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立花仙蔵



立花仙蔵夢『いくら言っても信用されないなら』


 目が覚めたら、なぜか隣に仙蔵がいた。

「………………」

 眠気が一気にかき消えた。私は畳の上に横になったまま、目前の仙蔵を睨み付ける。仙蔵はまだ私が起きたことに気づいていないのか、すぐ隣で静かに本を読んでいた。その、相変わらず女に喧嘩を売っているのかと思うほどに端正な顔に、起きてすぐに嫌なものを見た、とうんざりと思う。
 ここは私の部屋だ。今は休日の昼間だ。朝から同室の友達が恋人と逢引とかで嬉しそうに出て行ったので、私はとても暇だった。だから部屋の中で昼寝をしていた。そうだ、そこまではいい。
 辺りの様子を探って、ここは確かに私の部屋なのだと確認してから、ゆっくりと上半身を起こした。
「ああ、起きたのか」
 仙蔵はようやく私に気づくと、栞も挟まずに手元の本を閉じた。それはよくよく見たら部屋の中に放り出していた私の本で、なに勝手に人のもんに触ってんだとさらに腹が立つ。
 言葉を返さずに、私は腰元に手を伸ばす。慣れた感触、愛用の苦無。それを一気に引き抜いて、目前の仙蔵へと身を乗り出す。仙蔵はすぐ隣に座っていたから、さほど大きな動きは必要なかった。仙蔵の白い首、その頚動脈の寸前に、苦無の先を突きつける。
「……なんの真似だ、起き抜けに。寝ぼけているのか?」
 驚くどころか僅かに眉をひそめるだけで、仙蔵は怪訝そうに私を見る。なにがなんの真似、だ。
「それは私の台詞でしょ。あんた人の部屋でなにしてんのよ」
「お前が起きるのを待っていた」
「私は、あんたに起きるのを待っているようにと頼んだ覚えはないけど」
「確かに、頼まれた覚えはないな」
 仙蔵の涼しげな顔を見ていると、苛々してくる。私はこの男が嫌いなのだ。
「人が寝てる間に忍び込んできて、夜這いでもかけるつもりだったの」
「今は昼だからな、夜這いとは言わんだろう」
「どっちだっていいけど、とりあえず否定しなさいよ」
 私の言葉に、仙蔵は「ふむ」と一瞬だけ考える顔つきになった。そして、あっさりと言う。
「否定は出来んな」
「いい度胸ね、殺してあげる」
 半ば本気で腕に力を入れると、さすがに仙蔵は顔をしかめて私の手首を掴んだ。
「なんだ。私が相手では不服なのか」
 どちらかと言えば私よりも仙蔵のほうが不服そうに、軽く私を睨み付ける。
 ……あほか。
「くだらないこと言ってないで、とっとと帰りなさいよ。なんなら悲鳴でも上げましょうか、くの一教室の女子生徒に袋叩きに遭うわよ」
「ほう」
 仙蔵は少し面白そうな顔になると、突然に掴んでいた私の腕を引いて、そのまま後ろに押し倒す。ふわりと、むかつくほどに綺麗な仙蔵の髪が私の頬に触れる。くすぐったくて、顔をしかめた。気持ち悪い。
「……なにやってんのよ、あんた」
「お前が悲鳴を上げるところを見たいだけだ」
 どこか楽しげに私の顔を覗きこんでくる仙蔵に、呆れすぎて抵抗する気を失った。
「上げるわけないでしょ、あほらしい」
「なんだ、つまらんな。自分の発言には最後まで責任を持て」
「襲いに来た男がなに言ってんのよ。……ほらどきなさいよ、重いのよあんた」
 本気でないのは分かっている。半眼で仙蔵の腹を軽く蹴りつけてやると、仙蔵は一度ため息を吐いて私の上から離れた。私が次いで起き上がると、また不服そうに、顔をしかめる。
「どうしてお前はそう乱暴なんだ」
「は? 勝手に人の部屋入ってきてなに言ってんの、寝言? 大体あんたなにしに来たのよ」
「お前の顔を見に来た」
「乱暴な女の顔なんて見ても仕方ないでしょうが」
「乱暴でも、お前は私が好いた女だ。なにが悪い?」
「だったら合意の上にしなさいよ」
 さらりと吐かれた愛の言葉めいた台詞に、無性に苛立つ。仙蔵は、すぐに愛だの恋だの口にする。そんな気全然ないくせに。
「そういう浮ついた台詞は、恋に恋してる下級生とかに言いなさいよ。いい思い出になるわ」
「手を出していいのか」
「冗談。私の可愛い後輩に手を出したら殺すわよ」
 顔のいい男に誠実な男はいない。立花先輩かっこいーだのなんだのきゃーきゃー言ってた後輩達を思い出して、可哀想になった。こいつのどこがいいんだ。……ああ、顔か。
 鬱陶しいその顔を半眼で睨み付けると、仙蔵は楽しげな表情になった。
「ならば、お前に手を出すしかないだろう」
「だから、合意の上にしなさいってば」
「合意ではないのか?」
「あんたの目は節穴なのね」
 もういい。苛立ちが強くなる。こいつの傍にいると、いつもそうだ。好きだの愛してるだの恋だのなんだの。
「ならば私が二人分愛そう」
 腕を引かれる。近づく仙蔵の気配。私の一番嫌いな男の気配。その声音が、私の頭に響く。

「私はお前が好きだよ」

 それは、甘い言葉。私が一番嫌いな言葉。

「うそつき」

 仙蔵の手を振り払う。仙蔵の顔は楽しそうなまま、けれど一度それが強張ったのを、私は気づかないふりをする。
「あんたなんか愛さないわよ、私はあんたが一番嫌いなんだから」
 冷たく吐き捨てる。だけど仙蔵は傷ついたりしない。本気じゃないから。
 だってほら、今もまた、

「……私は、お前が好きだよ」

 それでも繰り返される甘い言葉に、私の心は冷えていく。

「お前だけが、好きなんだ」

 嘘ばかりの口先だけの甘い言葉に、私は仙蔵から視線を逸らす。無性に悲しくなる。



「あんたなんか、嫌いなのよ」



 そう返すのが精一杯で。