『フンドシパニック☆攻防戦──各委員会代表のフンドシを奪え!』
その二「もちろん最初はあの委員会」
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「と、いうわけで! フンドシ制覇目指して行くわよ、三木!」 なにが『というわけ』なのかは知らないが、気合い十分のの言葉に、三木ヱ門はげんなりとした顔で「はい……」と頷く。 結局他にまともな案が浮かばず、の推すフンドシ強奪脅迫作戦を押し切られたのが半刻ほど前。「ではちょっくら奪ってきます!」とが三木ヱ門を連れて委員室を飛び出したのがついさっき。 「あぁ……押し切られた私達が悪いのか、それとも先輩がもの凄くやる気満々なのが悪いのか……」 「ああもう、腕が鳴るわー! どうやって奪ってやろうかしら! どうやって脅してやろうかしらーー!」 「そしてどうして私一人が先輩のお供なのか……」 それは単に文次郎が直接手を下すのを渋ったからと、下級生達が「先輩方のフンドシ奪うなんて、僕達に出来るわけありません!」と嫌がったからと、そしてなによりが「このくらいのこと、私と三木の二人だけで十分ですとも!」と自信たっぷりに宣言したからだ。 の案には同じ男として多少の罪悪感が浮かぶものの、本人がこれほどにやる気満々なのと委員長である文次郎が「もう好きにしろ」と許してしまった以上、後輩の三木ヱ門には止めようがない。せめてが暴走して目的と手段が入れ替わることがないように気をつけよう、と三木ヱ門は諦める。……暴走したを自分だけで止められるかどうかは甚だ疑問だが。 「じゃあ、どんどん行くわよ三木! 危機感薄い男子達に、目にもの見せてやるわ!」 「ちょっと待ってください先輩! もしかして手当たり次第に奪う気ですか!?」 段取りとかなにも決めてないのに! 三木ヱ門が慌てての腕を掴んで引き止めると、は三木ヱ門を振り向き、にやりと悪戯っぽく微笑む。 「まさか。いくら私でもそんな無計画なことしないよ。もう最初の標的は決めてあるの!」 「え? ……あの、一体どなたですか?」 その不幸な方は。と聞こうとした三木ヱ門より早く、は掴まれた腕ごと逆に三木ヱ門を引っ張って走り出す。 それはそれはとても楽しそうな、今まで見たこともないわくわくした表情で。 「こういうときの手始めとして、楽に奪える不運委員長から攻めるわよ! れっつふんどし、ごーーーー!」 ああ、不幸じゃなくて不運なんだなぁ……と思いながら、三木ヱ門はこっそりと保健委員長に同情のため息を吐いた。 に連れられてたどり着いたのは、当然といえば当然だが、保健委員達の活動場所でもある医務室だった。 静かなその中は無人ではなく、微かな物音と幾つかの気配がある。 「三木、中に何人いるか分かる?」 医務室の戸の傍で、が小声で問う。三木ヱ門はざっと中を探って、頷いた。同じく小声で。 「……善法寺先輩と三反田の二人ですね」 「新野先生は?」 「いえ、先生の気配はないはずです。……先輩は、どう思いますか?」 「うん、三木と一緒。よし、これならなんとかなるわね!」 医務室の様子を確認し終わると、は「それじゃ」とすぐ隣の三木ヱ門の顔を覗く。 「上手い具合に今日は善法寺先輩が当番みたいだから、この機会を逃す手はないわ。数馬を適当に追い出すから、三木は医務室の外で見張っててね」 「ええっと……予想はしてましたが、やっぱり先輩が直接手を下されるんですか……?」 つまり男子生徒のフンドシを直接手で掴んで奪うのかということだが、はなにを今更という表情で、腰元に片手を当てて胸を張る。 「もちろん! 奪うのから脅すのまで、他人にやらせる気は毛頭ないわよ! ……それに、三木だとちょっと難しいでしょ? いくら不意をついても、年上のフンドシ奪うなんて大変だし」 「……まぁ、それはそうなんですけど」 の言葉に、三木ヱ門は複雑そうな顔で曖昧に頷く。確かにの言う通りではあるのだが、ならば五年女子であるなら有利、ということもないはずだ。 とはいえ、そう口にしたところでが考え直すはずがない。もともと荒事が大好きな人だし、こういうことに血が騒ぐんだろうなー……と、三木ヱ門はやれやれともう一度諦める。仕方ない。 「それじゃ、私行ってくるから、三木は誰か来たら追い返してね。緊急時は会計委員の矢羽根でよろしく」 「分かりました。……先輩、無茶しないでくださいよ」 「んふふふふ、それは善法寺先輩次第よねぇ?」 「いえ、明らかに先輩次第だと思うんですけど……」 三木ヱ門の言葉には返事をせず、は愉快そうに含み笑っていた表情をすうっと消して、「失礼します」と医務室の中に声をかける。 が医務室に入って戸を閉めるまで見送って、三木ヱ門は自分の気配を絶つ。廊下から縁側に降りて身を隠し、周囲の様子を探りつつ医務室の中を窺った。 無茶しないでくださいよ、とおそらく決して届かない思いを、もう一度送りながら。 「失礼しますー」 「はいー。……あ、先輩」 が医務室の中に入ると、まず薬箪笥の前でうろうろしていた数馬が足早にの元に駆けてきた。は何気ない素振りで伊作を探したが、奥にある衝立の向こうにいるらしく、直接には姿が見えない。 「先輩、どうされたんですか? お怪我ですか? それとも薬湯?」 保健委員らしく、素早くの身体に視線を向けて目立った外傷がないのを確認して、数馬が首を傾げる。その危機感の欠片もない顔に向けて微笑んで、は駆けてきた数馬と視線を合わせた。 「数馬、善法寺先輩はいらっしゃるかな?」 「あ、はい。今は奥で薬の調合をしてらっしゃいますけど……善法寺先輩に御用ですか?」 「うん、そうなの。……あのね、数馬には悪いんだけど……ちょっとの間、善法寺先輩と二人きりにしてくれないかしら」 「え? どうしてですか?」 「お願い。すごく大事なことなの」 「……大事なこと、ですか」 急な言葉にきょとんとしている数馬に、はぽん、とまだ育ちきっていないその肩に手を置く。 少し数馬から視線を逸らし、もじもじと恥ずかしそうに、 「実はね、善法寺先輩に相談があるんだけど、他の人がいるところじゃ言いにくいことでね……」 「言いにくいこと? まさか、そんなの全然先輩のキャラに合わな……なななななんでもないですごめんなさい。で、でも僕も一応保健委員ですし、誰かに言ったりとかしませんし、その」 嫌な予感がするのかそれとも保健委員としての矜持か、すぐにはうんと頷かない数馬に、は柔らかく微笑んだ。肩を掴む手に力を込めて、耳元で囁く。 「あのね数馬、女の子にはいろいろあるの。……ていうかマジ察しろよ下級生。もぎ取るわよ」 「善法寺先輩すみません! 僕ちょっと厠に行ってきますーーーーー!」 察したと言うよりも明らかに笑顔の脅しに怯えて、数馬は悲鳴に似た声を上げながらすごい勢いで医務室を飛び出していった。がにこにこしながら開け放されたままの戸を閉めると、衝立の向こうから保健委員長の声が響く。 「あれ、数馬? うん、行ってらっしゃい」 きょとんとした声にニヤリとして、は医務室の奥、衝立へと足を進める。伊作も気配は察していたのだろう。が衝立の向こうに顔を見せたときには、数馬の言うとおり薬の調合をしていたらしい伊作が、手を止めて視線を上げていた。 「さん。どうかした?」 よいしょ、と調合中の薬を横に押しやって、伊作はに向き直る。そのいつ見ても忍たまにしてはぽわぽわしている雰囲気に内心ほくそ笑みながら、は「あの……」とおずおずとした様子を演じて伊作の前に腰を下ろす。 「善法寺先輩にお願いがあるんですけど……」 「うん。数馬には話せないことなんだって?」 笑いながら言われた言葉に、は苦笑いを浮かべる。困ったように。 「お聞きになってましたか」 「……や、狭い部屋だしね。聞こうとしなくても聞こえたから。それで、どうしたの?」 「はい。……あの、診て頂きたいところがあるんですけど」 「うん?」 「あの…………その、恥ずかしいんですけど」 言いにくそうなの様子に、伊作は無理に先を促そうとはせずにゆっくりと言葉の続きを待つ。は伊作と視線を合わさないように、躊躇った動きでそっと手を下腹に触れた。 「ここ……なんですけど」 「お腹? ……あ、月のものの薬湯だね。ごめん、気づかなくて」 「いえ、今日はそうじゃないんです。……そうじゃなくて、ちょっと気になるので、診て頂きたいんです」 「診るって……え、お腹を?」 場所が場所だけにさすがに動揺する伊作に、は小さく頷く。それから少し手を動かして、 「あと、ここもなんですけど……」 「あ、足の付け根!? どうしたのそんなところ、怪我!?」 「そ、それは……直接診て頂かないと……恥ずかしくて言えないです……」 「い、いやいやいや、ちょっと待って。さすがに保健委員でも僕がそこを診るのは……」 動揺と戸惑いに顔を赤く染めて、伊作は慌てての頼みを断ろうとする。なんとかこの場をやり過ごそうと、自分自身にも言い含めるような口調で。 「だ、大体、だって僕に診られるのは嫌だろう? 新野先生か保健委員の女子か……あ、山本先生だって多少は医術の心得がおありの筈だから」 「善法寺先輩」 しどろもどろと言葉を紡いでいる伊作に、は静かな声で名を呼ぶ。ぴたりと口を閉じてしまった伊作に、じっと懇願する視線を向ける。 「善法寺先輩がいいんです。新野先生とか、山本シナ先生とか、くの一教室の先輩にはお願い出来ないんです。……私、」 は手を伸ばして、ぎゅっと伊作の腕を掴む。びくっと身体を震わせる伊作の顔を下から覗き込み、震える声を出した。 「善法寺先輩じゃなきゃ、駄目なんです」 「………………」 しばらくの間、伊作はなにも言わずにただを見つめていた。は少し赤くなった今にも泣きそうな瞳で、その視線を受け止める。 やがてがどうにも折れそうにないことを理解すると、伊作は意を決したように一つ息を吐いた。やれやれと。 「……うん、分かった。君がそこまで言うなら、診るだけならね。でももし僕の手に負えないと思ったら新野先生に後を任せるけど、それでもいいかい?」 「はいっ、もちろんです! ありがとうございます、善法寺先輩!」 はパッと顔を輝かせると、勢いよく伊作に身を寄せる。突然の近さと満面の笑みに驚いて、伊作は慌てて視線を逸らす。 「……じゃ、じゃあ、悪いけど袴を脱いでくれるかな? 僕は後ろを向いてるから……」 「え? 後ろなんか向かなくてもいいですよ」 「は!? い、いや、そりゃどうせ最終的には全部見ちゃうことになるんだけど、でもだからこそこういうことはきちんとしたほうがいいっていうか、その、だから……」 「いえ、本当に大丈夫ですよ、善法寺先輩」 再び動揺し始める伊作に、は優しく首を横に振る。さらに伊作に身を寄せ、極上の笑みで。 「だって脱ぐのは私じゃなくて────善法寺先輩ですから」 『え、なに? 今なんて言っ……うわあああああああ!?』 突如医務室から鳴り響いた悲鳴に、外で様子を窺っていた三木ヱ門はついに来たかと息を吐いた。身を隠していた植え込みから立ち上がり、素早く医務室へと向かう。 『あ、あれ……? ? あれ? なんで今僕を押し倒……』 『はいはい善法寺先輩、大人しくしてればすぐ終わりますからねー、痛くない痛くない』 『いやいやいやいや、君なんか突然態度変わってない? っていうかさっきから一体なにして……ひっ、突っ込んでる!? 手ぇ突っ込んでる!? ちょっと、ちょっと、ちょっと待ってーーーーーーーー!』 医務室の中から聞こえるどったんばったんという喧噪と断末魔を思わせる伊作の悲鳴に、三木ヱ門はごめんなさいと両手を合わせる。 止められなくてすみません、善法寺先輩。でもこれも会計委員会のためなんです。予算会議のためには手段を選んではいけないんです。 『へー、越中ですか。脱がせやすくていいですねー、ほーれほれ』 『うわっ!? 掴んだ!? 今掴んだ上で握ったよね!? お願いだから袴返し……え? ちょ、ま、ぎゃーーーーーーーーーーーー!!』 『あはははは、呼んでも誰も来ないですよーーーーーー!』 ……ていうかノリノリだな、先輩。 罪悪感など欠片もない楽しそうなの声に顔をひきつらせながら、三木ヱ門は時機を見て医務室の戸を開ける。 その途端に中から走り出てくる、桃色の風。あはははははははは、と高笑いをしながら医務室の外へと飛び出るその手には、紛れもなく眩しいほどに白いフンドシが一枚。 「ありがと三木、逃げるわよ!」 がし、とフンドシを掴んでいないほうの手で三木ヱ門の腕を掴み、上機嫌のフンドシ強奪犯はさらに笑い声を響かせながら医務室から逃走した。 「よっしゃーーー! まずは楽々一本ゲットーーー!」 「ああすみませんすみません善法寺先輩……でも医務室にはサラシもありますし大丈夫ですよね……?」 ここなら大丈夫だろうというところまで逃げ切った二人は(そもそも誰も追いかけて来なかったが)、もう見えない医務室に向けてそれぞれ勝利の雄叫びを上げたりぺこぺこ頭を下げたりする。 「まさかこんなに上手く行くとは思わなかったわー。幸先良いわね三木ー!」 「ええそうですね、先が思いやられますね……。てか先輩、いつまで握り締めてるんですかそのフンドシ」 「ん? あ、そうだそうだ。忘れてた」 三木ヱ門に指摘されて、はようやく「もう離さないぞ」という勢いで掴み続けていたフンドシに気づく。懐から一枚の風呂敷を取り出して、手早くフンドシをくるくると包んで風呂敷ごと背負う。 「え、フンドシ背負うんですか先輩……」 「うふふ。これをあと八枚、全九委員会分集めてしまえば私の天下よ」 「あと七枚でいいのでは」 三木ヱ門の言葉にも、はうふふふふふと嫌な笑みに没頭中で答えない。 「さて、とりあえずこれで不運委員会は終わりね。三木書いといてー」 「あ、はい……」 三木ヱ門は一枚の折りたたまれた紙と炭を取り出し、『フンドシ奪って楽しい予算会議☆目指せコンプリーーツ!』と書かれた作成の強奪相手名前一覧から「フンドシ不運委員長 善法寺伊作」の項を炭で消す。 これでようやく一枚目。こんなのをあと七回も繰り返すのかと思うとさすがに尻込みしそうになるが、乗りかかった船だ、仕方ない。 「次はどうしますか、先輩」 「それなんだけどね……今は不運委員長だったから楽に奪えたけど、問題はこれからなのよね。……三木、ちょっと各委員会の委員長読み上げて」 言われて、三木ヱ門は開いたままの名前一覧に目を落とす。ずらずらと書かれた、各委員会委員長の名を。 「まず……作法委員長、立花先輩」 「そもそもあの人フンドシ締めてるのかって感じだし。正攻法だと、かなり作戦練らないと返り討ちに遭いそう」 「図書委員長、中在家先輩」 「隙作るの難しそうよねえ。なに考えてるのかさっぱり分からないし」 「体育委員長、七松先輩」 「一番厄介よね。簡単に奪えそうだけど、掲示板に本当にフンドシ貼り出しても全然堪えなさそう。違う手考えなくちゃいけないかも」 「用具委員長、食満先輩」 「恥ずかしがり屋ナンバーワンのあの人は、フンドシの四文字聞いただけで絶対に死ぬ気で抵抗するだろうしね」 「……じゃあ……もう止めますか?」 先ほどと違って消極的にも聞こえるの言葉に、一応と三木ヱ門が声をかけてみると、「まさか」とはニヤリと笑う。 「障害が大きいからこそ燃えるってもんでしようが! うふふふふふふふふ、文字通りフンドシ締め直して待ってなさい男子共! 私がそのフンドシ根こそぎ奪ってみせる!!!」 終 →その三「六年が駄目なら五年がいます」に、たぶん続かない。 以下たぶん続かない、あてにならない次回以降の予告。 「おい! お前達のせいで伊作が部屋に引きこもって出てこねーじゃねーか! どうしてくれる!」 「かくかくしかじかで会計委員がうんぬんかんぬんであれやこれやで…………つまりフンドシ大戦争が勃発したらしい」 「悪い、最後の言葉の意味がさっぱり分からん」 「ああ、三郎ならさっき委員長委員会に…………な、なに? なんで僕の股間まじまじ見てるの?」 「ほらほら、早くフンドシ渡さないとあの子にあんたの性癖バラすわよ」 「ねえねえ先輩、フンドシ集めてるってほんとですかー? 僕のもあげましょうかー?」 「というわけで、僕は先輩と一緒に男子寮に忍び込んでいるのです」 「団蔵、それもしかして一年は組の日誌じゃないの……? ……読めないから別にいいけど」 「文次郎! 貴様あんな迷惑な委員放置してんじゃねーよ!! 責任取って全フンドシ回収してこい!!」 「やかましいわ! 俺も被害者の一人なんだよ! つかあのわけわからん女の責任なんざ取れるかーーー!」 「ふっ……馬鹿ね三木、私がそんなちっさいことで本気を出すと思う? 全部最終的な目標目指してに決まってるじゃない! さぁ、一緒に天下を取りに行くわよ!!」 たぶん続かない |