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七松小平太



七松小平太夢『次の春には』


 卒業試験が近づいたある日、私はふと思いついて花を育てだした。
 長次に、今育てて春に咲く花を調べたいと相談したら、次に会ったときに図書室蔵書の園芸の本を渡してくれた。その上初心者用の簡単な手入れの花を何種類か挙げてくれて、土が必要ならば伊作に頼めばいいとまで教えてくれた。
 助言通りに善法寺に薬草園の土を少しわけてもらって、本を読んで決めた花の種と小さな鉢を街で買ってきた。
 そうして準備が整って、私は庭の端でこっそりと花を育て始めた。

 私は今まで好んで花を育てたことがなくて、一体なにからすればいいのかもよく分からなかった。だけど買ってきた花の種は、私がおっかなびっくり土に埋め、水をやるだけで、数日後にはちゃんと芽が生えてくれた。長次が選んでくれた花の種類がよかったのか、それとも善法寺が分けてくれた土がよかったのか。たぶん両方だったんだと思う。
 
「……これくらいでいいかな?」

 いつものように水をやって、土の状態を指先で確認する。水は多すぎると種が腐る原因になってしまう。少し湿るくらいで良いと本に書かれていたのを思い出して、丁度良い湿り具合に満足して指を戻した。
 私は面倒なことがあまり好きじゃない。毎日水をやったり雑草を抜いたり常に天候を気にしたり、ちゃんと出来るかなと不安だったけれど、自分で植えた種が少しずつ育って行くのを見るのは想像以上に楽しかった。
 今日の分の手入れが終わって、私は鉢の前によいしょ、と腰を下ろす。
 一応誰かに勝手に動かされないように、鉢には細い木の板に私の名前と組を書いて、土に埋めてある。その位置を少し直して手を戻したとき、突然にばたばたとこちらに走ってくる足音が聞こえてきた。
 この場所は、あんまり人が通らないのに。一体誰だろうと振り向こうとしたら、その前に気配が瞬く間に近づいてきて、後ろからがしっと私の背中にしがみついた。

ーーーーーーーーーーーー!」
「っ!?」

 その勢いに一瞬びくっとして、それからすぐに気がついた。

「……ちょっとこへ、びっくりするからやめてよー」
「あはは、もうバレたか。だーれだってやろうとしたのに」
「いきなりこんなことするの、こへしかいないよ」

 やれやれとこへの身体を押しのけると、こへはすぐに身を引いて私の隣に座った。よー、と改めて笑うこへに、私もちょっと笑う。
 
「こへ、どうしたの? 私に用事でもあったの?」
「いや、自主トレしてたらがなにかやってるのが見えたから、とりあえず抱きつきに来た! 自然の摂理ってやつだろ?」
「たぶんそれ、本能って言うんじゃないかな」
「おお、それだ、本能だ! ……で、ここでなにやってたんだ?」
「うん、水やりしてたの」
 
 私が目の前の鉢を視線で指すと、こへは「おおっ」と興味津々な表情で鉢を覗き込む。

「これ、育ててんのか?」
「うん。長次に育て方教えてもらったの」
「ああ、長次はこういうの得意だからなー。なに植えてんだ? どうやって食う草なんだ?」
「なんで食べる前提なの。違うよ、お花だよ」
「え、食えない花?」
「食べられない花」

 断言すると、こへは途端に怪訝そうな表情になった。
 真面目な瞳で、軽く首を傾げて。

「食えもしないもん育てて楽しいのか……?」
「お花を育てるのも結構楽しいよ。私も始めてからまだちょっとしか経ってないけどね」
「ふーん。食えるほうがいいのになー。茄子とか大根とか人参とか里芋とか……」
「こへもなにか育ててみたら? お野菜の種なら学園にもあるんじゃない?」
「んー。昔長次に、お前はものを育てるのに不向きな性格だからやめておけって言われたしなー」
「え? こへなにか育てたことあるの?」
「下級生のときに宿題で朝顔育てたんだけどな、なんかすぐ枯れるから、見かねて長次が手伝ってくれたんだ」
「ああ……うん、そっか……」

 長次の嫌そうな顔(この場合は笑顔と言うべきだろうか)が容易に思い浮かぶ。よくよく考えたら、こへが細かな手入れなんて出来るはずがない。加減が苦手そうだから、水とか思いっきりあげちゃいそうだし。

「そうだね。こへはお魚とかお肉とか捕ってくるほうが似合ってるよ」
「おう、それなら私に任せろ! 猪でも熊でも鯨でも捕ってきてやる!」

 笑うこへに、私も笑って頷いた。立ち上がると、こへも私に続いて腰を上げる。
 ふと鉢に視線を下ろす。まだ小さな芽でしかないけど、私の選んだ花。こへが興味を持たないだろうことは、最初から分かっていた。
 だからこれは、私の自己満足でしかないのだけど。

「なぁ、その花咲いたら、嬉しいのか?」

 私がずっと鉢を見ていたからだと思う。こへが聞く言葉に、私は視線を上げてこへを見た。

「……咲くのは、来年の春だよ」

 その季節は、私達にとって大事なものだ。
 私とこへは最終学年だ。来年の春には卒業している。
 本当なら、私とこへはそのとき一緒にいないはずだけど。

「そっか! 来年の春か!」

 こへは一瞬だけきょとんとして、それからぱっと顔を輝かせた。そしてそのまま、いきなり強く抱き締められる。

「こ、こへ?」
「なら、私達が住む家にちゃんと持って行ってやらないとな!」

 ぎゅうっと私の身体を抱き締めながら、こへは笑う。
 太陽みたいにあったかい、私が一番好きな笑顔で、一番欲しい言葉をくれた。


「綺麗に咲くの、私と一緒に見ような!」














 次の日、昨日と同じように鉢の手入れをしていた私は、名前を書いていた板の裏側に、こへの字が書かれているのを見つけた。
 鉢の持ち主が分かるようにと、表側に私の名前と組を書いておいた木の板。今まではなにも書いてなかったその裏側に、あまり綺麗じゃない、でも大きくて元気そうなこへの字が。


『卒業するとき持って帰るから、忘れないように!』


 思わず、ぎゅっと握り締めた。

「……ここに書いても意味ないよ、こへ」

 だけどすごく嬉しくて、気を抜いたら泣きそうで。
 震える手で、こへが書いてくれたほうを表にして、板を埋め直した。

 春になったら、いろんなことが変わってしまう。でも私の隣にこへがいてくれるなら、きっと私は私でいられるから。
 だからもう、季節が流れることは怖くない。



 ──早く、春が来ますように。