拍手お礼創作log
鉢屋三郎
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鉢屋三郎夢『好き』 三郎が女子生徒にそこそこ人気があるのは知っていたけれど、告白の場面を見てしまったのは初めてだった。 「私、鉢屋先輩が好きなんです!」 三郎を探してうろうろしていたら、長屋の裏で、後輩の女子生徒と三郎が並んでいるのを見つけた。声をかけようとした時になんだか怪しげな雰囲気なのに気づいて、慌てて近くの木の影に隠れたら、案の定。 三郎の、というよりも、私は他人の告白場面を見ることすら初めてで、意味もなく緊張してしまう。今告白したばかりの、真っ赤な顔で三郎の目の前で俯いている後輩は、結構可愛いし気立てもいいと評判の子で、私は僅かに不安に思う。 たぶん三郎は、呼び出された時点で大体用件が分かっていたんだろう。うーん、と悩むというより面倒そうな仕草で一度顔をしかめてから、躊躇いもなく言い切った。 「ごめん、無理」 うわ。 その容赦のない拒絶っぷりに、私は当人じゃないのに軽く傷ついた。いや、私が傷つくことなんかないはずなんだけど。 三郎は一応、今は私と恋仲であるわけで、むしろここで「よし付き合おう」とか言われたら、それこそ物凄く傷つくのは私のほうなのだけど。 「そ、そうですか……。あの、どうしてですか……?」 もしかしたら、告白した子も多少はその結果を予想していたのかもしれない。傍目にも、少し衝撃を受けているようにしか見えなかった。 私は複雑な気分に胸が痛む。三郎があの子をふってくれたのはとても嬉しいけれど、失恋したあの子は可哀想だと思ってしまう。偽善。よかったよかった、と素直にほっと安心すればいいのに。 ちらりと三郎に視線を向ける。問いかけられた三郎は、今度もほとんど間を置かず、すぐに答えた。 「俺、好きな女がいるから」 「……誰ですか?」 「言う必要あるか?」 「じゃあ、どんな人か教えてください」 後輩は、意思の強い瞳で三郎に詰め寄る。もしかしたらあの子は、ふられたくらいでは諦めない覚悟があったから、三郎が断ってもあまり動揺していなかったのかもしれない。 私は二人から視線を逸らす。ますます心中が複雑になる。私は三郎が好きで、たぶん三郎も私を好きでいてくれている。それくらいの自信はあるけれど── あの子と比べて、私のほうが魅力的だとは思えない。 三郎がなんて答えるのかあんまり聞きたくなくて、でも聞きたくて、私は俯く。その時一瞬だけ視線を感じて顔を上げたけれど、その時は三郎も後輩の子も私のほうを見ていなかった。勘違いだろうか。 「どんな人、ねぇ……」 三郎はほんの少し面白そうな顔になる。ちょっと嫌な予感がする。あの顔をしているときの三郎は、ろくなことを言わない。 実際、次の瞬間の三郎の言葉に、私は唖然とした。 「まず、あいつはすごく美人で胸が大きくて腰が細くて尻の形がいい」 誰。 目を見開く私の前で、三郎はまだまだ言葉続ける。 「それに、目つきが鋭くて男を完全に見下してて騙した男を利用して最後には捨てるような女だ。ようは悪女だな」 「……そ、そんな人が好きなんですか、鉢屋先輩」 「うん、すごく好き。──お前よりもずっと」 後輩の軽く引いた眼差しに、三郎は真顔で頷く。正直私も少し引きそうになっていた。驚愕の心持ちで三郎を見つめていると、後輩は無意識にだろうか、一歩後ずさる。その肩が軽く震えているのは、きっと完全に拒絶されたことが分かったからだ。 三郎はじっとその子を見てから、ぽつりと言った。 「……だからお前と恋仲になるのは無理。分かるな?」 「はい……。すみませんでした……!」 後輩は三郎の言葉に顔を歪めて、でもたぶん泣くのを堪えて、一礼してその場から走り去って行った。瞬く間に消えていった後輩の後姿に、私はまた少し胸が痛む。偽善の痛み。 「……ふん」 後輩が去った方向に向けて、小さく、三郎がつまらなそうな顔で鼻を鳴らす。 そして、私が隠れている木にじろりと視線を向けた。 「そこの、すごい美人で胸が大きくて腰が細くて尻の形がいい悪女、さっさと出て来い」 「……それは明らかに私じゃないんだけど」 呼ばれた気は全然しないけれど、私は仕方なしに隠れていた木の後ろから出た。バレていたことが気まずくて黙っていると、三郎は私のすぐ隣にまで足を進めてくる。 「ご、ごめん。覗き見するつもりはなかったの」 「別に。見られたところでどうにもならないしな」 謝る私に、三郎は本当に面倒そうに言う。その様子で、三郎は実際ああいう場をよく経験してるんだと分かる。分かってはいたけど、少し複雑。 「ていうか……男を騙すとか、三郎、そういう人が好みなの?」 いくら三郎が私を好きだと言ってくれても、三郎の好みの女の人像が私でないだろうことくらいは分かっていた。だからさほど傷つかないけれど、そんな歪んだ趣味はどうだろうと思う。 「ばーか、違う。お前と似ても似つかない特徴を挙げとけば、余計なことにならないだろ」 「……ん? うん……」 三郎の言うことがよく分からなかったけれど、結局曖昧に頷いた。それから、次の瞬間になんとなく分かった気がして、驚く。もしかしたら三郎は、恋路のややこしいことに私を巻き込みたくないと思ってくれてるんだろうか。 別に恋仲であることを隠しているわけじゃないけど、私が恥ずかしいせいであまり言ってなくて、親しい友達以外はその事実を知らないから。 私がじっと三郎を見上げてると、三郎は突然に私の頭を撫でた。なにも言わなかったけれど、その手の温かさに、私はちょっと安心する。 「三郎、やっぱり人気があるんだね」 「そうでもねーよ、立花先輩に比べたら」 「比べる人が間違ってると思うな……それに立花先輩は、遊んでくれそうだから気軽に言えそうだし、三郎とは違うと思うよ」 「なんだよ、お前妬いてんのか」 少し楽しそうな三郎の視線に、私はきょとんとした。その反応が面白くなかったのか、三郎は顔をしかめる。 「妬けよ、少しくらい」 「……なんで? 三郎、私に妬いてほしいの」 「ていうか、お前に妬かれもしないなら、俺がもてる意味全然ないだろ」 「もてたくないの?」 「もう間に合ってるからいい」 言いながら、頭を乱暴に撫でられる。私はちょっと赤くなる。それから嬉しくて笑うと、三郎も笑ってくれる。ほっとする。三郎が今までどんな子に告白されてどんな風に答えてきたのか知らないけれど、今は三郎は私の隣にいてくれる。その事実だけでいい。 三郎に手を伸ばす。軽く身を寄せると、三郎も私の肩を抱いてくれる。 「……私は、三郎が好きだよ」 そっと告白すると、三郎の笑う気配がする。抱き締められて、耳元でそっと声が響く。 「ああ、俺も」 ──好きだ、と返されて、ぎゅっと三郎に身を寄せた。 汚いなと思うけれど、願ってしまう。 三郎が誰に『好きだ』と囁かれても。 三郎からその言葉をもらえるのは、ずっと私だけでありますように。 |