久々知兵助夢
『豆腐に込めた想いなど』
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「兵助と言えば豆腐だよね!」 ばしん、と教室の机の上に行儀悪く片足を乗せて、はぐっと両手で握り拳をつくる。横にいた友達に無言で襟首掴まれて座らせられるのも意に介せず、満面の笑みで意気込みを続けた。 「だから私、豆腐を作ろうと思うの!」 「豆腐を」 「大豆から選んで!」 「大豆から選んで」 強い口調のの後に、友達はどこか辛辣な物言いでそれを繰り返す。それには軽くやる気を失い、じ、と友達に視線を向ける。 「なに、なにか言いたいことでもあるの?」 「あるよ。なんで久々知に豆腐?」 「兵助だから」 「そっちじゃなくて」 「兵助がこの間、私が落とした簪拾ってくれたの。そのお礼!」 「それで豆腐」 「兵助と言えば豆腐!」 「それは否定しないけど」 友達は半眼で、の顔を覗き込む。物凄く冷たい声で、ぽつりと。 「あんた物凄く料理下手じゃん」 その視線には軽く殺気が混じっている。ああ、昔食べさせたあの団子のせいか、とは思い当たって納得する。あの時うっかり失神しかけたことを、この友達は長い間根に持っているのだ。 「うん、あの時は悪かったよ! でも豆腐なんてネギ乗せて醤油垂らすだけじゃん、だいじょぶだいじょぶ」 「豆腐作るんでしょうが、豆腐! 卵焼き一つも巻けないあんたがあんな細かい作業出来るわけないでしょう! つかそもそも私は昔のことを怒ってるわけじゃないのよ、単に久々知のことを心配してるの!」 「ああ美味しすぎて失神しないか、と」 「あんたはどうしてそう考え方が前向き過ぎるのよ……!」 まじ死ぬ、久々知まじ死ぬからやめなさい! と友達は必死の形相でがくがくとを揺さぶる。 「そこまで言わなくてもいいじゃないのー……私だってちゃんと豆腐の作り方くらい調べてるよ! ほら、図書室から借りてきた!」 と、は懐から『美味しい豆腐の作り方〜初心者にもカンタン!〜』と書かれた本を取り出す。 「……読んだ?」 「もちろんちゃんと読んだよ! 書いてあることの半分も理解出来なかったけど、まぁ愛の力でなんとかなるかなって!」 「……愛」 「そう、愛! いやー、私ね、お礼って言うよりもさ、あれですよもう兵助にあれですよ、告白というやつをぶちかまそうと思ってるんですよ、うあああ恥ずかしい!」 こんなこと言わせないでよー! と自分で言ったくせにばっしんばっしん肩を叩いてくるに、友達は目を見開く。 「い、いやちょっと待ちなさいよ! 告白はいいよ、でもなんで豆腐と一緒に!?」 「ふ、愚問ですね。私の兵助に対する愛をこう豆腐に込めてこう……ねっ!? 上手く豆腐が出来上がったら、それと一緒に兵助に告白するの、『食べて、私の想い!』みみみみたいな!? どうこれ!?」 「どうもこうもないわーーーーーー! 愛の告白と共に殺す気か! 殺したいほど好きってやつか! 歪んだ愛情か!」 「私の手料理に兵助もめろめろというやつですよ!」 「人の話を聞きなさいよーーー!」 「だから今から町行って大豆買ってくる! 豆腐が上手く出来たら兵助に告白する! よーーし頑張る! 見ててお母さん、私は好きな男に手料理を作れる女になります! ……あ、いや、告白が上手く行くかは別だけどね、そればっかりはどうしようもないけど、その分愛込めて豆腐作るよ!」 よっしゃ! と気合いを入れて、はたたたたた、と素早く廊下を走っていく。慌てて友達が止めようと後を追ったが、その時すでに遅し、人の話を聞かない猪突猛進くのたまは、すでにどこにも姿が無かった。 「……久々知」 「おー、なんだ、どうした?」 仕方なしに、久々知に忠告だけはと足を運ぶ。久々知はいつも通りぽやんと危機感の無い顔で、やー、と手を挙げている。 「……が、あんたに」 「え、!? が、俺になに?」 久々知は突然に身を乗り出してくる。ああ、不幸なことに久々知はに惚れている。そうなにが不幸って、ムリして手料理を食べかねない程にだ。だからあんなに引き止めたのに。 「が」 「が!?」 「なにか渡そうとしたら」 「な、なにか渡そうとしたら!?」 「絶対受け取っちゃ駄目。すぐ捨てなさい」 「ええええ、なんで!? なんで!?」 「死にたくなかったら受け取っちゃ駄目」 「死!? どんな状況で、死!?」 顔をひきつらせる久々知に、ああでも、と考え直す。それも告白と一緒なのだから、 「まぁ、天国の次に地獄、かもね」 「どっちにしても死んでないか、それ!?」 「ああ、ほんとだね」 あははははと乾いた笑いを漏らして、さっさと踵を返す。後ろから久々知が「ど、どういうこと!? が俺になにかくれる……でもそれは死の危険!? 天国と地獄!?」と苦悩して唸っている。 結局豆腐を完成させるどころか元になる豆乳すらまともに出来ず、身体一つでが告白するまで、あと少し。 終 |