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食満留三郎



食満留三郎夢『理想の未来像』


 委員会活動が終わりかけた頃、見慣れたナメクジが道具箱の傍に這っているのを見つけて、そっと取り上げた。 
「喜三太、ナメ平があっちでお散歩してたよ」
 人差し指の上に乗せていたナメクジを喜三太に見せると、喜三太は「わあっ」と顔を輝かせて私の指に手で触れた。ナメクジはきちんと喜三太を認識しているらしく、一目散にうねうねと喜三太の元に移動する。
「ありがとうございます先輩! ナメ平だけ見つからなくて心配してたんですー」
「うん、良かったね喜三太」
「はいっ!」
 喜三太はきらきらとした瞳で頷くと、いつも持ち歩いているナメ壷にそっとナメ平を返す。
「……先輩、よくナメクジなんかの区別がつきますね」
「ナメクジなんかってどういうことですか富松先輩っ! 僕とナメクジさんへの侮辱ですかっ!」
「言った通りの意味だ! 俺にはどれも一緒にしか見えねーよ!」
「私も他の子は分からないよ。でもこの子は他の子より大きかったから」
「そうなんですー! ナメ平はご飯を食べるのが好きで、みんなより大きいんです! 先輩が覚えていてくださって嬉しいですー!」
 普段他人に理解されることがほとんどないからだろう、喜三太はとても嬉しそうだ。呆れた顔の作兵衛に一度じとーっと恨みがましい視線を向けてから、「さぁみんな、おうちに帰ろうねー」とナメ壷に話しかけて帰ろうとする。
「またね、喜三太」
「はい先輩! また明日ですー!」
「僕たちも帰りますね、先輩。お先失礼しますー」
「……またですー先輩ー」
 喜三太に続くように、しんべヱと平太もぱたぱたと去っていく。食満から「これが終わったらもう帰っていいぞ」と言いつけられた仕事が済んだのだろう。
「作兵衛も、もういいよ? 食満ももうすぐ帰ってくるだろうし。倉庫の鍵なら私が返しておくから」
「はい、ありがとうございます。じゃあ俺もお先に失礼しますね」
「うん、またね作兵衛」
 軽く手を振る私に向けて、作兵衛は一礼して一年生を追いかける。まだぷりぷりしているらしい喜三太に「あー、富松先輩こっちこないでくださいよう、ナメクジさん達が嫌がりますー」と言われて、「ナメクジなんかに好かれてたまるか、こっちから願い下げだ!」と叫び返している。二人とも真剣なんだろうけど、その様子は微笑ましい。下級生は、とても可愛い。
 みんなが長屋に入っていくのを見送ってから、私は自分が武具を手入れするのに使っていた道具を片付ける。用具倉庫に戻し終わった時、ちょうど食満が帰ってきた。
「おかえり、食満。……なんとかなりそう?」
「いや、今日明日じゃ無理だな。下手すれば取り替えだ。文次郎のやつ、あれほど頭突きをするなと言ってるのに、あの石頭が」
 食満がうんざりと舌打ちする。私は詳しく聞いていないけれど、どうも昨日忍たま長屋で一騒動あったらしく、文次郎がど派手に壁に穴を開けたのだ。いつものことと言えばいつものことだけど、よく知った相手だからこそ食満は腹が立つんだろう。特に文次郎と小平太と仙蔵は、うちの常連だから。
「人手がいるなら、私も手伝うよ」
「いや、こっちの長屋のことだからな、気にするな。……もうみんな帰ったのか?」
「うん、さっきね。……あ、なにか伝えることがあった?」
「いや、大丈夫だ」
 食満は修理用具を手に、「戻してくる」とだけ言って、用具倉庫に入って行った。その姿が倉庫の中に消えたのを確認して、私は下級生達が去った方向に目を向ける。もう声も足音も聞こえないけれど、なんとなくまだわいわいと騒がしくしている様子が目に浮かぶ。
「待たせたな、
 食満が倉庫から出てきて、私に手を伸ばす。意図に気づいて、私は持っていた鍵を軽く投げた。受け取って、食満は倉庫の鍵を閉めようとする。
「ねえ、食満」
「なんだ?」
「食満は、子ども、好き?」
「子ども? そうだな、苦手じゃない」
 鍵を閉めながら、食満はあっさり頷く。確かにそうだと私も思う。食満は面倒見が良いし、気にかけられているのが分かるのだろう、下級生達も食満を慕っている。委員の子じゃなくてもだ。
「どうした、またあいつらがなにかしたか」
 笑いながらの食満の言葉に、私も少しだけ笑う。なにかしたか、というのは、迷惑とか騒動とか、そういう意味じゃないからだ。
「いつものことだよ。喜三太のナメクジを作兵衛が嫌がって、二人で口論してただけ」
「そりゃほんとにいつものことだな。……よし」
 鍵を掛けた食満は、確かに扉が閉まっているか確認してから、私を振り向く。
「それで、どうした。お前が子ども好きなのは知ってるぞ」
「……大したことじゃないよ。あの子達見てると、子どもがほしいなって思うだけ」
「ん…………ああ、そうか」
 一瞬怪訝そうな顔になった後、すぐに気づいた様子で食満は軽く頷く。それから、なんだか少し躊躇する様子で、私に視線を向ける。
「ほしいのか、子ども」
「うん。あの子達だってあんなに可愛いんだから、自分の子どもだったら、きっともっと可愛いよね」
 私の言葉に、食満はふうんと生返事をする。ああ、男の人にはあまり興味のないことだったかもしれない。
「でも、きっと食満はいいお父さんになるよ、面倒見がいいから」
「……なら」
「ん? ……なに?」
 ぽつりと、食満が呟く。聞き返したけれど、返事はなかった。どうしてか、軽く思いつめた顔。どうしたのかと怪訝に思ったけれど、その次の瞬間には、食満はいつもの顔に戻っていた。
「いや、いい。もう帰ろうぜ」
「……うん、そうだね」
 頷く私の隣に、食満が並ぶ。さっき言った言葉は、嘘じゃない。食満はきっといいお父さんになる。今だって用具のお父さんだとか言われてるのに、特に嫌がってもいないし。
 ……食満のお嫁さんになる人は幸せだろうと、そう思う。食満は子ども好きで、いいお父さんで。そしてきっと、伴侶を大切にしようとする、いい夫になるだろうから。
 その相手が私だったらいいなと思ってから、すぐに考えを打ち消した。今まで幾度同じことを考えたか分からないけれど、実際に食満の隣でそれを思うのは、とても恥ずかしかったからだ。




 なら、俺の子を生んでくれ、なんて。

 告白の前に言う台詞じゃない。
 言わなくて良かったと思いながら、俺は惚れた女の隣に並ぶ。
 もしこいつが俺の子を生んでくれるなら、その時の俺は、まず告白をして、それを受け入れられて、さらに夫婦になっていて、それからだ。
 その第一関門すら突破できていないのに、こんなことを考えるのは無意味だと分かっているのだが。
 それでも俺の子をこの女が生んでくれたなら、それはどれほどの幸せだろうかと思う。

 いつか。
 いや、近いうちに、必ず。

 想いを伝えることから始めよう。