竹谷八左ヱ門夢
『向日葵に恋して』後編



 女から欲しいとか抱いてとか言ってねだるのは、はしたないことだと思っていた。でもはっちゃんは、私が求める言葉を口にすると、すごく嬉しそうにしてくれる。
 恥ずかしいけど、はっちゃんが欲しいのは本当だ。私ははっちゃんに口付けて欲しいし、抱いて欲しいし、その熱を直接感じたい。
 するりと上衣を脱がされる。唇を重ねて舌を舐め合いながら、はっちゃんの手が私のお腹とか背中とかお尻とかを撫で上げて行く。触られたところから、熱を移されたようにじんわりと温かくなる。
「悪い、布団敷くの待てない」
「ん……いいよ」
 腰帯をゆるりと解かれて、袴も脱がされる。素足に触れる畳の感触も忘れてしまいそうになるくらい、はっちゃんの愛撫だけに頭が染まる。
 口付けが解かれて、はっちゃんの唇が私の額と頬に触れる。そのまま首筋に口付けを落とされそうになって、身をよじった。
「はっちゃん……そこは見えるから駄目だよ」
「……ひとつだけ」
 はっちゃんは甘えるような声で言って、比較的頭巾で見えにくいところを強く吸い上げた。ひりひりする、少しの痛み。はっちゃんの唇の痕。また友達にからかわれちゃうなと思ったけど……別にいいや。
 太ももから足首まで、優しくはっちゃんの手が触れる。撫でられているだけなのに、やっぱり触られたところが温かくなる。心地良くて、安心して、それからどきどきする。小さな痺れが幾度も走って、お腹に熱が生まれて全身に広がっていく。
、背中浮かせて」
「……ん」
 中着を取り払おうとするはっちゃんの仕草に、自分から腕を抜いて脱ぎ捨てた。ついでに髪紐も取って、脱いだ中着の上に落とす。
 あと下帯だけになった私の身体に、はっちゃんがじっと視線を落とす。それでようやくまだ明るいのだと気づいて慌てて身を縮めようとすると、「こら」と隠そうとした手を外されて畳の上に押しつけられる。
「隠すなよ」
「だって……は、恥ずかしいから」
 せめてまじまじ見ないで欲しい。はっちゃんには今までに何度だって見られてるから今更だけど、それでも明るいところで見られてもいいとはどうしても思えない。
 堪らず視線を逸らす私に、はっちゃんはちょっと笑って、宥めるように頬とか額に口付けを落としてくれる。
「気にしなくても、は可愛い」
「そんなこと言ってくれるの、はっちゃんだけだよ……」
「……うん、言うのは俺だけでいい」
 はっちゃんは耳元で囁くと、私の胸に手を伸ばす。膨らみに沈んでいくはっちゃんの指は、私の反応を確かめるようにゆっくり動く。くに、と揉み込まれる感覚に、びくりと肩が跳ねた。
 大きな手に包み込まれる胸元に、恥ずかしさと一緒に心地良さが生まれる。胸なんて自分で触っても気持ちいいなんて全然思わないけど、はっちゃんに触ってもらうのは好きだ。心臓に近いところの愛撫だからかもしれないけど、なんだかとてもホッとする。
 はっちゃんは右の膨らみも左の膨らみも、同じように触ってくれる。時折掠めるように先端に触れられて、そのたびに意図せずに声が漏れる。
 私の上のはっちゃんが身じろぎして、膨らみの間に唇を落とす。次に来るだろう刺激に目を閉じた瞬間に、生温かな感触が胸に走った。
「あ……は、……はっちゃん…………っん、ふ……」
 最初は口付けるものだった胸への愛撫が舌先で舐めるものになり、次に甘噛みして軽く吸い上げられる。刺激に立ち上がっていた先端を口に含んで舌先で転がされて、じんじんした痺れが走る。
 恥ずかしい。最初にはっちゃんに触ってもらったときからずっと、恥ずかしいのは変わらないけど。それでも。
 ……気持ちいい。恥ずかしいけど、安心する。
「はっちゃん……もっと、して」
「……
「さわっ、て」
 はっちゃんの頭に手を伸ばして頼むと、はっちゃんは顔を上げて私を見る。額同士をくっつけて、笑う。
、恥ずかしいのにやらしいこと言うんだ」
「……はっちゃんが、私をやらしくするんだよ」
 頬に手を伸ばして引き寄せて、自分からはっちゃんの唇に自分のそれを押しつける。はっちゃんはちょっとびっくりしたように目を見開いて、次にゆっくりそれを細めた。はっちゃんの瞳が、情欲に濡れてきているのがとても嬉しい。互いに深く舌を絡め合って、舐めて吸って求め合う。
 その間も、頼んだ通りにはっちゃんの手が私の胸を愛撫してくれる。その心地良さと絡む舌とに、身体の熱がどんどん上がる。
 でもその私の身体よりも、はっちゃんの身体のほうが熱い。そろそろはっちゃんにも脱いでほしくてはっちゃんのお腹に手を伸ばすと、察したのかはっちゃんは口付けと愛撫を止めて身体を起こす。
 ばさりと衣擦れの音がする。はっちゃんが手早く上衣と腹掛けを脱いで、乱雑に放る。袴も脱いで、私と同じ、下帯だけの姿になる。その綺麗に筋肉のついた男の人の身体に、きゅう、と締め付けられるみたいに下腹が震えた。
 はっちゃんはゆっくり、もう一度私に覆い被さる。ぼうっとはっちゃんに見惚れていたのが分かったのか、はっちゃんは少し怪訝そうに私の前髪をかき上げて、「?」と顔を覗き込んでくれた。
「どうした?」
「……ん、はっちゃんが……」
 綺麗だから、と答えようとして、ふと気づいたことがあって言葉を切った。額に触れるはっちゃんの手を、両手で包んで引き寄せる。
「……?」
 私が両手に包む手を、はっちゃんはきょとんと柔く握る。その手の甲に一度口付けを落として、私は笑った。
「はっちゃんの手、ニンジンの匂いがする」
 ふふ、と微笑みながら、はっちゃんの指一本一本に口付ける。一緒に手を洗ったのに、きっとずっと触ってたからだ。
「そっか。……嫌か?」
「ううん、嫌じゃないよ」
 私はそんなはっちゃんが好きだから。はっちゃんの指の付け根に舌を這わせて軽く吸い上げると、はっちゃんは嬉しそうに笑って私の額に口付けてくれる。
 何度も繰り返していると、はっちゃんはくすぐったそうに手を離してしまった。物足りなくなって、今度ははっちゃんの肩に顔を埋めて軽く甘噛みする。汗ばんだその肌は、大好きなはっちゃんの匂いがする。
「外していいか」
「……うん、いいよ」
 答えるのと同時に、はっちゃんの手が私の下帯を解く。もうそれだけしか身につけていなかった下着を取り払われて、生まれたままの姿ではっちゃんの前に晒される。
 嫌じゃないけど、やっぱり恥ずかしくて反射的に足を閉じると、はっちゃんが苦笑して私の膝を撫でる。
「こーら」
「……まだ明るいし」
「そうだな」
 はっちゃんは一度外を見て、そして仕方ないか、という顔で私の肩を抱いて引き寄せた。私と目を合わせてから、閉じた両足の間に指を入れて、秘所へと滑らせる。
「っ……ん、」
「見ないから。足、開いてくれ」
 促すように膝裏を軽く押されて、震える足をゆっくり開いた。ぬる、とはっちゃんの指が秘所を撫で上げる。今までの愛撫で濡れていたから、軽い接触でもすぐに身体が反応した。ぎゅっとはっちゃんにしがみつくと、優しく頭を撫でてくれる。
 はっちゃんの指は入り口の浅いところを探るように触れるけど、一番敏感なところには触ってくれない。足の付け根やお尻や左右の襞まで丁寧に愛撫してくれるのに、一番欲しい刺激が来ない。もどかしくなってもぞりと腰を動かすと、はっちゃんが私の耳朶を舐め上げる。次に温かなその舌で耳の中をゆっくり舐めて。
「……、欲しい?」
 ぴちゃ、と舌の音とはっちゃんの声に、それだけでかあっと身体に熱が生まれる。
「ほし、い。さわって」
「分かった」
 笑いを含んだはっちゃんの声が囁かれた途端に、欲しかった刺激がいきなり走った。びくっと反射的に腰が跳ねるのを、はっちゃんの手が押さえて引き寄せる。
「あ……っう、……はっちゃ……、ん」
 今までの愛撫とは比べものにならない強い刺激に、びくびく腰が震えて背筋から頭の中に痺れが走る。下腹に疼きの渦が広がって、触られてもいない奥のところが締め付けられる。
 はっちゃんの手を伝って、蜜がどんどん溢れているのが分かる。はっちゃんが触ってくれる水音も、どんどん大きくなる。
 少し焦らされたからか、すぐに限界が来た。追い立てられる感覚に、ぎゅっとはっちゃんの手ごと太ももをすり合わせて、強く目を閉じる。どくん、と弾けた快感の渦に呑み込まれて、軽く達してしまった。
「……はっ……」
 吹き出した汗と達した熱のせいで、はっちゃんと触れ合ってない箇所にひんやりした冷たさを感じる。あんまり動かない身体で、はっちゃんの背に腕を回した。
「いっちゃった」
「うん。の身体、すごく熱い」
 はっちゃんが言うとおり、今は私の身体のほうが熱を持っていた。心地良い倦怠感にはっちゃんに微笑むと、はっちゃんは優しい目で私に口付けてくれる。
 甘えるようにその身体にすり寄ると、はっちゃんも大きな腕で抱き締めてくれる。手探りでその手に触れると、すぐにぎゅっと握り締めてくれた。
 はっちゃんの心臓の音が聞こえる。隙間がないくらいにぴったりと身を寄せ合うと、嬉しくて温かくて、ただそれだけでも胸がいっぱいになる。
「……だからみんな、好きな人と交わるんだね」
 気持ちよくて、温かくて、望まれていると実感出来て。それがとても幸せだから。

 ──ああ、私ははっちゃんが好きだ。すごく。

「……? どうした?」
 視界が揺れる。涙に薄く滲んだ視線の先で、はっちゃんが困った顔をしている。たぶん、私がどうして泣いているか分からないからだ。
「好き。……大好き」
 告げた途端に涙が零れた。私がこんな風に求めるのは、きっとずっとはっちゃんだけだ。好きすぎて、どうしていいのか分からない。はっちゃんに会えて、はっちゃんを好きになれて、そしてはっちゃんも私を好きになってくれたことが、途方もなく嬉しい。
 指を伸ばして、はっちゃんの頬に触れる。じっと私を見つめるはっちゃんの瞳が、すぐ傍にある。それがどんなに嬉しいのか、どうすればちゃんと伝えられるのだろう。
 嗚咽が漏れそうになって、必死で呑み込んだ。はっちゃんが気にするから、泣いちゃだめだ。笑って。
「大好き、だよ」
 溢れる想いのままに、はっちゃんにそっと口付けた。少しでもこの気持ちが伝わりますように。
「大好き。…………大好き、はっちゃん」
「────っ」
 ただ好きだと言うことしか出来ない私に、はっちゃんはなぜか突然、苦しそうに息を吐いた。少し乱暴な動きで私の手を掴んで、頬から引き離す。
「……はっちゃん……?」
 ぱさりと布が落ちる音。指で涙を拭っていた私は、はっちゃんが私の膝裏を掴んだことでようやく察した。太ももに触れる、固い熱。まだひくついてる秘所にそれが滑らされて、目を見開く。
「ま、待ってはっちゃ……、あああっ……!!」
「ごめん、待てない」
 息苦しそうな、余裕のないはっちゃんの声と顔。ぐり、と性急に押しつけられたはっちゃんの熱が、身体全部押し開かれるように埋め込まれる。突然の大きすぎる刺激に、一瞬目の前が白くなった。
「はっ……
「あ……っ!! や、はっちゃん……ゆっくりして……っ!」
 ずぶずぶと自分の中がはっちゃんの形に広げられていく。奥を目指して容赦なく穿たれる熱に、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
「ごめん、待てない」
 さっきと同じことを言って、はっちゃんが私の腰を抱え直す。爪先まで震える足を折り畳んで、一気に動き出す。
「はっちゃん……、……っあ、はっちゃん……!」
 はっちゃんが動くたびに、ぞわりと自分の中が塗り替えられるような大きな波が襲う。最奥まで繋がった箇所をがつがつと突き上げられて、もうはっちゃんのこと以外考えられなくなる。ただ大好きな名前を呼び続けて、刻み込まれる熱を受け止めた。
「………………っ」
 耳元で名前を呼び返してくれるのが嬉しくて仕方なくて、泣きじゃくりながらはっちゃんにしがみつく。私のぜんぶ、はっちゃんだけに染まってしまえばいい。手も足も指の先も髪も頭も、ぜんぶ。

「誰にも渡さない」

 耳に届いた、はっちゃんの声。
 続けられる言葉は、掠れた、苦しそうな声。

は、俺のだ」

 うん。私はずっとはっちゃんのだよ。
 だから、ずっと傍にいてね。

 奪われる、噛み付くような口付け。どちらのものか分からないほど繋がる、舌ごともって行かれそうな激しい口吸い。
 ようやくに快感を拾えるようになったナカの刺激と一緒に、瞬く間に身体が反応する。高みに向けて、一気に。


 はっちゃんと一緒に。


























 温かな感触が、私のうなじに触れる。
 今までいつもそうしてくれたから、それがはっちゃんの唇なのだと分かる。私の身体全部を包むように、後ろからぎゅっと抱き締めてくれる。
 私ははっちゃんと交わることが好きだけど、全部終わった後に優しく触れてくれるのも大好きだ。激しくない、柔らかな幸せを感じられるから。
 疲れた私の身体を労るように、はっちゃんの唇が背や肩口に触れる。痕を残すものじゃない、ただ慈しむためだけの口付け。
「……ごめん。無理させた」
 たぶん、性急だったことについてだと思う。謝るはっちゃんに、私は微笑む。目の前、私の手に繋いでくれている大きな手を、私からも握り返しながら。
「いいの。大丈夫だから、気にしないで」
 確かにちょっと腰が痛いし布団の上じゃなかったから背中もひりひりするけど、それがはっちゃんに愛された証なら、嬉しいから。
「……
「なに……?」
 まだ悪いと思ってくれてるのか、少し固いはっちゃんの声に、私はゆっくり身体をはっちゃんに向ける。声と同じように強張った顔のはっちゃんが、私に視線を向ける。
 はっちゃんの肩に手を伸ばす。身を寄せると、はっちゃんも私の腰に腕を回して引き寄せてくれる。
 鼻先が触れ合いそうな至近距離。はっちゃんは少しだけ躊躇った様子になったあと、そっと触れるだけの口付けをしてくれる。
 それから、ぽつりと。
「ごめん。俺いっつもお前に甘えてばかりだ」
「はっちゃん……?」
 珍しい自嘲気味なはっちゃんの顔に、私は困惑する。慌てて、首を横に振った。
「そんなことないよ。私のほうがはっちゃんに甘えてる」
 はっちゃんは優しいし懐が深いから、いつもどんな私でも受け止めてくれる。はっちゃんが私に負の感情をぶつけたことなんて、今までに一度だってない。
 そう伝えると、はっちゃんは少し困ったような顔になる。
「それは、単に俺がお前のこと好きだからだろ」
「……じゃあ、私もはっちゃんが好きだからだよ」
 好きだと言ってくれたのが嬉しくて微笑んでも、はっちゃんはいつもみたいに笑い返してくれなかった。ゆっくり手を伸ばして、私の頬を包むように触れてくれる。真剣な顔で、私の瞳を覗き込んで。
「なぁ、。俺、お前に甘えてばっかだけど、いいか?」
「……だから、私のほうが甘えてるよ」
「そんなに成績良くないし」
「成績なんか関係ないよ」
「お前の嫌いな虫の世話してるし」
「私は、生き物の世話をしてるはっちゃんが好きなの」
「かっこよくもない」
「私にとっては、はっちゃんが一番かっこいいよ」
 どうしたんだろう。
 いつもは『好き』って伝えたら、それではっちゃんは嬉しそうにしてくれるのに。
 私がなにか言っちゃったんだろうか。不安になって顔を曇らせると、それが分かったのか、はっちゃんはやっと小さく笑ってくれた。心配しなくていい、というように。
「……なぁ、
「なに、はっちゃん」
「さっき俺が言ってたこと、聞いてたか?」
「……? なんのこと?」
 はっちゃんの言ってることが分からなくて首を傾げると、はっちゃんはちょっと悪戯っぽい顔で私を覗き込んだ。

「『卒業したらすぐを嫁に貰う』」

「…………っっっっっ!!」
 囁かれて、一気に顔が赤くなる。自分では見えないけど、絶対真っ赤だ。だって私の頬に触れてるはっちゃんの手が、いきなり冷たくなった気がしたから。
「……聞こえたか?」
「ん…………う、ん」
 どう答えていいか分からなくてしどろもどろと頷くと、はっちゃんは混乱して俯こうとする私の顔をぐっと上げて、視線を合わせる。


 
 はっちゃんは、私の名前を呼んでくれて。
 優しい瞳で微笑んだ。



「俺のものになってくれるか」




















 終