拍手お礼創作log

山田利吉



山田利吉夢『逢引未満』


 冬が近くなると、木々はぽとぽとと枝葉を落とす。朝に綺麗に箒で掃いても、昼頃にはまた落ち葉でいっぱいになってしまう。季節柄、あまり人目につかないところはそれでも仕方ないけれど、門前のように人通りもお客さんも多い場所は駄目だ。日に幾度か箒をかけなければ、学園の見栄えというものが悪くなる。入り口を常に綺麗にするのが大事なのだと、学園に事務員として就職してから吉野先生に教えて頂いた。
「よし、これくらいでいいかな」
 今日二回目の門前掃除を終えて、私は小山になった落ち葉を庭の端へと寄せる。もう少し集まったら焼いてしまおう、と思いながら掃除道具を片付けていると、こんこんと門の通用口の扉が叩かれた。
「あ。はーい、少し待ってくださいね!」
 門に向かって声をかけ、手早く掃除道具を定位置に戻す。今日は備品の搬入も忍務から帰ってくる生徒もなかったはずだ。とすると、生徒の保護者か、気まぐれな学園長先生のご友人か。駆け足で通用口に辿り着き、「どなたですか?」と門の向こうへと声をかけた。
 返ってきた声は、若い男のものだった。
「山田利吉です」
「…………」
「もしもし? 山田利吉ですが」
「…………」
 うーん。
 通用口から一歩引き、どうしたものか、と私は首を傾げる。山田利吉。無論知らないわけじゃない。山田先生のご子息で、教師陣や生徒からも信望の厚い、仕事中毒のフリー忍者だ。
 さてどうしようかなと悩んでいると、ふいにすぐ後ろに誰かの気配が降りた。次いで、先ほどまで扉の向こうにあったはずの声が響く。
「あの、どうなさったんですか?」
「……利吉君。門開けてないのに飛び越えて入るのやめてくれないかな……」
 振り向いた先には、まさに今まで分厚い扉の向こうにいたはずの利吉君が、不思議そうな顔をして立っていた。今日も仕事帰りなのか、手足の傷や匂いにほんの僅かに戦闘の跡が残っている。それをほとんど感じさせない小綺麗さが、利吉君らしいけれど。
「いえ、返事がないのでどうされたのかと。それに、これしきの門構えでしたら、私にとっては無門と同じですから」
「……まぁ、それでもちゃんと毎回扉を叩くのは褒めてもいい……のかなあ」
「いえ、それが礼儀というものですし。あ、入門表に記入しますね」
 にこにこと利吉君に手を差し出されて、私は仕方なしに入門表と筆をその手に渡す。慣れた手つきで記入し終えて、またその二つが私に戻ってくる。
「どうぞ、お返しします」
「ん、山田利吉……はい、どうも」
 受け取ってざっと名前を確認する。山田利吉。筆跡から見て、五年の鉢屋君の変装ということもないだろう。……私が筆跡を覚えてしまうほどに利吉君が頻繁に来ている、という意味だけど。
「それで利吉君、今日は山田先生にご用事? 洗濯物は持ってないみたいだけど」
「いえ、今日は違います」
「あ、じゃあドクタケ城とか悪い城の動向を学園長先生に報告に来たとか? 株上げようとして」
「違います」
「なら、特に意味もないのに食堂のご飯食べに来たの? 特に意味もないのに」
「いえ、ですから……」
「じゃあ利吉君、なにしにきたの?」
「…………」
 思いきり首を傾げて顔を覗き込んでやると、利吉君はちょっと視線を逸らして、それからやれやれと私と目を合わせた。拗ねたように。
「……あなたに会いに来たんですよ。どうしてそういじわるばかり言うんですか」
「あ、じゃあもう特に用事ないよね? 帰る?」
「さらに、なぜそうさっさと帰らせようとするんですか。あなたが元気かどうかを見に来たんです」
「あ、元気、ものすごく元気だから心配しなくていいよ。はいこれ、出門表と筆ね」
「ここまで言われると逆に帰りたくなくなるんですけど……」
「いやいや、別に帰れなんて言ってないよ? でも私もこれから仕事がないわけじゃないしね? 利吉君もう用事終わったって言ってたしね? 簡単に言うとそう、利吉君って空気読めないひとだよね?」
「……生まれて初めて言われましたが……。もしかして、今日はお忙しいんですか?」
「ううん全然」
 きっぱり言い切ってしまって、さすがに利吉君もむっとした。しまった、言い方を間違えた。
 珍しく不機嫌そうな利吉君の顔が、なら帰りませんよと言っている。しょうがない。私は差し出していた出門表と筆を戻し、学園内の長屋を指した。
「じゃあちょっと休んでく? 今時間あるし、適当にお茶淹れて出してあげる」
「や、適当って……。でも、いいんですか?」
「いいよ、今日は忙しくないからね」
「そうですか」
 利吉君はにっこり笑って、「じゃあお言葉に甘えて」と私の隣に並ぶ。うーん。こういうときにいつも思うけれど、利吉君はなんというか、本当に女子好みの仕草と顔をする。狙ってないんだろうけど。嬉しそうににこにこしてる利吉君を連れて、私は今日は使われていないはずの賓客用の小間へと進む。牧之介ならともかく、利吉君ならそこに通しても怒られないだろう。
「でも珍しいですね。いつもお忙しそうなのに」
「うん、まぁ、たまにはね」
 事務員は意外に仕事が多い。名の通りに事務的なことから、学園に関する用務員的な仕事まで、かなりの量をこなさなくてはならない。でも、ごくたまにこういう日もある。
「あ、利吉さんこんにちはー!」
「こんちは、利吉さん! 山田先生なら職員室ですよ!」
「やあ、みんな。今日は父上に用事じゃないんだ」
 通りすがりに、利吉君は一年は組の生徒達と和やかに会話を交わす。あ、利吉さんだ、と他の生徒達も次々に声をかけ、利吉君はそのたびに笑顔を向ける。下級生だけではなく、上級生もだ。この人気者め。
「ご無沙汰しております、利吉さん。今日は学園になんのご用ですか? もしや、戦ですか?」
「あほか文次郎、野暮なことを聞くな。恋人に会いに来られたに決まっているだろう。そうでしょう、利吉さん?」
「ははは、まあ、一応ね」
 同じく通りすがりの仙蔵君が、私と利吉君に向けて意味ありげに微笑む。利吉君はそれに頷いて、またねと二人に手を振った。そして、なんだか嬉しそうに私を見る。
「ほら、あの子達でも私の用事を分かってくれてるじゃないですか。やっぱりみんなも私達を恋仲だと──」
「あら、利吉君って恋人いるの? 誰? まさかうちの女子生徒に手ぇ出してないでしょうね、この幼年好み」
「……あのですね」
「ま、さすがに冗談だけどね」
 小声で呟くと、利吉君は呆れたように「否定するにしても声が小さすぎます」とため息を吐いた。だって、ほっとくと恥ずかしいことべらべら言うし。
 人の多い渡り廊下を通って、私と利吉君は賓客用の小間がある教職員用の長屋へと入る。ここまで来るとあまり人目もないから、少し楽だ。
「そういえば、小松田君は今お昼休みですか?」
「ん、どうして? 小松田君に用事?」
「いえ、全く。ただ、いつもはあなたのそばでわーわー騒いでるのに、今日は姿が見えないと思いまして」
 怪訝そうに首を傾げて、辺りを窺う利吉君。そこらから突然に小松田君が出てくるかもしれないと警戒しているように見える。
「小松田君はね、今日はお休みなの。朝早くに、『今日はお兄ちゃんのお手伝いするんです!』って実家の扇子屋さんに帰って行ったから」
「ああ……なるほど」
 それで納得したように利吉君は頷き、真顔で言った。
「だから、今日はお暇なんですね」
「ん……いや、まあね……」
 肩をすくめて、私も小さく頷く。小松田君はいい子だし可愛いけど、ちょっとおっちょこちょいなところが玉に瑕だ。いい子だし可愛いけど。
 利吉君がちょっとほっとしたような顔になる。私はそうでもないけれど、利吉君は小松田君が苦手というか、つまりは相性が悪いんだろう。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
 茶室のように狭い小間。けれど内装はほどほどに豪華だ。そこに利吉君を通して、用意されている客用座布団を勧める。
「そこに適当に座ってて。今適当にお茶煎れて適当にお茶菓子探してくるから」
「いえそんな、お構いなく」
「あ、じゃあ帰る?」
「お待ちしています」
 さっさと腰を下ろす利吉君に、強情だなーと思いながら、私は小間を後にして食堂へと向かった。


 丁度良く食堂のおばちゃんがお湯を沸かしていたので、少し頂いてお茶を煎れた。それと「利吉君が来てるのかい? じゃあこれどうぞ」とおばちゃんのお八つのお煎餅まで頂いてしまう。私もお煎餅は好きだしいっそ先に一人で食べてしまおうかと思ったけれど、さすがに止めて、お茶とお煎餅を盆に載せて小間へと向かった。
 熱いお茶が飲み頃になるように少し時間をかけて戻ると、廊下は出たときと同じでしんと静まり返っていた。私は事務員をする前は忍者志望だったから、多少の気配の有無は読める。けれど利吉君の気配は、近くにでもいないとかなり希薄だ。だからなんとなく、利吉君がいるときはその気配を読むのが癖のようになっている。いつも通りに希薄だけど、その気配が小間の中にあるのをなんとか読んで、戸を開けた。
「はいはい利吉君、適当に淹れたお茶とおせんべ…………あれ」
 中の様子を見て、きょとんとした。一呼吸分ほどどうしようか迷った後、静かに戸を閉めて中に入る。
 利吉君は胡座の上に頬杖をついて、瞼を下ろしていた。ここまで来れば分かる。これは演じていない、確かな寝息。
 おやおや。
「…………ふーん」
 一流のプロ忍者とはとても思えない、無防備な顔。今なら刺そうと思えば刺せそうねと考えながら、私は盆を机の上に置き、利吉君へと近づく。
 目の前で膝をついて、その額にそっと指先を触れてみると、普段体温が低いはずの利吉君には珍しく、微熱が伝わってくる。
 疲労の色が濃い。どうせここに来る前に仕事を掛け持ちして、しかも早く終わらせようと急いだのだろう。いつもそうだから。
 仕事中毒の山田利吉。いつか過労死するわよと冗談交じりに告げてはいるけれど、今のままではそれが本当になる日も遠くなさそうだ。
「……だから、帰れって言ったのよ」
 ぺちん、とその額を叩く。それでも利吉君はなんの反応もしない。あまりに深く寝入っているのか、あるいは……。
 このまま少し寝かせてあげてもいいかなと思ったけれど、そんな優しいのは私の趣味じゃないし。
 だから一つため息を吐いて、いつものように声を荒げた。
「だっから、とっとと帰れって言ったのよ」
「……二度言わなくてもいいでしょう」
「狸寝入りしてる男に優しくしようとは思わないの」
 いくら多少疲れているからって、急所の眉間に触れられて目覚めない忍者なんているはずない。
 利吉君はちょっと困ったように、私から視線を逸らす。
「……初めは本当に寝てましたよ」
「知ってる。最初から寝たふりしてたら苦無投げてた」
「あなたの場合、本当にしそうだから怖いですね」
「したところで絶対にかすり傷も負わないくせに」
 華麗に避けるか弾かれるか逆に受け止められるかが目に見えている。残念ながら、私の腕では利吉君に絶対に敵わないから。
 なんとなくそれを改めて思って、利吉君を八つ当たり気味に睨むと、利吉君はなんだか曖昧に微笑んだ。
「……あなたになら切られてもいいですけど」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさとお茶飲んでお煎餅食べて帰って寝なさいよ。どうせ明日も仕事でしょう」
「心配してくれるんですか、嬉しいです」
 途端にこにこした利吉君が憎たらしくて、ぺちんと額を軽くはたくと、また笑みを深くして、今度は頭を撫で返された。……うーん。憎々しい。
「……とりあえずお茶、冷めちゃうから早く飲んで。高い茶葉じゃないけど」
「頂きます」
「お煎餅は食堂のおばちゃんからあなたにって」
「ああ、ありがとうございます。帰り際にお礼を言っておきます」
「うん」
 頷いて、私も自分の湯飲みに手を伸ばす。
 利吉君はよく忍術学園に来るけれど、私に会いに来るのは特に疲れているときが多い。それがどういう意味なのか私にはよく分からないし、分かったつもりになったところで、疲れてるときにこんな女に会ったらさらに疲れないだろうかと思うだけだけど。まあきっとマゾなんだよね、と無理矢理こじつけて納得するようにしている。
 利吉君はあまり長くは止まらない。次の仕事が詰まっているからだろう、一刻ほど話したら、すぐにまた帰って行く。泊まるときは別だけど。
 利吉君、なんで疲れてるときにわざわざ私に会いにくるの?
 そう聞くのは簡単だ。そしておそらく答えも決まっている。
 ──疲れているから、あなたに会いたいんですよ。とでも言うのだろう。にっこりと。
 それを聞いたら今の私はまた頭くらいはたきそうだから、とりあえずまだ口にしない。いつかそれが恥ずかしくなくなったら、聞いてみよう。
 利吉君が三枚しかないお煎餅をどう分けようかと子どもじみた顔で悩んでいるのを見ながら、私はお茶を飲むふりをして小さく微笑んだ。利吉君から見えないように。