拍手お礼創作log
善法寺伊作
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善法寺伊作夢『ただいま』 昼休みに食堂でご飯を食べていると、同じ委員の乱太郎君が私を見て駆け寄ってきた。 「先輩、すみません。善法寺先輩、どこにいらっしゃるかご存じですか?」 「伊作君、いないの?」 「はい。医務室で待ってたんですけど、お見えにならなくて……」 私も同じ保健委員だけど、今日の昼休みは伊作君が医務室にいる担当のはずだった。なにかあったのかもしれない。 「分かった、じゃあ私が行くね。男子に伊作君のこと聞いてから行くから、先に戻っててくれる?」 「はい、お待ちしてます!」 医務室に戻って行く乱太郎君を見送って、私は食べかけの食事に目を落とす。どうしようかとしばし考えてから、すぐ後ろで凄い勢いでご飯を食べている小平太を振り向いた。 「ねえ、小平太。私の食べかけでよかったらもらってくれない?」 「いいのか!? もらうもらう、私今すごい腹減ってんだ! 午前中実技授業だったからな!」 「そうなんだ、お疲れ様。……ねぇ小平太、伊作君知らない? 委員会に顔出してないらしいんだけど」 「ああ、伊作ならまだ帰ってないぞ。山登り実習だったからな。私が一番乗りだ!」 にかーと、小平太は嬉しそうに微笑む。なるほど。それで伊作君がいないわけが分かった。 「そっか。伊作君、いつ頃戻るか分かる?」 「さー? まだ私以外帰ってきてないしな。もんじも仙ちゃんもまだだから、……夕方かな」 それか夜、と真顔で付け足す小平太に、私は苦笑する。実習の内容を詳しく聞くと、罠だらけの山の中を頂上まで登って、それから降りて学園まで戻るのが授業らしい。それは……失礼かもしれないけど、伊作君は苦手だと思う。 「ありがとう。小平太は怪我してない?」 「ああ、大丈夫だ! ありがとな!」 満面の笑顔で、小平太は私の食事をまたがつがつ食べ始める。さて、と私は立ち上がる。医務室に行かないと。 「伊作君、まだ実技の授業から帰ってきてないんだって」 医務室での私の言葉に、乱太郎君が軽く顔をひきつらせる。 「それは……不運的な意味でですか」 「うーん、分からないけど、六年生はまだ小平太しか戻ってきてないらしいから、たぶん大変な授業なんだと思うよ」 「ということは……いつお戻りか分かりませんね……」 大丈夫でしょうか、と乱太郎君は心配そうな顔をする。私も少し心配になる。行く先行く先、いろんな罠に引っかかっている伊作君しか頭に浮かんでこない。 「それとね。六年生、怪我して帰ってくるかもしれないから。放課後になったら早めに委員会に来てね」 「あ、はい。分かりました!」 結局、昼休みには誰も医務室に来なかった。私と乱太郎君は煮沸消毒した包帯を多めに作って、午後の授業に向かった。 放課後。 一番初めに医務室に来たのは仙蔵だった。 「……小平太が昼に帰ってきた? どんな体力馬鹿だ、あの野生児が」 「あ、動かないで。肩動かすと血が出るから、止血するまでじっとしててくれる?」 「ああ、悪い。まったく、作法の私が一度でも罠にかかるなど、情けない」 「ねぇ仙蔵。伊作君、いつ頃帰ってくるか分かる?」 「……伊作? さあ、山を登るときも降りる時も一度も見ていないな」 「そっか。……ありがとう」 次に来たのは、長次と留三郎。 「……足首」 「足首? 食満、見せて」 「打撲だといいんだがな。……ああ、長次、悪かったな、ずっと肩借りたままで」 「……いや、気にするな」 「長次は大丈夫? あ、手の甲に怪我してるね。数馬君、長次の傷処置してあげて」 「はい、先輩!」 「ごめんね食満、触るから。……ん、軽く捻ってるね。固定するから足伸ばして」 「何日安静だ?」 「十日かな。実技の授業も委員会も無理しないで。それと毎日医務室に来て」 「ああ、分かった」 「……ねぇ、二人とも。伊作君いつ頃戻るか分かる?」 「伊作……? さあ、俺は見てないな。長次、知ってるか?」 「……罠にかかっているのは、一度見た」 「あいつ、不運の代名詞だからな。だいぶ遅くなるんじゃないか」 その次に来たのは、文次郎。 「くそ、小平太の奴に突き飛ばされて手間取った」 「ごめん、ちょっと触るね。……痛いのはここだよね?」 「……っ、ああ、そこだ」 「背中、打撲で内出血になってるね。湿布貼っておくから剥がさないで。予備も渡すから、お風呂上りに取り替えてね」 「ああ、分かった」 「ねぇ文次郎、伊作君知らない?」 「伊作? …………見たような、見てないような…………ああ、そういえば先生が『善法寺はまた不運か』って言ってたから、軒並み罠にでもかかってんじゃないか」 「……そっか」 「ま、あいつ不運には慣れてるからな。心配ないだろ」 委員会が終わる時間になっても、伊作君は帰ってこなかった。 委員の子を帰して、私は一人で医務室に残る。伊作君のことだからと言えばそれまでなんだけど、やっぱり心配になる。大丈夫かな。無事かな。伊作君に限らない、みんないつ命に関わる怪我を負うか分からないけれど、それに一番近いのは伊作君のような気がして、私にはそれがとても怖い。 「……夜になっちゃった」 晩御飯の時間が過ぎて、もう外は真っ暗だった。私は備品の整理をしながら、医務室の前に誰かが通るたびに、その影が伊作君でないかを確かめてしまう。 もしかしたら、伊作君はもう長屋に帰ってるかもしれない。小平太みたいに怪我をしていないとか、もしくは、伊作君は自分で応急処置できるから、それで間に合っているとか。 ……それなら、いいんだけど。 けれど、それを確かめる間に伊作君が帰ってくるかもしれないと思うと、私は医務室から出られない。 先生もついてるし、最悪の事態になるわけないのに、落ち着かない。 伊作君も、そして私も、理解して忍びの道を歩もうとしている。だから、もしかしたら、本当は心配することだって失礼なのかもしれない。でも…… でも、無事でいてほしい。 それからどれほど時間が経ったのか、うとうととまどろんでいたら、ふいに誰かの気配がした。慌てて目を覚まして時間を探ると、もう就寝時間もとっくに過ぎて真夜中だった。いけない、さすがに長屋に帰らないと、同室の子が心配する。 手元の備品を片付けようとして、私は気づく。……誰かの、気配? ゆっくり、戸を振り向く。気配に合わせて、少しずつ医務室に近づいてくる足音。片足に怪我をしているのか、不規則で引きずったようなそれ。私は立ち上がろうとして、でも出来なくて、ただじっと、足音が医務室の前で止まるのを待った。 やがて、医務室の戸が微かに軋んで、 続いて、どさ、と廊下に倒れる音が響いた。 次は迷わず立ち上がり、私は戸を勢いよく開く。そこにいたのは、倒れたままの伊作君。戸を開けようとして、転んだのだろう。暗がりの中でも分かる満身創痍の伊作君は、「あいたた」と身をよじって、それから私の顔を見上げてきょとんとした。 「……、どうしてまだ医務室にいるの? もう夜なのに」 伊作君を待ってたから、とか、どこを怪我したの、とか、まず口に出すべき言葉が出なかった。私は起き上がろうとする伊作君に手を貸す。伊作君の気配。伊作君の声。伊作君の体温だ。……よかった。 「……おかえりなさい、伊作君」 最初に出た言葉はそれだった。伊作君は私の顔をじっと見て、それから照れたように微笑んだ。 「うん。ただいま」 |