潮江文次郎夢
『不器用恋絵巻』後編
男なんてくだらない生き物だと、こういうときに心底思う。 好きだと、愛していると強く想えば、その次に来るのは身体の欲だ。愛情などなくとも、身体は繋げられる。だからこそ誤解させたくないのに。 「……く、……っ」 「ごめん……痛かった?」 「……いや」 お互い以外に誰もいない部屋の中に、小さな水音が響く。が反応を見ながら奉仕してるのは、俺の昂ぶりだ。生温かな舌が裏筋をなぞり、口付けるように軽く吸い上げられるたびに、血が流れ込み固く熱を持っていくのがありありと分かる。 「……んっ……、……っ」 は苦しげな吐息を漏らしながら先端を口に含んで、先走りと唾液とをまとわせた舌でゆっくりと丁寧に舐めて吸い上げるのを繰り返す。同時に優しい動きで玉袋を揉み込まれる刺激に、の口と手の中でびくりと脈打ち、熱が上がる。 自分のものとはいえ、のその奉仕に嫌悪の色がないことが理解出来ない。自慰のように達することだけが目的の乱暴なものじゃない、健気なそれにいつも酔いそうになる。してくれと俺から頼んだことはないが、それでも多い頻度で口淫してくれるのは、きっと俺が悦ぶと思っているからなのだろう。 直接の愛撫に、情けないと思うほどに容易に限界が見えてくる。股の間に顔を埋めているの頬に指で触れると、は咥えたまま俺を見上げて、ゆっくりと根本を掴んで口から引き抜いた。口の中のものを飲み下し、先端から流れ出る先走りを追うように、舌で舐め取りながら。 「……良くないよね」 「っ、……なにが」 ぼうっと赤らんだ顔で、滲んだ涙に曖昧になった瞳で、が言葉を紡ぐ。 「私、房術習ってる、けど……っん、……あんまり上手くないから」 ごめんね、と喘ぎにも泣き声にも似た声音。震える手で扱き上げながら、ごくりと喉を鳴らして懸命に舌を這わせる姿に、脳内がぐらりと熱に揺れる。 分かってやってんのか、こいつ。 「お前としか寝ないなら、上手くても下手でも同じだろ」 素直にすごく悦いのだと口に出せずにそう言うと、の動きがぴくりと止まり、握ったまま俺を見上げる。 「……やっぱり下手?」 「言ってねーよ。つかなんで拾う言葉がそっちなんだ」 あーもう。 「……悪かった。すげー良い」 気恥ずかしさもあって少し乱暴にの頭を撫でると、ほっとしたように微笑む。そのまままた咥えようとするのを、強引に起き上がらせて目の前に座らせた。 「どうしたの? ……っ、あ」 の腰帯を解き、上衣も中着も袴も、肌に触れているもの全て取り払う。剥き出しの肌に口付けながら一糸纏わぬ姿にさせると、次は自分の装束を脱ぎ捨てて、の腰を引き寄せて抱き締めた。 「文次郎、あったかい」 「お前は柔らかいな」 を抱く腕に力を込めると、ますます素肌同士が吸い付くように密着して、お互いの熱と鼓動を伝えてくる。ただそれだけでも強い満足感を覚えるのは、俺がに惚れているからなのだろう。 は幸せそうに微笑んで、ゆっくりと俺の首筋や鎖骨に口付けを落とす。その様子が愛らしくて、の腰を掴んで少し浮かせて、指を尻の間から奥へと伸ばした。 「っ、あ、……もんじろ……っ、っん!」 「濡れてるな」 「ん……、文次郎の、舐めてたから」 はにかみながら切り返された言葉に、瞬時に頭に血が昇った。このやろ。 「……女がそういうこと口にすんな」 「言わせたいのかと思って……っや、待って……」 もぞりと逃げ腰になるのを引き寄せて、指の腹での秘所に触れる。軽く押しつけて動かすだけで蜜が滲み出して指を伝い、の腰が小さく震えた。 「……っん……文次郎……」 は縋るように身を寄せて、深く息を吐く。拒絶がないのを確かめてから濡れた秘唇を開き、温かな中に少しだけ指を潜らせると、肩を掴むの手に力が入った。そのまま入り口に近い場所だけを弱く擦り上げると、びくりと肩を震わせて、今まで以上に強くしがみついてくる。 「中、入れていいか」 「聞かなくていいから、入れ……、ふっ……あ、んっっ!」 聞き終わる前に指を一本全て押し込むと、ぎゅっと濡れそぼった中に締め付けられる。数回出し入れして慣れさせてから指を二本に増やしてかき回し、の反応する場所を強く攻める。 「あっ……や、ん…………文次郎……」 びくびく震えるの身体が、中を愛撫するたびに熱く火照る。指から手首を伝っての太ももまでどろどろに伝う蜜が、女の甘い匂いを充満させて、煽られた。早く自分のそれを入れてしまいたい欲求を、抑えつける。 「……いけそうなら、いけ」 「ん……」 の足が強張るのを察して囁くと、はぼうっと言葉の意味を考えるような間を持った後、「うん」と小さく頷いた。 「……でも、一緒がいい」 「っ! ……おい……手ぇ離せ」 唐突に勃ち上がったままのそれをゆるく扱かれ、たまらず身を固くした。しばらく放置していた分、弱い刺激でも否応がなしに反応する。 「やだ……文次郎と一緒がいい」 熱に浮かされた視線のまま、は顔を上げて俺の唇に吸い付く。瞬く間に口の中に入ってくる小さな舌に、反射的にこちらからも強く絡めてしまう。もういいかと諦めて、舌を舐め合いながらお互いを愛撫して、共に相手の熱を高みへと導いた。 せめて先にいかせようと親指での膨らんだ陰核を擦ると、はぴくりと震えて扱いていた手を止め、突然に先端の割れ目に指を触れて強く押し込んだ。 「っ……!」 その鋭い刺激にぶわりと汗が滲み、射精感が腰から上ってくる。弱い箇所を攻め立てている分、お互いの息が酷く荒く、際限が無いのかと思わせるほどにどんどんと身体の熱が上がっていく。 「……や、文次郎、もういく」 切なげなの声に、自分の限界も近いことを察する。気を抜けばすぐにでも達しそうになるのをなんとかやり過ごして、「分かった」と短く返した。 「一緒にいける……?」 「……ああ。もう少しな」 ねだるの額に口付けを落として、中を抉る指の動きを強くした。も扱く手を早めながら、ぎゅっと目を閉じて俺の肩に額を寄せる。 「っは、……んっ…………」 泣き声に近い喘ぎに、俺も目を閉じての肩口に顔を寄せた。酷く熱いのは自分の身体か、の身体か。快感を与えて頂点へと導いているのはお互いのはずなのに、与えたものがそのまま返される愛撫に、もうどちらの熱と欲が自分のものなのか分からなくなる。 「っ…………だめ、無理……」 「ああ、いけよ。……俺もいくから」 「文次郎、……っん、……っっっ!」 「っ────!」 びくりとの身体が跳ねると同時にぐっと強く握りこまれ、ぎりぎりまで堪えていた欲が一気に弾けた。堰を切ったような快楽の波に、腰元から頭まで痺れが走る。どくどくと幾度か小さな吐精が続き、包んでいたの手を汚す。 「はっ……あ、……」 力を抜くを片腕で抱いて、達したことで酷く締め付けてくる中から指を引き抜いた。熱さと蜜でふやけそうになっている指で、俺のそれを包み込んだままのの手を外させる。 「……文次郎……」 「横になれるか」 「ん……」 疲労した様子のを寝かせ、どろどろの白に汚れたの手を懐紙で拭う。蜜が絡みついている自分の指も拭い終わると、涙の滲む瞳を向けながら、が俺に無言で手を伸ばす。呼ばれるままに共に寝て、まだ小さく震えている身体を抱き締めた。 呼吸を落ち着かせようとしているの背を撫でてやりながら、俺も未だ渦巻いてる熱を引かせようと息を吐く。 「……文次郎」 「なんだ」 名を呼ばれて腕の中のを見下ろすと、は行為の余韻かまだ赤く染まった顔でゆっくりと俺の額に口付けた。そして、すぐ近くで幸せそうに微笑む。 「……すごく気持ちよかった」 「…………お前な」 だから、女がそういうこと口にすんな。煽ってんのかと咎めようとすると、はそれより先にぎゅっと縋り付いてくる。 「文次郎とするのが、一番気持ちいい」 嬉しそうなその顔に、複雑な気分になった。……比べる相手がいるんだよな、こいつ。 それが房術の講師なのか実践の相手なのかは知らないし聞きたくもないが、そのせいで素直に喜べない。 「忘れろよ」 「え?」 「俺以外のことは全部忘れろ」 渦巻く独占欲に、熱が再び上がる。戸惑うを組み敷いて、果てたばかりなのに半勃ちしていたそれを、声もかけずにの中へと押し込んだ。 「っ、や、文次郎いきなり──……っ」 さっき達したばかりで十分に濡れていた中は、なんの抵抗もなく呑み込んでいく。熱の余韻に締め付けも強く、すぐに中で固さを持ち始めた。 「……っう、……ど、したの」 圧迫感に眉根を寄せるに答えず、ゆるりと動かす。決して激しくない弱く浅い動きでも、はすぐに目を潤ませる。 「言っただろう、お前だけが好きなんじゃねぇんだよ。……少しくらい妬かせろ」 最後の言葉には赤く頬を染めて、締まりのない顔で柔らかく微笑む。 「……妬いてくれるの」 「嬉しそうにしてんじゃねーよ……」 このやろ。人が苛ついてんのに。 「だって嬉し……っん! あ、……っ文次郎」 強く抱きしめて揺さぶると、も俺の首に腕を回してしがみつく。少し苦しげな喘ぎが耳元をくすぐって、それだけでまた腰が重くなる。繋がり合う箇所が、溶けるように熱い。 「文次郎……好き。大好き」 すすり泣きに似た嬌声が、思考を剥ぎ取っていく。聞いていると加減が出来なくなりそうで、咄嗟に唇を奪い舌を強く絡めても、呼吸の合間には好きだと繰り返す。その言葉だけが、確かなものだと伝えるように。 「……」 愛だの恋だの、直接に口にするのは気恥ずかしい。 口下手だと。不器用だと。それが性分だとしても、こいつを不安にさせていたのは俺に違いない。 言わなくとも伝わるだろうなどと傲慢なことを思っていたら、きっと俺はいつかこの女を失うのだろう。それだけは嫌だ。 絡み合っていた舌を離し、濡れた唇を吸い合う。の汗ばんだ頬に触れて、その黒い瞳を覗き込む。目尻からすっと流れる滴を拭いながら、想いを伝えた。 「俺も、お前が好きだ」 部屋に響く、微かな衣擦れの音。 情事後。身繕いを整えての支度が終わるのを待っていると、ふいに既視感を抱いて目を向けた。 すでに装束を着込んだが、俺に背を向けて髪を結っている。頭の高い位置で一つに纏めようとしている慣れた手つきを見ながら、そのうなじに指を伸ばした。 「っ? どうしたの、文次郎」 「ん……」 頭の後ろに回していたの手から、結ぼうとしていた髪紐をなんとはなしに取り上げる。は不思議そうに俺を振り向いて、髪を掴んでいた手をばさりと離した。背に流れる墨のような髪は、いつもながらに黒々と長い。 「文次郎?」 きょとんとするの視線を感じながら、取り上げた髪紐を見る。特に変哲もない、ただの紐。一瞥してから、の手に返す。 「」 「……なに?」 未だきょとんとしたまま紐を受け取り、髪を再び結い上げ始めるに、「あのな」と口を開く。 「なんでお前、いつもさっさと帰るんだ」 「え?」 「俺と寝た後だよ」 口にした途端に、はぴたりと動きを止めた。それから、無言で手の動きを再開させる。数呼吸も経たぬうちに髪を結い終わると、は自分の髪から手を離し、正座した膝の上に置いた。それから、ようやくに。 「帰るなって、言われてないから」 ……そうなんだろうな。 「ならもう帰らないで、ぎりぎりまで傍にいてくれ」 「……迷惑じゃないの?」 「迷惑だって一度でも言ったか?」 「ん……言われてないけど……」 は少し惑うように俯く。ああそうだ、分かってる。俺が迷惑じゃないとも言わなかったからだ。 無言で手を伸ばすと、はほんの一瞬惚けた後、すぐに俺の手を取った。そのまま両手で包み込んで握り締め、「うん」と微笑む。 幸せすぎて怖いのだと、だから俺と長く続かないと思っているのだと、はそう言っていた。 言われたときは意味が分からなかったが、改めて考えれば、少しは理解出来る気もする。 突き詰めればそれは、『失うことを恐れている』ということだろう。失ったときを思うと怖いから、始めからいつか失うものだと思いこんでその恐怖を薄れさせているだけだ。 ……俺が抱いていた不安。が俺を見限るのではないかと焦りを感じていたことと、根本は同じだ。 恋愛沙汰など、面倒なだけだ。 今でも、その考え自体が間違っているとは思わない。 けれどこの女が大切で、離したくないと強く想う。が俺を好いてくれるためならば、面倒なことでも、無様なことでも、きっとなんでもするだろう。 それが他人にどう映ったとしても、こいつに届けばそれでいい。 「」 「なに……?」 の手を引いて、重ねるだけの口付けをした。瞬時に赤くなるのが愛らしくて、肩を抱いて引き寄せる。 少しずつでいい。 いつかお互いの不安が全て消えるくらいに、深い恋仲になればいい。 終 |