| 『10000丁の豆腐』 (久々知兵助) |
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些細なことで兵助と喧嘩をした。 理由は本当にくだらないんだけど、兵助が豆腐ばかりを構うからだ。 兵助が豆腐を大好きなのはよく知ってるし、私もそんな兵助のことが大好きだ。 だから今更大抵のことはにこにこ笑っていられたのに、さすがに今回のことは我慢出来なかった。 休みの日に、兵助の部屋でのんびり過ごしているときだった。 畳の上にうつ伏せになって本を読んでいた兵助が、ふと気づいたように顔を上げた。 「なぁ、温泉好きか?」 「……温泉? 兵助、温泉行きたいの?」 「ああ、もうすぐ秋休みだからな。、初めのほう空いてたら俺と遠出しようか」 兵助の口調は何気ないものだったけど、私はその言葉にかあっと顔を赤くした。秋休みの最初の日は、私の誕生日だったからだ。 もしかしなくてもきっとそういう意味で誘ってくれてるんだろうなと思って、私は嬉しくてすぐに頷いた。 「うん! 温泉行きたい! すごく行きたい!」 言いながら、私は温泉の二文字にどきどきする。だって恋人同士で温泉って言ったら、やることは一つでしょう! ていうか文字通り一つになることでしょう!? きゃー、と自分の想像に舞い上がりかけた私の隣で、兵助はふにゃっと顔を緩めて、なんだかすごーく愛おしいものを見る目で、明らかに私でないものを見た。 「いいよなぁ……温泉豆腐」 ぴき。 頭の中に亀裂が入る。ぎぎぎーとぎこちない動きで兵助に改めて視線を向けると、兵助はうっとりした顔で手元の本の一頁を見つめていた。題名は見えないけど、兵助がよく読んでいるから知っている。全国各地の豆腐料理を紹介している本だ。 ムッとしそうになって、いやいや駄目だ、と自分を抑えつける。兵助が豆腐に夢中なのはいつものことだから。 「ね、ねぇ兵助」 「んー? なんだ」 「あのね、温泉なんだけど、なんで秋休みの初めに行くの?」 「ああ。この本に紹介されてる温泉豆腐な、それくらいの時期から売り出すって書いてあるから、って痛ーーーーっ!」 思わず兵助の頭をグーで殴ってしまったけど、誰も私を責めないと思う。 「いきなりなにするんだよ、!」 「豆腐豆腐豆腐豆腐、兵助の頭の中って豆腐しかないの!? 兵助、私と豆腐のどっちが好きなの!?」 「え、なんでそんな話になってるの?」 「なんで!? もーやだ、兵助のばか! 豆腐ばか!!」 「あははは、それ言われたの百回目くらいだ」 「なに嬉しそうにしてるの! もういいよ、兵助なんか豆腐の角に頭ぶつけて死んじゃえ!」 と。 腹立ちのままに思いきり叫んでしまってから、すぐに言い過ぎたと反省した。私の罵声を聞いた兵助はきょとんとした後、真面目に考える顔つきで口を開く。 「あのさぁ、」 びくっと身体が震える。兵助は畳から起き上がって、私の目の前で向かい合うように正座した。言い過ぎた自覚はあれどまだ複雑な気分の私は、すぐ謝ることが出来ずに視線を逸らして俯いてしまう。 でも、いくらなんでも死ねは言い過ぎた。豆腐ばかでも私は兵助のことが大好きだし、それはちゃんと謝らないと。 そう思ったのに。 「俺、思うんだけどさ。豆腐の角に頭ぶつけて死ぬためには、豆腐一万丁くらいいると思わないか?」 ぷっつん。 私の頭の中で、盛大になにかが切れた音がした。 「一万丁の豆腐とか……どきどきするよな。どれくらいの量なんだろうな。高さと幅どれくらいになるんだろうな。そんなにあったら、もういっそ温泉豆腐どころか豆腐風呂が出来るよな! ああ、泳いでも泳いでも豆腐とか、極楽浄土……」 兵助は夢見るような瞳で、乙女みたいに頬を染めてへにゃっとしている。 ────ううううううう!!!!! 「もう兵助なんて知らない、ばかーーーーーーーーーーーーー!!!」 「それにさ、そのとき誕生日だろ? たくさん豆腐あったら豆腐フルコース料理でお祝い出来るし、それに夜は豆腐プレイだっていくらでも……あれ、? どこ行ったんだ?」 終われ。 |