川西左近夢
『左近と包帯』二年生ver
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「だからっ! どうして先輩、こんな寒い日に池に近づいたんですかっ!」 いつものように医務室に行ったら、左近ちゃんに真っ赤な顔して怒られた。 「ご、ごめん左近ちゃん。ふつーに歩いてるつもりだったんだけど……なんか気づいたら落ちてて……ぐしゅ!」 池の周りの縁石につまずいて、そのままどぼんと落っこちた。もう冬真っ盛りの今、池の水はほとんど氷水で、私が三年生で水練が得意じゃなかったら、ちょっと危なかったかもしれない。 「ふつーに歩いてたら落ちませんよ! てか前に言いましたよね、左近ちゃんって呼ぶのやめてください!」 ぷりぷりしてる左近ちゃんの前で、私はしゅんと縮こまる。左近ちゃんはばたばたと医務室を走り回って半纏を取り出して私の上にばさっと乗せ、火鉢を二つも熾して私の近くに置いてくれた。かじかんで感覚のない両手を、私は震えながら火鉢にかざす。 「あー……あったかい……」 「それ絶対風邪引きますよ。高い熱ですごく苦しみますからね、覚悟してください」 「うん、そうだろうね……」 ここまで身体を冷やしたのだから、当然だ。私が笑ってみせると、左近ちゃんが眉をつり上げて私を睨み付ける。 「笑ってる暇があったら、これでも飲んでてください!」 そう言って押しつけられたのは、湯飲みに入った薬湯だった。匂いからして不味そうだったけど、私は迷わず一口飲んだ。途端に苦く青臭い味が広がって半泣きになりながら、なんとか少しずつ飲み込んでお腹に入れる。 「……左近ちゃん、怒ってる?」 「これで怒ってないように見えるなら、先輩はバカです」 「……ごめんなさい」 一刀両断されて、私は湯飲みを持ったまま頭を下げた。 私はどうも視野が狭いらしく、よくふらふらといろんなところに傷を作る。保健委員みたいに不運というほどではないけど、医務室の常連の一人だ。なぜかそのときの番が左近ちゃんのときが多くて、左近ちゃんは私が来る度にぷりぷり怒る。 「……手、出してください」 薬箱を抱えて、左近ちゃんが私の前に座る。どっちの手だろうときょとんとしていると、業を煮やしたのか左近ちゃんが私の左手首を掴む。慌てて湯飲みを下ろして手を伸ばすと、今まで気づかなかったけれど、二の腕に池の石で擦ったらしい傷が出来ていた。ざくりと抉られたそれは、私本人はさほどどうということもないけど、見た目にかなり痛々しい。 左近ちゃんは無言でその傷を濡れ布巾で拭いて、消毒液を塗って手当をしてくれる。強張った顔で治療してくれるその姿に、私はしゅんとした。……また怒られた。 左近ちゃんに会うと、私はいつも怒られてしまう。それは私が悪いのだと理解しているけれど、時々寂しくなる。たまには左近ちゃんと笑ってお話ししてみたいんだけど。 「……先輩は」 ぽつりと左近ちゃんが口を開く。 「なんでそんなに無茶するんですか」 「……してるつもりはないんだよ」 それは本当だ。普通にしているつもりなのに、気づけば怪我をしてしまう。どれも大怪我というほどではないから、今ではもう友達も先生達も慣れてしまっている。怪我をする度に怒ってくれるのは左近ちゃんくらいだ。 「…………」 左近ちゃんはまた黙ってしまい、(たぶん故意に)ぐりぐりと押しつけるように傷口に消毒薬を塗る。……うう、ちょっといたい。 「ごめんなさい」 もう一度謝ると、左近ちゃんはやっぱり黙ったまま薬箱から包帯を取り出して、薬草を塗った当て布をしてゆっくり巻いてくれる。布と布の間が綺麗な等間隔の、几帳面な左近ちゃんらしい巻き方。 「…………すみません」 包帯を巻きながら、突然に左近ちゃんが私に謝った。きょとんと左近ちゃんを見ると、左近ちゃんは一度ため息を吐いて、それから私を見る。その顔は、もう怒ってるようには見えなかった。 「……すみません、言い過ぎました」 「え、いや、その、左近ちゃんが……えと、左近が謝ることなんてなにもないよ?」 「いいんです! 僕が謝りたかったから謝ってるんです! 先輩は関係ないです!」 それはひどいよ左近ちゃん。なぜかまた怒ったように真っ赤になってしまう左近ちゃんに、私はどう返していいか分からず、ただこくこくと頷いた。左近ちゃんはやっぱりぷりぷりした様子で「まったくもうっ」と毒づきながら、包帯をくるくる巻いてくれる。 「いつもこうやって怪我してくるし、理由聞いても『ふつーにしてたのに怪我しちゃった』とか言うだけだし」 「左近ちゃん……?」 「何回言っても左近ちゃんだし、痛いくせに痛いって言わないし、わざと苦い薬湯出しても文句言わないで飲むし、…………もう」 ぴたり、と左近ちゃんの手が止まる。左近ちゃんは俯いて、小さな小さな声で言った。 「もう……怪我しないでください」 ぎゅっと、左近ちゃんが私の腕を掴む。細くて白い、下級生らしい可愛い手。 思わぬ言葉に、私は一瞬なにを言われたか分からなかった。今までずっと、バカだバカだって言われ続けていたから。 「……ごめん。心配してくれたんだね」 「あ、当たり前です!」 「ありがとう、左近ちゃん」 嬉しくて微笑むと、左近ちゃんはまた真っ赤になった。ああ怒られるなと思ったけど、左近ちゃんは赤い顔のままなにも言わずに包帯を巻いてくれる。それが不思議で顔を覗こうとすると、すごく嫌そうに目を背けられた。 「……すぐ治ると思いますけど、あんまり腕動かさないでください」 最後にそう言って、左近ちゃんは包帯を巻き終えて私の腕を離した。それから、やれやれとした様子でようやくにちょっと笑ってくれた。 「他には怪我してないですか?」 「ん……うん、大丈夫だよ」 「じゃあ、身体が温まるまでそこにいてください。薬湯はちゃんと全部飲んでくださいね」 「うん!」 左近ちゃんは薬箱を手早く片付けて、立ち上がろうとする。それまでの左近ちゃんの怒っていた気配が薄れていて、私はすごくほっとした。 「あ」 ほっとしたと同時に思い出した。私は左近ちゃんが貸してくれた半纏をかき合わせて、隣に置いてある桶を引き寄せる。木桶の中には、私がさっきまで着ていた装束が入っている。濡れてしまったものを着ていては意味がないから、医務室備品の夜着に着替えてくださいと左近ちゃんに言われたからだ。 左近ちゃんは上げかけた腰を下ろして、不思議そうに私を見る。私は装束をごそごそと探り、中から油紙に包まれた水草を取り出した。花が咲いている小さな水草。……うん、大丈夫。油紙に包んでいたから汚れてない。 この水草は花に含まれている成分が薬になるのだと、少し前に同年の数馬に聞いたことがある。あまりたくさん採れないから貴重なんだと付け足していたことも、覚えていたから。 「……それ、なんですか、先輩」 「これ数馬に聞いたんだけど、あんまり採れないんだよね? よかったら保健委員で使って」 はい、と左近ちゃんに手渡すと、左近ちゃんは受け取ってくれて、油紙を開いて目を見開いた。 少しくらいは喜んでくれるかなとどきどきしていたら、左近ちゃんは突然に眉をつり上げて、キッと私を睨み付けた。 「先輩……もしかして、これを取ろうとして池に落ちたんですか?」 「あ」 しまった。頭のいい左近ちゃんだから、すぐにバレるのは当たり前だった。しかも、すぐに否定出来なかったのも悪かった。みるみるうちに、左近ちゃんの顔が強張っていく。 「あ、あの。違うの、それは池に落ちたときに偶然……そう偶然見つけたから持ってきただけで、だからその」 しどろもどろと言い訳する私を、左近ちゃんがぷるぷると握った拳を震わせながら私を睨み付ける。なんだか涙が滲んできたその顔に思わず息を呑んだとき、 「先輩のバカーーーーーーーーーーー!」 思いっきり、左近ちゃんの雷が落ちた。 それからこれまでにないほどに怒られて苦い薬湯を何杯も飲ませられて、私はずっと左近ちゃんにお説教された。けれど最後に「……でも、ありがとうございました」とぽつりと呟いてくれたから、許してくれたんだと思って、私はほっとして微笑んだ。 「じゃあ、見つけたらまた取ってくるね」 「先輩は、もう外には出ないでください!」 と思ったら、結局最後まで怒られっぱなしだった。 終 |