拍手お礼創作log

田村三木ヱ門



田村三木ヱ門夢『幸せの形』


 温かな日差しが落ちる縁側で、私は思いきりぶっ倒れていた。
 今日は冬にしてはとても温かな日で、頬に触れる風さえも優しくて柔らかい。たぶん明日からはまた寒くなるよと、雲の動きを読むのが上手い農家の子が言っていたから、これはきっと神様がくれた束の間の休息というやつなのだろう。しかも今日は休みの日。生徒達はみんな嬉しそうで、「天気がいいから外で遊ぼう」と声を掛け合うのを、朝からよく耳にした。
 そんなぽかぽかの日の昼間に、私は一人でぶっ倒れている。

「……うらめしい」

 一応呟いてみたけど、もちろん状況はなにも変わらなかった。遠くから、運動場とかでぱたぱたとはしゃぎ回っているのだろう生徒達の声が聞こえてくる。くそう、楽しそうだ。ずるい。私も遊びたい。
 でも、身体が動かない。
 私が今こうしてぶっ倒れている理由は、とても簡単だ。血が足りない、ただそれだけ。
 月に一度血を流す女の宿命というやつで、私は唐突に血が足りなくて倒れてしまうことがある。今日なんか帳簿を返しに委員室に入ろうとした瞬間にくらっときて、そのままばたんきゅーだ。さほど酷くはないし、少し時間が経てばましになると分かっているからそんなに辛くないけど、かと言ってじゃあ楽しいかと言えば嘘になる。
 
「ま、温かいだけマシだよね……」

 これでもし気温がいつものように低かったら、ふつーに凍えてしまっている。もちろんそんな事態になったら、のんびり凍死を待たずに無理矢理にでも動いているけど。
 貧血特有の暗い視界を睨み付けて、私はうつ伏せだった身体をゆっくり反転させる。途端ぐるりと回った視界にちょっと吐き気がしたけど、それはすぐに治まった。ぼんやりとした視界に映る天井を見上げながら、私は血の巡りがよくなるのをおとなしく待つ。
 それからなにも考えずに目を閉じてじっとしていると、じんわり身体が温まってくる。頭の靄が少しずつ晴れていって、目を開くと視界もだいぶ明るくなっていた。
 あと少しで立ち上がれるようになる。
 ほっと息を吐き、ゆるりと辺りに目を動かしてみて、きょとんとした。

「…………あれ?」

 一体いつからそこにいたのか。一つ年下の三木ヱ門が、すぐ近くの縁側の柱に背を預けて座っていた。私との距離は一歩分以下だ。しかもこれで気づかなかった私がおかしいんだけど、私が放り出していた右手は三木のそれと繋がっている。日差しは勿論だけど、温かさはそこからも伝わってきていた。

「三木、いつきたの?」
「……四半刻くらい前ですね」

 寝転がったまま見上げる私に、三木がゆっくり視線を向ける。四半刻。私はそんなにもぼうっとしていたのかと、ちょっと驚く。もしかしたら軽く気を失っていたのか、それとも寝ていたのかもしれない。三木も三木で、来たときに声をかけてくれればいいのに。
 倒れたときにばらまいた帳簿は、すでに三木が一カ所に纏めてくれていた。三木はそっと私の顔色を窺うように身を乗り出して、繋がっていないほうの手で私の額に触れてくれる。視界に映る三木の顔は、気遣わしげな表情で。

先輩、話しても大丈夫ですか?」

 その一言で、三木が今まで声を掛けなかったのは、私を気にしていたからだということに気がついた。
 貧血のときは喋るのすら辛い。血が足りない私の世話をよくしてくれる三木だから、そのことを頭に入れてくれていたんだろう。医務室に運ぶほど重症ではないということも、分かってくれたんだと思う。

「……うん。でもあと少しは動けないかも」
「はい」

 答えると、三木は頷いてまた座り直す。ぎゅっと繋がれた手を、力の入らない手で握り返した。

「三木、なんでここに来たの?」
先輩を探してたんです。天気が良かったから」
「……良かったから?」
先輩と一緒にいたいと思ったんです」

 ぽつりと落ちた言葉に、私は小さく笑う。三木はいつも、欲しい言葉を私にくれる。
 それから三木はなにも言わない。それも私への配慮なんだろう。動けない今、ただ隣にいてくれる三木の気配が、私にはとても嬉しかった。
 温かな日差し。身体の感覚がゆっくりと戻ってくる。ぼんやりと時が流れていくのを感じていると、ふいに三木が私の手を今一度握って、そっと離した。

「三木……?」
「これ、返してきますね」

 私が返すはずだった帳簿を抱えて、三木は会計委員室に入っていく。その静かな足音が遠ざかっていくのを聞きながら、私はゆっくり息を吐く。
 遠くからは、まだはしゃいだ喧噪が響いてくる。さっきは羨ましいと思ったけど、今はもうそんなことはない。
 身体はまだ動かないけど、それを腹立たしくも思わない。また静かに戻ってきた三木が、さっきと同じ場所に座り、当たり前のように手を繋いでくれる。
 それが幸せだと実感出来るから。

「……自分が満たされてたら、他人に嫉妬なんてしないよね」
「え? なにか言いましたか?」
「ん……なんでもないよ」

 さやさやと風が流れていく。あと少しで起き上がれる。焦らなくていい。三木がここにいてくれるから。

「あったかいね、三木」
「はい。気持ちいいですね」

 じっと三木を見上げると、それを察した三木が私を覗き込んでくれる。笑って手を伸ばすと、三木も笑って顔を寄せて、私の額に口付けてくれた。


 あと少しで起き上がれる。あと少し。
 でも今は、このままで。

 すぐ近くの三木の気配と体温。
 じんわり溶けるような温かさと幸せを感じながら、私はゆっくり目を閉じた。