、それを最後にじゃあなと仙蔵は去っていく。 その姿が消えるのを無表情に見送ってから、喜八郎はぽつりと呟く。 「……立花先輩は、これで終わり」 あれは十日前、と恋仲になったその日。 睦んだ後で疲れているを抱え上げて、長屋に戻っているときだった。 『ねぇ、喜八郎。あのさ……』 『どうしたの? 腰痛い?』 『ええ、痛いですよ、かつてないほどの痛みですよ!? いやそうじゃなくてね』 『なに?』 『……あのね、もしかしてとは思うけど……あんた、私とヤッたとか恋仲になったとか、他人に言わないよね?』 『………………もしかして、言っちゃいけないの』 『危なかったーーー! 当たり前でしょ! なんか嫌な予感がしたから聞いてよかった! 絶対言っちゃ駄目だからね!』 『どうして?』 『恥ずかしいから! あといい加減下ろしてください、人に見られます!』 『…………ふーん』 ふーん。 そのときの会話を今一度思い出して、僕は首を傾げる。が恥ずかしいという気持ちは分からないでもない。僕は全然気にならなくても、はきっとからかわれたりするのが苦手だろうから。 だから理解はできる。……けど。 恋仲であることを言っちゃいけないというのは、ちょっといろいろ面倒だ。 の意思は尊重したいし、が嫌がることはしたくない。でも僕にも都合があるから。 だから、こう考えることにした。 つまり。僕から言わなければいいんだよね……? くのたま長屋に帰ったところで、さすがにちょっと私も言いすぎたかなと反省した。 あそこで穴に落ちたのは私だし、そもそも喜八郎が立花先輩を呼んだわけじゃないし。肴にされたのは腹が立ったけど、別に逃げ出さなくてもよかったかもしれない。 いや私が悪いわけはないんだけど、それでももしかしたら喜八郎は気分を害したかもしれない、と思ってしまう。 そう思うのは、私が喜八郎のことが好きだから。なにを考えてるのか分からなくても、執拗に穴に落とされても、あの男が好きだから。つまり、嫌われたくないんだ。 自覚してしまうと、ますます気になる。まさか喜八郎も、あんなことでは怒らないとは思うけど。 悩んで部屋の中でごろごろしていたら、友達に「ほら晩御飯食べに行くよ」と食堂に連れて行かれた。なんだかなあ。会えば会うで大体(私が一方的に)叫んだり怒鳴ったりしかしないのに、いないと不安になるなんて。 その時、ついさっき穴の中で抱き締められたことを思い出して、ちょっと恥ずかしくなる。まあ、恋仲らしいこともしてるかもしれないけど。 「……どうしたの、なんか気になることでもあるの?」 眉間に皺を寄せてご飯を食べていたら、さすがに見咎めたのか友達が私の顔を覗き込んでくる。そのままぶんぶんと首を横に振ると、呆れたような顔をされた。 「ま、言いたくないならいいけどね」 友達はあっさりとそう言ってご飯に戻り、私もまた喜八郎のことを考える。 やっぱり気になるし、ご飯を食べたら男子の長屋に行ってみようかなと思う。喜八郎のことだからまたそこらで穴を掘ってそうだし、それを探すほうが早いかもしれないけど。……うーん。 考えすぎて、だんだんちょっと腹が立ってきた。なんで私があいつのことでこんなに悩まなくちゃいけないんだ。 ──好きだからでしょ? 突如頭の中に自分の声。 なんという恥ずかしい問いかけ。まぁその通りなんだけどね。 とりあえず顔を見るだけ見て、普通そうだったらさっさと帰ろう、と決めた。 食堂に行ったら、なんかむーっとした顔をしてご飯を食べているを見つけた。こっちに全然気づいていない様子だしさっきの今だからと声をかけず、僕は適当にそこらの席に座ろうとして、「喜八郎君、こっちにおいでよー」とタカ丸さんに呼ばれてその隣に座った。 「喜八郎君、一人? 滝夜叉丸君はどうしたの?」 「知りません。別にいつも一緒にいるわけじゃありませんから」 「そうなんだ。仲良しだと思ってたのに」 そんなことは全然ないけど、タカ丸さんがそれ以上なにも言わないので、僕もなにも返さなかった。 滝夜叉丸は本当にどうでもいいけど、のことは気になる。僕の座っている位置からはの後姿が見えて、全然ご飯に集中せずにむすーっとなにかを考え込んでるのがよく分かる。 ……やっぱりさっきのことかな。 は感情がすごく分かりやすい。すぐ怒ったり笑ったり呆れたり、その感情の豊かさも僕は可愛いと思うけど、でもさすがにさっきはからかい過ぎたかもしれない。 ……怒ってるかな。 というか、のあの様子は、明らかになにかに怒ってるか、なにか難しいことを考えてるかだ。 理由があったとはいえ、を傷つけたり怒らせたりすることが目的じゃない。というか、そもそもそれだと目的と手段が入れ替わってしまうから。 は怒りっぽいけど素直だから、謝れば許してくれると思う。とりあえずご飯を食べたら声をかけようかな……と考えていると、食堂から壁一枚隔てた廊下で、騒がしい声がした。 「七松先輩、なにか私に御用ですか?」 「おー滝夜叉丸。飯食ったか? ならこれからバレーやろうぜ! 体育委員集めてきてくれよ!」 ああ、体育委員か、と僕はすぐに興味をなくす。隣でタカ丸さんが「滝夜叉丸君だねー」と声をかけてきたけど、申し訳ないけど無視をした。滝夜叉丸はほんとにどうでもいい。 「バレーですか……。先輩、そろそろ日も暮れますし、ボールが見えなくなってしまいますよ」 「ああ、そうだなぁ……私今すごくバレーしたい気分なんだけど、ボールが見えないと意味ないよなぁ」 「ええ、そうですよ七松先輩! ですからもっと後日昼間に改めて……」 「そうだ! なあなあ、ボールに火つけてやってみるか! それなら見えるだろ!」 「三之助ーーー! 今すぐに来い、七松先輩を止めるぞ!」 「なんだ、嫌なのか? じゃあ火はつけないから普通にバレーしようぜ。今日は月明るいから大丈夫だって!」 「あ、はい……。分かりました……」 「それじゃあ、お前は委員を集めてきてくれ! 後で校庭でなーー!」 「あれー? なんか滝夜叉丸先輩に呼ばれた気がしたんですけど、どこにいるんですかー?」 「逆方向だ! 私はこっちだ、三之助! ……まぁいい。三之助、これから七松先輩の自主トレの付き合いだ。私は他の委員を集めてくるから、先に校庭に行ってろ。迷うなよ」 「え、今からですか? ……はい、分かりました」 ばたばたと体育委員達が遠ざかる。タカ丸さんが「……大変そうだねー」と言うのに「そうですね」と適当に返してから、ふと気がついた。 ……バレー、か。 →四話『後悔してももう遅い』後編 |