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立花仙蔵



立花仙蔵夢『愛の証』


 朝から雨が降っていた。
 小雨と表現していいだろう、傘も必要ないほどの、少しの肌寒さ。
 ぱたぱたと屋根を叩く雨音が、部屋の中にいる私の耳に微かに届く。
 私は雨が嫌いだ。晴れの日が好きだというわけでもないけれど、湿った空気は頭痛が起こりやすくて、気力が特に落ちるから。

「……お前は、雨の日はいつもそうやって横になっているな」

 雨音と共に私の耳に届くのは、涼やかな声。私と同じ部屋にいる、腹が立つほどに綺麗な顔の男の声。

「頭が痛いのよ」

 顔をしかめて答えると、そうか、とだけ言って、男は私のすぐ隣に座る。やけに慣れた手つきで私の頭を持ち上げて、自分の膝に乗せる。いわゆる膝枕の状態で、その上、なぜか幼子にするように頭を撫でられる。

「……なにやってんの?」
「頭が痛いのだろう」
「あんたに撫でられたら、痛みがましになるとでも?」
「悪化しないのならば構わないだろう」

 理屈が分からない。
 だけどこの男に口でなにを言っても大抵通らないことを知っていたから、私は早々に諦めて目を閉じた。
 ……あー、膝が硬い。気持ちよくない。
 男の膝なんて、筋肉質で脂肪分がなくて滑らかでもなくて、気休めになるどころか逆に居心地が悪い。
 これが女性だったら、柔らかでいい匂いがして気持ちよくて落ち着くのに。

「仙蔵、あんた今すぐ女になってよ」
「……またそれか」
「なんであんた女じゃないのよ。女みたいな顔してるくせに、それでナニついてるなんて反則じゃない」
「女が下品なことを口にするな」
「くの一になに言ってんのよ」

 その後も呻くように「女がいい」「女になってよ」と繰り返していたら、仙蔵はやれやれとため息を吐いた。

「女装ならばしてもいいが」
「女装じゃ意味がないのよ。去勢してほんとの女になってきてよ」
「無茶なことを言うな」
「……私のことが好きなんでしょう?」

 ならやって、と再度言うと、仙蔵はまた大きなため息を吐いた。それまで途絶えることなく頭を撫でていた仙蔵の手が離れていく。
 さすがに怒っただろうかと思っていると、離れたはずの仙蔵の手が、今度は首筋をゆっくりと撫でた。反射的にぴくりと震えると、仙蔵の気配がさらに近づく。
 そして、そっと耳元で。

「お前は、そうやって私を試しているつもりかもしれないが」

『ねぇ、仙蔵』

「何度問われても、私の答えは変わらない」

『あなたは』

「私は」


『本当に、私のことが好き?』


「──私は、お前が好きだよ」






 ゆっくりと、目を開く。仙蔵の膝から顔を上げると、すぐ傍にある黒い瞳が私を映す。その女と見紛うばかりの端正な美貌は、時折私の心をかき乱す。
 本当にあんたが女ならば。もしくはもっと醜い男だったなら、私はここまで不安になんてならなかったのに。
 仙蔵の手が、私の頬に触れる。長い、鍛えられた男の指。私の腰に回される腕の力も、その気配も匂いも、全部が確かに男のもので。

「どうして」

 仙蔵の瞳が近づいてくる。触れる、私と仙蔵の鼻先。私よりほんの少し冷たい男の温度。さっきと同じ、幼子を慈しむような優しい仕草。
 どうして、私は。

「あんたなんか好きなんだろう」

 柔らかに重なる、唇と唇。
 男と女の愛の証は、身体を求め合うことだけだ。
 そしてそれは偽りに満ちた行為なのだと、私はずっとそう思って生きてきた。
 男は女の身体が好きなのだ。それは本能なのだから仕方ないのだと、理解していても不安になる。

 身体をいくら重ねても、心が伝わることはない。
 いっそ人と人とを隔てる全てがなかったならば、魂としてだけの在り方ならば、私はもっと素直になれたのだろうか。

「仙蔵、寝たいの?」
「お前が私を求めてくれるならば」
「……じゃあ駄目」

 いらない、と仙蔵を押しのけると、小さく笑ってまた抱き締められた。
 柔らかくない、いい匂いもしない、心地よくもない男の身体が、私のぜんぶを閉じこめる。

 雨の音すらもう聞こえない。ここにあるのは二人分の温もりだけ。
 甘やかされるだけの私と、私を甘やかしてくれる仙蔵と。

 手と手がゆっくり繋がれる。なにかを確かめるように。縋るように。離れないように。

 共にいても共にいなくても、きっとこの不安はなくならない。
 それが人を愛している証なのだと。私はようやくに分かりかけていた。

 繋いだ手を強く握る。握り返す代わりに、仙蔵は私を抱き締める。


 ──あなたの全部を私にください。

 
 私は最後の願いを口にして。
 仙蔵は、その願いを叶えてくれた。