拍手お礼創作log
雑渡昆奈門
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雑渡昆奈門夢『偽りの睦言』 とある眠気を誘う温かな午後。 医務室で簡単な薬の調合をしていた私は、ふいにあることに気付いて身震いした。 今日の保健委員当番は私一人。職員会議で先生達のほとんどは学園長先生の庵にいらっしゃる。 ということは、だ。 「……まさかもうそこらにいないでしょうね、あのおじさん」 「ひどいなあ、さっきからずーっと君の後ろにいたのに。気付いてなかったのかい?」 「っ!」 反射的に振り向くと、まさに私の後ろで、我が物顔で寛ぐ曲者の姿があった。持参してきたらしい『タソガレドキ備品』と縫い取りされた座布団に座り、ちゃぶ台の上には下級生が面白半分で医務室に用意していた『こなもん』と書かれた湯飲みまで置かれている。どこから湯を持ってきたのか、こぽこぽと目の前でそれに茶を淹れられては、確かに私が長い間気づかなかったと理解せざるを得ない。 「……また来たんですか、雑渡さん」 「またとは酷いね、君にわざわざ会いにきたのに」 ああああ、嫌な予感が即行で的中した。私は調合途中の薬が散らからないように横へと押しやり、お腹に力を入れる。このひととやり合うためには、気合いを入れなくては駄目だ。 「頼んでませんから帰ってください。大体、今日だってお仕事なんでしょう?」 「そんなこと言わずにおじさんの相手してよ。仕事中なのに、わざわざ君のために抜けてきたんだよ?」 「ちょっと! ご自分のさぼってる理由を私に押しつけないでくださいよ! また私が諸泉さんに怒られるんですからね!?」 「あ、このお団子とお煎餅どうしたの? あーん」 「あああああちょっと! なに勝手につまんでるんですか、やめてくださいよ!」 伊作先輩がこの変な曲者に恩を売ってから(またあのひとは余計なことを)、この厄介なおじさんはなにかにつけて医務室にやってくる。最初は伊作先輩や下級生と戯れるために来ていたのに、いつの頃からかなぜか私を気に入って、ちょくちょく私目当てで顔を見せるようになった。私にとってはもの凄く迷惑な話だけど、まあつまりはたぶん、ぎゃーぎゃー騒いでしまう私の反応を見るのが楽しいんだろう。 「あれ、なにこれ、薬草団子?」 「そーですよ。こっちは薬草煎餅です。今年は思いのほか薬草園が豊作でして、とりあえず団子と煎餅に練り込んでみたんです。上手く商品化出来たら保健委員の委員会費に補填出来ますからね! 幸運団子と幸運煎餅と名付けるつもりです!」 「ふーん……でもこれ、すごく苦いよ」 「でしょう? 苦いほうが体にいいって感じがするじゃないですか。実際胃の働きをよくする薬草と気分の落ち着く匂いの薬草を練り込んでますから、味はともかく効能は……って、何個団子食べてんですか! もー! 試作品なんですからそれ以上食べるならお金払ってください!」 「まあまあそんな固いこと言わずに。……あー、この煎餅も苦いねー、たまらない苦さだねー青春のほろ苦さだねー。おじさんいろいろ思い出しちゃうなー」 「ここは若人のための学園です。無関係な年配の方はお帰り頂けませんか」 「やだよ? だってここにいたら君のことからかって遊べるし」 「うあああ最悪……また諸泉さんに怒られる……! 私のせいじゃないのに!」 「私も一緒に怒られてあげるから」 「怒られるべきはあなただけでしょーが!」 がーっと拳を振るってみせると、はははは、と雑渡さんは楽しそうにそれを避ける。座布団の上に座ったまま、煎餅をぽりぽり食べながら。 むかつく。 「まぁ、そう怒らないで。ほら、お土産に特大饅頭持ってきたよ。女の子ってこういうの好きだろ?」 「うわ、でか! なんですかこのうさぎ饅頭! 普通の十倍くらいありません!?」 「可愛いくて他にないものをって頼んだら、尊奈門が渋々買ってきてくれたんだ。可愛いだろ?」 「また諸泉さんですか、可哀想! ってかこんなに食べられないですよ。可愛いですけど、あんまり大きすぎ……」 「大丈夫だよ、これ二つに割ったら、中から普通の大きさのうさぎ饅頭がころころ出てきてね……」 「なにがどう大丈夫……って、うわ可愛い! ある意味えぐい気がするけど可愛い! すごくちっちゃいうさぎ饅頭もいる! でもやっぱりちょっとえぐい! でも可愛い! でもこんなに食べたら太ります!」 「もーわがままだなー、そんなこと言うなら私一人で食べ…………甘いねこれ」 「そりゃ女の子用ですから甘いでしょうよ。……仕方ないですね、おじさんは苦い団子と煎餅でも食べててください」 「あれ? 食べてくれるの」 「うさぎ饅頭と諸泉さんには罪はないですから……ってなにこれ甘……ものすごく甘……」 「ね? だから言っただろ?」 にいーっと笑う曲者に、くそうまたいろいろとからかわれたに違いない、とむっとする。でもそれも一時的なものだ。もう慣れた。 どうせ私なんて、このひとにとって暇つぶしの道具の一つにすぎないのだろう。大体、相手はただの変なおじさんではなくてタソガレドキの組頭だ。遊ばれているならまだマシなほう、と言えるかもしれない。 今はいい。でも、いつ豹変するか分からない。このひとは『なんとなく』という理由だけで、忍術学園を潰せるかもしれない。 だから 信じてはいけない このひとが私を気に入ってるように見えるのは ただの遊びで 深い意味など なにもないのだと そう理解していなければいけない そう このひとにとって私は どうでもいい存在なのだから 『君のためにも、私のためにも、この言葉が最善だ』 囁かれる言葉は冷たく。それでいて月の光のように優しく。 『いいかい? ちゃんと覚えておくんだよ。君がそうと理解していなければ意味がない』 繰り返し繰り返し、耳に届く言葉は、 『──私は、君に興味などない』 繰り返し。 『──君でなければならない理由なんて一つもない』 繰り返し。 『──君に執着など欠片もない』 ええ、分かっています雑渡さん。そんなに言わなくても大丈夫。ちゃんと聞こえています。知ってます。……知ってます。 『考えてはだめだ。君は私の言葉を信じていればそれでいい』 言われた通りに、その言葉をただ聞く。善悪の分からぬ赤子のように。その言葉だけを呑み込むように。 『私が君の傍にいるのも、君を気にかけるのも、すべて愛玩の道具としてだ。……君でなければならない理由は、ない』 愛玩? 笑ってしまう。私を本気で可愛がったことなどない一度たりともないくせに。 そう。このひとの傍にいるのが私でなければならない理由など、なにひとつとしてない。 『いいかい? ……君は私の、替えの利く道具のひとつだ』 替えの、利く、道具。繰り返される単語に、一つずつ頷く。頷く他に、術を知らない。このひとの言葉に逆らう、その術を知らない。 頬に、乾いた包帯の感触。意識が奥に奥にと落ちかけていた。目の前の、僅かに揺れる片目が、私を覗き込んでいる。 まどろむ意識の中、その言葉に自分が塗り替えられていくのを感じる。それがあなたの意志ならば、私は決して逆らえない。 『──私は、君など愛してはいない』 最後に囁かれた言葉に、ゆっくりと頷く。 毎度のことだ。その目に静かに促され、口を開く。 「私も、あなたなど愛してはいない」 そう囁き返したとき、頭が真っ暗に塗り潰され、私は意識を失った。 「あ、また来てたんですか暇中年!」 委員会に来たら、またちゃぶ台の定位置に雑渡さんが陣取っていた。なんだかもう、これが普通に見える程に慣れてしまった自分が嫌だ。 「おやおや、いつも酷いねえ。これでもいろいろやりくりしてここに来る時間を作ってるのに……あ、左近君、お茶のお代わりちょうだい」 「しかもうちの後輩をあごで使ってる! 左近、そんな仕事サボリ魔には雑巾汁入れてやんなさい」 「え……でも善法寺先輩が、丁重におもてなししてあげなさいって」 「伊作先輩ーーーーーーーーーー!」 思わず叫ぶと、医務室の隅にいた伊作先輩が、にっこり嬉しそうに頷く。 「ああ、そうなんだよー。幸運団子と幸運煎餅、雑渡さんがタソガレドキで配るからってたくさん予約してくださったんだ。お客様だから失礼なことはしないようにね。ね、数馬」 「はい! だから今、お団子とお煎餅用の薬草をいっぱいすり潰してるんです!」 「ふふふふふ、分かったらお茶の酌でもしてもらおうかな。ん、なんだいその嫌そうな顔は? 私の機嫌を損ねてもいいのかい?」 「えげつな……! 子ども相手にお金の問題を持ち出すとかものすごくえげつな……!」 「こなもんさん、この飴美味しいですー……」 「うんうん、たくさん食べていいからねー」 「伏木蔵まで買収して膝に乗せて……! もー! みんなして雑渡さんに毒されてる……!」 このままの勢いで新野先生まで雑渡さんに丸め込まれたらどうしよう。ってかまた諸泉さんに、組頭が仕事しないって怒られる! 「なんだい、羨ましいのかい? 仕方ないね、伏木蔵、飴の袋もらうよ」 「はーい、どうぞー……」 「ほらほら、私があーんしてあげよう。美味しい飴だよー?」 「うおおお、なんという屈辱……! 苦無投げたい……!」 「だめです先輩! 来期の保健委員会費がパーになっちゃいます!」 「そうだよ、ここはぐっと堪えて……!」 「ほらほら、左近君と伊作君もこう言ってるよ。ほらあーん。どうしたんだい? ん? いらないのかな?」 「……く、くぅ……! あ、あーん」 「はい、あーん。よくできましたー」 「ぬうううううう飴が美味しいのがまた腹立つ……!」 にやにやにやにやにやにやしている雑渡さんの前で、怒り任せにごりごり飴をかみ砕きながら、屈辱に震える。 「ああ、いいねえ、癒されるねえ……。きみをからかうと仕事のストレスが一気に消えていくねえ……」 「その代わりに私のストレスが半端ない勢いで溜まっているわけですが」 「先輩、耐えてください! 今期も予算会議で負けて金欠なんです!」 「そうだよ、来期の委員会費は君にかかってるんだ!」 「先輩ー、飴食べますかー……?」 「くそう、この道楽暇中年め!」 「んふふふふふ」 にやりにやーりと笑う曲者にちょっと本気で拳を叩き込もうとしたけど、寸前でやめた。本当にへそ曲げられたら面倒くさいことになる。 「じゃあ、お茶の酌をしてもらおうかな。隣においで、血気盛んなお嬢さん」 「はいはい分かりましたよもう! お隣失礼します、変態親父!」 「いやあ、若い子にそんなこと言われるとゾクゾクするねえ、はい飴だよ、あーん」 「あーん!!!」 がぶり、とついでに指を軽く噛んでやったけど、またにやにや笑われただけだった。むーかーつーく。 がりぼり飴をかみ砕く私を、雑渡さんは楽しそうに見てる。一体なにがそんなに楽しいのか。 なにがそんなに楽しいのかは知らないけれど、雑渡さんはこうやってしょっちゅー私をからかいに来る。結局はただの暇つぶしなのだろう。それ以外の理由がない。 今だけだ。このひとはきっとすぐに飽きる。それまでの辛抱だと思えば、諦められる。 「ああ、なんだか喉が渇いたねえ」 「はいどうぞ、お茶ですよ!」 「わー熱い熱い、そんな勢いよく入れたら跳ねまくって熱いよー?」 「はいどうぞ、お茶請けの毒入り団子ですよ!」 「言い切るところがすごいねえ。あ、ほんとに毒だね、これ」 「今日、くの一教室の調理実習で作ったんです。毒入り羊羹もありますけど、いかがですかっ!?」 「こなもんさーん、飴なくなっちゃいましたー……」 「雑渡さん、薬膳粥食べますか?」 こんなざわついたやり取りも、きっとあと少し。あと少しで消えてなくなるから。 だから。 ──私は、君など愛してはいない その言葉に、今日も頷いて応える。あなたがそれを望むなら。 私も、あなたなど愛してはいない。 |