鉢屋三郎夢
『初心慣らし』
私は、三郎の髪紐をほどくのが好きだ。 紐をほどいたときにさらりと落ちる髪が、指の間を滑り落ちていく感触が気持ちいいから。 それを伝えたことはないけど、たぶん三郎は気づいていると思う。身体を重ねる前に素顔に戻るとき、髪だけは一度結い直すから。そして私が髪をほどこうとすると、からかうように笑うから。 今もそう。口付けを交わしながら三郎の頭の後ろに腕を回して、手探りで髪紐をほどく。落ちる髪を掬うように掴んで、指先で梳いてその滑らかさを確かめていると、三郎がゆっくりおかしそうに目を細める。三郎の肩から滑り落ちた一房の髪が私の頬に触れて、くすぐったさに小さく震えた。 情事のときは髪を束ねていないと邪魔だからと途中でまた結ってしまうときもあるけど、大抵の場合三郎は私の好きにさせてくれる。時折私が気づかないほどの些細なことで謝罪をされるときもあるから、三郎が私を大切に気遣ってくれているんだと実感出来る。 そしてそれが嬉しいから、私は三郎と身体を重ねるのも好きだ。 長く絡み合っていた舌が、名残を惜しむように幾度も啄まれながら離れていく。 一通り愛撫された後で、全身に熱が回っていた。他の人と比べたことがないから想像でしかないけど、三郎の愛撫はかなり丁寧だと思う。いつも時間をかけて、ゆっくり愛してくれる。 腰に回されていた三郎の腕が動いて、私の膝を割って太ももから膝裏へと撫で上げる。そのまま手は今度は下腹に伸びて、それからそっと下へとおりた。 秘所に触れられる恥ずかしさはいつまで経っても慣れなくて、必ず身体が強張ってしまう。三郎は私の表情がよく見えるように、視線を合わせて顔を覗き込む。これも、いつも恥ずかしい。顔を見られてるのを意識するから。 「指入れるから、息吐け」 「うん……、っん」 返事をした途端に、三郎の指が私の中に入ってくる。入り口の浅いところに触れて蜜を指に絡ませてから、ゆっくり、指一本が全部私の中に押し込まれた。その後、様子を探るように三郎の指がそこで止まる。 「……痛くないよ」 問われる視線に答えると、三郎はもう一方の手で私の頭を柔く撫でながら、中に入っている指をぐるりと動かす。 「っ、……う、ぁ」 まだ一本だけなのに、ちょっと動かされただけであの場所はすごく敏感なんだと分かる痺れが走る。指が動く度にぞくぞくする疼きが広がって、ああ気持ちいいな、と素直に思った。 そろそろかなと思ったところで、予想通りに指が二本に増えた。押し開かれる軽い圧力に、中から伝わる痺れが大きくなる。ばらばらに動かされる指の動きにぼうっとしていたら、三郎は一瞬手を止めてなにか考えるような間を持った後、また指を動かし出した。 なんだかいつもと違うなと思い始めたのは、少し経ってからだった。三郎がいつも私の中に指を入れるのは、濡らすためと慣らすためだ。当たり前だけどそれは次に三郎自身を入れるための準備なのに、今日はなんだか違っていた。 動きが凄く優しい。いつもが優しくないというわけじゃなくて、力がほとんど入っていない、撫でるような指の動き。それだけじゃなくて、指はなにかを探すように入り口から奥の方まで丹念に触れていく。それは三郎が初めて私の身体に触れてくれたときと同じくらい丁寧で、なんだかぜんぶ暴かれているみたいで恥ずかしくなった。 「三郎、なにしてるの……?」 「気持ち悪いか」 「そうじゃなくて、なんか……、──っ!?」 唐突だった。内壁の一部に三郎の指が触れた瞬間、反射的にびくんと身体が跳ねた。自分でもなにが起こったのか分からないくらい全身に痺れが走り、ぞくりと背筋が震える。まるですごく昂ぶってるときに口淫されたときみたいに、自分で制御できない刺激だった。 「な、なに三郎……っう、あ、やだ……まって……」 明らかにさっきまでと違う私の反応に、三郎はそこだけを狙ってぐりぐりと内壁を押してくる。そのたびに勝手に身体が跳ねて、渦巻く熱に頭の中が呑まれそうになる。身体全体が熱くなり、それが怖くて縋るように三郎の背に手を回す。 「大丈夫だ、力抜いてろ」 「……や、でも……、っひ、……あ、っ……!」 身体中が震え出し、涙が滲んでいく。三郎は落ち着かせるように、大丈夫だから、と耳元で何度も囁く。その声は確かに不安を少し取り除いてくれたけど、それでも知らない感覚の生理的な怖さは薄れず、必死で三郎にしがみついた。 ぐちょぐちょと、耳に届く水音が恥ずかしい。視界がぼやけてくる。お互いに酔っていればまだ恥ずかしくないのに、今は私だけ変になってる。じっと私を見ている三郎の視線がそれを観察してる気がして、すごく気になる。 「三郎……っ、や、だよ……、……っん!」 「……いやか?」 身体が熱い。頭の中も熱い。追い立てるような痺れが、背筋を通って頭に響く。下からどんどん上ってくる熱に、足ががくがく震えだした。この前兆が示すことに気づいて、私はもう半分くらいしかまともに動かない頭で焦りを感じた。 私はまだ中だけで達したことがない。口淫では幾度かあるし三郎はいつもそうしてくれるけど、私は達することが苦手だ。確かに気持ちいいけど、それよりも慣れない感覚の怖さと恥ずかしさのほうが上回るし、なによりその後すごく疲れて眠くなってしまう。 それでも男の人は女の人を悦ばせることも好きだと習ったから、口に出して嫌だと言ったことはない。それに今までは口淫でだったから、まだ一度も三郎に顔を見られたまま達したことはない。 今までは、だ。 「や、……だ三郎、おねが、い、みないで」 「なにを」 私の滲んだ涙を舌先で舐めながら、三郎が問う。わかっ、てる。ぜったいわかってる。 顔を見ないで欲しいとちゃんと言おうとしたら、突然に一番敏感な核をぬるりと撫で上げられた。 「っひ……!」 びく、と背が仰け反る。そのまま中と核とを同時に強く攻められて、身体の熱がさらに上がる。意味のない喘ぎ声だけが勝手に漏れて、足が震えて腰の感覚がなくなった。ただただはしたないことだけに、頭が全部染まりかける。 「さ、ぶろ、やだ、……っんぁ……」 「見せろよ」 「や、はずかし、から──、ん、……っあ、あ……!」 もう涙が滲んでよく映らない視界で、三郎が意地悪そうに笑ってる。細められた瞳の奥には濡れたような情欲があって、その視線に絡め取られている自分に気づく。 ……無理だ。もう、駄目だ。 せめてと三郎の頬に指を伸ばして口付けをねだってみたけど、三郎はちょっと笑っただけでしてくれなかった。それどころか早く達しろと言わんばかりに、陰核を軽く引っ掻くように爪先を押しつける。 ──ぷつ、と。 なにかが切れたように全身に走った強い衝撃に、限界が来た。 急激な勢いで背筋を上がる痺れの渦のせいで、頭の中が薄れていく。後頭部に刺激を受けて気絶するときに近い、強制的な意識の混濁。 いく。達する。 そう思った瞬間に、目の前も頭の中も身体の中も、全部が真っ白に染め上げられた。 一瞬意識が飛んでいたのか、気づいたときにはもう三郎は私の中から指を抜いていた。力の入らない私の身体を抱き締めて、背をぽんぽんと撫でてくれる。その三郎の手に少しずつ落ち着いて行って、そしてその分頭がはっきりしてきて、今度は羞恥がむくむく広がった。 「?」 三郎は私の様子を見るように顔を近づけて、頬に口付けを落とす。そのどこか満足そうな瞳を、私はゆっくり目を細めて睨みつける。 「……みたの」 「ああ」 即答に、ひくり、と喉が震えて泣き声が漏れた。恥ずかしいって言ったのに。やだって言ったのに。絶対変な顔してるのに。 「い、じわる……さぶろうのばか」 「うん。ごめんな」 本当に悪いと思ってるのと、そうじゃないのが半々くらいの声。達した余韻でぼろぼろ流れる涙を、三郎が拭うように頬ずりする。まるで下級生を褒めるみたいに、私の頭を撫でて。 「よく頑張ったな。いいこだ、」 「なんで、こども扱い……」 悔しくて三郎の肩に軽く爪を立ててしがみついても、三郎は笑うだけだった。 三郎はずるい。私が痛むことや苦しむことにはすごく気を使ってくれるのに、私が恥ずかしいことにはときどきしつこいくらい意地悪になる。しかもその後嬉しそうにしてるから、強く怒れない。たぶん私を抱くときたくさん我慢してるんだろうなと余計なことを考えてしまうから、なおさらに強く怒れない。 でも、恥ずかしいのに変わりはないから。 「が達するところが見たかったんだ……ごめんな」 三郎はさっきよりも真面目に謝る。たぶん、私がいつになく拗ねてるから。 「……変な顔してるのに」 なにが一番嫌って、恥ずかしいというそのことじゃなくて、恥ずかしいところを三郎に見られるのが嫌なのに。 「変じゃない、可愛い。……可愛かった」 すごく、と楽しそうに囁かれて顔が真っ赤になった。またそうやって恥ずかしがらせようとする。 「…………うー……」 「俺しか見ないんだから、いいだろ」 宥めるような言葉に、複雑になる。違うのに。三郎に見られるから恥ずかしいのに。 でもそう言ったらたぶん三郎はまたするんだろうなと、そのくらいのことは分かったから、黙った。黙って、ただ三郎に身を寄せた。 三郎は、私の身体をゆっくり撫でる。背中とかお腹とか、足とかを優しく。それが気持ちよくて、私は目を閉じた。達した疲労感で身体に力が入りにくくて、全部を三郎に委ねて息を吐く。 「続けていいか」 耳元の三郎の声は、気遣う言葉だけどあまり余裕がなかった。ああそうだ、私だけ達して三郎はまだだから。 「……うん、いいよ」 目を閉じたまま、三郎の頬に指を伸ばして顔を引き寄せる。指で位置を探って今度こそ唇を重ねると、すぐに三郎は唇を強く押しつけて舌を絡めてくれる。足が割られて開かせられて、達したばかりで自分でも酷く濡れていると分かる秘所に、三郎の指がまた緩く触れる。濡れ具合を確認するようにぐるりと撫でてから、三郎の手が私の膝を持ち上げる。その全部が、優しい動き。 愛されていると、大切にされていると分かるから、私は三郎に抱かれるのが好きだ。 好きだと言われるのは嬉しい。優しく扱ってくれるのも嬉しい。そしてそれ以上に、三郎に望まれていることが、一番嬉しい。 だからさっきみたいに恥ずかしくても、時々怖くても、慣れなくても、私は三郎と身体を重ねるのが好きだ。 三郎の頭に手を伸ばす。私が好きなその髪を指に絡めて、ゆっくりと目を開けた。その先にあるのは、熱色の三郎の瞳。 ……私も三郎が欲しいんだと、ちゃんと伝わっていればいいんだけど。 濡れた箇所に、張り詰めた熱の感触が触れる。押し入ってくるそれに、痛くないのに涙が零れる。 唇を柔く重ね、合間合間にお互いの名前を呼びながら、私と三郎は繋がり合った。 終 |