錫高野与四郎夢
『ふたり』
※まったく甘くない・未消化です。
全体的に方言がとてもエセですごめんなさい。
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正直、かなり気が重かった。 私の担当にと割り当てられた場所は、山奥深くだった。小さな滝のほとり。不便な場所にあるため山賊がおらず、あまり険しくなく、危険な獣も少ないということで選ばれたらしく、なるほど山奥にしては居心地の良い場所だった。 とはいえ、この重い気持ちがなくなるわけじゃないけれど。 下級生サバイバル連合大会、なるものの開催が学園長先生から発表されたのは、十日ほど前だった。最近懇意とかいう風魔流忍術学校との共同開催。あとついでにドクタケ忍者教室。他校生徒との交流を育み、将来忍を目指す者同士で切磋琢磨を、とかなんとか学園長先生は仰っていたけど、つまりはいつもの思いつきだ。 参加はあくまで下級生のみだけど、他校との連合となると規模が大きくなり手間も増える。当然人手がいるわけで、教師陣だけではなく両校の上級生達もほとんどが雑用や審判役で駆り出されている。 というわけで、私も自分の審判担当であるチェックポイントのここで、待機しているというわけだけど。 気が重いのは、別に審判をするのが面倒だとか嫌だとかいうわけじゃなかった。ただ私の『相方』が誰なのかを出発前に知らされたそのときから、私の心はずずんと沈んで浮上しない。 そう、ここでの審判は私一人じゃない。もう一人、風魔流忍術学校から上級生がやってくる。私だけではなく、駆り出されている上級生は大抵が二人一組で、その相手は他校生徒だ。下級生ついでに上級生も交流を深めればいーじゃなーい。という教師陣の配慮なのだろう。すごく嬉しくない。 ともあれ、その相手はまだ来ていないみたいだった。今のうちに精神統一をして心の準備をしようと、私は荷物を下ろしてそこらの草の上に座る。とにかく気を落ち着けようと、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。 その、何十回目かに息を吐いたときだった。 「おー。もー着いてただか。はぇーなー」 びくりっと大げさなくらいに肩が跳ねた。後ろからかけられた明るい声に、私は精神統一の成果もなく、そのまま固まってしまう。 「忍術学園さより風魔のが遠いけ、早めに出てきたつもりだがよー。待たせたならわりかったなー」 背筋に嫌な冷たさが走る。頑なに振り向こうとしない私に、後ろの気配が怪訝そうな色になった。 「ん? おめー忍術学園のくの一だべ? おらがあいこの組だべ、よろしくだーよ」 仕方ない。 さすがにこのままというのは無理だろう。立ち上がり、私はよし、と気合いを入れて一気に振り返った。 瞬間、絶句した。 「………………」 「………………」 目が合って、数呼吸。向こうも絶句した私に驚いたのか、きょとんと私の顔を見ている。 ああ、まずい。なにか言わなければと、すぐに目を逸らして無理矢理に口を開いた。 「忍術学園のくの一教室五年です。よろしく」 「ん……ああ。たった二日だけんど、よろしくなー。おら風魔六年の錫高野与四郎だ。おめーは?」 「……先生達からお聞きになってませんか」 「おらはまだ聞いてねーさ」 「じゃあ、適当に呼んでください」 なんというか、爽やかな人だ。差し出された右手を無視して、私は視線を逸らしたままそう言った。錫高野さんは私の言葉にぴたりと身体の動きを止め、それから困ったように軽く首を傾げる。 「てけとーによべっておめー……」 「『おい』でも『お前』でもお好きにどうぞ」 「それじゃあ、ちっとんべー夫婦みたいじゃんさー」 ぷっと吹き出して、錫高野さんは「くの一の考えてることが分かんねーんは風魔も忍術学園もおなじだべ」と、なにがおかしいのかからから笑った。そして、いつまでも私が無視していた手を下ろす。 「おめーがそうせうなら、おめーってせうべ」 「ありがとうございます、錫高野さん」 「なめー隠すなんざ忍の鏡だ、おらもこんどからそーすべ」 錫高野さんは面白そうにまたからからと笑う。このひとのことは今まで噂にしか聞いたことはなかったけれど、なるほど豪快というか適当なひとだ。 「……どーかしたけ?」 きょとんとした錫高野さんの視線に、ああしまった怖い顔をしているなと気づいて、私は慌てて顔を隠すように俯いた。 「ごめんなさい。私、あんまり愛想が良くないんです。恥ずかしがり屋とでも思っててください」 「ほー。忍術学園でけーた、あの先生みてーだな」 まあいいべーと錫高野さんはまた笑い、私と錫高野さんの挨拶?はそれで終わった。 それからは明日の用意をした。連合大会の開催は明日の朝からで、私達は今日中にその準備をしなくてはいけない。とは言っても、ただ危険なものがないか辺りを探ったり、幾つか軽い罠を仕掛けたり、先生に異常がないことを知らせる狼煙を上げたり、それくらいだ。 二刻もすれば作業は終わり、あとは明日の簡単な打ち合わせをした。それも終わってしまうと、食事をして寝るだけだ。 錫高野さんは始終にこやかで、私によく話しかけてきたし、まともな返事をしなくても気を悪くしたように見えなかった。よほど感情を隠すのが上手いのか、とても大人なのか、それとも軽く躁でも入っているのか。 「それ食堂のおばちゃんの弁当け? 握り飯でもうまそーに見えるさー」 「風魔にも美味しいものはあるでしょう」 「そらそーだべ。おらんとこは水もきれーだし食い物もうめーだよ、ちっとんべー忍術学園にもまけねーさー」 お互いが持参してきたおにぎりをそれぞれ食べながら、適当に話しを聞いたり流したりする。錫高野さんはよく話しかけてくるけれど、それを聞いていると随分忍術学園について詳しいんだなと思う。私は今まで一度も会ったことがなかったけれど、もしかしたら知らないうちに頻繁に学園に来ていたのかもしれない。喜三太の元先輩であり六年生の先輩方とも仲が良いとのことだから。 「連合大会がみじけー間でよかっただよー。外で食事すんのも悪かねーけんど、炊きたての飯が一番だべ」 にこにこ笑ってる錫高野さんの声に、私はふと気づく。このひとは相模弁で話すけど、比較的こちらが聞きやすい抑揚で話しているように感じる。ということは、だ。 「錫高野さん」 「んー?」 「あなた、なまらないでも話せますか?」 「そりゃ、忍だからな。お前がこっちの方が聞きやすいなら、そうするか?」 途端に、声が瞬く間になまりのない綺麗な発音に変化して、その違いに驚いた。まるで別人だ。錫高野さんの言うとおり、忍を目指してるんだから、なまりなんて使い分けられて当然なんだけれど。 私は口の中のおにぎりを飲み下してから、相変わらず目を合わせないようにして、呟いた。 「いいえ。ずっとなまっていてください」 「お?」 「私、実は相模弁がすごく好きなんです。そのままのあなたでいてください」 「あはは、ぼーよみのうそこでもなんか照れるじゃんかーよー」 明るい声音で錫高野さんは笑って、いーだろ、と頷いた。大人なのか、躁なのか、やっぱり分からないけれど、たぶんいい人なのは間違いないのだろう。沈んだままの心が、またずずんと深く沈む。 けれど二日。たった二日だと言い聞かせて、私は相変わらず楽しそうに話しかけてくる錫高野さんに適当に相槌を打ちながら、食事に専念した。 いくら安全だと先生達が判断した場所でも、ここは奥深い山の中だ。二人とも眠ってしまうのはあまりにも無防備だから、当然交代して寝ずの番をすることになった。錫高野さんは最初、一晩くらいおら一人で余裕だべとか言ってたけど、私もやりますと一言言えばすぐ折れてくれた。「じゃーおめーにもいしばってもらうだーよ」とか笑顔で言われたのは、もしかしたら子ども扱いされてたのだろうか。 「おら後でも先でもいーだよ」 「じゃあ、先に寝かせてもらいます」 「おー」 寝てしまえば話さなくていいと思うと、少し気が楽だった。さっさと野宿の用意をする。今夜は晴れているし、しばらく雨も降ってないようで地面も草も乾いていた。剣紐で幕を張るまでもない。適当にそこらの木の下に敷物を広げ、身体を丸めた。私が目を閉じると、三歩ほど離れたところに、錫高野さんが腰を下ろす気配がする。 そんなに疲れていないし、なかなか寝付くことは出来なかったけれど、半刻ほど動かないでいると、ゆっくりと意識は溶けた。 と思ったら、ほとんど寝入らないままに目が覚めた。たぶん四半刻ほどしか寝ていない。やっぱり緊張しているからだろうか。ここまではっきり目覚めてしまえば、もうしばらくは眠れない。ゆっくり身体を起こして立ち上がろうとすると、すぐ近くで声がした。 「ん? どこいくべ?」 「…………察してください」 「あー、厠か。わりかったなーあはは」 「………………」 まだ夜目があまり利かず、よく見えないのが幸いだった。私はぼやけた錫高野さんをちょっと睨んで、申し訳程度に頭を下げて歩き出す。 夜風が頬に気持ちよかった。もう秋口だから、夜中は少し肌寒いくらいだ。けれど今まで敷物にくるまっていたから、丁度良い。 厠というのは嘘だった。単にちょっと一人になりたかっただけだ。 川の流れに沿って少し歩いて、適当なところで腰を下ろした。なんとなく川の中に手を浸すと、夜の空気よりもさらに冷たい水の感触が心地良い。 裸足になって袴をたくし上げ、両足を川の中に浸す。足を包むひんやりした感触と、水が流れる音と、小さくざわつく山の音に、ほっと息を吐いた。 ──悪いことをしているな、とは分かっていた。 錫高野さんはなにもしてないのに、初めて会ったのに、私は年下なのに、名乗ることすらせずに高慢な態度ばかり取っている。出来るなら改めたいとは思うけれど、どうしても目を合わせられないし、名前を呼んで欲しくない。……それに、錫高野さんが優しい対応をするがまた切なかった。怒ってくれたり呆れられたりされたら、まだ諦めもついたかもしれないのに。 たぶん明日大会が終わって別れるまでに、私は錫高野さんにきちんと向き合うことは出来ないだろう。だけど最後にごめんなさいと謝ることくらいはしようと、私は決めた。ほんの少しだけ、心が軽くなった気もする。 それからちょっとの間ぼうっとして、もういい加減戻ろうかと思った、そのときだった。 「ん? 厠じゃなかったんだべー?」 後ろから、声がかけられた。少し不思議そうなその声に、不意打ちだったせいもあってびくっと身体が震える。膝の上に下ろしていた手を、ぎゅっと握り締める。気配を少しも感じ取れなかった。 固まって身動き出来ない私へと、錫高野さんの声と足音が近付いてくる。どうしよう。振り向けない。来て欲しくない。 「……なにしに来たんですか」 「厠せーてたけんど、けーりがおせーから見にきたんだべ。身体のあんばいでも悪ぃんか?」 「いえ。……一人に、なりたいだけです。すみません、すぐ戻りますから、来ないでください」 「んなことせーてもよー、ひとりっこじゃあぶねーだよ。おえねーことなったらどうするさー」 微かな足音が、私へと近付いてくる。一歩、二歩、三歩。ぞくりと背中に冷や汗が流れる。振り向けない。どうしようかと息を詰めたとき、すっとすぐ後ろで錫高野さんがしゃがんだ気配がした。 「なあ」 「……一人に」 してください、と続けようとした言葉は言えなかった。ぐい、と腕を引かれる。目を見開いたとき、初めて聞く、錫高野さんの冷たい声がした。 「おめー、はじめに会ったとき以外、おらの顔みてねーだべ。……みねーようにしてんな?」 「っ……」 見透かされていたことに、かあっと頭と顔に血が昇る。冷静に、と繰り返して、ゆっくり口を開いた。 「……言いましたよね。私、あんまり愛想良くないんです。他人と目を合わせるのが苦手で……」 「ちげーな」 断定する言い方で、言葉を遮られる。 次の瞬間、耳元に囁かれた言葉に、私はすべてを暴かれた。 それはなまりがないどころか、今私が一番聞きたくない『あのひと』の声色で。 「お前、俺の顔に似たやつに惚れてるだろ」 ──食満先輩に似てるらしいよ、錫高野さんって ──わぁ、見てみたいなあ。伊作先輩がそっくりだよーって言ってたけど ──私見たよ! 双子って程じゃないけど、同じ服来て遠目だったらまず分からないと思うよ ──また学園に来てくれないかな、私二人が並んでるところが見てみたい 私は食満先輩に恋をしていた。そして、呆気なく失恋した。 告白して断られたわけじゃない、食満先輩に恋人が出来ただけ。ごくたまに言葉を交わすだけの私の想いなど、食満先輩には絶対に伝わっていないだろう。 失恋の痛手は辛かった。好きなひとが『誰のものでもない』から『あのひとだけのもの』に変化することは悲しかった。私じゃない誰かを、食満先輩は選んだ。たったそのことに、私のすべてが否定された思いになった。 ばかだ。私は告白すら出来なかった。ただ遠くから見ていただけだ。 こんな私を、食満先輩が見てくれるはずがないのに。 「……あ……」 なにを言おうとしたのか、自分でも分からなかった。意味のない声がぽつりと漏れた次に、頬に涙が流れた。一気に競り上がった失恋の悲しさと情けなさが胸に満ちて、身体に沁みて、そして涙になって溢れて流れた。 悪いことをしていると分かっていた。錫高野さんは関係ないのに。ただ、似ていると言われたから。顔は確かに似ていたから。だから、それだけで。 「」 私の名前を呼ぶその声は、もう食満先輩のものじゃない、錫高野さんの声だった。 ゆっくりと、後ろから掴まれていた腕が離された。私はやっぱり振り向けず、なにも言えず。与四郎さんも、それを無理強いしたりはしなかった。 幾秒かの後、静かに吐息の音がした。 「俺が悪かった。……ごめんな」 そう囁かれたあと、すっと錫高野さんの気配が消えた。 足が寒い、と思って気づけば、それからだいぶ時間が経っていた。頬はべとべとに濡れていたけれど、無心に泣いたせいか気持ちは少し落ち着いていた。 悪かったのは、間違いなく私だ。 いくら食満先輩に似ているからって、私が失恋したことは錫高野さんにはなんの関係もない。ずっと優しく接してくれていたのに、我慢の限界だったんだろう。そう思うと、ますます申し訳なかった。 川の中に浸けすぎて冷えてしまった両足を上げ、手拭いで拭く。風が吹いてひやりとして、慌ててたくし上げていた袴を下ろし、足袋を履いた。 まぶたがじんじんと鈍く熱を持っている。目が腫れているのだろう。 でもとにかく今は、錫高野さんに謝らないと。 のろのろと立ち上がって、私は来た道を戻り始めた。 野宿をしていた場所に着いても、錫高野さんの姿はなかった。荷物は木陰に置いてあるから、怒って帰ってしまったわけでもないみたいだ。それになにより、気配がある。なんとか感じられる薄いその気配に、私はゆっくりと息を吐いて、口を開いた。 「すみませんでした。……出てきてもらえますか」 躊躇うような間が数瞬流れ、それから草木が揺れる微かな音と共に、私の後ろに気配が降りた。たぶん三歩分ほど離れたところ。 反射的に振り向こうとして、でも戸惑ってしまう私に、すぐに声がかけられた。 「こっち向かなくていーから、そのまんまけーてくれ」 怒ってる声じゃなかった。優しい声でも呆れた声でもない、ただ静かな声だった。 それからほんの少しの間を置いて、また錫高野さんの声が聞こえる。 「悪かった。泣かせよーとか虐めよーとか思ってたわけじゃねーさ。なんかいらいらしてっから、てけとーにかまかけただけだ。……けど、やり過ぎた。ごめんな」 「悪いの、私です。ごめんなさい。錫高野さん関係ないのに、私ひどいことばっかり言ったし、……ごめんなさい」 上手く言葉が出てこない。だから、とか、その、とか意味のない言葉だけ繰り返した挙げ句に詰まってしまう私に、後ろからほんの少し笑う気配がする。 「ちげーな。めんこいおなご泣かしたほーが悪いに決まってるさー」 ごめんな、ともう一度錫高野さんが私に謝る。私が悪いに決まってる。それは絶対だけれど、それでも優しく接してくれる錫高野さんの気持ちが嬉しかった。 私は緊張で固くなっていた身体から力を抜いて、ゆっくり後ろを振り向いた。目が合った瞬間、びくっと動揺したのは錫高野さんのほうだった。 私は初めて、はっきりと錫高野さんを見た。どこか気まずそうにしている錫高野さんは、思っていたよりずっと、食満先輩には似ていなかった。 顔の造作は確かに似ている。でも細かな仕草とか表情とか、当然だけど食満先輩とは違う。食満先輩とは違うのだと、私が本当の意味で理解出来るくらいに。そう思えたことに、ほっとした。 だけど錫高野さんは、不躾な視線を向けている私が、違うことを考えていると思ったのかもしれない。私と目を合わせないようにしながら、小さく息を吐いた。 「……みたくねーんなら、だれかに化けるけ?」 「いえ」 ゆっくり首を横に振った。私の声音に笑いが含まれているのに気づいた錫高野さんが、顔を上げる。目を合わせて、私は微笑んだ。 「そんなことしなくても、食満先輩のほうがずっとかっこいいです。ごめんなさい、やっぱり全然似てません」 「…………」 錫高野さんは少しの間ふいを突かれたようにきょとんとして、それからにやりと笑った。 「おらのほうがぜってーかっこいいべ、おめ男を見る目ってもんがねーな」 「いーえ、絶対に食満先輩のほうがかっこいいです」 「はっ、勝手にせーさ。あとでやっぱりおらのほうが留三郎さよりいい男だって気づいても知らねーべ」 むむっとお互い軽く睨み合って、それから同時にふっと笑った。ああ、よかった。今朝学園を出たときからずっと心にあったもやもやは、もう今はほんの少しになっていた。 私はこのひとに会いたくなかったわけじゃない。ただ自分勝手に、失恋したときのことを思い出してまた傷つきたくなかっただけなのだから。 「ほれ、おめー早く寝るさ。おらいい男だからな、寝ずの番はおらだけでやってやるべ」 「いえいえそんな、錫高野さんが起きてらっしゃるのに眠るなんて。錫高野さんこそどうぞ寝てください」 「かっけー男はおなご寝かせて自分だけ寝たりしねーさ」 「それけっこー引きずってますね錫高野さん」 「おう、おらかっけーからな」 最初に会ったときが嘘みたいに、楽に話すことが出来た。結局私と錫高野さんはどちらも寝ることなく、向かい合って適当に座って、いろんな話しをした。今までの時間を取り戻すみたいに。 「告白する暇なかったんですよ。気づいたら恋仲のひととらぶらぶで」 「なんざーあいつ、前学園さ行ったときはそんな風に見えんかったけんよー」 「また恋仲のひとも可愛いひとなんですよ。お似合いすぎてもうどうしたらいいか……」 「めんこいだー? 次会ったら留三郎といっぱいあすんでやらねーとなー」 吹っ切れた私は食満先輩に失恋したときの話しで盛り上がり、錫高野さんもそれに合わせてくれた。二人であーだこーだ言ってるうちに、最後に残っていたほんの少しのもやもやも、綺麗に消えてくれた気がした。 気づけば朝で、私はもう錫高野さんと顔を合わせることになんの抵抗もなくなっていた。その日は二人で連合大会の審判を務めて、後片付けもして、それから解散の合図が来て、錫高野さんはまた会うべと笑顔で手を振ってくれた。 近場に用事があれば学園に寄るから、そのときにまた、とも言ってくれた。私から行くのは難しいだろうけど、喜三太に風魔の学校の場所を聞いて、文を出すことくらいは出来る。 丸一日程だったけれど、最初はすごくすごく気が重かったけれど、それでも錫高野さんに会えて共に過ごせたのは楽しかった。 食満先輩のことは、まだ好きだ。でもそれとは別として、錫高野さんに会えて良かった。 また会えることがあればそのときは、最初からきちんと顔を見て楽しくお話ししようと思いながら、私も錫高野さんに笑顔で手を振り返して、別れた。 ただひとつだけ、不思議なこと。 錫高野さんとたった少しの間過ごしただけの私が言うのもなんだけど、あのひとは気さくで優しそうに見えたし、実際そうだった。つまり、不必要な嘘を吐くような性格には思えない。 なのにどうしてあの人は、私の名前を知っていたのだろう。 私は名乗ってないはずだ。 やっぱり先に先生方から私のことを聞いていたのだろうか。それとも幾度か学園に来ていたみたいだから、なにかの拍子で私の名前を知っていたのだろうか。 次に会えたそのときにはまずそれを聞いてみようと思いながら、私は行きよりもずっと落ち着いた気持ちで、学園へと戻っていった。 終(ってないけど) 最後への展開が雑ですみません。夢になるところまで書くつもりだったんですが、途中で方言の難しさに屈して諦めました。ヒロインの名前を知っていたのは実は前に会ったことがあるからという王道ルートで夢展開にしたかったらしいです。勉強して今度は甘い与四郎夢にまた挑戦してみたいです。読んで下さってありがとうございました。 |