久々知兵助夢
『あなたとわたしの未来のために』





「……当然ながら、隠し武器を持ち歩く場合、相手に危険なものだと気づかせない意識が大切です。たとえばくの一は毒針を仕込んだ簪などをよく使いますが──」

 教科書を手に板書をしている山本先生の声を聞きながら、ぼうっと窓の外を見る。私達上級生が教科授業を受けている今、くの一教室の庭では下級生達による毎年恒例の忍たまおもてなし会、またの名を男子生徒フルボッコ大会が催されている。さっきまで和やかな雰囲気だった男子生徒達は、今や一転して阿鼻叫喚の渦に飲み込まれ、下級生ながらに悪辣な少女達の笑い声や、爆発音や水音が聞こえてくる。
 ほとんど日常茶飯事のそれは、特に上級生ともなれば意にも介さないけれど。

『ねえ、あんなの見てて愉しいの?』
『うん。子どもって、すごく可愛いよねえ』

 隣の友達が肘で私をつついてくるのに、矢羽音で返す。にへらにへらと顔を緩める私に、友達は不可解そうに小首を傾げる。
 私の視線の先には、心づくしのおもてなしからきゃーきゃーと逃げまどう男子生徒達がいる。まだ幼さを残した体型は、ころころ転がってとても愛らしい。それを追い掛けている後輩達も、きらきらした瞳でまた可愛らしい。
 ああ子どもって本当に可愛い。生まれたての赤ちゃんはもちろんのこと、ぷくぷくした肌や舌っ足らずなしゃべり方の、幼年の子達の愛らしさは奇跡だと思う。
 それになにより……

『まあね、確かに可愛いけど』

 友達は、ふう、とため息を吐いて矢羽音を続ける。やれやれとした様子で。

『子どもってはしゃぎ回るしすぐ泣くし、私はちょっと苦手だな。たぶん自分の子でも』
「ええ!? 自分の子だったらきっとすっごく可愛いよ!? 私と兵助の子なんてもう、世界一可愛い顔と声と髪とほっぺたと手とえーととにかくすっごくすっごく可愛いよ! 私早く兵助の子ども産みたい!」

 ぽとり、と友達の手から筆が落ちて、教室内がしんと静まり返る。教室内の女子生徒が、全員私を見ていた。

「あ」

 思わず矢羽音で会話するのを忘れて叫んでた。
 しかも勢いに任せて立ち上がっていた私は、慌ててその場に座り込む。こんこん、と山本シナ先生が黒板を白墨で叩いて私に顔を上げさせて、にっこりと微笑んだ。

「とりあえず、久々知君の子を産む前に授業を聞いてくれるかしら、さん」
「はい! すみませんでした! 授業の後にします!」

 力強く返事をした瞬間、ぶっ、と同級生達が一斉に吹き出し、爆笑した。






「そんなわけで兵助! 子どもは何人欲しい!?」

 夕食後。いきなり廊下の向こうから突進してきたの言葉に絶句したのは、どうやら俺一人らしかった。

「じゃあ兵助、先に部屋戻ってるから」
「俺、兵助に宿題教わりに行こうと思ってたんだけどな。勘右衛門、教えてくんね?」
「いいよー、なんなら三郎と雷蔵もどう? みんなで勉強会しようよ」
「いいね、じゃあお風呂に入ったら集合で」
「どうせ兵助今日は戻ってこねーだろうしな。あいつの参考書借りるか」
「いやいやいやいや待って待って待って! ちょっと!」

 慌てて声を上げても、勘右衛門達は何事もなかったかのように和気藹々と去っていく。もはや俺を振り向こうともしない。
 ちなみにここは、食堂帰りや風呂帰りの生徒達が行き交う、廊下の真ん中だ。に抱きつかれたままの俺は、ちらちらと好奇の視線に晒されている。下級生からのものらしい、「あ、久々知先輩と先輩だ」「らぶらぶだ」「らぶらぶだね」という落ち着いた声まで聞こえてくる。

「兵助、どうしたの? 体調でも悪いの?」
「いやあのさ、こんなところで、…………うん、まあいっか」

 の不思議そうな顔に、なんとなくどうでもいいかと思い直して(慣れたんだと思う)、俺はとりあえずを落ち着かせて身体を離し、手を繋いで人気のないところへと歩き出す。は「わぁ、夜の逢引きー!」と満面の笑顔でついてくる。

「それで、さっきのどういう意味なんだ?」
「え? うん、授業中にね、兵助と私の子どもだったらすごく可愛いだろうなーって思って、それでね」

 にへらにへらと嬉しそうに言う顔に、言葉に詰まる。たぶん今、耳まで真っ赤だと思う。
 はそれに気づかないように、にこにこと続けてくる。

「私ねー、兵助の子なら女の子でも男の子でも可愛いと思うんだー。ね、兵助は何人くらい欲しい?」

 人気のないところまできて足を止めると、はさっそく俺の顔を見上げて聞いてくる。改めて考えると、何人くらい欲しいかと聞くってことは、つまりは俺の子を産んでくれる気満々なんだろう。恋仲になってから数ヶ月しか経ってないのに、そんなことまで考えているがあまりに可愛くて、慌ててから視線を逸らした。夜とはいえ、真っ赤な顔を見られたら恥ずかしいし。

「兵助? ……もしかして子ども欲しくない?」
「い、いやいやいや違う! が産んでくれるなら、俺は何人でも嬉しいよ」
「ほんとに!? 私ね私ね、子ども大好きだからたくさん欲しいんだ! このくらい!」

 すごく嬉しそうに顔をほころばせて、は右手てのひらを振ってみせる。五人かな、と思った矢先、

「うん、五十人くらいが丁度いいよね!」

 桁が違った。

、出来ればせめて一年は組くらいにしてくれると……」
「女の子と男の子は半々くらいがいいよね! 最初の子は女の子かな、男の子かな、いっそ双子とかもいいよね!」

 きゃあきゃあとほっぺたに手を当てて嬉しそうに未来予想図を描いているに、まぁいいか、とまた思う。子どもをたくさん欲しいって、そんな風に想われている俺は、すごく幸せだろうから。

「じゃあ、卒業して結婚したらおっきい家買わないとな」
「えっ!? 兵助、私をお嫁さんにしてくれるの!?」
「え、今まで言ってたの、それ前提じゃないの?」
「へ、兵助のお嫁さんになってたくさん子ども産んで……! どうしよう、私の将来いいことばっかりだよ! ありがとう!」

 ぎゅう、と抱きついてくるに、俺もすごく温かな気持ちになる。抱き返して、ぽんぽんとその頭を撫でた。

「私、いいお嫁さんになるように頑張るからね!」
「うん、俺もいい夫になれるように頑張るよ」

 頬をすり寄せてねだるに口付けると、きゃー、とまた嬉しそうに微笑む。ますますぎゅうっと抱きついてくるは、「じゃあ!」とはしゃいだ声で俺に言う。

「今から子どもつくろ!」
「ぶっ」

 さすがに絶句すると、後ろのほうで「おいおい野外は勘弁しろよ」「見てるこっちが恥ずかしいなお前ら」「兵助、やっぱり三郎達の部屋行くから、部屋使っていいよー」と見物していたらしい同級生達の声が聞こえてきた。










 終