田村三木ヱ門夢
四話『多分ここがはじまり』後編
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「それで、結局三木ヱ門はなんでふられたの?」 「ていうかそれ、ほんとにふられてるの? もう一度ちゃんと聞いてみたほうがよくないかな」 「も、もう一度聞いてもう一回ふられたら立ち直れないですよタカ丸さん……。いいんです、期待はしてなかったですし、いいんです、ほんとにいいんですもう……」 「全っ然良さそうに見えないがな……」 滝夜叉丸と喜八郎の部屋の中、先程よりは回復したらしいがやはり憔悴しきった三木ヱ門を囲んで、三人が励ましのよーな慰めのよーなそうでないよーな言葉をかけている。 「どうせ私は年下だし、先輩は私のこと子どもとしか見てないし、褒めるときなんて笑顔で頭撫でてくれるし」 「それは委員会の後輩だからだよ。ずっと一緒だったんだし、仕方ないと思うよ」 「年下でも年上でも、どうせふられたんなら同じだと思うけど」 「…………」 「喜八郎……お前、もう少し言葉を選んだらどうだ……」 「だって、ふられたってことは、つまり好きじゃないってことでしょ。年下とか年上とか関係ないよ、嫌われてるだけ」 「…………」 「お、おい三木ヱ門、しっかりしろ……」 「駄目だよ、喜八郎君。そういうのを屍に鞭打つって言ってね」 「まだ死んでないです……」 しかしほとんど半死体の様子で、三木ヱ門はがっくりと肩を落とす。が自分のことを男として見ていないのは、重々承知の上だった。けれど、そう、喜八郎が言うように、単に『嫌われていた』から、ふられたのだとしたら。 「立ち直れない……」 「ま、まぁまぁ。三木ヱ門君、女の子は他にもたくさんいるよ」 「そうだ三木ヱ門、お前にはユリコやさち子や鹿子がいるじゃないか」 「……今の、慰めになった? 三木ヱ門」 「なるわけないだろ……」 欠片も慰めにならない三人の言葉に、ますます三木ヱ門が落ち込んだその時、ばたばたと遠くからこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。足音だけではない、どすんだのばたんだの鈍い音と共に、「おおおお前いい加減にしろ! 頭踏んだぞ今!」「またあんたなの竹谷! 邪魔しないでよ!」「それはこっちの台詞だろーが! 大体お前まだいたのかよ! 早く帰れ!」「だから空気読めって言ったでしょうが! どいて! むしろどけ!」と罵り合いまで聞こえてくる。 「女子の声じゃないか、今の」 「だね……なにかあったのかな」 滝夜叉丸とタカ丸が顔を見合わせている隣で、落ち込んでいた三木ヱ門ががばっと勢いよく顔を上げる。 「い、今の声……!」 「え、どうしたの三木ヱ門君」 戸に視線を向ける三木ヱ門に、タカ丸が首を傾げる。タカ丸には構っていられず、三木ヱ門はまさかという顔で立ち上がろうとする。その瞬間、 「三木ーーーー!」 すぱん、と戸が開いたと同時、明らかなくのたま女子が部屋の中に飛び込んできた。 「先輩!」 『ええええええ!?』 三木ヱ門の言葉に度肝を抜かれる滝夜叉丸とタカ丸を無視して、は三木ヱ門を見つけると即座に駆け寄り、その腕を掴んだ。 「せ、先輩、なんで」 「ごめん三木、お願い来て! 私まだ三木になにも伝えてないから!」 さっきの今でまともにの顔すら見れない三木ヱ門に、は懇願するようにその顔を覗き込む。そのまま三木ヱ門がなにか言おうと口を開きかけるのを待たずに強引に立ち上がらせ、ほぼ無理矢理に腕を引いて部屋の外へ連れ出し、来たときと同じ勢いで去って行った。 ばたばたと足音が遠ざかり、静けさが満ちる部屋の中で。 「な、なに今の」 「さぁ……」 突然のことに目を点にしている滝夜叉丸とタカ丸の隣で、喜八郎が小さくため息を吐いた。どこかつまらなそうな顔で、ぽつりと呟く。 「……嫌われてないし」 困惑する三木を引きずり回してたどり着いたのは、私達にとって物凄くなじみ深い会計委員室だった。委員会が休みの今日ならまず誰も来ないだろうという考えだったけど、そのせいで学園内をかなり走り回ることになってしまった。 三木を部屋の中に連れて行くと、私はひとまず戸を閉めた。そしておそらく誰も覗いていないことを確認すると、呆然と座り込んで私を見上げている三木の元に戻り、その前に正座をする。 「……あ、あの先輩……」 戸惑いを浮かべる三木は、憔悴した様子だった。胸が痛くなる。全部、自分のせいだ。私の行動で三木が傷つくことくらい、分かっていたはずなのに。 「三木」 まっすぐ、三木の顔を見る。数年前に初めて会った時のような幼い子どもの顔ではなく、男へと確実に成長している青年のそれだった。分かっていた。そんなことはずっと分かっていたのに、三木がずっと好きで、可愛くて、今だって、可愛いままで。 だけど、全部間違えた。 「ごめんなさい」 三木に向けて、頭を下げた。私の声は微かに震えていて、手も震えていて、ああ、私は今ほんとは怖いんだと、ようやく気づく。 言った途端に、三木の気配が軽く強張る。どうしたんだろうとゆっくりと頭を上げると、三木の視線とぶつかって息を飲む。 「……そんなことをもう一度言うために、私を呼んだんですか」 三木の声と視線が冷ややかで、私の身体からぞくりと血の気が引いた。今まで一度も向けられたことのない視線に、三木の怒りを感じて震えが増した。 三木はどこか吹っ切れたような顔で、私から視線を逸らす。 「先輩が去った時から、断られたことなんて分かってましたよ。……先輩は、また私を傷つけたいんですか」 「違う!」 震える手を三木に伸ばす。でも三木の腕に触れようとした時、優しくても強い動きで拒絶された。頭が白くなって行く。 「私は先輩に告白して、断られました。それのどこが間違いなんですか」 三木の声は、固い。今まで私にかけたことなど一度もない、冷たい声。その三木の声も、私のそれと同じで微かに震えていることに気づいて、私はぐっと拳を握り締める。 私が悪い。全部、逃げてしまった私が悪いから。 三木は私に一度視線を向けて、それから立ち上がろうとする。 「お話がそれだけなら帰ります。……先輩、泣いてたんですか」 私の目を見て、三木が言う。まだ赤いままだったのかもしれない。それに答えようとしたら、すぐに三木が言葉を続けた。 「……いいんです、先輩。私をふったことが気になるなら、忘れてください。先輩が傷つくことはないですから」 三木の向ける微かな笑顔に、私はかっと頭に血が昇る。なんで、なん、で。 「違う、……違うって言ってるじゃない!」 三木より先に立ち上がって、今度こそ腕を掴む。体勢を崩して再び座り込む三木の肩を掴んで、ほとんど無理矢理に押し倒す。唖然と私を見上げる三木に馬乗りになって、三木がなにかを言う前に口を開く。 「三木が好きなのよ!」 叫ぶように告げると、三木は言葉を呑み込んだ。潮江先輩に鼓舞されたことを思い出す。三木に、全部言うと決めたから。 「……私、ね。三木が可愛いの。昔からずっと好きなの。だから、私の傍にいて欲しいの」 唖然としていた三木の顔が、ほんの少し笑う形になる。だけど私が欲しいものじゃない、達観したような、それ。 「後輩として、でしょう?」 三木の目は相変わらず冷ややかで、私は胸が締め付けられる。でも、言わなくちゃ。言わなくちゃ、私は絶対に後悔する。 「そう思ってた。私はずっと三木が大切で、三木に傍にいて欲しくて、それは、三木が可愛い後輩だからって、そう思ってたの」 三木の頬に手を触れる。三木は私から僅かに視線を逸らす。その視線を追いかけるように、顔を近づける。 鼻奥がつんとする。泣いてしまう。泣き顔を三木に見られるのは嫌で、必死で堪えようとした。 「先輩……」 それを察したのか、三木はようやく、私の顔を見てくれる。それが嬉しくて、私はほんの少し楽になる。大丈夫、ちゃんと伝えられる。 「でもね、違うみたい。私、三木のことがほんとに好きみたい。今でもずっと三木が可愛くて、それは変わらないけど、でも好き、三木が大好き、傍にいて欲しい、わ、私以外の女の子のところに行って欲しくない」 三木が私に向ける目が、ゆっくりと見開かれる。視界が揺れる。目の奥が熱くなって、涙が零れた。咄嗟に手で拭っても、次々涙は零れてきて、私は三木から少し身を引いて顔を手で覆った。 「ごめんね、三木」 私がちゃんと三木を最初から受け止められたら、三木を傷つけることもなかったのに。 「ごめん……ごめん、ね」 ちゃんと自分の想いが分かってれば良かったのに。 「先輩」 三木の手が伸ばされて、私は震える。三木の手は私の背に回されて、躊躇うような動きで引かれる。私は顔から手を離す。三木に引かれて、私はまた三木の顔に近づく。 三木は、私を見てる。すぐ傍の視線に、私の胸が締め付けられる。痛みと、後悔と、それと……多分、三木に恋をしているから。 「み、三木が好き。大好き。一緒にいたい。ずっと、三木が好き」 私の声はやっぱり震えていて、でもさっきほどには三木を怖いとは思わなかった。三木の手は、私の背に回されたままだった。温かい。三木の手も身体も声も顔も全部、私は好きで仕方なくて。 「三木……ごめんね。い、言えなくて、ごめんね」 三木がなにを思っているのか分からなくて、少し不安に思う。怒っているのか、戸惑っているのか、そのどちらも分からなくて、なんて言えばいいのか分からない。 でも、伝えたかったことは伝えたはずだった。私の言葉が、もし三木の欲しいものじゃなくても。三木に届いたのなら、……それで、 「ごめん……」 私は三木から視線を逸らす。もともと全部私が悪いのに、無理矢理連れてきて、無理矢理聞かせて、自分勝手なことに今更に気づいて、三木から離れようと身を起こそうとした。 「嫌です」 背中に回されていた三木の手が、突然に強くなった。三木に引かれて、私は勢い良く三木の身体に倒れ込む。驚いて息を飲む。三木の手が私の身体に回される。抱き締められる。 「一緒にいてください」 耳に届いた三木の声に、身体が動かせなくなった。息が詰まるほどに強く抱き締められる。三木の身体、三木の温かさが、私を包む。ああ、やっぱり三木は男の子で、私よりずっと大きくて、私の身体くらい簡単に抱き締められるんだと。その時、私はそれを嬉しいと思った。すごく。 「いい、の?」 「いてください。私を好きだって言ってくださるなら、もうどこにも行かないで、隣にいてください。……誰の男のところにも、行かないでください」 三木の声はまだどこか固くて、でも熱がこもっていた。私がさっき言った言葉と同じようなことを、三木は言ってくれる。 ──それまで凝り固まっていた私の心が、ゆっくり解けた。 「三木……!」 嬉しくて、三木にしがみつく。三木は「わっ」と慌てた声を出して、でも結局また同じように抱いてくれる。 「好き、三木大好き」 「私も好きです、先輩」 また、涙が出そうな予感がして、私は慌ててそれを抑えようとした。でも無理だった。三木に抱き締められたまま、三木の肩に顔を押しつけたまま、私はまた涙が零れるのを止められなかった。 「ごめんね三木……私、三木のことほんとに、今まで後輩としてしか見てなかったから、全然、分からなくて、に、逃げちゃって」 「あれ、逃げたんですか? ……普通にふられたと思ってました」 三木の声がいつもの三木のそれに戻りかけていて、私は嬉しくて、泣いたまま小さく笑った。 「逃げたの。それで考えて、三木のことが後輩としてじゃなくて、男の人として好きだって分かったから、謝りに来たの」 「……死ぬかと思いましたよ。連れて来られていきなりごめんなさいって言われるし。二回もふられたと思って」 「ち、違うよ、私は三木が好きだから」 「……はい、分かりました」 三木の声が優しくなる。私の頭を軽く撫でるように、柔く触れて。 「いいんです、後輩としてでも。私が先輩のことを好きだと分かってもらえたら、私はそれだけでもいいと思ってたんです」 それから、私を抱き締める腕が強くなる。今まで以上の手の強さに、私は身を竦ませた。 「でも、やっぱり嫌です。先輩に好きだって言ってもらえるほうが、ずっとずっと嬉しいです」 「三木……」 「……でも、その、すぐ可愛くなくなりますよ」 なぜか顔を少しだけ赤らめて、三木はそんなことを言う。 「……可愛くなくなりますけど、いいんですか」 その言葉で、もしかして三木は、私が三木を好きなのは三木が可愛いからだと思ってるんだろうか、と気づいた。きっと、可愛い可愛いと私が幾度も繰り返したから。 私はゆっくり、三木から身体を起こす。三木は少し逡巡しながら、腕を解いてくれた。私は三木の顔を包むように、両手で三木の頬に触れて顔を覗き込む。 「ん。いい。三木が三木ならそれでいい。私はね、三木が可愛いから好きなんじゃなくて、三木が三木だから好きなんだよ」 「……はい」 三木が、笑ってくれる。男の子に可愛いだなんて、普通は嫌だろうに。それでも三木は、私を許してくれる。それはきっと私を好いていてくれるからで、 ──それが、すごく嬉しかった。 「ん……」 目尻に残った涙が邪魔で拭おうとすると、三木がそっと指で目元を撫でてくれる。 「先輩、目、腫れちゃいますよ」 もう涙は止まっていたけど、もう一度泣いたことでまた赤くなったのかもしれない。三木に言われてちゃんと拭こうかと思って、私は軽く身を起こした。そして気づいて、「あ」と声を上げた。 「どうしたんですか?」 「や……忘れてた。潮江先輩に手拭い借りたまま来ちゃった」 借りたままのそれを出して、まぁこれでいいかなと拭こうとしたら、三木が途端に固い顔になった。それだけじゃなくて、そのまま身体を起こして押し倒される。さっきとは逆の体勢。唖然としてる私に、三木が私の顔を覗き込む。 「……先輩、どういう意味です?」 「どういうって……さっき言ったよね、三木から逃げて、考えたって。潮江先輩に相談しに行って……、三木?」 よく分からない不穏な空気を感じて、私は焦る。怒っているのか、三木は不機嫌そうに私を軽く睨んでいる。なんで。 「潮江先輩の前で泣いたんですか」 「え、……う、うん。それで手拭い貸してもらって……それだけだよ?」 なにか糾弾されているような気がして、私はそう付け足す。けれど三木の不機嫌そうな様子は元に戻らず、むしろ増すように私にさらに顔を近づける。 「どうして潮江先輩のところに相談なんて行ったんです」 「……私と三木のこと知ってるの、潮江先輩だから」 なにを怒ってるのかと不安に思って、それからようやく気がついた。潮江先輩が言っていたことを。 「三木……もしかして妬いてるの?」 「っ……」 聞いてみると、すぐ傍の三木の顔が赤くなった。けれど私はまだ上手く信じられない。まさか潮江先輩に妬くなんて。 「潮江先輩が言ってた、三木ヱ門は俺に妬いてるって。……ほんと?」 「……ほんとですよ、先輩はいつも潮江先輩と仲良いですし」 「や、あり得ないよ絶対、聞いた時びっくりした」 というか実は今もびっくりしてる。 「ほんとですか?」 「ほんと。あり得ない。あ、いや、潮江先輩もそう思ってるだろうけど」 そういえば頭叩かれたな……とその時のことを思い出す。潮江先輩だって、私なんかお断りだろう。 「……潮江先輩にも言われました、俺に嫉妬するのは筋違いだって」 「うん」 頷くと、三木はほんの少し安心した顔になって、私を抱き締めた。どこか縋るようなその仕草に、私も三木の背中に手を伸ばす。 「私は、三木が一番好きだよ」 三木が私を抱き締めてくれる。温かくて、私より大きくて、固くて、男の子の身体。幸せで、すごく嬉しくて、私は頭がぼうっとする。どうして今まで、三木が好きなことに気づかなかったんだろう。三木は、私を好きでいてくれたのに。 「三木」 三木の頬に手を伸ばす。近い顔に微笑むと、三木も照れたように笑ってくれた。その首に手を伸ばして、引き寄せる。 「三木、口付けしよっか」 「っえ、……あ、あの……」 「嫌?」 途端に三木の顔が赤くなる。赤くなって、それから、少し真面目な顔になる。 「……嫌じゃないです」 ゆっくりと細められる三木の目に、私は射竦められる。震える。ああ、三木が好きだ。……大好き。 「三木が好きなのか分からなくて悩んでたら、潮江先輩に言われたの。お前はあいつと口付けしたいかって。……言われて気づいたの。私三木に触りたい。口付けしたい」 三木の手が私の頭の後ろに回る。近づく顔に、目を閉じる。三木の鼻先が私のそれと触れた時、そっと三木が呟いた。 「私といるときは、他の男の名前は言わないでください」 唇に、柔い感触。すごく近い距離で、三木の全部を感じてる。それが幸せで、でもどうしてか少し不安で、私は三木に身体を寄せる。……好き。三木が好きで、それ以外はなにも考えたくなかった。三木が口付けを解いて、頬や額に唇で触れてくれるのが嬉しくて、私は笑う。けれど、三木は少し震えている。私を抱き締める腕から、その震えが微かに伝わってくる。 「……先輩がここにいることが、信じられないです。ついさっきまで、ふられたと思って落ち込んでたのに」 私を抱き締めながらそう言う三木に、私も強く抱き締め返す。 「私も。三木を傷つけたから、三木に拒絶されるんじゃないかと思って怖かった。でも、今は幸せ。……三木が好き。それだけでもういい」 抱き締められる。今までよりずっと、ずっと強く。いっそ一つになればと望まれているようで、私も三木に想いを返す。すき、と幾度も繰り返して、すぐ傍にいるひとの存在を確かめた。 「失礼しまーす」 が会計委員室の戸を開けると、中には文次郎だけがいて、文机の前に座って墨を擦っていた。 「あ、委員長」 「……ああ、泣き虫女か」 文次郎はをちらりと睨むように横目で見ると、また墨を擦る作業に戻る。 「……泣き虫女とか言われたの初めてです」 昨日のことを指してそう言われているのを理解して、はむしろ新鮮だと言わんばかりに目を見張りながら、文次郎の隣に座る。 「潮江先輩、お借りしてた手拭い、お返しします。真心を込めて洗わせて頂きましたので」 手拭いを差し出すに、文次郎は「ああ」と反射的に受け取り、そしての言葉を思い返して顔をひきつらせる。 「……お前の真心って怖いんだが」 「別に、二回も頭叩いた委員長はハゲればいいのにとか、そんなこと思いながら洗ったりしてませんよ多分」 「本音ダダ漏れだろうが、お前」 やれやれとため息を吐いてから、文次郎はに向き直る。 「で、どうなったんだ」 「口付けしました」 「誰が惚気ろと言った。……ま、その様子だと上手く行ったんだな」 手のかかるやつらだと、文次郎は嘆息を漏らす。は照れることもせずに、幸せそうに微笑んで、軽く文次郎に頭を下げる。 「はい。潮江先輩のおかげです、ありがとうございました」 「……素直なお前は気味が悪いな。まだ浮かれてんのか、気色悪い」 「じゃあどーしろって言うんですか! あ、ちょっと近づかないでください、潮江先輩とあんまりくっついちゃ駄目って三木が言うんで」 「俺は危険人物かコラ。……まあいい、俺もくだらんことで三木ヱ門に妬かれるのは面倒だ」 ぐだぐだと話しているうちに、戸が開いて「失礼しまーす! こんにちは先輩方ー!」と叫びながら一年生達が入ってくる。それを機には立ち上がり、自分の席へと戻って行く。じーっと戸を見つめているのが、あからさまに『三木早く来ないかなぁ』と思っているだろうことが伝わってきて、その少女らしい様子に文次郎は軽く笑う。 まぁ一応は可愛い後輩同士……いや、可愛いときもたまにあるかもしれない後輩同士が落ち着いたというのは、委員長として喜んでやったほうがいいのだろう。おとなしくない二人のことだから、これからもなんやかんやといろいろあるのだろうが。 「……とりあえず、次からは俺を巻き込むなよ」 おそらく叶わないと知りつつも、そう呟いた。 終 →五話『やっぱり波瀾万丈に』 |