田村三木ヱ門夢
『流れる星に誓いましょう』
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次の日が休みだから、寝る前にユリコ達の整備をしようと思っていた夜だった。 タカ丸さんに頼まれて勉強会を開いていた私の部屋は、ついでにとタカ丸さんが呼んできた滝夜叉丸と喜八郎もおまけで居て、そこそこに騒がしかった。最初はそれぞれ静かに自習をしていたけれど、すぐに飽きた喜八郎が勉強道具を放り出して落書きなんかを始めたところから、なんだか方向性がおかしくなった。勉強しろと喜八郎を叱る滝夜叉丸と、それを全く気にしない喜八郎と、さらにその二人を全く気にせずに私に立て続けに質問してくるタカ丸さんと、私自身も静かにしない三人に苛々していた。どういう経緯か忘れたけれど滝夜叉丸がまた『学園一優秀なこの私』とか詭弁を言いだして私と口論になったり、タカ丸さんがお茶をぶっ零したりいろいろあって、勉強会なのかただの騒がしい集まりなのか分からなくなってきた、そんなときだ。 私もそろそろユリコ達の整備をしたいしお開きにするぞ、と言いかけた瞬間。 ばたばたとこちらに駆けてくる足音の後、ばしーん、と勢い良く戸が開いた。 「三木ーーー! 逢い引きしよう! 夜の逢い引き!」 突然に、見るからに酔っぱらって上機嫌な先輩が飛び込んできた。ぽかんとする私達を見て、先輩は「おや」と首を傾げる。 「みんな集まってなにしてんの? あれ、邪魔だったかな? 男同士の内緒話し中?」 「ううん、もう終わるつもりだったから大丈夫だよ。ほら三木ヱ門君、逢い引きのお誘いだって」 滝夜叉丸が唖然と、喜八郎すらきょとんとしている中、タカ丸さんだけは普段通りにのほほんとしている。促されてようやく状況を把握して、かっと顔が熱くなった。 「それはよかった! じゃあ三木、逢い引きに行こう!」 「え!? い、今からですか!?」 「うんそう、星見に行こうよ、星! あれ、なんか用事でもあった?」 不思議そうに言う先輩の顔はたぶん私とは違う意味で赤く染まっていて、妙な機嫌の良さからも酔っているのは確実だった。 「い、いえ、用事っていうか」 「……行ってこい、三木ヱ門。後片付けはしておいてやるから」 「ひゅーひゅー」 見かねたのか、滝夜叉丸が仕方なさそうに言い、喜八郎が無表情で囃し立ててくる。先輩はぱああっと顔を輝かせて、がし、と私の腕を掴んだ。 「よーし、じゃあ行こう三木! 星空の下でいちゃこくなんて恋人同士の浪漫だよね!」 「三木ヱ門君行ってらっしゃーい。布団敷いてたほうがいい?」 「ひ、必要ないですから!」 「ひゅーひゅー」 「…………」 相変わらずのほほんとしているタカ丸さんと無表情で囃し立ててくる喜八郎(腹立つ)と目で同情してくれる滝夜叉丸に見送られて、私は先輩に引っ張られてずるずると外に連れ出された。 時間はもうすぐ就寝時刻というところで、休みの前日だから寮はどこも騒がしかった。今更言うことでもないけれど、男子寮は女子禁制だ。けれどそれをものともしない勢いで、先輩は私の手を掴んだままずかずかと出口に向かう。 「あ、あの、先輩……」 「ん、なあに三木? あ、ほらほら、空綺麗だよ。冬は寒いけど星が綺麗に見えていいよねー!」 すごくはしゃいだ様子で嬉しそうに微笑まれて、なんだかもう、なにも言えなくなった。次いで、まあいいか、と気持ちが落ち着いてくる。突然だから驚いたけれど、先輩から誘ってもらえるのはとても嬉しいし。 「長屋は人が多いし、練習場のあたりまで行かない? 今六年生実習中でいないから、誰もいないと思うし」 「はい。……あの、先輩」 「なになに?」 酔っているとはいっても悪い酔い方ではないみたいで、先輩の話し方ははっきりしているし、行動もやや強引というだけだ。 楽しそうに私を振り向く先輩に、掴まれている手とは反対の手を差し出した。先輩はきょとんと立ち止まって、それから合点が行ったのか嬉しそうに笑って、改めて私と手を繋いだ。ぎゅっと力を入れて握られる先輩の手は、温かい。 「えへへ、逢い引きー! 三木と逢い引きー!」 「いやあの、連呼はちょっと恥ずかしいんですけど……」 「夜だから気持ちが開放的になっちゃってね!」 「お酒のせいじゃないかと思いますが……」 「あれ、どうして分かったの? えへへ、さっきちょっと飲んじゃってねー」 「ほんとにちょっとですか……?」 先輩は、基本的に色恋沙汰は恥ずかしがる人だ。いつも豪快に見えて恋仲の雰囲気が苦手というか、どうしていいか分からなくなるらしい。ちゅーしよ、と普通に迫ってきたかと思うと、後でそれを思い出して恥ずかしがっている。 それはそれで可愛いし私にとっては不満なんてないのだけれど、先輩はお酒を飲むとこうなるんだなと、私は少し意外に思う。勝手な想像だけど、なんとなくすごく乱暴になるのかと思っていた。 「友達の誕生会でねー、お酒がぶ飲みしちゃったんだ。お酒って飲むと気持ちよくなるよねー」 「あれ、抜け出してきてよかったんですか?」 「うん、いいの。だって三木に会いたかったんだもん」 ね、と微笑まれて、さすがに盛大にどきっとした。けれど先輩は恥ずかしそうな素振りもなく、足取り軽く学園内を進んでいく。なんだか甘えるように身を寄せて、 「そういえば、さっき三木、みんなでなにしてたの? 勉強会?」 「そんなところです。もう終わるところでしたから、大丈夫ですよ。あとはユリコ達の整備をしようと思ってただけで──」 「むっ」 ぴたりと先輩が突然に足を止めた。今までの上機嫌が嘘のように、じとー、と拗ねたような視線を向けてくる。 「せ、先輩?」 「私は前から三木に聞きたかったことがありますっ」 突然に繋いでいないほうの手を腰に当てて、先輩は私を睨む。 「な、なんですか?」 「私とユリコ達のどっちが大切なんですかっ」 「……え?」 「いつもいつも、ユリコとか鹿子とかさち子とか春子とか夏子とか秋子とか冬子とか! 女の子の名前ばっかりつけてなんなんですか! 実は全員私の他に外で作った愛人ですか!」 「違いますよ、そんなわけないじゃないですか! あの、あと後半は知らない名前なんですが」 「いつもいつも女の名前の火器を磨いたり讃えたり散歩したり頬ずりしたり……! 私とユリコ達のどっちが好きなのか、ここで一つ答えを出してもらおうじゃないですか!」 前言撤回、もしかしたら悪い酔い方だったのかもしれない。先輩は拗ねまくった子どもみたいな顔で、私に勢い良く迫る。答えを間違ったら癇癪起こすぞ、と脅されている気分だ。 そもそも先輩は、普段私がそうするのと同じようにユリコ達にも優しくしてくれる。三木が好きなものは私も好きだよ、と言って事実大切にしてくれるから、突然にそんなことを言われてすごく驚いた。 大体、先輩と火器とは好きだという意味も種類も全然違うのに。 「あの、先輩……」 「なんですか、言い訳出来ないくらいにユリコ達のほうが好きなんですか? 私なんて所詮人間の愛人ってだけで、三木の本命は石火矢なんですか? …………そうなの?」 ふいに、先輩がしゅん、とする。今までの勢いはどこにいったのか、落ち込んだ様子で肩を落とす。立て続けに拗ねたり怒ったり落ち込んだりしている姿に、酔ってるせいだとは分かってるけれど、なんだかちょっと可笑しくなった。 「先輩」 「……はい」 「私は、先輩のことが一番好きですよ」 「……ほんと?」 「はい。ユリコ達とは全然違いますよ。ユリコ達は私の相棒で、先輩は、その、大切な恋人です」 言い終えた途端、ぎゅ、と手が握られた。さすがにちょっと恥ずかしくなってきた私の前で、先輩がゆっくり顔を上げて、嬉しそうに微笑んだ。赤い顔で、「よかった」と勢い良く私に飛びついてくる。 「わっ、先輩、ちょっと」 「ならいいの! えへへ、心配して損した! じゃあ行こう!」 ぐい、とそのまま手を引かれ、軽く走り出す。誰もいない鍛錬場に着くのは、すぐだった。先輩が言っていたように、確かに誰の姿もないし、気配もない。 手裏剣投げや組み手の練習に使うがらんとした広場は、遮る物がなにもなくて、見上げれば視界全てが夜空になる。 学園では月や星の動きを徹底的に教え込まれるから、私の頭の中には星図が入っているし、授業等で空を見上げる時間も長い。だから普段は、月や星を見て、ただ純粋に美しいと感じることはあまりない。 「ね、綺麗だよね?」 「……はい」 それでも、楽しそうな先輩と見る冬の空は、久しぶりに綺麗に見えた。小さく瞬く星の間を、流れ星が一瞬走っては消えていく。忍装束そのままで出てきてしまったから少し寒くもあったけれど、気持ちはなんだかすごく温かかった。 「私ね。ほんとは三木が今日、ユリコ達のとこに行く予定だって知ってたの」 「え?」 「委員会のとき、団蔵に今日の予定聞かれて答えてたでしょ? そのときはなんとも思わなかったんだけど、さっきお酒飲んでたらなんだかむかむかーってしてきたの。ユリコ達は嫌いじゃないけど、三木独り占めにしてるのずるいじゃない。それ愚痴ったら、友達がそれなら確かめてくればいいって言うからさ」 「ぐ、愚痴ったんですか先輩方に……」 「だって寂しかったんだもん」 むすっとまた拗ねた瞳を向けられて、動悸が跳ね上がる。普段の先輩は、まずこんな言い方をしたりしない。恥ずかしいのと嬉しいのが入り混じって、かあっと顔が熱くなった。なんかこう、新鮮というか、なんというか。 「でもいいの。だって三木は私を優先してくれたでしょう?」 言葉通りにぱっと表情を変えて、先輩は嬉しそうに微笑む。 「……ええ、いつでも先輩を優先しますよ」 「ほんと?」 「はい、ほんとです」 こんなに先輩が可愛らしくなっていることなんて滅多にないのだから(いつも可愛いと言えばもちろんそうなんだけど)、ここで私だけ恥ずかしがっていても勿体ない。 素直に本音を口に出すと、先輩はえへへ、と嬉しそうに笑って、身を寄せ、私の頬に一つ口付けた。そのまま、ぎゅっと抱きついてくる。 「じゃあ三木、今夜はユリコ達じゃなくて私と一緒にいてくれる?」 「はい」 「朝までずっと?」 「ずっとです」 答えると、先輩がまたぎゅっと身を寄せる。その頭をゆっくり撫でて、私からも抱き締め返した。 いつもの先輩はなんというか豪快で私よりずっと大人っぽくて、奥手で純情な女の人にはとても見えない。でももしかしたら、そう見せていただけなのかもしれない。単にお酒のせいかもしれないけど、これはこれでいいなあと、珍しくすごく積極的な先輩を堪能していたら、ふいに、抱きついていた先輩がゆっくりと身体を離した。 「先輩?」 先輩は視線を逸らすように俯いて、私から少し距離を取る。不思議に思う私に、先輩は顔を上げないまま、ゆっくりその場にしゃがみ込んだ。顔を両手で覆って、ぎゅっと小さくなる。 私も隣にしゃがみ込むと、小さくなった先輩から微かに声が聞こえた。それは、地を這うような低い声で。 「……三木助けて、酔いが醒めた……」 あー……。 今までのことを思い出して悶絶しているのか、先輩はそれ以降ぴたりと黙り込んだ。 確かに、他のひとの前で逢い引きだと連呼したり、火器に妬いてみたり、甘えるような言葉をたくさん言ってたり、普段の先輩から見れば『恥ずかしい』という言葉では足りないほどの羞恥だろう。 かける声が見つからない私の前で、先輩は徐々にさらにさらに縮こまる。穴があれば入りたい、みたいな様子で。 「だ、大丈夫ですよ、ある意味可愛かったですから……」 「そうだ、三木を殺して私も死のう……」 「そんな物騒なこと言わないでくださいよ」 「……あー……うー……」 ぽんぽんと肩を叩くと、先輩がおずおずと顔を上げる。その顔は、お酒のせいじゃない、恥ずかしさに真っ赤に染まっていた。 うん、これはこれでやっぱり可愛い。 「ユリコ達に妬いてくださったんでしょう?」 「ごめんなさい」 「今夜は私と一緒にいてくださるんでしょう?」 「はうう」 うそだーゆめだーまぼろしだー、と先輩は半泣きになりながら私に身を寄せる。その場に座り込んで、改めて私も先輩を抱き寄せる。先輩は私に強くしがみついたまま、もう顔も上げようとしない。 結局いつもと違う先輩は一瞬だったけど、どっちも私の好きな先輩には変わりない。今耳まで赤くして小さくなってる様子も可愛らしいし。 「先輩、星綺麗ですよ。一緒に見ませんか」 「ごめんなさい」 「先輩が誘ってくださったのに」 「いじめないでください……もう二度と飲みませんから……」 落ち着かせるために先輩の背を撫でながら、空を見上げる。 ぽとりぽとりと落ちる流れ星に、今の先輩もいいけど、またいつかあの先輩が見たいです、とお願いした。それまでもそれからも、先輩と一緒にいれますように、と付け足して。 私が好きなのは先輩で、他の誰でもないのだから。 終 |