斉藤タカ丸夢
『秋時雨、星月夜まで』後編
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「新しい火薬が届いたら、焔硝倉に運んで直接目で分量を確認する。注文書の控えと相違なければ、在庫表に入荷した分の火薬数を種類別に記入。日付と自分の名前も忘れずにな」 少し離れた場所で、久々知がタカ丸さんに委員会の仕事を教えている。焔硝倉は石造りのせいか声が響きやすい。二人の声も、聞こうとはしなくても私の耳に入ってきた。 ひとつの棚の火薬数を確認し終わり、私は手元の用紙に記入する。ずらりと火薬壺や爆発物が並ぶ倉内は、日光が差さないせいで少し薄暗い。日が完全に落ちないうちに仕事を終わらせなければいけないけど、今日は急がなくても大丈夫そうだ。 「火薬が運ばれてきたときの手順はこんなものか。後は、授業の準備だな。明日三年が火器の授業で火薬を使うから、その分を纏めて入り口近くに置いておくんだ」 これな、と久々知がタカ丸さんになにかを渡す。 「授業用の火薬申請書だ。書いてあるものを取ってきて、入り口に纏める。分からないものはあるか?」 「ううん、大丈夫」 「じゃあ、俺は少しあいつらの様子を見てくるから、戻るまで一人で作業しててくれ。なにかあればにな」 「うん。久々知君、行ってらっしゃい」 「……まぁ、それと伊助に言ってお前に言わないのもなんだからな。手、気をつけろよ。重いものはに手伝ってもらうか、俺が帰ってきてからにしろ」 「ん、ありがとう。気をつけるね」 「! 少し出るから、あとよろしくな!」 最後に私に声をかけて、久々知はそのまま焔硝倉から出て行った。気配と足音が瞬く間に消えて、倉の中には私とタカ丸さんだけになる。 しん、とした空気。しばらくの間、倉の中はタカ丸さんの足音と、ごとごとと火薬壺を動かす音だけが響く。私がそれから二つほどの棚を数え終わったとき、タカ丸さんがぱたぱたとこちらに駆け寄ってきた。 「……タカ丸さん?」 顔を上げると、タカ丸さんは「作業中にごめんね」と私の隣に並ぶ。 「この、上から三番目のやつ、どこに置いてあるのか分からないんだ。教えてもらってもいいかな?」 「どれですか?」 私は確認表を脇に挟んで、タカ丸さんの持つ申請書を覗く。ここなんだけど、とタカ丸さんが指す先に書かれているのは、小型の焙烙火矢だった。 「あ、火矢ですね」 「うん。いつも置いてあるところになくて……普通の大きさのならあるんだけど」 「……ええと、ちょっと見せてもらえますか? あ、これはたぶん立花先輩が作ったものですね。正規品じゃなくて生徒達の作ったものは、別の場所に置いてあるんです」 こっちです、と歩き出すと、タカ丸さんは目でありがとうと笑う。タカ丸さんは、他人に教えを請うのを嫌がらない。後輩や年下の女子にも躊躇いなく訊ねるし、それを少しも恥だと思っていない。もちろん逆に、他人に自分が持っている知識や技術を教えることも厭わない。私がタカ丸さんを好きな理由のひとつだ。 「この棚です。火薬の得意な生徒が作ったものは、許可を申請してここに保管します。学校側としても、自室に持ち帰られるよりは安全ですし」 とはいえ、立花先輩は普段からたくさん持ち歩いてるみたいだけど。 焔硝倉の隅にあるその場所は、どちらかと言えば整然としている倉内では唯一、がやがやしている雰囲気がある。授業で作った処分待ちの火矢や、生徒が個人的に持ち込んだ火薬、形も色も様々な焙烙火矢など、見ていて飽きない。 「へえ……こんな大きなのもあるんだ」 「生徒が自作したものは暴発の危険性がありますから、処分することも多いですけどね」 タカ丸さんは興味津々の様子で、生徒の自作した爆発物を眺めている。それぞれに書かれた名前は、どれも火薬が得意な生徒のものだ。 「あ、これかな? 立花って名前が書いてあるけど」 「……えーと、はい、そうだと思います。小型の焙烙火矢だから、これですね」 棚の一番上に、ころころと小さな焙烙火矢が詰まった籠が置かれている。立花、と木の板に達筆で書かれた名札と一緒に。 丁度良く近くにあった踏み台を設置して取ろうとすると、慌ててタカ丸さんが私を引き止める。 「いいよちゃん、俺がやるから」 「いえ、タカ丸さんは手を痛めてますから」 よいしょ、と籠に手を伸ばす。いつ見ても、立花先輩の自作の焙烙火矢は完成度が高い。作りすぎたから授業用に提供したんだろう。 籠を抱えて踏み台を降りると、タカ丸さんがちょっと複雑そうな顔をしていた。でも私と目が合うと、すぐに笑ってくれる。 「ありがとう、ちゃん。後は俺が持って行くから」 「いえ。私が運びますから」 手を差し出すタカ丸さんの横を通って、私は倉の入り口へと向かう。また慌てた様子で、タカ丸さんが私を追い掛ける。 「ちゃん、俺がやるよ」 「でも、無理したら」 悪化しちゃいますよ。そう続けようとしたとき、遮るようにタカ丸さんが言った。 「大丈夫だよ。ススキでちょっと切っただけだから、大したことないし」 ずきり、と。そのとき自分でも驚くほどに、胸が痛んだ。一度足を止めると、タカ丸さんはほっとした顔になる。そのタカ丸さんを見上げながら、私はゆっくりと訊ねた。 「本当に、ススキですか?」 「ん? うん、そうだよ。だから大丈夫」 「……そうですか」 私はまた歩き出す。胸の痛みがさらに増した。 二人きりになれば本当のことを言ってくれるかなと、そう少しでも期待した自分が恥ずかしかった。 「ねえ、ちゃん、俺が」 「いいえ、私がやります」 「ちゃん……」 いつになく強情な私に、タカ丸さんは少し焦っているみたいだった。その焦りの意味も、理解は出来る。きっとタカ丸さんは、私を含めて誰にもそれを気づかせたくなかったんだろう。ずっと、嘘を押し通す気でいたのだと思う。 ……でも、私にはそれが少し悲しい。 さほど広い倉内じゃない。入り口にはすぐ着いた。タカ丸さんがそれまでに用意していた少量の火薬や火矢の隣に、持ってきた籠を置く。 「あと、用意出来てないものはありますか?」 「ううん、これで終わりだから。……あの、ちゃん」 戸惑った視線を向けるタカ丸さん。ちらりと見た右手の包帯は丁寧に巻かれていたけれど、古い布を使っていて明らかに医務室の備品のものじゃなかった。つまりタカ丸さんは、自分で処置しているということだ。 「医務室に行きましょう、タカ丸さん」 私の言葉に、タカ丸さんは一瞬びくりとして、それから困ったように笑う。 「大丈夫だよ。ただちょっと切っただけだし、ほんとにすぐ治るから──」 「私に嘘をつかないでください」 思わず口から出てしまった言葉に、タカ丸さんは僅かに目を見開いた。こんなきつい言い方しなくてもよかったのに。すぐに後悔したけれど、ごめんなさいと謝る気にもなれなかった。 「……ちゃん」 「久々知もきっと気づいてます。だから重いものは持つなって言ったんです」 ぐるぐると、複雑な感情が渦巻く。それをすべて吐露してしまわないように、私は必死に抑えつけた。タカ丸さんが全部悪いわけじゃない。勝手に期待をした私が悪かったのだ。 でも、一言だけでも。私に本当のことを言って欲しかった。 「……そう。やっぱりすごいね、君たちは」 ぽつりとタカ丸さんが言う。力のない微笑みには、諦めたような、自分を恥じるような感情が浮かんでいた。 「……タカ丸さん」 縋るようにその瞳を見上げると、タカ丸さんは小さく頷いた。それから「ごめんね」と私に謝る。思わず、居たたまれなくなって下を向いた。 「委員会が終わったら、ちゃんと医務室に行くよ」 「………………」 「ごめんね、ちゃん」 私は、なにも言えなかった。 それから久々知が帰ってくるまでのしばらくの間、私達はずっと無言だった。 すごく気まずいものじゃなかったけど、私はずっと俯いていて、タカ丸さんはきっと、困ったように私を見てた。 「……腱鞘炎だね。見事なくらいに腫れてる」 タカ丸さんの右手を一目見て、善法寺先輩が固い声でそう言った。 あの後委員会がすぐに終わり、タカ丸さんは約束通りに医務室に行ってくれた。最初から断られなければそのつもりだったけれど、タカ丸さんから「一緒に来てくれる?」と言ってくれて、私も同席させてもらっている。 タカ丸さんの右手首は、医術には素人の私が見ても分かるほどに赤く腫れていた。包帯を解いた途端に、善法寺先輩が顔をしかめたくらいに。 「これ、かなり痛むだろ?」 「……少しはね。でも職業病みたいなものだから、痛みにも処置にも慣れてるよ」 「ああ。斉藤は髪結いだったな」 触れていたタカ丸さんの右手を離して、善法寺先輩は医務室の奥で作業をしている左近君を振り返る。 「左近、手が空いたら消炎剤と湿布を出してくれるかな?」 「あ、はい! すぐ持って行きます!」 左近君が返事をすると、善法寺先輩はタカ丸さんの手に視線を戻す。 「斉藤、これちゃんと冷やしたかい?」 「昨日の夜と、休憩時間の合間に少しくらいだけど」 「タカ丸さん、手を伸ばしてもらえますか?」 左近君がタカ丸さんの前に座って、塗り薬を患部に塗っていく。左近君は丁寧な手つきだったけど、タカ丸さんはぴくりと眉をひそめた。やっぱり、相当痛むんだろう。 「鋏だけじゃなくて苦無や手裏剣も扱うから、その分疲労が溜まってるんだろう。痛みがなくなるまでは無理をしないで、極力安静にしてくれ。……出来ることなら手は全く動かすなって言いたいけど、利き手だし、斉藤は仕事もあるからな」 そこまで言って、善法寺先輩はため息を吐いた。左近君が包帯を巻いているのを渋い顔で見て、それから念を押すように。 「とにかく、出来る限り手は動かさないように。分かってると思うけど、悪化すると取り返しがつかなくなるから。それに、冬になるとますます痛みが激しくなる」 「……うん、ありがとう」 タカ丸さんが頷くと、善法寺先輩はこれ以上は必要ないと思ったのか、もうなにも言おうとしなかった。ただまるでタカ丸さんよりも善法寺先輩のほうが痛そうな表情で、じっとタカ丸さんの手を見つめているだけ。 ──タカ丸さんは髪結いさんで、それと並行して忍術の修行もしてる。それは私も分かっているつもりだったけど、本当に『つもり』でしかなかったんだろう。 入学して五年も経つ私だって、毎日の授業についていくだけで精一杯なのに。 「はい、終わりました。緩くないですか?」 「うん、大丈夫。やっぱり保健委員は包帯巻くのが上手いね」 「あ、駄目ですよ。動かさないでくださいね」 「斉藤、これ消炎剤の塗り薬。薬がなくなるか、少しでも悪化したらすぐに医務室に来てくれ」 「ありがとう」 善法寺先輩から渡された薬入れを受け取って、タカ丸さんが立ち上がる。医務室の隅に座っていた私も、続けて腰を上げた。 「斉藤、お大事にね」 「お大事にしてくださいね、タカ丸さん」 善法寺先輩と左近君の言葉に、タカ丸さんはまた「ありがとう」と小さく微笑んで頷いた。 私は先に医務室から出て、タカ丸さんが出てくるのを待った。開け放したままの戸からタカ丸さんが出てきて、私は中の二人に一礼して戸を閉める。 ぱたんと戸が閉まった後、私とタカ丸さんは目を合わせた。日はもう傾き始めていて、辺り一面が赤く染まっている。タカ丸さんの髪の毛も巻いたばかりの右手の包帯も、綺麗な赤色になっていた。 「ちゃん」 タカ丸さんが、私の顔を覗く。それは少し困った表情で、私はふいに泣きたくなった。今まで抑えていた感情が、ゆっくりと溶けたように溢れ出す。それに気づいたのか、タカ丸さんはやっぱり困ったように笑って、そっと私の頭を撫でた。 ちょっとお散歩しようか、とタカ丸さんに言われて、私は無言で頷いた。歩き出すタカ丸さんの後を、半歩だけ遅れてついていく。 騒がしい共用場から離れて、タカ丸さんの足は人気のない木立の中に向かう。地面には赤く色づいた葉っぱがたくさん落ちていて、踏むとさくさく音がした。 ──ごめんね、と。微かにタカ丸さんの声がした。 足を止めたタカ丸さんに気づいて、私も立ち止まる。そのとき小さく風が吹いて、葉っぱがふわりと舞って落ちた。 「本当のことを言わなくて、ごめんね」 背を向けたまま、今度ははっきりした声で、タカ丸さんが言う。それはいつもの柔らかな声音じゃなくて、ひどく真面目なものだった。 「言い訳にしか聞こえないと思うけど、ちゃんに余計な心配かけたくなかったんだ。……情けないと思われたくなかったから」 振り向くタカ丸さんは、「だけど」と私を見て苦笑した。 「もっと情けないとこ見せちゃったね」 「…………いいえ」 情けないなんて思ってない。ただ私が、子どもなだけだ。タカ丸さんは大人で、私は子どもで。ただそれだけのことなのに。 「タカ丸さん」 「……なに?」 意を決して口を開くと、タカ丸さんは優しく聞いてくれる。上手く言えるだろうか。私はゆっくり息を吐いて、タカ丸さんと目を合わせた。 「タカ丸さんは、どうしてあのとき、女子寮に来たんですか」 「……あのとき?」 「ススキをお渡ししたときのことです」 私の言葉に、タカ丸さんは怪訝そうな顔になる。髪結いと化粧を、と答えようとするタカ丸さんを遮って、私は言う。 「タカ丸さんは、あのときにはもう手を痛めてましたよね」 「…………ちゃん」 「それなのに、どうして女子の言うこと聞いて、髪結いしてあげたりお化粧教えてあげたりしたんですか」 お仕事でもないのに。ただ頼まれただけなら、断ることも出来たはずなのに。 「………………」 タカ丸さんはじっと私を見て、それから小さく微笑んだ。優しい瞳で。 「いつもみんなに助けてもらってるのに、俺に出来ることはそれくらいだからだよ」 「でも」 タカ丸さんがそう答えるだろうことは、分かっていた。そういうところがタカ丸さんのいいところだと私も思う。でも。 「……無理、しないでください」 頑張っているタカ丸さんも好きだけど、それで身体を壊してしまうのは嫌だ。今回みたいに、そのことを隠されるのはもっと嫌だ。 上手い言い方が出来ず、私はもうそれ以上なにも言えなくて俯いてしまう。タカ丸さんは私の様子を見るように少し時間を置いて、それからぽつりと言った。 「無理は、してないよ」 「う、嘘です」 「嘘じゃないよ。これくらいは今まで何度もあったし、すぐに治るから本当に大丈夫なんだ。……それに、たとえこれがちゃんの言うとおり『無理をしている』ことだとしても、俺は嬉しいよ」 ね、と柔らかな声に促されて顔を上げると、タカ丸さんはいつものように私の好きな笑顔を向けてくれた。 優しい声音で。 「だってその分、君に少しでも近づけるから」 『──今はまだ未熟だけど、必ず髪結いとしても忍びとしても一流になるから』 風が。私の耳に、今ではない過去の声を運んでくる。 『──だからどうかそのときまで』 その声は目の前のタカ丸さんと重なって、同じものになって。 「あと少しだけ待っていて、ちゃん」 ……タカ丸さんはずるいと思う。 そんな風に言われたら、私はもう何も言葉を紡げなくなってしまう。 タカ丸さんが私に心配をかけないように嘘をついたのは、大人だからだ。私がそれを分かっていたのに知らない振りが出来なかったのは、子どもだからだ。 タカ丸さんが返事を待っていることに気づいて、私は小さく「はい」と頷く。途端ほっとした顔になるタカ丸さんに、泣きたくなるくらい嬉しくなる。 私は、タカ丸さんが好きだ。 今までのぐるぐるしていた感情が全部飛んでいって、ただそれだけに私の心が占められていく。好き、ただそれだけに。 「ちゃん、俺のこと許してくれる?」 「……最初から怒ってないですよ」 「ほんと? よかった」 タカ丸さんが嬉しそうに笑う。私もつられて微笑むと、お互いにもっとその笑みが深くなって、温かい気持ちになった。 「あの……私」 「ん? なに?」 「本当は、少し妬きました。タカ丸さんに髪結いとお化粧してもらった子達のこと。……だから嫌な言い方しちゃいました。ごめんなさい」 謝れることは謝っておこうと、私はタカ丸さんに頭を下げた。呆れられちゃうかなと思いながら顔を上げると、「……なんだ」とタカ丸さんが小さく呟く。赤い夕日の中でも分かる、少し照れたような微笑みで。 「初めから、そう言ってくれたら良かったのに」 「え?」 「妬いてくれてありがとう」 タカ丸さんの顔が近づいたと思ったら、そっと頬に柔らかな唇の感触が落ちた。一瞬で自分の顔が赤くなっていくのが分かる。タカ丸さんは動揺している私の顔を嬉しそうに見て、それからゆっくり身を引いた。 「大丈夫だよ、これからは気をつけるから。ちゃんに妬いてもらえるのは嬉しいけど、心配かけたくないからね」 「……ほんとですか?」 「うん。少しは無茶するかもしれないけど、そのときはちゃんと言うから」 だってそれでちゃんに嫌われたら本末転倒だもんね、とタカ丸さんが当たり前のように言う。その言葉だけで、私はまたすごく嬉しくなってしまう。 「私も、頑張ります」 これから先どうなるかは分からないけど。そのときタカ丸さんが、今みたいに私の傍にいてくれますように。そのための努力なら、私も惜しまない。 「ちゃんと一緒に?」 「はい。一緒に」 また、二人で笑い合う。なんだかくすぐったい気持ちでいっぱいになって、タカ丸さんに触れたくて、私はそっと手を伸ばす。繋いでもいいかなと少しタカ丸さんの手に触れたとき、包帯に気づいて慌てて腕を引いた。するとタカ丸さんは引いた私の手を追い掛けて、しっかり握ってくれた。痛いはずの右手で、私の左手を。 手のひらまで覆う包帯の感触が少し寂しかったけれど、それでもタカ丸さんの温もりが伝わってきて、私はすごく安心する。ぎゅっと、タカ丸さんの負担にならないように、出来るだけ力を入れずに手を握った。 「……ちゃん、手冷たいね」 「そうですか?」 確かにタカ丸さんの手は私より温かかったけど、私はそれが気持ちよかった。でもタカ丸さんはちらりと空を見上げて、少し心配そうに私を見る。 「うん。もう暗くなってきたし、そろそろ帰ろうか」 「あ……、あの」 そのまま歩き出そうとするタカ丸さんを、私は咄嗟に引き止めてしまう。どうしたの、と振り向くタカ丸さんの手を、縋るように握り締める。傷ついているのに私と繋いでくれる、そのタカ丸さんの手を。 「ちゃん?」 「あの、私」 詰まりそうになってしまう言葉に、一度息を吐いて、それから真っ直ぐタカ丸さんを見上げた。 いつもは言えないけど、今日くらいは。少しくらいなら、許してもらえるだろうか。 「もし……タカ丸さんが迷惑じゃなかったら」 少し震える声で、私は言葉を絞り出す。 「あと少しだけ、私と一緒にいてください」 言った瞬間に、肩を引き寄せられる。抱き締められていると気づいたのは、手を深く繋ぎ直されたときだった。それが無言の了承なのだと知って、嬉しくて、私も繋いでいないほうの手をタカ丸さんの背に回す。 「大好き、ちゃん」 そっと耳元で囁かれた言葉に、胸が締め付けられる。身を寄せると、同じ分だけ抱き締め返してくれる。その温もりに、涙が出そうになった。 タカ丸さんの肩越しに、もう日が落ちてしまった空が見える。いつの間にか薄赤から闇色へと染まったそこには、きらきらと小さな星が瞬いていた。まだ月の出ていない静かな空はとても澄んでいて綺麗で、それをこうしてタカ丸さんの傍で見れることを、私は心から幸せだと思った。 身体中に沁みていく幸せに、自然に言葉が浮かんでくる。言われたから返すものじゃない、今一番伝えたい言葉。 堪えきれない愛おしさのままに、私はタカ丸さんに想いを告げた。 「大好きです」と。 想いの分、幾度も。 終 |