拍手お礼創作log
中在家長次
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中在家長次夢『分かり切った甘い問答』 戸を開けると、そこは本の山だった。 ……というのは比喩に過ぎるかもしれないけれど、今日の長次の部屋はこれまで見てきた中で一番本に埋め尽くされていた。 「ほん、だら、けー……」 基本的に長次の部屋は本が多い。長次は図書委員長だから生徒達から直接返却されることもあるし、個人としては私物の本もたくさん持っている。だからいつだってこの部屋には本が転がっているけど、今日のそれは特に凄かった。 いつも閉まっている押し入れが開け放されていて、そこに詰まっていたらしい蔵書がごっそりと部屋の中に積まれている。虫干しをする準備なのかもしれない。 「どうした」 振り向く長次に、「これ返しに来たの」と抱えてきた本を見せた。長次に先月借りた本だ。 「ごめんね、長次忙しい?」 「いや。どうせ整理中だ」 本を選り分ける手を止めて、長次が言う。私は部屋の中に入り、長次の近くまで足を進める。 長次が無言で手を伸ばしてくれるので、抱えてきた数冊の本をその手に渡した。長次はざっと本の書名を確認して、それぞれぽんぽんと種類別か著者別かに分けていく。 「どれも面白かったよ。南蛮の訳書なんか、特に。訳書なのに読みにくくなかったし」 「……あの訳書家は有名だからな」 長次は私の本を仕分け終えると、今までやっていた整理に戻る。たぶん図書室でやってるのと同じで、虫食いや破損が無いかとか処分するかしないかとかを一冊一冊吟味してるのだろう。 「長次の本ってこれで全部?」 「今貸しているもの以外は」 ぽつりと言う長次に、ふーん、と私は改めて部屋の中の本を見回す。 「前より本増えたよね?」 「……先日の福富家の買い出しの際に、礼にと端物をもらった」 「ああ、しんべヱとカメ子ちゃんのおうちだね」 今まではこれほどの量じゃなかったからちょっと不思議だったけど、それで理解出来た。あのおうちなら庶民には手の届かない本もたくさん仕入れられるだろうから。 「なにか面白いのあった?」 「お前が好きそうなものがあれば貸す」 「ありがとう!」 礼を言うと、長次は一つ頷いてまた整理に戻る。長次の邪魔をする気はないけど、この部屋にある本の全部が長次のだと思うとなんだか興味が湧いてきて、私は周りに積み上げられている書名を眺める。 本の好きな子は、私の友達や後輩にも結構いる。趣味としてはありふれたものだと思うけれど、個人でこれほど蔵書がある学園生徒はたぶん長次だけだろう。内容も参考書や資料本から娯楽用の絵巻まで幅広い。 長次と同室の小平太なんて、逆に本を予備の枕くらいにしか思ってないんだから、足して二で割れば丁度いいのに。 ……いや、長次と小平太が混ざってるのってなんだか怖いから、やっぱり二人ともそのままでいいや。 「…………」 「ん?」 なにか囁かれた気がして振り向くと、長次が私をじっと見ていた。目で邪魔かなと問うと、長次も目でそんなことはないと返してくれる。 「ここにある本見ててもいい?」 「ああ」 許可をもらったので、私は本格的に居座ろうとその場に正座した。ぱらぱらぱらぱらと、近くの本から物色し始める。 長次の隣で本を読む。私はこの時間が好きだ。普段は騒がしいほうが落ち着くけれど、長次の隣にいるときはどちらだって構わない。 時折、私は本質的にはさほど書物が好きじゃないんだろうなと思うことがある。勿論本を読むのは楽しいし夢中になる人の気持ちも分かるけれど、長次がいなくても読むかと聞かれたら、答えに詰まる。 本を読むのは好きだ。それは間違いないけれど、長次がいなければたぶん読んでいない。……つまり、私は長次が好きだから、本が好きなのだ。そういう前提だと思えば分かりやすい。 「ん?」 ふと今度は視線を感じて振り向くと、長次がまた私をじっと見ていた。きょとんとそれを見返すと、長次はなんでもないと言う顔をして、整理へと戻る。 なんでもない、ね。 私はめくっていた本を元の場所に戻して、正座を崩して長次に近づいた。その背にとん、と軽く額を触れさせると、長次が顔を上げる。 「…………」 長次はしばらく迷う気配を見せた後、振り向いて、ぽん、と私の頭を撫でる。たぶん構って欲しがってると思ったんだろう。……それは確かに間違いじゃないけど。 「気にしてくれなくても、退屈じゃないよ」 見上げながら言うと、長次はじっと私を見て、それから小さく「そうか」と言う。 長次がああいう行動をとるのは、私を気にかけてくれているときだ。長次に気にかけてもらっているのは、とても嬉しい。それが幸せで、顔が緩む。 「ごめん長次、やっぱりちょっとだけ構って」 身を寄せると、長次はなにも言わずに自然な動きで抱き寄せてくれる。ぎゅっと包み込まれるのが心地良くて、私からも長次の背に腕を回して抱きつく。 長次の肩越しに、たくさんの本が見える。私は昔からこの情景をよく見てきた。長次は昔から本が好きだし、図書委員会に所属してからは、いつだって本と一緒にいるところばかり見ている気がする。 ……でも。 「ねぇ長次、怒らないで聞いて欲しいんだけど」 「……なんだ」 「本と私、どっちが好き?」 耳元で囁いた途端に、長次がため息を吐いた。予想通りの反応に、私は長次にしがみついたまま小さく笑う。きっと苦い顔をしている。 長次は本当にいつも本と一緒だ。本を読んでいるところとか、本の山に囲まれているところをよく目にする。 けれど私が本に嫉妬したことがないのは、長次はいつも私を優先してくれるからだ。長次は、私が隣にいるときは本を読まない。読むときは私も本を読んでいるときだけ。それが長次の私に対する気遣いであり、愛されている証なのだろう。 だから、今更聞くなと長次の気配が呆れてる。 「……引き合いに出すなら、せめて他のものにしろ」 「えっと……じゃあ持ち出し禁止の貴重本とか、行李に隠してある表紙だけ参考書に貼り替えたお気に入りの春画とか、押し入れの奥の二重底に入ってる、長次が昔書きかけてやめた詩集とか?」 「言いたいことはたくさんあるが、なぜ隠し場所を知っている」 突然にぐるりと身体が反転したと思ったら、いつの間にかその場に押し倒されていた。上から私の顔を覗く長次に、微笑んで手を伸ばす。 「長次が好きだからに決まってるでしょ」 首を引き寄せて囁いた途端に、長次の身体が少し強張る。私はほっとする。私が好きと告げて照れるくらいには、長次は私を好きでいてくれる。 「ね、本と私どっちが好き?」 「だから今更言わせるな」 「言ってくれないと分からない」 「お前のほうが好きに決まっているだろう」 そう呆れたように言葉が落ちた瞬間、次はこっちの身体が固まった。長次が何気なく言える言葉でも、好きだと言ってもらえるのは嬉しい。 私も長次が好きだからだ。 「私も長次のほうがずっと好きだよ」 自然に笑みが浮かぶ。なんだかくっついていたい気分で、口付けをねだろうとすると、長次は頬に伸ばそうとした私の手を掴んで、そっと床に押しつける。 「長次?」 長次の顔がゆっくり近づいてくる。ぎゅっと手と手が繋がれる。長次の肩から滑り落ちる、私の好きな長次の髪。 ……ああ。 ゆっくりと細められる長次の瞳。私はそれが近くにあることがすごく嬉しい。たとえなにを引き合いに出されても、私はきっと長次を選ぶ。そして長次もそう思ってくれているのだろうと、そう自信を持てることが途方もなく幸せだ。 与えられるだろう愛撫に目を閉じようとすると、低く小さな声で長次が言う。 それは、予想していたような甘い言葉ではなく。 「……それで、お前はどうして隠し場所のことを知っている」 「あれ?」 情報源は、なんでも喋る小平太とかき回すのが好きな仙蔵。 |