拍手お礼創作log
中在家長次
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中在家長次夢『おやすみなさい』 「なぁー長次、暇だー」 ごろごろごろごろ、部屋の隅から隅まで転がって行く小平太の騒がしさに、長次は読んでいた本から顔を上げる。 休日の昼間。外はぽかぽかと良い天気なのに、小平太は部屋の中でごろごろしている。正直言って、読書の邪魔以外のなんでもない。 「……なら外に行け」 「そうしたいのはやまやまなんだけどなー、私今日謹慎なんだ。絶対六年の長屋から出るなって」 「…………ああ」 そういえば、と長次は昨日のことを思い出す。小平太は昨日の夜、体育委員を総動員して『真夜中バレーボール大会!』とかなんとか大騒ぎを起こして、教師に酷く絞られたところなのだ。 謹慎ごときの罰で小平太が参るわけがないとは思うが、それでも程々には辛いらしい。ごろごろごろごろ寝転がりながら、「あー、暴れたい……」と物騒なことを呟いている。 「長次ー遊んでくれー、私動いてないと死にそう。組み手やろうぜ、組み手!」 「……本を読んでいる」 「えー。そんな文字だらけの紙のどこが楽しいんだよー。じゃあ、寝技の練習しようぜ! 部屋で出来るし!」 「……小平太」 なーなーと近くまで転がってきた小平太を一瞥して、長次は部屋の外を顎で指す。 「他のやつらのところで遊んでこい」 「えー、だって私謹慎中だし」 「六年の長屋から出なければいいのだろう?」 「…………」 むくり、と小平太は起き上がり、そっか、とぱっと顔を輝かせる。 「そうだな! じゃあ私ちょっと文次郎からかって遊んでくる!」 「ああ」 あはは、文次郎私と遊ぼうぜーー! と大声で叫びながら、小平太はい組の部屋へと走って行く。心の中で一度だけ文次郎にすまんと謝ってから、これで静かになったと長次が本に視線を戻したその時、 「……長次、いる? 入ってもいい……?」 小平太が出て行ったばかりの戸の向こうから、聞き慣れた幼なじみの声がした。 眠い。 猛烈な睡魔に朦朧となりながら、私は長次の部屋の前にたどり着く。ここを断られたりもし留守だったりしたら、いっそ廊下で寝てやろうと思いながら、中に声をかけた。 「……ああ、入っていい」 許可が出たので、部屋に入る。中は長次一人きりで、読書中だったのか本を開いていた。静かで落ち着いた部屋に、私はホッとする。 「どうした」 本を閉じて、長次は私を見上げる。私はほとんど惰性で長次の元までたどり着くと、その場にゆっくり腰を下ろす。 「あのね、ちょっとここにいてもいい?」 「……眠いのか」 私の様子に気づいたのか、長次は私の顔を覗き込む。やっぱり隈が出来ているのだろうか。文次郎みたいで嫌だなぁと思いながら、私は頷く。 「うん。ここ三日くらい委員会が忙しくて眠れなくてね、今日は一日寝ようと思ったら、畳替えだからとかなんとかで部屋を追い出されて」 女子寮一斉だったため、友達の部屋で眠ることも出来ない。寝かせてくれそうな人はと考えたら、すぐに頭に浮かんだのが長次だった。長次ならたぶん部屋にいる。そして、たぶん寝かせてくれる。 「長次、読書中?」 「ああ」 「私、ここで寝てもいい?」 「……ああ、構わない」 「ありがとう」 私は少し笑う。長次はたぶん、私に甘い。なにかをお願いして、断られたことがほとんどない。手のかかる妹かなにかだと思われてるのかもしれない。 眠れる場所が出来たことで、私はすごく安心する。そのせいか、どっと眠気が増した。 ああ、眠い。頭がぼんやりしてくる。半分落ちそうになっている視界の中、手探りで長次の元に進む。 「布団は俺のでいいか?」 眠い。長次がなにか言ってるけど、あんまり聞こえない。長次の声はもともと低くて小さいから、集中しないと聞こえにくい。 「……おい?」 長次の声が近くなる。あったかい。昔はこうやってよくくっついたんだけど、最近は全然やらなくなった。そりゃそうだ、もう私も長次も子どもじゃない。……でも、今日は長次がいいって言ってくれたから。 長次にもたれかかる。長次の手が、私の肩を掴む。長次はいつも支えてくれるから、甘えてしまう。 「……おやすみなさい」 それが限界だった。私はゆるりと溶けるように、眠りに落ちた。 ちょっと待て。 膝の上にのぼってきてそのままこてんと眠ってしまった幼なじみに、さすがに長次も焦りを覚える。 「おい。……起きろ」 身体を揺すっても、腕の中の幼なじみはぴくりとも動かない。顔色もあまり良くないし、体力的に限界だったのだろう。 だからと言って。 ──膝の上はないだろう、膝の上は。 確かに、昔はこうしてぴったりくっついたこともなかったわけじゃないが、ここ数年はさすがにやらなくなった。お互いが精神的に成長したということもあるし、長次にしてみれば年頃の幼なじみに触れるのは一種己との戦いをも意味したからだ。 危機感なく、まさしく泥のように眠っている幼なじみを見下ろす。たぶん相当に疲労が強かったのだろう。でなければ、こんな突拍子もない行動に出るわけがないからだ。 「…………おい、」 別に重いというわけじゃない。自分よりよほど小柄で華奢な幼なじみは、それこそ子どもを抱いているのと変わらない。……けれどお互いもう子どもではないのだ。 いくら正体を失くしていたとしても、男相手にこんな行動に出るだろうか。こいつは本当にくの一教室の生徒かと思ったが、多分そういうことではないのだろう。生まれたときからほとんどずっと一緒にいたせいで、きっとこちらに対してその手の危機感がまったくないのだ。兄弟か、下手すれば飼っている犬猫と同じようなものだと思われているのかもしれない。 「…………」 ため息を吐く。傍にいるというだけならともかく、膝の上というのがなんとも辛い。下卑た想像でもしてしまえば、すぐに反応してしまう自信すらある。とはいえ引き離して起こすのは忍びないし、確かにこれはこれで役得かと思う気持ちがないわけではないし、とは言えこのままではこっちの理性が負けるのが見えているし、かと言って理性が負けたところで押し倒すなど出来るわけがない。一番に恐れるのは、に嫌われることなのだから。 ということは。 「……俺が辛いだけか」 その結論に行き着いて、長次はやれやれと諦める。傍の温もりを右腕で抱いて、左腕で読みかけの本を開く。どうせ内容など頭に入ってこないに違いないのだが、それでも注意を他所に逸らす努力はしよう。 ……無理だろうことは目に見えていても。 やがて。 「たっだいまー! もんじと仙ちゃんいなかったから、は組んとこ行ってきた! 伊作がこれあげるから帰ってって飴くれたから、一緒に食べようぜ長次ー!」 「小平太、うるさい」 ぱしん、と勢い良く開かれた戸に、長次はじろりと視線を向ける。もう帰ってきた小平太は、部屋の中に入って来ようとして、きょとんと長次と、その膝の上で眠りこけているとに交互に目を向けた。そして、「えーと」と首を傾げる。 「お楽しみ中だったのか? 私、邪魔?」 問われた言葉に、長次は小平太を軽く睨みつける。 「……楽しんでいない」 「へ?」 |