鉢屋三郎夢
『猫?はこたつで丸くなる』
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三日程前に大雨が降ってから、季節は完全に冬へと移行したらしい。木々はすべての葉を落してしまい、風は刺すように冷たく、朝は目覚めにくく、水汲みや外の掃除が苦行になる。正直快適な季節とは言い難い。 ともあれ、自然現象に嘆いたところでどうしようもない。雪が降ったら雪合戦をしようとはしゃいでいる下級生達を見習って、寒さを楽しさに変える努力も必要だろう。冬の楽しみと言えば……と考えながら廊下を歩いていると、ふと少し離れたところに勘右衛門の姿を見つけた。勘右衛門は俺と目が合うと、ほっとした顔で寄ってくる。 「よう三郎、今から委員室か? よかった、ここで会えて」 「ああ。どうした、なにかあったか」 「俺、さっき木下先生に明日の授業の準備を手伝ってくれって頼まれちゃってさ。終わったらすぐ行くから、先に始めててくれないか?」 「分かった。まぁ、大してやることもないしな。無理そうなら来なくてもいいぞ」 「ありがと。じゃあな」 勘右衛門はにっこりと手を振って、急いだ様子で職員室へと走って行く。放課後は委員会の時間、というわけで俺も学級委員長委員会の委員室へ向かっているのだが、今は特に忙しくはなく、やることは先日の運動会の運営まとめを作ることくらいなので、勘右衛門に言った通り、俺一人だとしても正直まったく支障はない。 「一年の奴らも、山岳実習で今日は委員会に出れないって言ってたしな……」 一年生とは思えないほど冷静かつ真面目な委員の後輩達を思い出し、まあ今日は適当にやってさっさと帰るか、と俺は決める。 なんせこの寒さだ、やる気が湧くはずもない。咎めるやつがいるわけでなし、茶を飲んで茶菓子食ってだらだらしてやる。 そんな怠惰なことを考えながら委員室の戸を開いた俺は、昨日まではなかったものを見つけて思わず軽く目を見開いた。 部屋の真ん中にどどんと置かれた炬燵布団。無人の部屋がやけに温かいのは、すでに火鉢が入れてあるからだろうか。おそらく、学園長先生が顧問権限を振りかざして早々に置いたのだろう。ここは委員長委員会の委員室、という前提はあれど、実質学園長先生の茶飲み場、という側面もある。 ともあれ、この寒さで炬燵の恩恵に与れるのは役得だ。冬が寒いからこそ、炬燵の温かさが身に沁みるということでもある。冬ならではの楽しみと言えば、やはり温かい炬燵に入って仲間同士で札遊びをしたり、読書をしたりすることだ。 幸い、委員室には誰の姿もない。棚から先日の運動会に使った資料や経費をまとめた帳簿を取り出し、下書き用の古紙と墨とを取ってくる。それらを炬燵の上に置き、若干はやる気持ちで炬燵へと足を入れた。 「……おー」 やはり中にはすでに火鉢が入っており、じんわりと優しい温かさが足を包み込む。特に今日は朝から実技授業続きで冬の寒さを嫌というほど体験した後だったので、この温かさが非常に心地良かった。 気をよくして、座り直して足をもう少し伸ばす。そこそこに大きな炬燵は、だいぶ足を伸ばしても火鉢に触れる危険はない。委員長委員会はいろいろと面倒が多い委員ではあるけれど、こういうところは悪くないなと、顔をにやけさせたときだった。 ふにょ、と足先がなにかに触れた。柔らかな感触は決して火鉢ではない。炬燵布団や敷物でもない。怪訝に思ってもう一度足を伸ばしてみると、やはりふにょふにょとなにかに触れる。もしや猫でもいるのか、と一度炬燵を出て、炬燵布団をめくりあげた。 「はい?」 思ってもみなかった光景に、唖然とする。そこそこ大きな炬燵とは言っても、せいぜい大人四人、下級生でも六人も入れば窮屈な炬燵だ。その中に、猫でもなく、ましてや下級生でもないのが一人、くるりと身を縮めて寝こけていた。 すぴーすぴーと幸せそうな顔で眠っているのは、年の割にはだいぶ小さな身体と幼い顔で下級生にすら見える、俺と同い年のくの一教室の生徒。……ついでに言うなら恋仲の相手でもあるが。 「お前、ここでなにしてんの?」 まさかそいつが委員室の炬燵の中で眠っているとは、さすがに想像の範疇にはない。状況判断に戸惑っている俺の前で、炬燵の中で丸まって寝てるやつ……は、眠ったままよじよじと動き出した。さすがに外が寒いとはいえ、炬燵の中にずっといれば熱いだろう。本能的に冷気に向かってきたは、ぽかんとそれを見ているだけの俺の足に触れ、そのまま膝の上にのぼってくる。上半身を俺の膝に預け、下半身を炬燵の中に埋めたまま、心地良い場所を探すように少し動いた後、またすうっと眠りに落ちた。 「……いや、待て待て待て、待てっ」 我に返って強く揺すってみても、は呆れるほど幸せそうな顔で寝入っている。食い物の夢でも見ているのか、にへらにへらとしまりのない寝顔。いやいやいやだから待てって。おかしいだろ! なんでそうなる! なんとかして起こそうとするが、一度寝入ったが簡単に起きないのは熟知している。しかもその難易度は、が心地良く眠っているとさらに跳ね上がる。……あ、これ無理だわ。 さっさと諦めをつけて、俺はを起こそうと肩を揺すっていた手をしぶしぶ戻す。 「なにお前、炬燵の匂いでも嗅ぎつけてきたのか? お前委員長委員会じゃないだろ」 答えが返ってこないことは分かり切っていたが、問わずにもいられない。外で寝るのが好きなは、夏は涼しいところ、冬は暖かいところを探すのが獣並に上手い。実際うさぎとか猫とかに混じって眠っているのもよく見る。 とはいえ、まさか今日設置されたばかりの炬燵を選んでやってくるとは、 「もうお前普通の人間じゃねぇよ……」 ため息を吐いて、仕方なしにこの状況を受け入れる。三度の食事を眠ることの次に大切にしているは、腹が減れば自動的に起きる。あと少し放っていれば、自分から目を覚ますだろう。 を揺らさぬよう気をつけて座り直し、体勢を整える。膝の上で心地よさそうに眠っているの重みを感じながら、やれやれと帳簿や資料を広げる。 炬燵に温められていたせいか、の身体は俺よりずっと温かい。もはや温石を抱いているのとあまり変わらないほどだ。 「……別に俺ならいいけどさ」 どの炬燵構わず潜り込んで、誰彼構わず抱きつかれたら面倒だ。とりあえず起きたらそれから説教してやるか、と心に決めて。 にへらにへら眠っているを時折その頬や額を指でつつきながら、委員会の仕事を進めて行った。 終 |