綾部喜八郎夢
四話『後悔してももう遅い』後編
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悩んでいたせいでご飯を食べるのが遅かった私を置いて、友達は先に帰ってしまった。単に私が変な様子だったから、一人にしてくれたということなのかもしれないけど。 いつもより大分遅くご飯を食べ終えて、私はまだ生徒達でわいわいと混雑している食堂をあとにする。 さて喜八郎はどこにいるかなと人気のあまりない廊下を歩いていたら、……あっさりと目の前に張本人が現れた。 「」 「っ!?」 びっくりして、一瞬言葉に詰まった。 「き、喜八郎」 「……なに驚いてるの?」 喜八郎は不思議そうに私の目の前に足を運んでくる。そのいつもと同じ様子に、私はほんの少しだけほっとした。よかった、怒ってるようには見えない。 ……いや。むしろ直接顔を見たら、逆に腹が立ってきた。なんでいきなり私の目の前に出てくるかな、あんた。ていうか大体私はどうしてあんなにも不安だったんだろう、どう考えてもこいつが悪いじゃない! 全部こいつが穴に落とすからじゃない! こいつが怒ってるはずないじゃない! 「奇遇ですね、喜八郎さん。こんな夜中にまた穴掘りですか」 「ううん。を待ってた」 「え?」 むかむかしてたから皮肉って言ったのに、喜八郎は意外なことを口にした。私を待ってたって。 「……いつから?」 私、ずっと食堂にいたのに。さすがにちょっと動揺して尋ねると、喜八郎はきょとんしてみせた。 「やっぱり気づいてなかったの。……の後ろでご飯食べてたのに」 「はい!? ……え、食堂で!?」 「そう」 もしかして、悩みすぎてて当人がすぐ傍にいるのに気づかなかったんだろうか。いやいやそんなアホな。どこまで悩んでるんだ私。 そんなまさかと焦る私を、喜八郎はじいっと見下ろす。 「なんかが変な顔してたから、気になって待ってた」 「へ、変な顔?」 しかも見られてたのか、あれを! 友達に不審がられるほどだ、よっぽど変だった自信があるのに! 「じゃあその場で声かけなさいよ! なんでわざわざ外で待つかな……!」 「すごく変な顔だったから、誰もいないとこで聞いたほうがいいかと思って」 「変な顔変な顔って繰り返さないでよ!」 「それで」 反射的に恥ずかしさよりも先にかあっと頭に血が上りかけた私を、喜八郎が遮る。じいっと、その猫みたいな瞳で私を覗き込んで。 「、どうしてあんな顔してたの?」 う。まさか本人に『あんたに嫌われてないか不安で悩んでた』なんて言えるはずがない。 口ごもった私をどう思ったのか、喜八郎はちょっとだけ沈黙を置いてから、ぽつりと尋ねた。 「怒った?」 「……え?」 「さっきの、立花先輩のときの。……嫌だった?」 そう尋ねる喜八郎はいつもの無表情に見えるのに……ほんの少しだけ、微かな不安みたいなものが伝わってきた。それは私の思い違いだったかもしれないけど、それでも私はたったそれだけで、今までの怒りが全部、すうっと消えて行ってしまった。 私と同じで、もしかしたら喜八郎も、私が気分を害していないか不安に思ってくれたのかもしれない。たったそれだけのことなのに。 「……怒ってないよ」 ほんとは今まさに結構怒ってたのに、そう言ってしまう。喜八郎は本当かどうか確かめるように私をじっと見て、それから「そう」と少しだけほっとした顔になる。 ……やっぱり不安だったんだ。喜八郎のその様子だけで、私は鼓動が高鳴る。喜八郎が私のことを気にしてくれたことが、すごく嬉しい。なんて単純なんだろう。恋ってほんとに厄介だ。 「。これから暇?」 ふいに手を繋がれて、どきっとした。喜八郎はすでにいつもの顔に戻っている。問いかけられた言葉に、反射的に頷いた。 「うん……用事はないよ」 「じゃあ、ちょっと散歩しない?」 言いながら、喜八郎が月を見上げる。それに倣って、今日は随分その光が明るいことに気がついた。忍務では邪魔なことこの上ないけど、月が明るい夜は、綺麗だ。 「ん……いいよ」 承諾してから、ふと気づいて喜八郎に繋がれていた手を離した。きょとんとする喜八郎に、「先に厠に行ってくるね」と伝える。 「……じゃあ、ここで待ってるから」 「うん」 ぼうっとまた月を見上げる喜八郎に背を向けて、私は足早に厠に向かった。 「待たせてごめんね」 「ううん。行こう、」 はい、と当たり前のように手を差し伸べられて、躊躇いながらもその手を取った。私よりも少し冷たい喜八郎の手は、その綺麗な顔形とは違って、やっぱり男の人のものだ。 まだがやがやと騒がしい共用場所から少し離れて、校庭近くの木立に入る。人の気配が急に薄れて、ぎゅっと喜八郎の手を握ってしまう。喜八郎はなんにも言わなかったけど、軽く手を握り返してくれた。 しんと静かな空気の中、遠くから自主トレらしい掛け声やどたばたした音が聞こえてくる。私は大抵夜は部屋の中で本を読んでいるから、あまりこの時間には出歩かない。夜中にも穴を掘っている喜八郎は、こういう空気をよく知っているのかもしれないけど。 「あそこ、のぼろうか」 ふいに立ち止まって、喜八郎が校庭前の教室長屋を指差した。長屋に視線を向けてその場所を確認してから、私は喜八郎に聞き返す。 「のぼる……って?」 「屋根の上。……月が綺麗に見えるから」 私は一瞬、なにを言われたか分からなかった。それから意味を理解して……なんだか拍子抜けしてしまった。 「?」 「……うん、のぼろうか」 なんだ、緊張してちょっと損した。喜八郎の怪訝そうな顔に、なんでもないと首を横に振る。それから、二人で誰もいない教室長屋に忍び込んで、屋根の上までのぼった。 正直なところ、喜八郎ははっきり口にしなかったけれど、きっと私を抱きたいんだろうなと思っていた。 あれから十日も経ってるし、夜だし、学園内なのに散歩に誘うし。あの行為は緊張するしまだ怖いけど、一度目があればいつかは二度目もあるわけだし、避けて通れないならば私がさっさと慣れてしまうのがお互いにとって楽なのだ。 だからちょっとは心構えもしていたし、そのために厠にも行ったのに、喜八郎は本当に月見に誘っただけだったらしい。……はっきり言って、ホッとした。まだお風呂にも入ってなかったし。 「……夜中にこんなところ来るの、初めて」 「は部屋で本ばっかり読んでるからだよ」 瓦の上に座りながら、喜八郎がどこか呆れたように言う。その隣に座りながら、私はちょっとムッとして言い返した。 「穴しか掘ってない喜八郎さんには言われたくありません」 「……どっちもどっちだよ」 まぁ、確かにそれは喜八郎の言うとおりだ。 それから、私と喜八郎の会話はなくなった。屋根の上にいるからか、地上よりも少しだけ冷たい夜気が、頬に触れる。寒いほどじゃない心地よさ。三階建ての教室長屋からの眺めはとても良くて、私はちょっと身を乗り出して下を見た。 夜の学園。いつもはどこかしらに人がいるのに、ここからは誰も見えない。感じる気配は、隣の喜八郎だけ。 「……あんまり下見てると落ちるよ、」 やれやれと、喜八郎が私の手を掴む。その行動は落ちないようにという配慮にしか思えなかったけど、その接触にどくんと胸が高鳴った。けれどそんな私の胸中を知ってか知らずか、喜八郎は私の手を握ったまま、その場にごろんと丸くなる。 「……喜八郎? なにしてんの?」 「、足伸ばして」 「え? ……あ、あんたまさか」 ぽんぽん、と三角座りをしていた足を軽く叩かれて、ぎょっとする。 「膝枕して」 「う」 やっぱりそうか。それはそれで抱かれるとかより恥ずかしいんだけどと逡巡していると、業を煮やしたのか喜八郎は勝手に私の膝を崩して、その上に頭を乗せてきた。 「……喜八郎、重い」 「あとで代わってあげるから」 「なにその交換条件、別にいいです!」 どきまぎしながら、勝手にひとの膝を枕にしている喜八郎に視線を下ろす。 手はまだ握られたまま。その手と膝の上に感じる喜八郎の体温に、さすがに動揺して恥ずかしくなった。 紛れもなく男の身体なのに。男の手なのに。男の気配なのに。喜八郎はまるで甘えるみたいに、私の膝に身を寄せる。男なのに……子どもみたいだ。 正直恥ずかしい。それに実際結構重い。このままだと確実に足が痺れるなと分かっていても、私は喜八郎を力任せに押しのけられない。 結局私はこの男が好きなんだなと、ちょっと悔しいと思いながらもそう認めた。握られていないほうの手を伸ばして、喜八郎のふわふわした髪を軽く撫でる。 前にも思ったことだけど、喜八郎とこうしているのは、落ち着く。会話がなくても、なんの意味もなくても、ただ一緒にいるだけでも、少しも気まずくないから。 「……ねえ、」 喜八郎が、私を呼ぶ。冷たい夜気の中で、その声は私にはっきり届く。 「なに……?」 喜八郎は繋いでいた手を離して、その手をそのまま私の頬に伸ばした。喜八郎の、私より大きくて長い指が、私の頬に伸びる。愛おしむように頬を撫でる仕草に、少し恥ずかしくなる。 名を呼んだくせに用などなかったのか、喜八郎はただじっと私を見てる。なにを考えているかよく分からない瞳が、私のそれを見上げてる。 喜八郎は、よくこんな風に私の顔をただじっと見つめているときがある。ぜんぜん可愛くもない平凡な顔なんて、見てもつまらないだろうに。喜八郎みたいに綺麗な顔だったら、違うのかもしれないけど。 「……喜八郎は、どうしていつも私の顔を見てるの」 その視線に耐えきれずにそう言うと、喜八郎はすぐに答えた。 「が好きだから」 「…………そう」 顔に血が集まって行く。喜八郎はいつも簡単に好きだと言うけれど、ここまで密着して言われると、いつも以上に照れが増す。思わず顔を逸らすと、喜八郎が少し笑った気配がした。なんだなんだ、どうして笑われるんだ。 恥ずかしさもあってちょっと憮然としていると、喜八郎はゆっくり私の膝から身を起こした。それまであった喜八郎の体温が消えて、膝上に少し寒さを感じる。喜八郎は私と視線を合わせて、顔を少し寄せる。 「が好きだよ」 ……甘い声。放課後に聞いたのと同じ、脳内が揺れるような甘い声。 死にそうなほどの恥ずかしさと、けれど同等の嬉しさも思う。こみ上げる想いのままに、告げる。 「……私も、喜八郎が好きだよ」 「うん。──ありがとう」 言葉と共に抱き締められる。近い喜八郎の視線に、ゆっくりと自然に目を閉じる。喜八郎の指が私の頬に軽く触れた次に、唇を塞がれた。 その柔らかな感触に、愛おしさがこみ上げる。喜八郎の首に腕を回して、自分からも身を寄せた。 すごく近い、喜八郎の気配と匂いと体温。他人のものでしかないはずのそれが、自分のそれと混ざり合うような感覚がする。そのくらい近い場所に喜八郎がいる。そう思うだけで、鼓動が高鳴る。 少しの間、軽く啄ばむように唇を重ね合った後、私と喜八郎はどちらからともなく離れた。 深い口付けは、抱かれたあの日以来していない。喜八郎はよく口付けをするけど、重ねる以上のことはいつもしない。たぶん私のことを気にしてくれているんだと思う。 喜八郎は口付けを解くと、また私の膝の上に戻る。さっきと同じように、私の手を勝手に握りながら。 私も、撫でていた喜八郎の髪にまた触れる。口付けのせいでまだどきどきしてる鼓動が、喜八郎に聞こえませんようにと思いながら。 喜八郎の髪を柔く梳くのを繰り返しながら、私は明るい光の月を見上げる。満月にはちょっと足りない、少し欠けた月の光に、少しずつ落ち着きが戻ってきた。ほっとする。 「……ねぇ。今日はここで寝たい」 突然なにか言われて、視線を下ろす。ぼうっとした喜八郎が、私の手の指を一本一本確かめるように撫でながら、わけのわからないことを言っている。……うん、わけがわからない。 さっきまでの恋のときめきがちょっと消えた。 「……今なんて言いましたか、喜八郎さん」 「今日はここで、の膝枕で寝たい」 「寝言は長屋の布団の中で言ってください」 「……駄目?」 「明らかに駄目でしょう。ていうかそれだと私は眠れないじゃない。どれだけ自分本位ですか」 ぱちぱちと喜八郎の頭を軽く叩く。喜八郎もさすがに私が承諾すると思っていなかったのだろう、横になりながらも軽く肩をすくめて見せた。 「僕がを膝枕してもいいよ?」 「そういう問題じゃありません」 「……ほんとにわがままだね、は」 無言で喜八郎の髪を一房ぐいっと引っ張ると、喜八郎は珍しく素直に「ごめんなさい」と謝った。 「……就寝時間までならいいよ」 さすがにそれ以上は無理だけど、ぎりぎりまで喜八郎と一緒にいたいのは私もだった。喜八郎は少し沈黙してから、「うん」と小さく微笑む。 なんだか本当に恋仲っぽいやりとりだ。いや恋仲だから当たり前なんだけど、やっぱり恥ずかしいなーと一人でちょっと顔を赤らめていると、 ……ふいに、耳に他人の声が聞こえた。 ばたばたした足音と何種類かの声が近づいてくる。ちょっと下を見ると、月明かりの下で何人かがちょこまかと動いてるのが見えた。 それで、さっきも聞いた自主トレかと理解する。そういえばいけいけどんどんとか、聞き覚えのある声も響いてくる。アタックとかレシーブとかいう単語も聞こえるので、たぶんバレーだ。 私はどちらかと言うと体育会系ではないので、授業以外に鍛錬をしたりしない。こんな夜までご苦労様だなあと思っていると、ふいに喜八郎が身を起こした。 「……どうしたの、喜八郎?」 「ん……」 答えになってない返事をしながら、喜八郎は今度は私の隣に普通に座る。そしてまた私の手を勝手に繋いで、ぼうっとした様子で月を見上げる。 まあいいかと思いながら、私はすぐ下で自主トレをしている生徒達を今一度見下ろす。 いくら月明かりが強いと言っても、一人一人が分かるほどの光量じゃない。いけどんと聞こえるからには体育委員だろう。白いボールがぽんぽん飛び跳ねているのに自然に目が行く。バレーのはずなのに陣地を決めてないのか、ボールはすごく遠くまで飛んで、それを必死に小さな人影が追いかけてる。 ドエスの作法委員も嫌だけど体育委員も嫌だなぁ……と、そのボールの軌跡を追いかけていたら。 ──突然に。 ぽーーーん、とそのボールがこちらに飛んできた。 「あ」 喜八郎に繋がれていた手を、反射的に解く。 そのボールは高く飛んだ後、放物線を描いて私と喜八郎の隣にぽこんっと当たった。そのままこんこんと瓦の上を転がって行くボールを、私は思わず手を伸ばして取り上げてしまう。 じっ、と。喜八郎が私の手の中にあるボールに視線を向ける。私も一度ボールに視線を下ろしてから、それから屋根の下を見下ろした。 「あれ? ボールどこに行ったんだ?」 「七松先輩が高く飛ばしすぎるからですよ……。あの屋根に飛んだと思うんですけど」 「落ちてこないですね……、どこかに挟まってるんでしょうか」 「ようし、私ちょっと見てくるから、お前達はそこで待ってろー!」 ボールを追って走って来たのだろう。すぐ下に聞こえる体育委員の声に、私は手の中のボールを返そうと腰を浮かせかけた。 瞬間。 「、だめだよ」 囁かれた声音と共に、私はボールを抱えたまま後ろから喜八郎に抱き締められた。え? と混乱する私の前に、「よいしょーっと!」と楽しそうな声が響き、庇を伝って屋根に上ってきた七松先輩が現れた。 そして、私達に気づいてきょとんとする。 ──見られた。 唖然として動けない私に、七松先輩はすぐに「おー!」と元気よく近づいてくる。 「悪いな、そのボール私達のなんだ。取ってくれたのか」 「はい、七松先輩。、ボール返して」 後ろから喜八郎に促されても、私はかちんと固まってしまっていた。な、なんだ、なんだこの状況。 それを見かねたのか、喜八郎が私の手からボールを取り上げて七松先輩に投げる。七松先輩はボールを受け取りながら「おう、ありがとな」と明るく微笑んだ。 「悪い悪い、邪魔したなー」 「ええ、邪魔です七松先輩」 謝ってるのに楽しそうな七松先輩の声と、冷ややかな喜八郎の声。 強烈な既視感と共に、頭がようやくまともに動き出した。 「ち! 違います七松先輩、邪魔とかじゃ──う」 慌てて否定しようとした私の口を、後ろから喜八郎が塞ぐ。 「ははは、じゃーなー、お前ら風邪引かないように程々で帰れよー」 最後になんだか珍しく先輩らしいことを言って、七松先輩の姿が消える。 「な……!!!」 慌てて身を乗り出す私を、喜八郎の手が掴んで引き戻す。 「危ないよ、」 「ちょ……あんた喜八郎、なに考えてんのよ……!」 意図的にしか思えない喜八郎の行動に、もしやこいつ確信犯かと思ったとき、「ボールあったぞー!」と七松先輩の豪快な声が聞こえて、咄嗟に下に視線を向けた。まずい! 少し前にも立花先輩にバレたところなのに、これ以上からかわれる相手は増やしたくない! ……でも、七松先輩はあまり細かいことを気にしない性格だ。今見たことを誰かに吹聴するとか、ましてやからかうとか、そんなことはしないんじゃないかな……と救いを求めた、その時。 「どうしたんです、七松先輩。誰かいたんですか?」 げ。私はその聞き覚えのある声に絶句する。同年の滝夜叉丸だ。まずい、まずすぎる! と怯えたのも束の間、七松先輩が即答する。 「ああ、綾部とがべたべたしてた」 「は……はぁ!? 喜八郎とが!?」 最 悪 だ 。 「なななななんてことしてくれんのよあんたはーーー!!」 さすがにぶち切れて喜八郎に食ってかかると、喜八郎は全然悪気のない、むしろどこか満足そうな無表情で頷いた。私を予定通りに穴に落としたときと同じ顔で。 「……うん、成功」 「なにが成功よ、このバカー!! え、なに、あんたもしかしてこれが目的? え、……え!?」 頭が混乱する。これを狙ってやったって、それどういう意味だ。私に対する単なる嫌がらせ!? そうじゃなかったら……なに!? 呆気に取られている私の前で、喜八郎が「そう」とあっさり認める。 「立花先輩に七松先輩、それと滝夜叉丸。……これだけ広まれば、あとはほっといても伝わるよね」 「……な、なにが?」 「なにって。と僕が恋仲だってこと」 「ま……真顔であんたなに言ってんのーーーーーー!!」 「……なんか上がどっすんばったんうるさいんですけど、単に喧嘩じゃないんですか?」 「違う違う。あいつら若いからなー」 「え、……えええええええええええ!? 屋根の上ですよ!?」 「ほら、バレーの続きするぞー、行くぞ滝夜叉丸!」 七松先輩の声に、体育委員達の気配がばたばたした足音と共に遠ざかる。その音と共に、私の血の気もどんどん引いて行く。 「ちーがーう! 絶対あの馬鹿夜叉丸違うこと想像してる!」 一発殴ってでも修正しようと屋根から飛び降りようとしたら、また素早く喜八郎に止められた。 「いいよ別に、誤解でもないんだし」 「明らかに誤解でしょうが……! ていうか喜八郎さん……どういう意味か説明してくれませんかね……? つーかしろ、今すぐしろ」 もう滝夜叉丸は後でいい。とりあえずこいつを締め上げよう。もう恋のときめきがなんだったのか思い出せないくらいに、私は全然違う意味で胸の高鳴りが抑えられない。 「……どういう意味って、なにが」 「この期に及んですっとぼけようとはいい度胸ね……。なに? 立花先輩と七松先輩と滝夜叉丸? 私とあんたが恋仲だって広める? ん? どういうこと?」 顔をひきつらせながら喜八郎に迫ると、喜八郎は糾弾されている側とは思えないほどにまったく罪悪感のない表情で、あっさりと口を開いた。 「だって、が言ったから」 「なにを」 「恋仲でいることを内緒にしろって言ったから」 言葉と共にほんの少し責める視線を向けられて、私はそのことを思い出した。どういう行動に出るか分からない喜八郎のことだからと、先に口止めしたあれのことだ。 で、だ。 「それがなんでこんな大事になりますかね……」 むしろ頼んだことと思いきり逆じゃないか。私は恥ずかしいから内緒にしろと言ったのに! 睨みつけると、喜八郎はやっぱりまったく罪悪感のない顔で、……というかむしろ私が悪いとでも言いたげに目を細めて、珍しく強い口調で言い切った。 「のことが好きだから」 う。唐突だったからちょっとびっくりした。一瞬だけ怒りを忘れた隙に、今度は逆に喜八郎が私に迫る。 「……言ったよね? 僕はを誰かに取られたくなかったから、誰よりも先に抱きたかった」 抱かれたあの日の会話を思い出して、私の顔に血が集まっていく。それがなんだと言い返したいのに出来ない私に、喜八郎が「だから」と続けた。 「恋仲だってことを内緒にしてたら、意味ないんだよね」 「……意味ないって、なにが」 「結局、が僕のものだってみんなに分かってもらえてなかったら、意味がない」 「…………なに、言ってんの」 「は僕のものだってみんなに分からせて、他の男がに手を出せないようにしたかった。……だから見せ付けただけ」 不覚にも。 私はその言葉に、ぎゅうっと胸を締め付けられた。 だってそれは、つまり、アホかと思うくらいびっくりなやり方だけど。 ──それだけ、私を好きでいてくれてるってことでしょう。 それ自体は知っているつもりだった。喜八郎は私を好いてくれている。告白された日からそれを疑ったことはないし、喜八郎は会うたびに好きだと繰り返してくれたから。 でも……それでも。 ……なんで、そこまで。私なんかを。 「」 少し楽しげに名を呼んで、喜八郎が唖然とする私を抱き締める。ぎゅっと、独占するような腕の強さ。 「……いいでしょう? これで、が僕のものだって、みんな分かってくれるから」 囁かれると共に、唐突に耳朶を舐め上げられた。思わず硬直する私に、喜八郎は小さく笑う。満足そうに。 「が好きだよ。……だから誰にも渡さない。絶対に」 ……ああ、もう駄目だ。 喜八郎の声音が、私に染み付いて離れない。好きだと、僕のものだと、愛されている証のその言葉。 普段全然他人に興味がないように見えるのに、まさかこんなにも独占欲が強い男だとは思わなかった。 けれどもう恋仲になる前には戻れないし、 ……戻りたくもない。 こいつも相当馬鹿だけど、私もたぶんかなりの馬鹿だ。 喜八郎にすべて絡め取られている自分が、──ひどく幸せだとも思うのだから。 とはいえ、だ。 「そんなんで納得するかーーー! あんたやり方が回りくどいのよ! 私が恥ずかしいの分かっててなんで!」 「だから、直接は言ってないでしょう? が頼んだ通りにしたのに」 「なにを自分は悪くないみたいな言い方してんのよ! 大体、それなら普通に吹聴したほうがまだマシでしょうが、なんで見せ付けたりすんの!」 「見たほうが分かりやすいし、決定的だし、が誤解だって言っても通用しないと思ったから」 「こ、こんの、さらっと小賢しいことを……! あ……今思い出したけど、穴落としたときに言ってた『気になること』ってこのこと!?」 「うん。……だからもう穴にはあんまり落とさないよ。一日三回くらいで我慢する」 「それでも三回なんですか! って違う、今は穴なんてどうでもいいのよ!」 やっぱり分からない、この男の考えてることが分からない! とりあえず今日は怒っていい、私は絶対怒っていい、と拳を握り締めたとき、喜八郎がちょっと呆れたような顔になった。 「……は、ほんとに怒りっぽいよね」 「あんたにだけは言われたくないーーー!」 結局。 立花先輩も七松先輩も滝夜叉丸も吹聴なんかしなかったのに、この時のやりとりのせいで「夜中にと綾部が大喧嘩してたらしい」「そりゃ痴話喧嘩だろ」という私にとってはものすごく認めたくない流れで、喜八郎との仲は多くの生徒達に知られることになってしまった。 「……結果的に、大成功」 「きーはちーろーーーーーー!!!」 そんなわけで。 なにを考えているのか全然分からない、けれど自他共に認められた恋人と共に。 私の学園生活は、前途多難。 終 →五話 |