平滝夜叉丸夢
一話『日常茶飯事』
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休みの日の昼下がり。 自分の部屋で丸めた布団に寄りかかりながら、私は朝のうちに町で買ってきたお団子を頬張っていた。 学園の食堂では虫歯対策のためか健康管理のためか甘いものはあまり出ないので、お団子の優しい甘味はとても美味しかった。甘いものを考えた人って本当に素晴らしいと思う。 私の隣では、同じく丸めた布団に寄りかかりながら、同室のくのたまが黙々と本を読んでいる。珍しく静かな長屋の部屋は心地良くて、ああ幸せだと思いつつ、私は美味しいお団子を噛みしめるように味わっていた。 ……けれど、その幸せな時間も長くは続かなかった。 「ーーーーーーーーーーーー!」 ばしん、と鋭い音と共に部屋の戸が開き、外から見知った同学年のくのたまが飛び込んできた。 全速力で走ってきたのか、突然に飛び込んできたくのたまはぜーはーと肩で息をしている。その慌てた様子と、今日が休日なのだということを思い出して、私の背筋にぞくっと悪寒が走った。すごーく、すーごーく嫌な予感がする。 「……ね、ねぇ、一体どうしたの? ナニゴト?」 私は食べていたお団子を包んでいた竹の葉ごと横に押しやって、おそるおそる尋ねた。すると少し落ち着いたらしいその子は、困ったような顔で私を見る。開口一番、 「あのさ、滝夜叉丸が」 「嫌ーーーーーーーー!」 咄嗟に口から悲鳴が零れた。これはもう反射的な拒絶反応だ。どうして嫌な予感ほど当たってしまうものなのか。私はこれ以上聞きたくないという主張のために耳を塞いで首をぶんぶんと横に振ってみたけれど、飛び込んできたくのたまは、負けじと声を張り上げる。 「あんたしか止められないんだから、犬に噛まれたと思って頼まれてよー!」 「いーやー! 今日はお団子食べるって決めた日なの! そもそもあれ犬なんて可愛いもんじゃないよ!」 「団子なんて私が食べといてあげるからさ! お願い!」 「久しぶりに静かな休みの日を堪能しようと思ってたのにー! ……ってどさくさになに言ってんの、お団子は私のだからね!」 「食べないよ、食べないから頼まれて、お願い! うちの後輩があいつに掴まってんの!」 ぱん、と両手を叩き合わせて、くのたまは私を拝むようにする。……いや、分かってる。別にこの子が悪いわけじゃなくて滝夜叉丸が悪いんだけど、だからってどうして私が休日を満喫していたところをかり出されなくてはならないのか。憎い、滝夜叉丸がいつも以上に憎い……! 「もー! 分かったよ、今日はどこ!?」 こうなったら仕方ない。私は勢いよく立ち上がって、部屋の外へと向かう。「ありがとう! 滝夜叉丸は運動場だよ!」とパッと顔を輝かせるくのたまに続いて、後ろから同室のくのたまが未だ本を読みながらも、「平穏を乱すアホには手加減無用だよ、」と鼓舞してくれる。言われなくてもそのつもりだ。 「よし。じゃあ行ってくるね」 「よろしくー!」 「、頑張れ!」 二人の激励を背負いながら、私は運動場へと向かって一直線に走り出した。腰元から愛用の棒手裏剣を取り出して、いつでも投げられるように手の中にしっかりと握り込む。 これは私にとっても、おそらく滝夜叉丸にとっても日常茶飯事。 滝夜叉丸が暴走して周囲に迷惑をかけているのを、私はいつものように止めに行く。 「つーまりだな、私の素晴らしい生い立ちを一言で表すならばそう、『華麗』、これに尽きるだろう!」 しゃらん、と音でもしそうなほどに無駄に派手な動きで前髪をかき上げて、滝夜叉丸がこれまた無駄な弁舌を振るっている。 運動場の端。剥き出しの地面に正座させられた忍たまが三人、顔をひきつらせつつも滝夜叉丸のどうでもいい話を聞かされている。偶然にも、休日の暇を持て余した滝夜叉丸の前を通ってしまった憐れな忍たま達、乱太郎、左近、藤内は、『滝夜叉丸先輩うざい……』と思いつつも、とりあえず表面上はおとなしく話を聞いているフリをする。 「頭脳明晰、容姿端麗、惚れ惚れするような肉体美、輝ける未来! ああ、神はなぜこうも完璧なものをお作りになったのか。私は罪な存在だ……!」 全くもってその通りだと、後輩達は顔を引きつらせたまま同意する。意味は違うが、滝夜叉丸が罪な存在であることは間違いない。 滝夜叉丸の終わりのない自慢話を聞き始めてから、どれほど時間が経ったのか。後輩達はほとんど適当に相づちを打ちながら、滝夜叉丸の後ろに気絶したまま転がっている二人の忍たまに視線を向け、これからどれだけ続くか分からない滝夜叉丸の自慢話を思ってげっそりとする。 大仰な身振りで熱弁を振るっている滝夜叉丸の後ろに転がっている二人は、三之助と三郎次だ。滝夜叉丸に私の話を聞けと強制されて「お断りです! 滝夜叉丸先輩の話は時間の無駄ですから!」と抵抗したせいで殴られ気絶し、伸びたままだ。自慢話ばかりする滝夜叉丸だが、武芸に関しては下級生では敵わない。ああ誰かこの状況から救いだしてはくれないだろうか……と三人がこっそりため息を吐いたとき、ぴたりと滝夜叉丸が口を閉じた。どうしたのかと後輩達が顔を上げた、その瞬間、 「こんの、自意識過剰のアホ男がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 大声と共に突然に飛来してきた棒手裏剣を、滝夜叉丸は紙一重で避ける。ざくざくざくと滝夜叉丸がつい先程までいた場所に突き刺さっていく棒手裏剣に驚いて、後輩三人は慌てて立ち上がって身を引いた。 「……な……! か!?」 咄嗟に戦輪を取り出しながら滝夜叉丸が問う言葉に、すぐ近くの木から一人のくのたまが素早く下りてくる。 その姿を見て、後輩達は憧憬の眼差しで「おおおっ」と顔を輝かせた。四年生のくのたま、。同学年で唯一滝夜叉丸をおとなしく出来る逸材として、生徒達の中で有名なくのたまだ。本人はそうやって頼られることを酷く嫌がっているらしいが。 「先輩!」 「先輩、助けに来てくださったんですかー!?」 「な、お前達、それはどういう意味だ!」 喜ぶ下級生に詰め寄ろうとする滝夜叉丸の隣を、再び棒手裏剣が飛来する。慌ててまたそれを避ける滝夜叉丸に、は下級生達に向けて離れろと手で指示しながら近づいていく。 「どういう意味もなにもそのままの意味でしょうが! 毎回毎回飽きもせずに後輩苛めてなにが楽しいのよ!」 「苛める? バカを言うな、私の素晴らしい話を後輩達に聞かせてやろうという、これはむしろ先輩である私なりの思いやりでだな!」 「あんたのそれは拷問の訓練くらいにしかならないってことを、そろそろ理解しなさいよ!」 「なななんだと失礼な! それを言うならば毎度毎度邪魔をしに来るお前は一体なんなんだ!」 「バカ言わないでよ、私だってあんたと関わりあいになんかなりたくないんだから! ただみんなが頼むから仕方なくよ!」 「ふむ。待て、分かったぞ。お前さては私の話を聞ける後輩達が羨ましいんだな……?」 「…………へー」 閃いたぞと言いたげに得意になっている滝夜叉丸に、はぴきりと青筋を立てる。地雷踏んだ地雷踏んだ、と後輩達が慌てて三郎次と三之助を抱えて待避した瞬間、は腰元に手をやり、そして両手に掴める限りの棒手裏剣を握って、にっこりと微笑む。 「…………今なんて言った? 滝夜叉丸」 「いやいや隠さずともいいぞ、。いつもいつもお前が私を止めに来る度におかしいとは思っていたんだ。なるほど、お前単に私の話が聞きたかっただけなんだろう? いやー、素直じゃない奴にも困ったものだな。しかし私は心が広い、お前がそうと言えばいつでも──」 「ふっざけんじゃないわよ、ぶっ殺す!」 激昂したが棒手裏剣を凄まじい勢いで投げつけるのを、滝夜叉丸が咄嗟に飛び退いてそれを避ける。ブチ切れたの勢いは止まらず、避けた滝夜叉丸に向かってそのままの勢いで突進してきた。滝夜叉丸も戦闘態勢に入ったのか、先程のように慌てた様子はなく、から間合いを計りつつ構えを取る。 「あんたのせいで幾度私の貴重な休日が台無しになったと思うのよ、返しなさいよ、利子つけて返しなさいよ!」 「照れ隠しも程々にしておけ、。私は寛大な男だから構わないが、お前の本心を見抜ける鋭い人間はそうはいないものだ」 「見当違いの説教されると本気で腹立つわ! 何度私に迷惑かけたら気が済むのよ、もー怒った! 二度と人に迷惑かけられない身体にしてやるから!」 「おいおい、そんなに私を独り占めしたいのか? 愛されすぎる私にも困ったものだ、はっはっは」 「しぃぃぃぃねぇぇぇぇぇ!!!」 ごう、と背中に燃えさかる怒気を背負いつつ、が滝夜叉丸へと突っ込んだ。手裏剣・小刀・拳・蹴り、全てを駆使した本気の殺意に、さすがの滝夜叉丸も慌てて防御に徹する。 「ちょ……! おい、嫉妬も度が過ぎると可愛くないぞ」 「あんたに可愛いとか思われるほうが気持ち悪いわよ! いいからおとなしくしてなさいよ、永遠に!」 滝夜叉丸に何かを言われる度に、の怒気が膨れあがる。滝夜叉丸は「やれやれ、これも私の美しさの罪か」などと口にしながらも防戦一方で、得意の戦輪を手にしてはいるが反撃に出る様子はない。相手だと大抵の場合そうなのは、単に実は自分が悪いことを理解しているのだろうとは思う。 怒りに任せて滝夜叉丸の逃げ場を封じ込めた瞬間、足を軽く滑らせたのかぐらりと滝夜叉丸の身体が揺らぐ。滝夜叉丸はすぐに体勢を立て直したが、その一瞬の隙を見逃すほどは甘くはない。これで終わりだと言わんばかりに、体重の乗った回し蹴りを放つ。 追い詰められた滝夜叉丸は、一瞬ぴくりと戦輪を持たないほうの手を動かしかけたが、結局はなにもせずにそのまま、の放つ蹴りをまともに食らって倒れ込んだ。見学していた後輩達が『わあー』と歓声とも悲鳴ともつかない叫びを上げるのを耳にしながら、は滝夜叉丸に近づき、憎いアホがぐるんぐるんと目を回しているのを確認する。本当ならばさらにタコ殴りにして放置したいが、そこまでするとますます滝夜叉丸に関わる時間が増えてしまう。貴重な休日をこれ以上このアホのために消費するのは勿体ない。おとなしくなっただけでもよしとしよう、とは一つ頷く。 「先輩、すごいですー!」 「あの滝夜叉丸先輩を静かにさせるなんて、憧れちゃいますー!」 きらきらと瞳を輝かせている後輩達にげんなりと「やめて……」と本心からぐったりと言って、は自分が放った棒手裏剣を回収していく。 ありがとうございましたー! と異口同音に後輩達に礼を言われ、はまんざらでもないような、しかし実際のところ滝夜叉丸に関わるのは嫌なんだけど、という複雑な顔をする。ようやく解放されたと一気に安心した後輩達は、てきぱきと気絶したままの三郎次と三之助の介抱を始める。 「三郎次と三之助の様子はどうだ?」 「気絶してるだけですから大丈夫です、浦風先輩。医務室にお連れしますね」 「乱太郎と左近、悪いんだけど、このアホもついでに医務室に転がしといてくれる?」 「はい分かりました、先輩。お手数おかけしてすみませんでした」 「ほんと、このアホ毎度毎度人様に迷惑ばっかりかけるんだから。医務室に閉じこめて隔離出来ない?」 「……勘弁してくださいよ先輩、そんなことしたら私達保健委員がとんでもないことになりますー」 それを想像したのか本気で困った顔をする乱太郎の隣で、左近も情けない顔で頷く。 「そりゃそうか……。じゃあ、私部屋に戻るね。みんなあんまりそいつに関わっちゃ駄目よー」 はーい、ありがとうございましたー! と明るい声で返事をする後輩達に軽く手を振ってから、は踵を返して長屋に帰ろうとする。ふとその時、気絶したまま転がっている滝夜叉丸が視界に入った。それにほんの少し目を留めてから、未練なくさっさと歩き出す。 滝夜叉丸は口さえ開かなければ、なるほど悪くない整った顔をしているのは確かだなと素直に思う。しかし顔がいいからなんだというのか、忍びに顔の善し悪しなど関係ないのだし。 いつのころからか、『滝夜叉丸はの言うことならば聞く』ということになっていた。実際は単に力任せになんとかしているだけなのだが、力ずくでも滝夜叉丸をおとなしく出来ない生徒達には、は救世主にでも思えたらしい。暴走している滝夜叉丸を見つけると、すぐに『、あんたの役目よ!』だの『先輩お願いします、滝夜叉丸先輩がいつものように!』などと頼られるようになった。 私はあいつのお母さんか! と憤慨しつつも、必死で頼られると無下にすることも出来ず、今回のように渋々と出てきてしまう。大体これが一番不思議なのだが、別には客観的に見ても滝夜叉丸より武術が非常に優れている、というわけではないのだ。自身決して実技が苦手ではないが、武道大会で連覇をこなすような滝夜叉丸相手では話は別だ。まともに考えればいくらこちらに分が良くても『おとなしくさせる』なんて出来そうもないのに、他人に言われる通り、毎回今日のように滝夜叉丸はろくに反撃もせずに、結果として実際におとなしくなる。特に今日決め手となった回し蹴りなんてその顕著なところで、滝夜叉丸はあの時明らかに反撃体勢に出ようとしていたのに、結局なにもしなかった。戦輪の使い手である滝夜叉丸なのに、その戦輪だってはほとんど受けたことがない。あれだ、やっぱり滝夜叉丸にはなんだかんだと後ろめたいところがあるのだ、とは思う。が止めに来るのは他の生徒に頼まれたからというのが分かっているから、さすがに滝夜叉丸も反撃出来ないのだろう。 なら最初からくだらない騒ぎなんか起こすんじゃないわよー! と思うのだが、あの派手好きはいつだっておとなしくなんかしていない。それこそ教師達か上級生、もしくはが出て行かないといつまでも『おとなしくならない』のだ。ますますお母さんか私は! とは思い出して腹を立てる。 ……まぁそれでも、こうしてとりあえず頼まれたことは終わったし、今からでも部屋に戻って休日を満喫しよう! とは気持ちを入れ替える。滝夜叉丸のことで悩み続けるなんてそれこそ時間の無駄以外の何物でもない。 お団子お団子、と残してきた好物を思い、は軽い足取りで長屋へと戻って行った。 「…………行ったか」 目覚め、の気配が完全に消えていることを確認してから、滝夜叉丸は身体を起こす。途端ににぶち込まれた蹴りの痛みが身体に走り、軽く顔をしかめる。 気絶している間に後輩達は三郎次と三之助を医務室に連れて行ったらしく、その場には滝夜叉丸しかいなかった。鈍い痛みが響く腹を庇いつつ、滝夜叉丸は立ち上がる。 「まったく、顔でないからいいものを。あいつは手加減という言葉を知らんのか」 ぼやきながらも、けれど単なる打ち身以外の何物でもないことを確認して、滝夜叉丸は軽く嘆息する。 はたぶんもう部屋に戻ったのだろう。滝夜叉丸はくのたま長屋の方向にしばしの間視線を向けてから、自分も長屋へと帰ろうとする。 ふとその時、足元にのものだろう棒手裏剣が落ちているのに気づいて、地面から取り上げる。は手裏剣が得意で、特に随一に扱いが難しいと言われる棒手裏剣を意のままに操る。それこそ滝夜叉丸が戦輪を手足のように扱うのと同じように。 「…………」 その棒手裏剣をじっと見つめ、滝夜叉丸はやれやれと面倒そうな仕草でそれを仕舞う。「さて、どう返したものやら」とぽつりと呟いたその瞬間、ぱたぱたと足音がして後輩達が戻ってきた。 「うわ、滝夜叉丸先輩が起きてる!」 「せっかく先輩におとしなくさせてもらったのにー!」 「ま、まずいぞ、さっきの二の舞だ!」 気絶しているとばかり思っていた滝夜叉丸が目覚めているのに驚いて、後輩達はわーきゃーと騒ぎ出す。滝夜叉丸はそれに軽く笑って、後輩達に向かって駆け出す。 「お前達、私の話をまだ十分に聞いていないだろう? 聞かせてやろう、聞かせてやろう。次は邪魔が入らぬよう、私の部屋でな」 「た、滝夜叉丸先輩、勘弁してくださいよー!」 「さっき散々聞いたじゃないですかー!」 「ああ……僕の自習時間がまたなくなっていく……」 ずりずりと滝夜叉丸に連れ去られながら、三人は絶望的な顔になる。先輩助けてーと異口同音に叫ぶ三人に、滝夜叉丸は笑みを深くした。後輩達の情けない声を聞きながら、滝夜叉丸は強引に三人を連れて長屋へと向かう。 休日の昼下がり。団子を食べ終えて上機嫌のが再び呼び出されることを、自身はまだ知らない。 終 |