七松小平太夢
『布団でいちゃいちゃしよう!小平太ver』





 かさり、と紙音が耳に届く。

 浮上する意識と共にゆっくりと目を開くと、薄青に染まった部屋が視界に広がった。一度、二度、瞬きを繰り返すうちに、その薄青が夜明けの色なのだと気付く。まだ眠気の残る頭で身を起こすと、また、かさり、と紙が捲られる音がした。
 私のすぐ隣で、すでに起きていた小平太がうつ伏せに本を読んでいた。右手で顎肘をつき、左手で開いた本の頁を捲っている。聞こえていた紙音を理解して、理解したと同時に怪訝に思った。

「……こへ? もしかして本読んでるの?」
「ん? ああ、起きたのか」

 おはよ、と短く口にする間も、小平太の視線は本に注がれている。つられるように小平太の読んでいる本に目を向けて、私は、はて、とさらに不思議に思う。
 ここは小平太(と長次)の部屋だけど、今小平太が読んでいるのは私の本だ。昨日の夜、長次がいないからと小平太の部屋に呼ばれた際、試験も近いから暇な時間に自習をしようと持参してきた参考書だ。実際は勉強をする暇なんかなくて、さっさと布団に引きずり込まれて今に至るわけだけど。

「それ、私が持ってきた参考書だよね?」
「うん」
「春画じゃないよ?」
「うん」
「……面白い?」
「うん。面白くない」

 とは言うものの、小平太の目は割合きちんと字を追っているから、読んでいるのは確かだろう。もしかして寝ぼけてるんだろうか。長い付き合いだけど、小平太が自主的に本を読んでいるところなんて初めて見た。
 怪訝に思う私に構わず、小平太は本を読み進めている。物語性がある娯楽本ならまだともかく、それは完全な参考書だ。小平太の大嫌いな『勉強』に値するはずなのに。いつも『字ばっかの本なんてどこが面白いんだ』と心底つまらなそうな顔で言っているのに。
 なんだか、ちょっと心配になってきた。

「こへ、どうしたの? 風邪でも引いた?」
「いや、元気だぞ」
「もしかして教科の成績すっごく悪いの? 先生に怒られた?」
「そんなのいつもだから、今更気にしないぞ」

 返事をする間にも、小平太はやっぱり本から目を離さない。不安に思って、小平太に身を寄せてその顔を下から覗いてみる。私の視線に気付いたのか、ん、と小平太は一度目を合わせたものの、すぐにまたそれを本に戻してしまう。読むのに忙しい、という風に。
 伊作、呼んできたほうがいいかな……。
 もしかしたら、本当に熱でもあるのかもしれない。小平太はたとえ自分の体調が悪くても、自覚症状がなさそうだ。私は一度身を引いて、うつ伏せになっている小平太の背にそっと乗ってみる。解かれたままの少し癖のある小平太の髪を軽く纏めて流し、後ろから抱き締めるように小平太の肩に顎を乗せ、頬と頬を触れ合わせる。そのまま擦り寄せてみると、小平太の肌は私よりは温かい。けれど、熱が出ているというほどでもない。
 さては変なものでも食べたのか。それとも私が夢を見ているのか。小平太の背に乗った体勢のまま悩んでいると、相変わらず本を読んでいた小平太がちらりと私を横目で見た。

「なんだ、
「いや、もしかしてこれ夢かなって……」
「寂しいのか?」
「え?」
「寂しいんだろ?」
「は?」

 なにか言いだした小平太に眉をひそめたとき、ぱたん、と本が閉じる音がした。その次の瞬間、くるりと視界が反転する。抵抗する間もなく逆に布団に押し倒された私を、小平太がなんだか楽しそうに上から覗き込んでくる。なんというか、悪戯が成功した子どもみたいな顔だ。

「はい?」
、私が本読んでるから寂しかったんだよな? そうなんだろ?」
「いや、だからそうじゃなくて……」
「いじわるした私も悪いけど、もともとはが悪いんだぞー。私といちゃいちゃするのに本なんか持ってきてさ。だから私、仕返してやろうと思ったんだ!」
「え、あ、うん」

 対応しきれずに適当に応えながら、昨日の夜、『なんだ、本なんて持ってきて! 私と勉強どっちが大事なんだ!』と駄々を捏ねて参考書を取り上げられたことを思い出した。つまりあの仕返し、ということなのだろうか。この様子からすると、随分根に持っていたらしい。

「えー……」

 あんまりに子どもじみた行動に思わず半眼になると、小平太はなにを勘違いしたのか得意げな様子でにやりと笑う。してやったり、と思っていることが明白だ。

「ふっふーん。私が本に夢中になってたから妬いちゃっただろ? 寂しかっただろ? 分かったら、今度から本なんて持ってきちゃ駄目だからな!」
「一応言っておくと、妬いたんじゃなくて心配したんだけどね……」
「ああ、心配しなくてもいいぞ! ほんとは私、本読むなんて大っ嫌いだからな!」
「そうだよね、知って……、ちょっ」

 いきなり小平太の満面の笑みが近付いたと思うと、そのまま唇を奪われた。性急に重ねられる口付けに思わず小平太の肩を掴むと、その抵抗を抑え込むように体重をかけられる。顎に手をかけられて、開いた口の中に小平太の舌が入り込んでくる。好き勝手にぐちゅぐちゅ舌を絡ませながら、小平太の片方の手が私のお腹あたりに伸ばされて、夜着の腰紐を探り当てて一気に解く。
 かあっと頭に血が昇り、ほとんど反射的に小平太の顔を引き剥がす。

「っちょっと、こら! 朝からなにしてんの!」
「無理して文字読んでたら頭痛くなっちゃった。気持ちいいことしたらすっきりするかも」
「あ、ばかこら! 朝だって言ってるでしょ!」
「まだ早いから大丈夫だって。も私が本に構ってて寂しかっただろ? 甘えていいぞ!」
「いやだから寂しくなんか……」

 ないから離しなさい、という非難の言葉を押さえ込むようにまた口付けられ、素肌の上を小平太の手が這う。ここまでくるとまず言っても殴っても聞かないだろう。
 唇を重ねたまま、嬉しそうに小平太が微笑む。今度からは本なんて持ってこないでおこう、と私は自分自身に誓い、ゆっくりと力を抜いて小平太の熱を受け入れた。










 終