中在家長次夢
『ダイエットをしよう!長次ver』
|
「長次、これから私を見ることを禁止します」 突然の言葉に手を止め、反射的に振り向こうとした。瞬間、「駄目って言ったじゃない!」と怒られた。 自室で、虫食い文書の補修をしていたときだった。俺を訪ねてきたが、中に入ってきた途端に言った言葉が冒頭のそれだ。 「……」 「ふ、振り向いちゃ駄目だってばー!」 なにがなんだか分からないが、とりあえず言うとおりにすると、後ろからずりずりとが近付いてくる。背中の斜め後ろほどに正座したらしい。 そのままなにも言わないので、作業を続けながら嘆息した。 「……どういう趣向だ」 「いやね、どうも太ったみたいなの」 「は?」 やりかけた作業がまた止まった。意味が分からず困惑する俺に、は真剣にため息を吐き、低い声で言う。 「最近ご飯がすごく美味しくてね。お米もお肉もいっぱい食べてたら、身体のあちこちがぷにぷにになっちゃって。お腹も伸びるし二の腕も伸びるし腰も足も柔らかいし、そういえば最近貧血にならないし……」 「………………」 「昨日も友達に、『あんたちょっと太ったんじゃない? 大丈夫?』ってお風呂場で心配されたの。からかってるんじゃなくて心配されたんだよ!? 長次に分かる!? 女同士で太ったことを心配されるなんてこれ、相当だよ!? 『やだこの子太ってるうふふ、もっと太ればいいのよ相対的に私が痩せて見えるわ』っていう優越感に浸る暇もないほど太って見えるってことだよ!?」 苦悩する声に、そんなものかと俺は首を傾げる。女の世界はよく分からない。男は体重が増えようが減ろうが、生活に支障がなければ知ったことではない。 「それで減量することに決めたんだけど、なかなか上手く行かなくてねー。ご飯抜いちゃったら授業受けられないし、でもこれ以上は意地でも太りたくないし、だから」 だから、の次を、ひどく毒々しい声では言う。 「緊急手段に出ることにしたの。……甘味断ち」 これ以上ないというくらいに憎々しそうだ。内容の割に。 「あれを断てば私は痩せられる……! 分かってるけどすごく辛いの! いいの、分かってくれなくてもいいの! でもすごく辛いから、長次は私がちゃんと減量するまで私を見ちゃ駄目!」 「…………意味がよく分からないが」 「だって長次、すぐ私にお饅頭くれるじゃない。目が合ったら欲しくなるんだもん」 その言葉に、なるほどと頷いた。そう繋がるのか。 「……月に一度あるかないかだが」 それも福富家からもらったものであるとか、遠出の実習の土産だとか、その程度だ。俺が頻繁にを餌付けしているわけじゃない。甘味を渡すと喜ぶから、それだけだ。 「分かってる。それ自体はすごく嬉しいの。でも長次見るとお饅頭思い出すくらい、今の私にとって長次はお饅頭をくれるひとになってるから!」 「そんなに食いたければ食えばいいだろう」 「だーーーーーめーーーーーーー! なのーーーーーーー!」 んがー、と苦悩するようには呻く。作業していた本から手を離し、そのままその手を後ろにいるに伸ばした。の腕を引き寄せて、ぽんぽんとその頭を撫でる。 「ああああああ見ないでって言ってるのに!!!」 「……別に見ていない」 「大体、触ったら太ったのばればれじゃないのーー!」 「………………」 「あー! まじまじ見ないでってばー!」 逃げだそうとするを捕まえて、膝の上に乗せてみる。見られるくらいならと思ったのか、は慌てた様子で俺に抱きついてきた。……女はよく分からん。 「……別に、太ったようには見えないが」 「ふふふ……男のその言葉を真に受けた女だけが、生存競争に負けて脱落していくのよ……」 「………………」 「『少しくらい太ったほうが俺の好みだ』『どんな君でも愛してるよ』そんな甘言に騙された女達の屍の数々が、くの一の教科書に載ってるわ……。いいえくの一なんて関係ない、これは女達が生まれたときから死ぬまで続く、本能に刻まれた魂の戦いなのよ!」 「……あほらしい」 「なー!」 つい素で言ってしまったのが悪かったらしい。は「長次だって女になれば分かるー!」だの「私も男になりたい!」だの「そうだよいっそ交代しようよ長次!」だの「おまんじゅー!」だの唸っている。そんなに食いたければ食えばいいものを。 「落ち着け」 腹の減った子犬のように(例えておいてなんだがそのままだ)じたばたするを、その場にごろりと転がした。途端騒ぎ疲れたのか、は畳の上で案外素直に丸くなる。次は「だってご飯美味しいんだもん」だの「ああお肉があるから雑魚寝でも痛くない……」だのぶつぶつ言いだした。 「」 後ろからその頭を撫でて引き寄せると、もう抵抗はしなかった。しょんぼりと、身体をさらに小さくする。 その俺よりよほど華奢な身体は、やはりいつもと変わらないように見えるが、本人にとっては死活問題なのだろう。 別にそれを否定するつもりはないが。 「太ったほうが好みだ、とは言わない」 「……だよねー……」 「健康に害がない程度ならば、多少太っていても痩せていても、俺の好みはお前だ」 「…………うわ」 「それに、どんなお前でも愛している」 「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーー! 耳元でやめてーーーーーーーーーーー!」 またじたばたしだしたを、やれやれと後ろから抱き寄せる。 「いやーーーー! そういうこと言うから勘違いするんだってばーーーーーー! いっそ俺の隣に並ぶならもっと痩せて綺麗になってくれって言ってーーー!」 「……あほか」 「長次は女心が分かってないーー!」 「分かるか、そんなもん」 「そんなもんって言ったー!」 わーわー騒ぐの頭をぽんぽんと撫でて落ち着かせながら、俺は今度からは饅頭ではなくなにを土産にすればいいかと悩んでいた。 終 |