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照星



照星夢『捧げる思慕』


 眼下で、動きがあった。
 ゆっくりと目を細める。大きな武家屋敷の門前に、何人もの共を連れた豪奢な籠が着いた。門から出てくる使用人達が、恐縮したように幾度も頭を下げながら、籠から出てきた男を迎え、中へと案内する。

 あれが標的だ、と隣で低い声がした。私は小さく頷くことで返事に代え、ここまで抱えてきた火縄銃を構え、今まさに門をくぐろうとした男へと、試しに狙いを定める。

「撃てそうか?」
「はい。特に問題はないと思います。私一人では困難でしょうが」

 答えている間に、標的の男は門の向こうへと消えて行った。小太りのその男がどういう素姓かは知らない。名前も、そしてなぜ殺されようとしているのかも知らない。別に知りたくもないし、興味もない。
 私にとって大事なのは、この仕事を手伝って欲しいと、照星さんから声をかけて頂いたことだけだ。

「私でもそうだ。だが二人でならば確実に仕留められる。そう判断したから君を呼んだ。……次に出てきたときが撃つときだ」
「はい。了解しました」

 火縄銃は重い。構えていたそれを下ろし、ほぐすためにゆっくりと手首を回す。その私の隣で、照星さんも火縄銃を撃つ用意を始めた。

 学園に入って五年。女子にしては珍しいと言われ続けながらも、私はずっと火縄銃を獲物として学んできた。本来忍者は派手な武器を使うべきではないのだろうけれど、戦忍、それも狙撃手になりたいという私の希望を、先生達はよく汲んでくれた。名手と名高い照星さんに、こうして手ほどきをして頂けるほどに。

「出てくるまでには四半刻ほどかかるはずだ。それまではゆっくりとしていればいい」
「分かりました」

 切り立った山の一角、生い茂る木々で隠れたここから、山の麓に広がる武家屋敷の門を狙う。標的が門から出てきて、籠に乗るまでの一瞬の間。弾道からこの場所もすぐに割れるだろうから、その一瞬で仕留めなくてはならない。照星さんに告げた通り、私一人では確実とは言えない仕事だ。
 けれどおそらく、照星さんならば一人でも充分にこの仕事を遂行できるのだろう。私を相方にと選んでくださったのは、私を育てる意味もあったのだと思う。
 それは、とても光栄なことだ。

 五年生の中では、いや、謙遜せずに言えばおそらく学園生徒の中では、火縄銃の腕に限って私が一番だとは思う。けれど、たったそれだけだ。単に学園生徒の中で、私が火縄銃に一番時間をかけたというだけだ。照星さんや山田先生、利吉さんと比べると、比べること自体が恥ずかしいほどに私は未熟だから。

「……こんなことを言うのは今更かもしれないが、君みたいな子は珍しいね」

 沈黙が気になった、というわけではないのだろうけれど、おそらく私の緊張を解くために、照星さんがそう話しかけてくださった。私はじっと下に目を向けたまま、口を開く。

「女が火縄銃を選ぶことが、ですか」

 それは聞かれ慣れていたことだから、驚きはしなかった。ただそうご本人が口にしたように、今までに幾度も私を指導してくださった照星さんが、今更にそれを訊ねてこられるのは、不思議な気がしたけれど。

「いや? 女性でも男性でも、火器の才能に隔たりはないよ。火器は重いものが多いから、扱うときに男のほうが楽だというだけだ。ただ、君はその年にしては随分落ち着いていると思っただけだよ」
「……口下手なので、戦忍になろうと思ったんです」

 口下手というよりは、寡黙なのだろうと、自分事ながらそう思う。それで困ったことはないけれど、照星さんが気になさるなら改めようか。

「責めているわけでも驚いたわけでもないよ。気を悪くしたならすまなかった」
「いいえ、少しも。よく言われますからお気になさらず」

 本当のことだ。私は話すことと笑うことが苦手だ。嫌いだとかではないけれど、人には得手不得手というものがある。
 けれど、口にしなくては決して伝わらないこともある。それを理解するほどには、私も年を重ねている。
 すぐ傍に置いてある、自分の火縄銃をそっと撫でた。固い鉄の感触は、指先に少しの冷たさを伝えてくる。ゆっくりと息を吐いて、指を戻した。

「私が火縄銃を選んだ理由は、簡単です。学園に入ったばかりの頃に、火縄銃の手練れのひとの技を見ました。それだけです」
「その方は、山田先生かな?」
「いいえ、あなたです」

 照星さんの纏ういつも静かな空気が、少しだけ揺れた。怪訝そうに眉をほんの少しひそめた顔を思い浮かべて、私は目を閉じて、続ける。

「夏休みで家に戻ったとき、近くで戦が起こりました。思い出したくもない記憶ですが、一つだけ感謝していることがあります。あなたの技をすぐ近くで見れたことです。とても綺麗でした。このひとのように撃ちたいと願って、それから火縄銃を手にしました」

 今思えば、照星さんがどちらの陣営にいたのかも分からない。もしかしたら私にとっては敵と言える勢力だったのかもしれない。でもそんなことはどうでもよかった。山に逃げ込んだ私が目にした狙撃手の姿は、ただひたすらにとても綺麗で、勇ましかった。

「……覚えておられなくて当然です」

 無言の照星さんに、私はゆっくり目を開く。ずっと。いつか言葉にしようと思っていたことだ。

「私はあのとき、あなたの名前を噂でしか知らなかった。だからまさか本当にお会いすることになるとは思いませんでした。しかも学園で」

 佐武村の鉄砲隊。学園と懇意になってからは、私のように火器を獲物に選んだ生徒達を、照星さんは時折指導してくださるようになった。だからこそ、こうして二人きりで話すことも出来る。
 しばしの沈黙の後、それまでずっと黙っていた照星さんが、口を開いた。
 静かで、小さな声だった。

「君は、私を恨んでいるのだろうか」
「まさか」

 恨みなど欠片もない。本当だ。ただあのとき見たひとがとても美しくて、私もそう在りたいと望んで、そしてここまで来ただけのことだ。

「感謝しています。どうか誤解しないでください。私はあなたに憧れた。ただそれだけです」
「……そうか」
「はい」

 頷き、それから、自分の吐いた嘘に気づいた。
 ……憧れた。それだけではなかった。
 機会は今だろう。そう冷静に判断して、私は荷物の中から火種を取り出す。そろそろ撃つ準備をしたほうがいい。

「照星さん、一つお聞きしてもいいですか」
「なんだ」
「あなたは年下はお嫌いですか」

 ぴたりと空気が一瞬止まる。しばし迷うような沈黙の後、照星さんも火縄銃と火種を取り上げ、撃つ準備を始めた。それから数呼吸して、

「どういう意味かな」
「年下の火縄銃好きの女はお嫌いですか」
「好きか嫌いかで言えば、嫌いではない。……その言葉通りの質問ならば」
「ありがとうございます」

 年上が好みだと言われたら、諦めざるを得なかったけれど。

「そうです。今のはただの告白です、照星さん」

 珍しく、照星さんが困ったような気配を纏っている。それが少しだけ楽しくて、私は久しぶりに小さく笑った。火縄銃を持ち上げて、構える。門にはまだ動きがない。
 また銃を下ろしたとき、やれやれとした照星さんの声がした。

「君のそれは、思慕ではなく畏敬だろう」
「……ええ、私も初めはそう思いました。なにしろあなたは、私がずっと憧れていたひとです。きっと混同しているのだと思っていました。けれど違うようです。あれから五年、私なりに真剣に考えて出した答えです。私はあなたをお慕い申しております、照星さん」

 ああ。やっと言えた。

「私は幸せなのでしょう。好みの男性に必ずしも惚れるわけではありません。好みとは真反対の相手に思慕を抱くときもあると聞きます。けれど私は、尊敬している男性に捧げることが出来ました」

 それも一途に、だ。

「返事が欲しいとは言いません。困らせてしまったなら申し訳ありません。ですがどうか、子どもの言うことだからとは思わないでください。五年です。ずっとあなたを想ってきました。その時間は私にとって、大切なものです」

 門の空気が変わる。火縄銃をもう一度持ち上げて、構える。隣で、照星さんも同じように構えたのが気配で分かる。火種を落とし、引き金に指をかけ、目を細めた。

「君は今、何歳だ」
「十四です」
「卒業は」
「あと一年と数ヶ月です」

 閂が抜かれ、門が開く。初めに出てくるのは、来たときと同じようにぺこぺこと中に向かっておじぎをする使用人達。

「ならば、卒業までだ。卒業してもその気持ちが変わらなければ、もう一度私のところに来なさい。……そのとき、私も君のことを真剣に考えよう」
「ありがとうございます。それで充分です」

 息を吸い、ゆっくりと吐き、呼吸を止める。
 標的に向けて、確実に照準を合わせる。
 あと少し。もう少し。


 一、二、三。


 同時に、引き金を引いた。