鉢屋三郎夢
『届かぬ想い』
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「お腹がいっぱいになったらお昼寝がしたくなるよね」 ね、と最後に同意を求める口調で、が俺の顔を覗き込む。 休日の昼下がり。大抵の生徒達は町で遊ぶか部屋で休んでいるので、辺りはあまり人気がない。 暇でなんとなく学園の隅の木陰に腰を下ろしてぼんやりとしていたら、気づけばがすぐ傍に来ていた。 「……開口一番、なんだお前」 俺が木に預けていた身体を起こすと、は少し身を引いて、俺の隣、草の上に腰を下ろす。 「うん、今の私がまさにそういう気分だっていうだけなんだけどね」 にこやかに言って、はじーっと意味ありげに俺を見る。 「……もしかしてお前、場所を代われって言ってるのか」 目の前の女が、食うこと寝ることだけを生き甲斐にしているのは知っている。それだけではなく質の向上を常に考えているらしく、よく「あそこの木陰最高だよ!」だの「町に新しい飴屋さんが出来たの!」だの言っている。 そんながわざわざ休日の昼下がりなんて絶好の昼寝の時間にここにいるというのは、多分そういうことなんだろう。 「代われなんて言ってないよ?」 は意外なことを聞いたとでも言いたげに、軽く首を横に振る。 「でも気持ちよさそうだなーと思ったから」 「眠りたいなら代わってやるよ、別に俺眠いわけじゃないし」 ただ暇だからぼーっとしていただけだ。せっかく休日にに会えたのだから外出にでも誘ってみたいが、これから昼寝する気満々の女にそれを持ちかけても絶対に無駄だろう。 「あ、違うの違うの、ほんとに」 は慌てたように、再度首を横に振る。そのままそのまま、と腰を浮かせかけた俺を手で戻そうとするので、そう言うならと座り直した。 「じゃあお前、なにしに来たんだ」 「お昼寝しようと思って、場所を探してたのはほんとだよ。暇な休みの日にはね、学園内のお昼寝場所を探すのが習慣なの!」 「……女らしくないにも程があるぞ、お前」 どんな酷い趣味なんだとつい半眼になるが、その女が好きな自分はもっと趣味が悪いに違いない。 は、ぐっと拳を握り締め、気合いを入れて語り出す。 「生きてる以上、睡眠は不可欠! だからちょっとでも良いお昼寝場所を探すのは、人生にとってとても有意義だと思うの!」 「同意はするけど、お前は昼寝なんかしなくても十分すぎるほど寝てるだろうが」 寝起きが良いらしいから遅刻はしないが、同室のやつに聞いた話だとはとにかく早く寝てギリギリまで起きないらしい。 しかしは俺の皮肉をまったく意に介せず、うん、と深く頷いて、 「でも夜に寝るだけじゃ足りないの。お昼寝にはお昼寝の良さがあるしね、もう出来ることなら冬眠してたいくらいだよ!」 と満面の笑みで言う。じゃあずっと寝てろ、と言えないのは、こいつが寝てしまったら俺がつまらないから、というくだらない惚れた弱みがあるからだ。 「それでね、ふらふらしてたら三郎がいるの見つけたから、三郎もお昼寝かなって来てみたの。でも眠くないって言ってたよね」 「俺はただ暇だったんだよ。今日は雷蔵もどっかに出かけてるしな」 「あ、そうなんだ。私の友達も今日はどっか行っちゃったから、暇なんだ」 暇人同士ー、とは笑う。 「そこで提案なんだけど、暇人同士でお昼寝しない?」 「……お前と?」 「私と一緒に、ここで」 楽しそうに笑うに、いやいや俺眠くないって言っただろうが聞いてなかったのかアホか、といつものように言えなかったのは、「一緒に」という誘い文句に動揺したからだ。 「……なんで」 「三郎と一緒なら楽しい夢が見れそうだから」 意味ありげな言葉を全然意味なんかなさそうなさらりとした口調で言われて、それ以上なにも言えなくなる。絶対それ以上の意味なんて全然無いに決まっているのに、それでも嬉しいと思ってしまうのは、やっぱりこいつに惚れてるからなんだろう。 「駄目?」 「好きにしろよ」 「はーい!」 は満面の笑みで頷いて、その場でくるりと丸くなる。 「じゃあおやすみ、三郎!」 一緒にとか言ったくせに、やはりここで昼寝がしたかっただけなのだろう。は少しもぞもぞとしていたが、満足の行く体勢が取れたのか、しばらくするとすぐに静かになった。途端に、寝息。 「早ぇよお前」 いつもながら物凄く寝付きがいい。たぶん十秒とかからず眠りに落ちている。 寝ようと思えば即座に眠れるのは、まぁ特技と言えば特技なんだろう。ただ俺にとっては先ほど言ったようにつまらない。 「……いいのかよ、そんな無防備で」 今更だった。は、これまでにも何度か俺の隣で眠っている。……いや、広義で言えば俺の隣なんてもんじゃない、忍術学園の生徒ならば、しょっちゅうどこかで眠りこけているを目にしたことがあるだろう。こいつは誰といても、どこでも、お構いなしに熟睡出来る女なのだ。 伸ばせば指が触れる距離。幸せそうに寝こける、惚れた女。『三郎と一緒なら楽しい夢が見れそうだから』なんて、裏の意味があると仮定するならばそれはもうほとんど愛の告白だろう。だけど、違う。絶対に違うことを俺は知っているから、素直に嬉しいとは思えない。 小さく、「好きなんだ」と呟く。たとえが起きていようとも、きっと届かないほど小さな告白。 「……一緒になんて眠れるかアホ」 今度は、が起きていれば聞こえるだろう大きさで。 「そんなことしてみろ、絶対なにかするぞ、俺」 でも、には届かない。眠ったままのには、なに一つとして届かない。それでいいのかもしれないともぼんやりと思う。 「好き、なんだ」 告白は、受け止められずに消えていく。は幸せそうに眠ったまま。俺の気持ちなんか知らないまま。 ──好き、なんだ。 に届かないと分かっていたから、俺は何度も吐き出した。直接言えるはずのない告白を、何度も、何度も。 何度も。 終 |