鉢屋三郎夢
『恋ではなく愛でしかなく』
|
その女を選んだのは、どこかしらに似ていたからだ。 まだ幼いと言っていいほどに若く、成り立ててで日が浅いのか、商売女にしては怠惰的な色気がなかった。 俺と同じ年か、一つ上か下か程度だろう。それが売りなのだろう化粧気のあまりない顔、幼子のような無邪気な微笑みで、女は俺を迎えた。 「お兄さんみたいな若いひと、久しぶり。ご近所のひとかな?」 「ああ。ここは初めてだけどな」 「私、先月からここにいるの。贔屓にしてくれたら嬉しいな」 「考えとく」 「うん、私頑張るからね!」 学園が秋休みで、家に帰ってからまた学園に戻る途中だった。 「お兄さん、お茶飲む? それともさっさとはじめる?」 「ん……団子あるけど、食うか」 「え、いいの!? お客さんにお土産もらうの初めて!」 ぱあっと顔を輝かせて、女は急いで茶を淹れると、嬉しそうに駆け寄ってくる。餡が乗ったそれを一串渡すと、本当に幸せそうに食べ始めた。 顔だけ、ならば。帰ろうかと思っていたのに。 「あ、あの、もう1個食べたら怒る……?」 「怒らないから、全部食っていいぞ。お前、そんなに団子が好きなのか」 「甘いものは、虫歯になるし太るから滅多に食べられないの。でもお兄さんみたいにお客さんがくれるなら、許してもらえるんだよ」 ごちそうさま、と上機嫌に食べ終えると、女はてきぱきと周りを片付け、閨の準備を始める。 どこかで軽い香でも炊いているのか、甘ったるい匂いがする。布団を敷いた女が、こっちこっちと手招いているのに腰を上げた。 「なぁ、お前の名前、なに」 「名前? 部屋名ならそこに書いてあるよ。私見たことないけど、綺麗なお花の名前なんだって。難しい字だけど気に入ってるんだ」 「ほんとの名前は言いたくないか」 「んー、部屋名のほうがいい名前だからねー」 困ったように微笑む女の前に、腰を下ろす。きょとんと見上げてくる女は、やはりどこかしら似ていたけれど、明らかに違っていた。 それでも重ねていいかと思うほどには、その微笑みが似ていたから。 「なあ。って呼んでいいか」 「? なぁにそれ、そんな芸名の売れっ子さんいたかな。今流行りの美人芸者さん? 私じゃとても務まらない気がするけど」 「いや。むしろお前のが美人だし色気もある」 「わあ、そんなこと言われたのも初めて。……ああ、もしかして兄さんの好きな子の名前?」 楽しそうに笑う女にそうだと頷くと、女はなにかに気づいたようにきょとんした。 「じゃあ、どうしてここに来たの? 兄さん、恋仲の子がいるならその子と寝ればいいじゃない」 本当に不思議そうに言ってから、女は、しまった、という顔になる。 「ごめんなさい。今の聞かなかったことにして。無神経だったね」 「帰ったりしないから安心しろよ」 「ありがとう。……でも、なんで? あんまり会えないとか? あ、もしかして片恋?」 「そうだ」 「へー! 素敵ね。告白しちゃいなよ、お兄さんかっこいいから大丈夫だよ! 私すごく好み!」 きらきら目を輝かせているのは、恋の話が好きだからだろう。まあ、この顔は俺のじゃなくて雷蔵のなんだけどな。 女が嬉しそうにしているので、俺もつられて少しだけ笑った。 「無理なんだ。あいつ、違う男が好きだから」 「わ。そうなの?」 「ああ。しかもその男には、相思相愛の恋人がいるんだ。馬鹿だろ、あいつ」 「報われない恋だねぇ……。そういうのって悲しいよ。奪っちゃえばいいと思うな」 「それが出来れば、五年も片恋してねーよ」 「わあ、一途!」 本気で驚いたのか、女は目を見開いて、それから少し顔をほころばせた。 「そのひと、果報者だね。兄さんにそんなに想われて」 「どうだろうな。あいつは、好きな男以外の想いなんていらないだろ」 「……そっか。そうかもしれないね。兄さんだってそうだもんね」 女はゆっくりと頷き、一つに纏めていた髪を解いた。ばさりと落ちる黒髪が、肩に落ちる。 その華奢な腕が、俺の顔に伸びる。髪を纏めていた飾り布が、俺の目を覆っていく。 「いいよ、好きな名前で呼んで。……私が全部やってあげる」 頭の後ろで、飾り布が結ばれる。閉ざされた視界の中、女の気配が俺に近付く。そっと、小さな唇が俺のそれに触れた。 女は最初から最後まで一声も上げなかった。ただただ、俺にしがみついてくる。その微笑みがに似ていても、やはり閨を商売にする女なのだろう。声を上げないのは、俺が今抱いているのはなのだと、そう錯覚させるためだ。 「──」 苦しい。身体のどこかが強く飢えている。俺が抱いているのはじゃない。けれど、であればいいと望んでる。 秋休みが始まるとき、またね三郎、と笑うと別れた。その直前まで同じように家に帰るあの先輩を、迷子みたいな顔で見つめていたのも知っていた。 俺の気持ちになんて全然気づかなくて、先輩に片恋して、失恋して泣いて、それでもまだ想ってる、あの不器用すぎる、悲しい恋しか出来ないあの女のことが。 俺は、どうしようもないほどに好きだから。 「」 小さな手が、俺の頭を抱く。その指一本一本すらあいつとは絶対に違うものなのに、それでも求めてしまうほどに、俺は夢を見たかった。 空しい夢。絶対に訪れないかもしれない、俺の望む未来の模倣。 「……」 女を抱きたかったんじゃない。きっと俺は泣きたかっただけだ。 飾り布に滲んだ涙に、女の口付けが落ちる。その身体を引き寄せて、求めているものではない、けれど柔らかな温もりに、すがり続けた。 学園に戻ると、すでにたくさんの生徒が集まっていた。その中から一人、俺に小さな人影が駆け寄ってくる。 二、三、挨拶みたいなどうでもいい話をしてから、そいつはなんの気もない様子で俺を見上げた。 「三郎は、お休みの間なにしてたの? お家のお手伝い?」 半月ぶりほどのの顔。俺はいつものように表に感情が出ないように抑えながら、「そうだな」との頭を軽く叩く。 「当てたらなんか奢ってやるよ。団子でも饅頭でも」 「ほんと!? えっとね、じゃあね……うーん……きり丸のアルバイトのお手伝い!」 「外れ」 「あ、じゃあ実は家に帰ってないで学園に残って自主練してたとか!」 「今戻ってきたところだろ」 「あ、そうか。えっとね……」 迷い始めたに見えないように、小さく笑う。 お前に似た女を一晩買って、お前の名前で呼んで。 ──泣きながら抱いた、なんて。 お前に分かるはずがないし、分かりたくもないだろうから。 終 |