食満留三郎夢
三話『整理・整頓・修理・告白』





せんぱーーーい!」

 とたとたという軽い足音が近づいてきて、ぽむ、との背中に小さな身体がしがみついた。
 委員会活動中。用具倉庫から出してきた網縄の修理をしていたは、「ん?」と一度振り向いて、自分の背中にいるのが委員会の後輩、喜三太だと確認すると、何事もなかったかのように作業に戻った。
先輩っ! 僕も僕もっ!」
先輩ー……僕たちの仕事、終わりましたー……」
 ぽむ、ぽむ、と同じく用具委員のしんべヱと平太もやってきて、の両肩にしがみつく。は左右の肩を一度確認して、そしてまた作業に戻る。
せんぱーい」
「せんぱーい」
「むにゃー」
 後輩三人に寄りかかられても、は意に介せず仕事をこなしている。後輩達は嬉しそうにに寄り添い、は黙々と手を動かしている。が、

「……なにやってんだお前ら」
 
 それをすぐ目の前で見ていた留三郎は、全く文句を言おうとしないと後輩達三人に呆れて、後輩一人一人をひょいひょいとから取り上げて抱え込んだ。後輩達はわーきゃー叫びながら、今度は留三郎にしがみつく。
の仕事の邪魔だろうが。お前達、仕事が終わったんなら遊んでこい」
「え、いいんですか?」
「ああ。そこらに作兵衛もいるだろ、伝えてくれ。ちゃんと手入れした武具を倉庫に戻してからだぞ」
『はーーい!』
 後輩達は元気よく声を上げると、ぱたぱたと武具を戻しに行く。それをしばし見送ってから、留三郎はやれやれとを振り向いた。

「なに、食満」
 きょとんとした顔で見上げるに、留三郎は半眼になる。
「なにじゃないだろう。いい加減にあいつらになんとか言ったらどうだ」
「……なにを?」
 はぐらかしているのではない、恐らく本気で分からないのだろう。は無表情に近い顔で首を傾げる。
 どう言ったものかと留三郎が数瞬迷っていると、が「ああ」と気づいたように声を上げる。
「私は気にしてないから、構わないよ」
「……いや、お前がよくてもだな……」
「?」
 留三郎が言いかけた言葉に、はもう一度首を傾げる。それで自分がなにを口走りそうになったのかに気づいて、留三郎も押し黙った。
「……まぁ、お前が気にしないなら構わんが……」
「うん」
 あっさりと頷いて、は手元の網縄の修理に戻る。
 留三郎も同じく続きをするため、の前に腰を下ろし、広げていた網縄を手にする。
 ……別に大したことではないのだが。
 最近みょーーに一年生共がにくっつきたがるように、留三郎には見える。ただの嫉妬だろうと言われると返す言葉がないのだが、その過剰になっている分をさっ引いてもおそらく多すぎる。元々用具委員の一年生達は特に子どもっぽいところが抜けないし、だけでなく留三郎にもくっつきたがるのだが、同じくそれをさっ引いても、最近はみょーーに全く無意味なところでべたべたしているように見える。
 さっきも言った通りにただの嫉妬だが、一年生といえども目の前での二の腕やら背中やらあまつさえ腰や太股にまでまとわりついているのを見ていると、咄嗟に『今すぐ俺と代われ!』と言いたくなる。死んでも言えないが。
 自身が本気でなんとも思っていないようだから、なおタチが悪い。昔からそうだが、は特に害さえなければ何事も気にしない性格だ。別に後輩達だって悪気はないのだし、そう目くじら立てるほどではない……のだが。実際目の当たりにしてしまうと、正直なところムカッとくる。
 しかし当事者でもないのに、や後輩達を強く窘めることなど出来ない。なんせ実際のところ本当にただの嫉妬なのだから、口を滑らせでもしたら怪訝に思われるだろうし。
 ──なんというか、厄介だな。
 自分の思いの複雑さに呆れて、留三郎は小さくため息を吐く。
「んー、重いー……」
「火器ってほんとに重いんだねぇ」
「僕のナメクジさん達にも手伝ってもらおうか。忍ナメ、出番だよー」
「こらこら喜三太、ナメ壺は置いとけ。ほら力出せみんな、いくぞー、せーのっ」
 後ろで、一年生の後輩三人と作兵衛が用具倉庫に手入れした火器を戻している声が聞こえてくる。はちらりとそれに目を向けてから、ぽつりと独り言のように口を開いた。
「下級生って、可愛いよね」
「ん。……まぁ、そうだな。まだまだ子どもだ」
 留三郎が頷くと、は少し遠い目で今度は留三郎に視線を向ける。
「きっとすぐ大きくなっちゃうんだろうけどね、食満みたいに」
「……俺?」
 怪訝に思う留三郎がを見ると、は珍しく、可笑しそうに柔く微笑む。
「そう。最初に会った時は、あの子達と同じ年だったのにね」
 と留三郎は同学年だから、当然一年の頃から面識がある。それを言うならお前もだろうと返そうとして、留三郎はなんとなく言いよどんだ。
 もう六年にもなるのか、と思うとさすがに少し感慨深いものがある。が一年の頃の留三郎と今の留三郎とを比べてどういう違いを見ているのかは分からないが、のそれの違いならば、留三郎にもありありと分かる。
 が留三郎を大きくなったと評するのと同じように、も六年分成長している。顔つきも身体つきもあのときとは違う。唯一変わらないのは、たぶんその落ち着いた空気だけだ。
「食満はほんとに大きくなったよね。前は私と同じくらいの背だったのに。男の子って、いつのまにか大きくなるよね」
 いつもより口数の多いはやけに楽しそうで、留三郎は少し落ち着かない思いになる。クソ生意気で阿呆だった昔の自分を思い出されるのは、正直あまり嬉しくない。それが惚れた相手なら尚更だ。
「いつの話だ。小さい頃の話なんか気恥ずかしいから、やめろ」
「……うん。ごめんね」
 謝りながらも、はどこか楽しそうだった。なにが楽しいんだと思いながら、留三郎は手を止めていた作業を再開する。もそれ以上はなにも言わずに、同じように作業に戻る。
 黙々と作業を続けながらも、先程のの言葉のせいで、留三郎の頭に『昔』のことが過ぎる。
 他愛のないことから、今思えばぞっとするような阿呆らしいことまで、無鉄砲だったあの頃はよくやった。いや今だってそう変わらない気はするが、一応これでも委員会を纏める立場だし、少しくらいは外見だけでなく中身も成長していると思いたい。
 ふと、いつもながら黙々と仕事をこなしているに視線を向ける。今までは、同学年であることや同じ委員会に所属することで、と共に成長出来た。肩を並べて同じ時間を過ごすことが、ほとんど当たり前のようになっていた。それだけならば嬉しいことだが、これからもそう出来るかは分からない。
 想いを抱いておそらく数年、自覚して数ヶ月。が好きだという想いはこれからも変わらなくても、二人の置かれる立場は確実に変わる。
 好きだと伝えることならば、今だって出来る。それにがどう返すのか分からなくても、少しでも望みがあるならばそれに賭けたい。共に進むことを願うならば。
 これは焦りなんだろうな、と留三郎は思う。と離れる未来と、が自分以外の他の男と結ばれる未来と。そのどちらも見たくない故の。
 留三郎の視線に気づいたのか、が顔を上げる。なに? とでも言いたげに視線を返すに、留三郎は軽く自分の拳を握りしめる。こうして視線を交わすことすら、会話をすることすら、出来なくなるかもしれないのならば。
 ……いっそ想いを伝えてしまったほうが、たとえそれが望む結果にならなくても、中途半端な距離に悩むことはないだろうに。
「食満……?」
 なにも言わない留三郎を不思議に思ったのか、は口に出して名を呼ぶ。その声だって、あとどれほど聞けるか分からない。
 想いを自覚した日からずっと機を計ってきたが、それが今日であっても明日であっても結果はきっと変わらない。二人きりならもうどこだって構うもんか、言ってやる告白してやると留三郎が意を決したその瞬間、

「ちょっ! 待てコラしんべヱ! こんなとこで洟垂らすな! 火器があるんだぞ、火器が!」
「大丈夫ですよぉ、富松先輩。僕ちゃんと手拭い持ってますからね! ちーん」
「鼻水だらけの汚い雑巾のどこが手拭いだ! お前それちゃんと洗ってこい! つか垂らすな! 鼻水!」
「……うう鼻水バッチイ……ナメクジもバッチイ……」
「バッチくないよう平太、僕のナメクジさん達、ちゃんといつもお風呂に入ってるもんね! ねーみんな?」

 突然に聞こえてきた後輩の会話に、留三郎の意気込みが崩壊する。
 洟だの、ナメクジだの。いつものことだとはいえ今邪魔しなくてもいいだろう、と瞬く間に気合いを削がれて脱力する留三郎の前で、が立ち上がり、後輩達の元に向かって行く。

「みんな、大丈夫?」
「あ、先輩。あとこの火器だけなんですけど、その、しんべヱが……」
「ああ……、ちょっと磨いたほうがいいね。しんべヱ、とりあえず手とその手拭い洗っておいで」
「はーい!」
先輩、倉庫に運んでから磨いてもいいですか?」
「うん、そのほうがいいと思う。じゃあ、後はお願いね」
「はいっ」

 後輩達の様子を見てから、はまた戻ってきた。先程と同じように留三郎の前に腰を下ろし、網縄を取り上げる。そしてふと留三郎の様子に気づいたのか、一度戸惑ったように瞬きをする。
「食満、どうしたの? なんか疲れてるみたいだけど」
「……いや、なんでもない」
 留三郎は抱えていた頭を上げて、自分でも弱々しく聞こえる声でそう答える。……別にあいつらが悪いわけじゃない。
「あの子達なら大丈夫だよ、作兵衛がちゃんと見てるから」
「いや、そういうわけじゃ、…………ああ、そうだな」
 どうやらは留三郎が後輩のことを心配しているのかと思ったらしい。否定しようとしたが、ならばなんだと言われたら説明出来ないことに気づいて、結局頷いてしまう。
 後ろでは、相変わらず後輩達が騒がしく火器を用具倉庫に運んでいく。正直用具委員の下級生はどの生徒も個性的だが、根本はみな気質が優しく、他人への思いやりが強いのが長所だ。困ることがないとは言わないが、それでもみな可愛い後輩だ。先程邪魔をされたと思ったことを、心の中で一度詫びる。
「心配しなくても、きっとみんなすぐなんでも出来るようになるよ。食満みたいに」
 まだ留三郎が下級生を心配していると思っているのだろう(当たり前だが)、はそう口にする。食満みたいに、と言われたことは少し嬉しいが、嘘を吐いたせいですぐには頷けず、生返事のようなものになってしまう。
「……そうか?」
「うん、みんな優しいし、良い子ばっかりだよ」
 今日は珍しく感情豊かなは、その言葉を言うときも嬉しそうに微笑んでいた。
 その微笑みに少し癒されて、留三郎は先程崩壊した意気込みが少しずつ戻ってくるのを感じる。いつだって機会はある、と気を持ち直し、に向かって頷く。
「そうだな。あいつらは少し手はかかるが、素直だからな」
「うん。この間もね、屋根の修理をしようとしたら、一度倒れたからって心配してくれて、作兵衛が代わってくれたの。嬉しかった」
 もう暑くなんてないのにね、とは一度日射病で倒れた時のことを指して、本当に嬉しそうに目を細める。その時のことを思い出して、留三郎はとは違ってずしりと胸が重くなるのを感じる。なにしろを倒れさせたのは、大部分自分の過失だったのだから。
「……あの時は、悪かった」
「あ……ごめんね、食満。そういうつもりじゃなかったの」
 の瞳がすまなそうに揺れる。逆に気にさせたか、と慌てて留三郎は声を上げる。
「分かってる。……ただ、他の委員と比べて用具委員は重労働だろう。お前に無理させてるんじゃないだろうかと思ってな」
 それは、言葉のついでではなくずっと前から思っていたことだった。は我慢強く真面目で、与えられた仕事を黙々とこなす。だから不平不満など滅多に漏らさず、以前のように真夏日に無理をして倒れるような結果になることが、少なからずある。いくら六年生でくのたまといえどもやはりは女で、体力が自分のような男より落ちるのは当然だった。その分いつも負担をかけているのではないかと、常日頃から気にはしていたのだ。
「そんなことないよ」
 は作業の手を止めて、留三郎に視線を向ける。
「私はね、用具委員で良かったと思ってるよ。用具の手入れをする仕事は好きだし、後輩はみんな可愛いし、それに食満もいてくれるし」
 最後の言葉に、思わず息を飲む。けれど、の言葉はそれだけでは終わらなかった。
「だから、用具委員に誘ってくれてありがとう、食満」
 感謝の意か、は軽く留三郎に頭を下げる。その言葉が意味することに気づいて、留三郎は愕然とした。
「……お前……」
 を用具委員に誘ったのは、確かに留三郎だった。下級生の頃、どの委員会に入ろうか迷っているに、深く考えもせずに、
『お前がいると、俺が楽になる』
『それに、お前がいるとなんか落ち着くからな。だから、俺の隣にいろよ』
 そう言って、誘った。それがおそらくに想いを寄せた最初なのだと、後から気づいて酷く動揺したほどに、留三郎にとっては恥ずかしい過去でもある。
 けれどは、どうして用具委員に入ったのかは覚えていないと言っていたのだ。それなのに、なぜ。その留三郎の戸惑いに気づいたのか、は「うん」と小さく頷く。
「……本当は、覚えてたの。嘘吐いてごめんね」
「なっ……」
 かあっと、顔に血が集まるのを感じた。唖然とする。誘ったのが自分だという、そのことだけを指しているならば、まだいい。けれど、もしその言葉までが覚えていたのだとしたら。
「お前、まさか、」
「うん。……ぜんぶ、覚えてるよ」
 はっきりと言い切るに、留三郎は言葉に詰まる。動揺に顔を強張らせている留三郎を少しの間眺めて、は小さく首を横に振った。
「大丈夫だよ」
 ぽつりと落ちるの声は、いつものように無感情だった。けれどその声音に微かに違和感を覚えて、留三郎はを見る。
 は、繰り返して言葉を続ける。微かに──固い声音で。
「大丈夫だよ。私、誤解してないから。そういう意味じゃなかったのは、ちゃんと分かってるから」
 静かな顔。表情の少し読み取りにくい、抑えたような無表情。
「だから……気にしないでね、食満」
「──違う!」
 思わず、身を乗り出しての手を掴んだ。驚いて反射的に身を引きかけるを追いかけ、顔を覗き込む。そうじゃない。俺が気にするとか、そういう問題じゃないんだ。留三郎はの手を握り、告げる。
「違う、誤解なんかじゃないんだ」
「……食満?」
 留三郎の行動に呆然としているは、掴まれた手を振り解こうとはしなかった。ただ何が起こったのか分からないと、驚いたような瞳のまま。
 違うんだ、と己の中で繰り返しながら、留三郎は頭に血が昇るのを感じる。あの時を誘った自分が意味を理解していなくとも、あの時も今も、留三郎は言葉通りになることを望んでいる。が、己の隣にいてくれるようにと!
「食満、どうしたの……? 誤解じゃないって、でも」
 少しは落ち着いたのか、は戸惑ったように尋ねる。そのの言葉を遮って、留三郎は一息に告げた。

「俺は、お前が好きなんだ」

 ぴくり、との睫が震える。それが視認できるほどに近い距離。
 は虚をつかれたような表情で、留三郎を見返す。留三郎の手に、の腕の震えが伝わってくる。
「……嘘、じゃないよね」
 絞り出すような、僅かに掠れたの声。その瞳は、戸惑いの色に揺れている。
「お前にとっては、嘘だったほうがいいか」
 留三郎がそんなくだらない嘘を吐くはずがないと、は知っているはずだった。それでも問いかけられるのは、動揺のためか、それとも拒絶のためか。
 の腕を掴む手に、無意識に力が入る。もし肯定されたら。もしくは、逃げられたら。追い詰めてしまいそうな自分を抑えることが出来るか、分からなかった。
 僅かな沈黙の後、は口を開く。僅かに、震えた声音で。

「私も、食満が好き」

 ──どくん、と鼓動が鳴り響く。
 息が詰まる。すぐ目の前にある、赤く顔を染めたが、堪えきれぬように俯く。
 先程のと同じ、それは本当なのかと問い質しそうになって、


「食満先輩ずるーーーーーーーーーい! 先輩、僕もーーー!」


 いきなり響いた声と共に、二人の間に喜三太が飛び込んできた。
「き、喜三太!?」
 反射的にから手を離して、留三郎は一気に身を引いた。にきゃっきゃとしがみついている喜三太に続いて、「僕も僕もーーーー!」「……わー、作戦開始だー……」としんべヱと平太も駆けてきて、いつもと同じようににしがみつく。さすがのも驚いたらしく、慌てて留三郎に視線を向け、そしてすぐに顔を赤くして逸らした。
「みんな、遊んでたんじゃ……」
「片付けが終わったんで、今から遊ぶんですよぉー!」
「ちゃんと石火矢拭きましたよー!」
「バッチかったけど、がんばりましたー……」
 べたべたとにくっついたまま、一年生が朗らかに答える。
 突然のことに唖然としている留三郎の後ろに、足音が近づいてくる。その気配の主に気づいて、留三郎は後ろを振り返った。
「……作兵衛か」
「はい。食満先輩……良かったですねぇ……」
 視線の先で、作兵衛が「にやっ」としか表現出来ない顔で留三郎を見下ろしていた。うっと留三郎は言葉を詰まらせる。
「……き、聞いてたのか、お前ら」
「大丈夫ですよ、あいつらには全然聞こえてないですから。俺は聞いちゃいましたけど……ぐふ」
 にまにまと、作兵衛は留三郎とに向けて意味ありげな視線を送る。いつもなら一発殴ってやるところだが、今は気力が湧いてこない。はぁ、とため息を吐いて、留三郎は作兵衛に無言で手招きをする。
「ん、なんですか食満先輩」
「作兵衛。……頼むから、あいつらをどこかに連れて行ってくれ」
「はい、分かりました。……どうぞごゆっくり、食満先輩」
 むふふ、と最後まで愉しそうな口調で言ってから、作兵衛は相変わらずにくっついてる一年生を引きはがした。わーわーと騒ぐ一年生を無理矢理に引きずって行く。
「な、なにするんですか富松先輩ー」
「離してくださいよぅ、僕たちは作戦中なんですー!」
「ばーか、それはもういいんだよ。俺の勝ちだ」
「……え? 富松先輩の勝ちって、どういうことですかー……?」
「僕たちまだ食満先輩に怒られてないんですけどー」
「いいか、これからはマジでやめとけ、殺されるぞ」
「えー?」
「……やってみなくちゃ分からないんですけどー……」
 などとわけの分からないことを言いながら、下級生達は去っていく。その姿が道具倉庫の向こう、木立の中に消えてから、留三郎はもう一度深くため息を吐いた。
「びっくりした……」
 まだ赤い顔で、がぽつりと呟く。
 と同じく動揺していた留三郎も、下級生の姿がなくなったことで大分落ち着きを取り戻していた。その上で寸前のの言葉を思い出して、頭にまた血が昇る。

「…………なに?」
 留三郎の声に、ゆっくりとは視線を上げる。頬に朱が差したまま、は留三郎と視線が合うと、慌てて俯いた。
「隣に行っても良いか」
「……うん、いいよ」
 俯いたまま、は小さく頷く。留三郎がほんの少しの距離を詰めての隣に腰を下ろすと、は先程と同じく留三郎を窺うように視線を上げる。先程よりも近距離。けれど、今度は視線を逸らさなかった。
「あのな、
「嘘じゃないよ」
 言葉の真偽を確かめようとした留三郎に、察したのかがすぐに否定の言葉で遮った。すぐ傍の留三郎に、どこか縋るように続ける。
「ずっと好き。委員会に誘ってくれる前から、ずっと食満が好き。──大好き」
「……っ!」
 その声は小さく震えていたが、内容の破壊力は凄まじかった。近距離で愛を告白されて、留三郎は瞬時に顔に血が集まるのを感じる。煮えたように曖昧な頭。死んでも良いほど嬉しいことってあるんだなと、それだけを冷静に思う。
「俺も好きだ。ずっと、お前が好きだ」
 いつも傍にいて、自分の想いにすらすぐに気づけなかった。食満、と呼んでくれる声も、視線も、その静かな雰囲気も。すべてが当たり前すぎて、どれほど愛おしいものなのか分からなかった。
 無意識に、に手を伸ばしていた。頬に触れる留三郎の指に、はほんの僅かに逡巡したが、すぐに身体の力を抜いた。その顔を覗き込む。赤く染まっているの顔を。
「食満……」
。俺は、委員会でなくても、卒業しても、お前と一緒にいたいんだ。──そうしてもいいか? お前の傍にいてもいいか?」
 告げた途端に、が息を飲んだ。そして、噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「私も、食満の傍にいたい。食満のことをもっと知りたい。だから……」
 数瞬沈黙を持った後、ゆっくりと時間をかけて微笑む。

「──私と、ずっと一緒にいてください」

 衝動に突き動かされて、の身体を引き寄せた。傍にいてほしいと望んだ気配と、望んだ体温。それが一番近い場所にあることが信じられなくて、確かめるように抱き締める。
「食満……好き、すごく好き」
 ほんの少し、泣き声のようなの声。頭がおかしくなりそうだった。幸せすぎて、本当に現実なのかと疑いそうになる。
 ──夢でたまるか。
 数年越しの想いが通じた。こんな夢があってたまるか。現実だ。はここに確かにいてくれる。
「俺も、お前が好きだ」
 の傍にいつまでいられるのかと、危惧していた悩みが瞬く間に消え去っていく。代わりに浮上するのは、呆れるほどに早い独占欲。この女を誰にも渡さないと、まだ見ぬ全てへの嫉妬心。
「──ずっと、一緒にいる」

 その想いのままに、強くを抱き締めた。




















 終

 →四話『結局どういう意味なのか』