善法寺伊作夢
一話『周知の事実』





 ……まだ検便を提出してない奴が五人もいる……!!

 各教室の検便提出表を見て、善法寺伊作は頭を抱える。すでに第一次提出に間に合わなかった生徒のための第二次検便なのに、こんなことではまた検便回収率が下がってしまう。しかもそのうち一人は教師だ。一年ろ組の担任だ。いくらバッチイからって教師が検便を嫌がってどうするんだ!
 ひとしきり心の中で唸った後、ふー、とため息を吐く。
 そしてしぶしぶと筆を取り、未提出の五人に向けて『第三次検便には必ず提出するように』と同じ内容の通知書を保健委員名義で書き出した。

 放課後は、委員会活動の時間。
 保健委員も勿論例外ではなく、いつもは静かな医務室も、今は保健委員達が集まって賑やかに作業をしている。
「三反田君、この薬は油紙に包んでくださいね。一袋で五個ずつですよ」
「はい新野先生。纏めてこっちの棚に入れていいですか?」
 薬箪笥の前では、数馬と新野先生が薬の整理をしている。
「川西先輩ー、なんか私がやると斜めになっちゃうんですー」
「僕の、つるつる滑って行っちゃいます……」
「お前達、本当に不器用だな。いいか、最初にしっかり巻いておけば失敗しないんだ。貸してみろ、まずこうやって……」
 その隣では、伏木蔵と乱太郎が消毒した包帯を四苦八苦しながら巻いているのを、左近が手本を見せてやっている。

 そして……、

「伊作君、どうだった?」
「っ!」
 突然に後ろから声をかけられて、伊作は驚いてびくりと震えた。振り向くと、最後の保健委員、が、伊作の後ろから文机の検便提出表を覗き込んでいるところだった。
 。学園ではおそらくたった一人の、志願しての保健委員。伊作が男子生徒全員と忍たま長屋の保健担当ならば、は女子生徒の保健担当だ。
 誰もが嫌がる保健委員に志願しているのは、どうやら将来、忍者相手の薬師になりたいかららしい。そのためは保健委員の仕事に関してとても熱心で、真面目だった。
「ええっと……あれ? 男子も未提出が多いね?」
 提出表を見ながら、は残念そうに首を傾げる。すぐ傍にいるせいで、屈んでいるの横顔がとても近いことにようやく気づき、伊作は慌てて声を上げた。
「あ、……ああ、五人未提出だよ。今三次検便の通知書を書いてたところ。そっちはどう?」
 伊作は動揺を無理矢理に押し隠して、提出表を掲げてみせる。は「それがね」と伊作の前に腰を下ろして、こちらも持っていた女子用の検便提出表を広げてみせた。
「こっちも駄目。三人未提出なの」
 男子生徒よりも、女子生徒のほうが人数が少ない。その上で三人未提出というのはむしろ比率で言えば忍たまのそれより多い数だ。伊作は顔をしかめて、うーん、と唸る。
 最上学年である二人は、新野先生を別とすれば、そのまま学園男女それぞれの健康を受け持つ立場でもある。検便を嫌がる生徒になんとかしてそれを受けさせるのも、仕事の一つだ。
「まぁ……女子はいろいろあるからね……」
「ううん、そのために二次は一次検便から半月ずらしてるんだもの。一人は頻発月経だから仕方ないけど、あと二人は怪しいね。便秘か月経狂いなら、ちゃんと報告してくるだろうし」
「でも女の人は仕方ないときもあると思うよ。それにしても野郎はなぁ……検便くらいまともに出せないで、立派な忍びになれるわけないのに」
 はー、と二人はため息を吐く。大抵毎回こうなのだが、たまには一次検便で全員すっきり提出させてみせたい、というのは保健委員が常に抱いている願いでもある。
「文面じゃ何枚書いても伝わりにくいよね。いっそ今度直接言ってみようかな」
「直接提出を促してみるってこと? うーん、どうだろう」
 伊作は軽く眉をひそめる。実際検便忘れ魔である小平太などには何度も提出するよう直接促しているが、「忘れなかったらなー!」と言いつつ、九割方忘れてくる。いや、この場合は相手が悪いのかもしれないが。
「あ、違うの。いっそのこと私が男子に、伊作君が女子に言ってみたらどうかなって──」
「えぇ!?」
 の言葉に、伊作は目を見開く。ということは、忘れ魔小平太や美しい私に検便なんて似合わないと逃げ回る滝夜叉丸に、が直接『検便未提出だから今すぐ提出して、はいマッチ箱これね、厠の前で待ってるから今すぐに出してほら急いで!』と無理矢理に検便を促すということで、いやいやまさかそんなことは…………
 ふむ。
「……いいかもしれないね」
「でしょう!? さすがにみんな、異性に言われたら恥ずかしくて嫌だと思うの!」
「『嫌なら、次からちゃんと一次検便で提出しろ!』って言えるしね。いい考えだよ、!」
 伊作だって女子に『今すぐ出してほら厠行って!』と詰め寄るのは少し胸が痛むが、これも検便提出のためなのだ、それくらいは我慢してもらうしかない。
「うん、ありがとう伊作君!」
 わーい、と二人は両手を叩き合わせる。あ、今の手に触った……? と伊作が気づいた時には、はもう手を戻して嬉しそうに微笑んでいる。
「じゃあ次からこの手で行こうね、伊作君! 目指せ検便全員提出!」
 花のようだと表現しても差し支えないような満面の笑顔。ああ可愛いなぁ、と伊作もつられて笑顔になる。
 は実技こそあまり得意ではないらしいが、薬師を目指しているだけあって教科の科目は軒並み好成績だった。保健委員に在籍しているため、応急手当等の技術も他の生徒と比べものにならないほど高い。伊作自身も似たような立場だから大きな声では言えないが、はくの一には向いていないだろうが、保健委員にはぴったりの人材だ。
 いつでも穏やかで、優しくて、とても真面目で前向きで、なにより委員会の仕事に一生懸命で。
 不運委員と誰からも嫌がられる委員会活動で、間違いなく幸運だと言えるのは、がいてくれることだと伊作は思う。
「うーん、でも出来れば仕方なしに提出させるんじゃなくて、検便の重要さを知ってもらった上で自主的に出すようにしてもらうことが大事だよね。今度用紙作って配ろうかなぁ」
 次は真剣に検便回収率を上げる方法を考えているに、伊作は気づかれないように小さく笑う。が緩く首を傾げる度に、その長い黒髪がさらさらと左右に揺れる。……ああ、可愛い。
 知らず、伊作の頬が赤くなる。は穏やかで優しくて真面目で前向きで一生懸命で、それにとても可愛い。けれど、多分自分はに関することには欲目があるだろうなという自覚はある。
 欲目。惚れた欲目だ。
 ずっと前から分かっていたことなのに、惚れてるんだと今一度思うと、鼓動が早くなる。
「伊作君? どうかした?」
「っ!?」
 突然の気配に、身を引く。いつの間にか、ぼんやりとしていた伊作の顔をがじっと覗き込んでいた。顔が、とても近い。長い睫とか、黒い瞳とか、柔らかそうな頬とか、……事実を認識するほどに混乱が酷くなった。
 ばくばくと鼓動が鳴り響き、顔に血が集まっていく。が不思議そうにきょとんとしている。これはまずい、どうにかして誤魔化さなきゃと伊作があたふたと口を開きかけた時、
先輩」
 救いの手は、下級生から伸ばされた。
「ん、左近君、どうかした?」
 ぱたぱたと駆けてきた左近に、が伊作の傍を離れて向き直る。助かった、と伊作はほっと息を吐く。
「あの、もし今お時間空いてましたら、包帯の巻き方を教えて頂きたいんですけど……いいですか?」
 真面目な左近は、嫌々入った委員会とはいえ、積極的に保健委員の仕事を覚えようとしている。は微笑んで、「うん、いいよ」とその場から立ち上がった。
「じゃあね、伊作君。邪魔してごめんね」
「そ、そんなことないよ。左近、しっかり教えてもらうんだよ」
「はい、伊作先輩!」
 頷いて答える左近を連れて、が医務室の隅に向かう。伊作は二人を見送ってから、今一度、安堵の息を吐いた。
 微かに聞こえてくる、が左近に教えている声を耳にしながら、伊作も筆を取って先ほどの続きを書き出した。



「検便の提出ってそんなに大事なんですか、三反田先輩」
「そりゃあな。生徒には当番制で食堂の手伝いだってあるんだぞ。保菌者が出たらあっという間に食中毒だ」
 ごーりごーり、と一年生二人は薬の原料となる木の実をすり潰している。騒いでいた六年生二人の会話はもちろん筒抜けで、伏木蔵と乱太郎が首を傾げるのに、隣で数馬が薬を計る天秤を磨きながら、軽く頷く。
「検便も検尿もしらみ検査もみんな大事だ。じゃなきゃ学園側が率先してやるわけないだろ」
「まぁ、そうなんですけど……」
「……検便なんて面倒くさいって……よくみんなに言われますし……」
「そこを説くのが保健委員の仕事だろ。バッチイからって逃げてちゃ、いざというとき困るぞ。さっき先輩も言ってただろ、検便の重要性をちゃんと理解させるのが大事なんだ」
 数馬がの言葉を繰り返すと、ふむ、ふむ、と一年生二人は神妙に頷く。
「そうですね、健康管理は一番大切な要素ですもんね」
「……善法寺先輩と先輩、すごく真面目に委員会のお仕事してるんですね……」
 二人は上級生への敬意を込めて微笑んで、次にふと同じ事に思い当たったのか、やや複雑そうな顔つきになる。
「それはともかくですね……先輩って……」
「……先輩……ね……」
 一年生二人は一度お互いの顔を見合わせると、同じ動きでと伊作に視線を向けた。熱心に左近に包帯の扱い方を教えていると、通知書を書きつつちらちらとそのの様子を窺っている伊作とを。
「……お前ら、余計なこと言うなよ」
 顔をしかめる数馬の制止も聞かずに、二人は異口同音に呟く。
『なんで気づかないんだろうね、先輩』
「……余計なこと言うなって言っただろ」
 ぱんぱん、と頭巾の上から一年生二人を軽くはたいて、数馬は一つ息を吐く。不運委員長が同じく不運委員六年のに惚れてるだろうということは、この委員会に所属していれば誰でも知っていることだ。あんなにも分かりやすいのだから、きっと同学年の忍たまにだってバレバレだろう。そしてあんなにもバレバレなのにどうして本人には伝わらないのか、それが後輩達にはとても不思議だ。
「……まぁ、善法寺先輩は不運ですからね……」
「ああ、そうかもね。私達不運委員の頂点に立つ不運委員長だもんね、あははは」
「あははは……」
「笑ってる場合かよ、お前ら。いいからさっさと手を動かせ、委員会活動だって遊びじゃないん──」
 ふいに、数馬が言いかけた言葉を呑み込んだ。なんだろうと乱太郎と伏木蔵が顔を上げると、ちょうどその時、が急いだ様子でこちらに駆け寄ってきていた。さきほどの今だったので、三人はもしやもしやあの小声での会話が聞こえたのだろうか、と一様に焦る。けれどは三人の前までやってくると、突然に「ちょっとごめんね」と数馬の腕を軽く引いた。
「え? あ、あの、先輩?」
「うーん……長さがなぁ……」
 は数馬の腕をしげしげと眺めて、首を捻っている。首を捻られた数馬は戸惑っているし、隣の一年生二人も同様だ。
「乱太郎君、伏木蔵君もちょっとごめんね」
「わっ」
「……ど、どうしたんですか」
 は数馬の腕を離すと、今度は一年生の腕を掴み、なにかを確かめるようにまた首を捻る。
「駄目かぁ……みんなまだ若いもんね。あ、新野先生、どこかな?」
 残念そうには二人の腕を離すと、きょろきょろと医務室を見回す。
「新野先生なら、先程職員会議だからって出て行かれましたけど」
「ああ、そっか……ええとじゃあ……あぁ! 伊作君だ!」
 はパンっと一つ手を叩いて、「ごめんね、三人ともありがとう」と声をかけてから伊作の元に向かう。一体がなにをしていたのか分からずぽかんとしている三人を置いて、は伊作に駆け寄る。
「ねぇ伊作君、もしよかったら少し手を貸してくれないかな?」


「……え?」
 突然に足早に近づいて言われた言葉に、ほんの一瞬思考が止まる。次の瞬間意味に気づいて、伊作は慌てて握っていた筆を置いた。
「うん、いいよ。どうしたの?」
 伊作が立ち上がると、はホッとした顔で、包帯を持って待っている左近のところに伊作を連れる。
「そこに座ってくれる?」
「う、うん」
 言われるままに腰を下ろす。左近が「ありがとうございます」と頭を軽く下げたが、まだどうして呼ばれたのか分からないので、とりあえず曖昧に頷いた。
 伊作が腰を下ろしたすぐ目の前に、が座る。は右手に包帯を握って、「見ててね」と隣に座る左近に微笑んだ。左近は「はい」と真面目な顔つきで頷いている。
、あの……」
 の頼みならなんでも聞くが、結局なにをすればいいんだろうか。伊作が不思議に思っていると、が伊作に向き直る。
「ちょっとごめんね、伊作君。ここに手を置いてくれる?」
 突然に、が伊作の右手を掴んだ。うわ、と声にならない声を上げる伊作には気づかず、は自分の左膝を立てて、伊作の右手首をその自分の膝の上に置き、「腕まくりしてくれる?」と言う。その体勢で、伊作もようやくに気づく。
「左近君に包帯の巻き方を教えてあげるの。伊作君、いいかな?」
「うん、いいよ」
「まず一般的な腕の長さで練習しないと、応用出来ないからね。左近君、慣れてきたら一年生のみんなや同級生に手伝ってもらって、いろんな腕でも巻けるように練習してね」
「はい!」
 なるほど文字通り手を貸せということだったのかと納得しながらも、伊作は鼓動が跳ね上がるのを感じる。の身体がすごく近い。しかも自分の右手がの膝の上にある。膝なんて今まで触ったことない、これからもないかもしれない。うわーー!
 一人で焦っている伊作にはやはり気づかず、は剥き出しの伊作の腕に自分の手のひらを置く。
「まずね、ここを怪我したとするとね、血液の流れから言って、止血はこの位置になるの」
 伊作の腕に両手で触れて、が左近に説明している。の少し冷たい手のひらが肌の上を滑って、正直伊作は冷静でいられそうもない。
「止血がある程度済んだら、次は傷口を消毒して布当てして、その上から包帯を巻くの。でも傷口を圧迫するようなきつい締め方じゃ駄目だから」
「はい」
 左近は熱心にの説明を聞いている。後輩がこんなにも真剣に勉強しているのに僕はなに考えてるんだと思いつつ、動悸は止まってくれそうもない。
「じゃあ、巻いていくね。まず他の巻き方でも一緒だけど、最初に少し端を残して、重ね巻きにするの」
 慣れた手つきで包帯を握り、は左近が見やすいようにゆっくりと伊作の腕に包帯を巻いていく。それは保健委員の仕事以外の何物でもないのに、どうしても伊作には、肌の上に残るの指の感触が気になって仕方ない。
「特に関節のところは難しいから、よく見ててね。腕を吊っていても、ここは包帯が緩みやすいから。曲げたり伸ばしたりしても巻きが崩れないように、こうやって斜め方向に折り返して八の字に巻いて」
 綺麗に包帯が巻かれている自分の腕を見つめながら、伊作はたった一つのことにしか集中出来ない。好きな子がいて、その子が目の前にいて、肌と肌が触れ合っていて相手の体温が感じられて。落ち着け? 無理無理無理無理、無理に決まってる。
「傷口を圧迫しちゃいけないって言ったけど、血流が悪くなる巻き方も駄目。末端に血が届かなくて、最低壊死しちゃうから。意識がある人ならともかく、そうでなかったら血が巡ってないことにも気づけないし。指が痺れたりしてないか、注意して」
 は言いながら、伊作の指先を軽く握る。何気なくだろうが優しく撫でるように触れられて、伊作はパニック寸前になる。が全然意識していないのは知っている。今だって伊作のほうを見ずに左近に教えているし、指は握られっぱなしだけど手持ち無沙汰だからそうしてるだけだろうし、そもそも今までだってが伊作の想いに気づいた様子を見せたことはないし、もちろんが伊作を想っているように見えることも全然無かった。
 だから誤解はしていない。は自分をなんにも想っていないと、理解している。理解はしているけれど、それでも、
 好きな女の子が目の前にいて。嫌がらないで自分の手に触れてくれているというのは。
 ──すごく嬉しいんだから、仕方ない。
「…………っ」
 顔が赤くなるのを止めるのってどうしたらいいんだっけ。俯きながら、伊作はどうにかしてこの事態を乗り切らなければと思案する。というかこんな程度のことでこんなにも動揺出来る自分が心配だ。好きだからって動揺しすぎだ。でも仕方ないじゃないか好きなんだから!
 堂々巡りの思考に今度は小さくため息を吐く。右腕の、が巻いた包帯。手首に感じるの膝。そして握られたままの手。本当なら握り返したいところを、ぐっと堪える。こうして触れてるだけで幸せなんだ、不用意にこの想いを悟られて気まずくなるなんてごめんだ!
「……伊作君?」
「は、はい!?」
 突然に呼びかけられて、伊作はぎょっと顔を上げる。物凄く動揺していたのを知られたのだろうか。びくびくしていると、が少し不思議そうに首を傾げている。
「なんだか身じろぎしてるから、どうしたのかと思って」
 気づくと、腕の包帯はもう全て綺麗に巻き終えられていた。それなのにまだ手を握られていることに、また動揺する。ああ駄目だ返事をしないと、と口を開きかけたその時、が「ああ」と納得したように微笑んだ。
「もしかして、厠かな? 我慢すると膀胱炎になるから、早く行ったほうがいいよ?」

 ぴき。
 身体が瞬時に固まった。そのままサラサラと砂になってしまいそうな心持ちの伊作の脳内で、幾度もの言葉が繰り返される。

 膀 胱 炎 。

 好きな女の子に、膀胱炎の心配をされた。

 ……いっそ、このまま本当に砂にでもなってしまいたかった。

「伊作君、どうしたの!? ご、ごめん、はしたないこと言った!? でもほんと早く行かないと細菌が入って膀胱炎になっちゃうし!」
先輩、待ってください! 善法寺先輩は大丈夫ですから、それ以上トドメを刺さないであげてください!」
「え、トドメ!? なんのこと!? ねぇ伊作君、大丈夫!?」
 なぜか必死に左近がを止めてくれているが、は無論全く理解出来ず、こちらの様子に慌てている。にはこれっぽっちも他意はないんだろう。むしろ心配してくれているのだ、それは分かってるんだけど。

「伊作君、ねぇどうしたの!? もしかして気分悪いの!? 顔色悪いし冷や汗も出てるし、あ、そうだ、私厠までついて行くよ、肩貸すから、ね?」
先輩、大丈夫ですから落ち着いてください! とにかく離れてあげてくださいー!」
 
 に心配され左近に庇われながら、伊作は胸に突き刺さるほどのダメージに回復不能になっていた。ふと先ほど異性に検便の提出を迫る作戦を立てていたことを思い出して、やっぱりあれは止めておこう、と決意する。検便を提出させるためなら少しくらい羞恥を抱かせても仕方ないと思っていたが、この恥ずかしさと脱力感は尋常じゃない。年頃の生徒を傷つけてはいけない、そう自分のように、と伊作はダメージだらけの頭でそう思った。






「……善法寺先輩が……大変なことになってますねー……」
「あの、止めたほうがいいでしょうか、三反田先輩」
 さすがの事態に、一年生二人はおろおろとする。数馬はしばし考えてから、首を横に振る。
「いや、いいだろ。それよりも俺達まで善法寺先輩の気持ちを知ってるって分かったら、先輩はそっちのがショックだろ」
「ああ、そうかもしれませんね……」
「……善法寺先輩、ちょっと可哀想……」
「とりあえず知らんぷりしてろ、左近もいるしな」
 言っている間にも、騒ぎは収まりつつあった。伊作が少しばかり回復して、心配して詰め寄るを「大丈夫だから」と落ち着かせている。
「でも、さっきは検便の話で盛り上がってたのに、膀胱炎なんか今更って感じがしますけどね」
「……自分の身になるとやっぱり違うんだろうねー……」
「ましてや惚れた相手だからなー」
 うんうん、と三者三様に頷く。
「仕方ないですよね、保健委員ですし」
「な。保健委員だし」
「……不運委員ですからねぇ……」
 口々に言って、三人は伊作に視線を向ける。

 視線の先で、伊作はようやく落ち着いたらしいに「伊作君、早く行ったほうがいいよ、厠」とまだ誤解されたまま、けれど本当のことを説明出来ないせいで「うん、行ってくるよ……」と立ち上がっているところだった。
 左近含む下級生達四人の同情的な視線を背負いながら、伊作は疲れたように医務室を出て行く。引き戸が閉まった瞬間、どた、と軽く蹴躓いた音が響き、うわぁ、と誰からともなく引きつった悲鳴が漏れた。
 立ち上がって廊下を歩いて行く伊作を、見えもしないのに視線で追いかけて、下級生はこっそりとため息を吐く。
 そして、「伊作君大丈夫かなぁ……。うん、やっぱり様子見に行こう」と立ち上がりかけたを、全員で慌てて引き止めた。




















 終