| 10000冊の蔵書 (中在家長次) |
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夏休みに入って、数日が過ぎた。 事情があってすぐには家に帰らなかった私は、このところ通うのが日課となった図書室への道をゆっくり歩いていた。 みんみんみんみんと蝉の鳴き声を聞きながら、縁側を進む。ほんの数名残っている生徒達と居残りの先生達しかいない忍術学園は、普段が嘘のように静かだった。 火薬が爆発する音が聞こえてくることもなければ、上級生男子がはた迷惑な喧嘩や自主トレをしていることもない。一年は組や小松田さんが騒動を起こすこともなければ、どこからか突然に砲弾や焙烙火矢やバレーボールが飛び込んでくることもない。 それだけなら平和だなぁで済むんだけど、くの一教室の生徒も私以外は全員帰ってしまって、女子寮にいるのが正直とても寂しかった。同室の子はもちろん、友達や後輩が遊びに来てくれない部屋になんて、いる意味が全然ない。 だから夏休みに入ってからは、私は毎日図書室に居座っていた。あそこには本がたくさんあって時間を潰せるし、なにより、 「長次ーー! おはよーーーーーー!」 私と同じく、家に帰れない事情のある幼なじみがいるからだ。 長次はいつものように図書室の奥で、本に囲まれて作業をしていた。私を見て、僅かに咎める表情になる。 「……。図書室では」 「私と長次以外誰もいないんだから、別にいいよね?」 「…………」 静かにしろ、と怒られそうになったのを先回りして言うと、長次は小さくため息を吐いて、それ以上はなにも言わなかった。このやりとりも夏休みに入ってから毎日しているから、たぶん面倒くさくなったんだと思う。 図書室の中は、その雰囲気のせいか外より涼しい気がする。慣れた本の匂いを感じながら、長次の元へとのんびり向かう。 「今日は兵法の棚の整理なんだ」 長次の隣まで来て、その周りに散らばっている本を確認する。どうせ時間があるからと、長次は夏休みに入ってからずっと、図書室の本を端から順に一冊一冊不備や破損がないか確認するという、私なら一刻で飽きそうな作業を続けている。まさに図書委員長の鑑だ。 長次の邪魔にならないところは……、と腰を下ろす場所を探していると、突然に「」と名を呼ばれた。 「ん? なに、長次」 顔だけ長次に向けて首を傾げたとき、長次がすうっと目を細めた。 「怪我か」 「…………」 長次の視線は、私の右足に注がれていた。もしかしたら、歩き方でバレたのかもしれない。 「……うん。昨日学園内を散歩してたら、罠に引っかかっちゃって。たぶん実技授業で使ったやつの撤去し忘れだと思うけど」 「踵か」 「よく分かるね、そうだよ。……大丈夫、薄く切っただけだから」 私が引っかかった罠は、落とし穴の中に尖った竹が仕込んであるものだ。片足を踏み抜く程度の小さな穴だったけど、休みだからとぶらぶらしていたせいで、ほとんど気構えが出来ていなかった。咄嗟に足の裏に刺さるのを避けたおかげで踵を切るだけで済んだけど、気をつけていれば引っかかることもなかったのだ。六年にもなって、少し情けない。 「痛むのか」 「ううん、そんなに。ちょっと歩きにくいけど、それだけだから。医務室で処置もしたし」 新野先生も保健委員もいないから自己流だけど、止血と消毒をして包帯を巻くくらい、誰にでもできる。ほらね、と袴を少し上げて包帯の巻いた足を見せると、長次はやれやれという顔になる。 「……次からは気をつけろ。傷を残すな」 「うーん。身体から顔から傷だらけの長次には言われたくないんだけど」 苦笑すると、すぐに言葉が返ってきた。 「俺はいい」 「……またそんなわけの分からないことを」 でも心配してくれているのは分かったから、ありがとう、と言って長次から二歩分くらいの距離を空けて腰を下ろした。立っていたときと違って傷ついた踵への負担が軽くなって、楽になる。 それと同時に、長次が私に一冊の本を差し出してくれる。昨日ここに置いていった読みかけの本だ。受け取ると、また何冊か無言で違う本を差し出してくれる。それも有り難く受け取って、長次が渡してくれた本を隣に積み上げた。 長次はいつも、私が好きそうな本を薦めてくれる。さすがというか図書委員長なだけあって、長次が薦めてくれる本にはほとんど外れがない。それともそれだけ私の本の好みが分かりやすいのかもしれないけど。 読みかけだった本を開くと、『ここまで読んだ』と昨日覚えていた頁に、手製だろうしおりが挟まれていた。古紙を切って、墨でなにか丸いものを幾つか描いただけの簡単なもの。 しおり自体は、昨日私が帰った後に長次が好意で挟んでくれたんだろうけど。 「これなに? この丸いの」 しおりを指して長次に聞くと、長次はちらりとしおりに視線を向けて、それからすぐに手元へと目を戻した。 「……小銭だそうだ」 「ぶっ」 思わぬ答えに吹き出した。 「これ、きり丸が作ったの? あー、ほんとだ、ちゃんと一つ一つお金の種類が違う」 「委員会活動の一環で作った。絵を描いていいかと聞くから許可を出した」 「まぁ、あの子がこれ以外の絵を描くわけないよね」 それだけあの子にとっては切実なんだろうけど。笑ってごめんね、とここにはいないきり丸に心の中で謝る。 「そういえば、きり丸はまだ帰ってないんだね。昨日、暇ならアルバイトしませんかーって誘われたんだけど」 「……土井先生がまだいらっしゃる」 「あ、そうか。あの子土井先生のところでお世話になってるんだっけ」 一年は組はとても素直で可愛いけど、あまり成績が良くなくて補習だらけなのが教師陣の悩みのタネらしい。その関連でまだ帰れないんだろう。 ……それで思い出した。 「長次。食堂のおばちゃん、明日帰っちゃうんだって。だから食堂でご飯食べられるの明日の朝までだって」 「……そうか」 「そしたら、一緒にご飯作ろうか」 「……ああ」 まだきり丸と土井先生が残ってたら、きり丸も呼んで一緒に作ろう。人数は多いほうが楽しいし、炊事場使うの一回で終わるし。きり丸、きっとイナゴとか雑草とかとってきて食べようとするんだろうなぁと、私はその想像内の騒がしさに一人で笑う。ご飯を炊いて、お味噌汁作って、おばちゃんの漬け物をちょっともらって……米がもったいないから雑炊にしましょうって言うだろうきり丸に、無理矢理にでもたくさん白米食べさせよう。育ち盛りなんだから。ああ、どうせ暇なんだし、長次を誘って夕方市に買い物に出るのもいいかもしれない。いや、そもそも長次に全部作ってもらおうか。長次料理得意だし。 「……なにを笑っている」 頬を緩めていたのが気になったのか、聞いてくる長次に軽く微笑んだ。 「んー、誰もいない学園ってほとんどないから、これはこれで楽しいなって」 長次はなにも言わず、そうかという顔をしてまた作業に戻る。それでようやくに、私もずっと開いたままの本に視線を落とした。 ──私と長次が家に帰れないのには、よくあることだけど致命的な理由がある。 戦が起こった。 夏休みが始まる少し前、通り道にある城同士が交戦を開始して、家に帰るには必ず通らなければならない山道に幾つも関所が出来た。距離が離れているから家は心配ないけれど、いくらくの一見習いの私でも何カ所もの関所を無理矢理に突破することは難しい。特に今は交戦が激しいから危険だと先生達からも止められて、それで私と長次は学園に残っている。 私にはどうしようもない、仕方のないことだ。 それに自分も長次も、そして家も無事ならば、それ以上に望むことはなにもない。だから、どうせならば今このときを楽しまないと。 右手で握り締めていたしおりを畳の上に置こうとして、ふと視線を向ける。きり丸の描いた小銭の絵。それをじっと見てから、しおりを置いて本を読み出した。 私が本を読んでいる間、長次はいつものように黙々と同じ作業を続けている。たまに私が顔を上げて話しかければ返すけど、あとはずーっと、ずーっと本の整理だけを続けている。 幼なじみだから、長次が寡黙なのはよく分かっている。だからと言って他人を拒絶しているわけではないことも。 長次は優しい。口にはほとんど出さないけど、他人の感情や空気を読むのが上手いし、請われれば面倒なことでもなんでも手を貸してくれる。 ……長次は、優しい。私はそれを知っている。 物心ついたときから今このときも、ずっと。 一冊目を読み終わって、ぱたんと本を閉じた。ちょっと本の余韻に浸ってから、ふう、と息を吐く。 「読んだのか」 「うん、面白かったよ。この本、棚に返してくるね」 言いながら立ち上がると、無言で手を差し出された。長次はいつも通りの無表情だけど、『俺が返すから渡せ』という意味だと分かる。それがたぶん、足の傷を気にしてくれているからだということも。 「大丈夫だよ、図書室までだって歩いてきたんだし」 「……無理はするなよ」 長次は念を押すようにそう言うと、私に差し出していた手を戻した。私は「うん」と一つ頷いて、歩き出す。 本の分類表を見て、該当する棚へと足を進める。意識はしていないけれど身体が反射的に庇っているのだろう、右足から軽く引きずる音がする。もしかしたら長次も、この音を聞いて私の怪我に気づいたのかもしれない。 ……早く、治ってくれるといいんだけど。 棚の前に辿り着いて、いろは順に並んでいる作者名を確認して本を直した。長次が整理をした後の棚らしく、一見しただけで分かるほどに綺麗に本が並んでいる。私よりもずっと背の高い本棚。これ一つだけでも、幅も奥行きも個人で持てる本棚とは段違いの大きさ。ずらりと詰め込まれた本はもちろん、棚の上に置かれた竹籠に収められた巻物だって、少しの乱れもない。 いつ見ても、圧倒させられる。 私が本を読むのは長次の影響が強いけれど、こうしてたくさんの本が綺麗に並んでいるのを見ると、とても落ち着いた気分になる。それはきっと、私も本が好きだからだ。 なんとなく棚の一番上の段に手を伸ばそうとして、背伸びした途端にずきりと踵に痛みが走る。反射的に身を引いて、少し迷ってその場に座った。 行儀が悪いと思いつつ、あぐらを組む。このほうが足に負担がない。目についた本を何冊か抜き出して、ぱらぱらとめくった。 みんみんと、蝉の鳴き声が少し遠くから聞こえる。 今日は日差しは強いけれど、あまり蒸し暑くはない。日陰に入ってしまえば程々に涼しくて、夏場にしては良い読書日和だった。特に図書室は直射日光が入りにくいようになっているから、その分過ごしやすい。 みんみん、蝉の鳴き声と、私が本をめくる微かな紙音だけが聞こえる。耳をよくすませてみれば、長次が作業をしている紙擦れの音も聞こえてくる。 そっと、後ろの本棚に背中を預ける。本の匂いは、長次の匂いに似ていると思う。私が一番落ち着く匂いだ。 私は静かな空間が苦手だけど、棚を幾つか隔てただけのところに長次の気配がするから、それだけでだいぶ安心出来る。 だから寂しくないし、だから不安にならないし、だから、 ────え? 気づけば、蝉の鳴き声がぴたりと止んでいた。 カエルとか鈴虫とか、一斉に鳴き止んで一斉にまた鳴き始めるのはよくあることだ。でもこれはそういう類のものじゃなくて、どこか、違和感のある悪寒のようなものが。 慌てて後ろの棚から背を起こしたとき、ぱさり、と私の隣に本が落ちた。 反射的に、目を向ける。私が棚から何冊も本を抜き出していたから、それで落ちてしまったのだろう。そう思いながらも、嫌な予感に動悸が速くなる。本を拾おうと手を伸ばした、そのとき。 どん、と。 下から身体を揺さぶる、強い衝撃が走った。 ぱさり、とまた本が降ってくる。ぱさりぱさりと、雨が降るみたいに私に注いでくる、これは。 ──地震。 危険だ、と本能が告げる。混乱していて頭が上手く動かなかったけど、それでも今の場所が危ないということだけは分かる。 縦揺れの次は、横揺れが来る。 逃げようと立ち上がろうとして、慌てたせいかずきりと足が痛んで逆に崩れ落ちた。その間にも、揺れはどんどん酷くなる。 せめて頭だけは守らなければ。ああ、頭巾を被ってこればよかった。 夏休みだからって、暑いからって、 、と長次に呼ばれた気がした。 長次。長次は、大丈夫だろうか。長次のいた場所は周りに本が少し積み上げられていただけだったから、きっと無事だ。大丈夫、長次は、大丈夫だから。 突然に、強い力で背が畳の上に叩きつけられる。身を縮めようとしたのを押さえつけられて、全身に重みがのしかかる。動くな、と耳元で響くのは、よく知った幼なじみの声。 そして、私の視界はただ一色、見慣れた深緑色だけに包まれた。 時間にすれば、きっとほんの数呼吸の間だったと思う。 ようやく落ち着いた地震の揺れに、私はほっと身体の力を抜いた。 少し苦しさを感じるほどに、私の身体全部が包まれている。腕を伸ばして、慣れた気配を浅く抱いた。 「長次」 私の声に反応するように、今度は私の上にある長次の身体から力が抜ける。 「大丈夫か」 「うん」 長次が身を起こすと、ぱさぱさと本が滑り落ちていく音がした。私の頭を包んでいた大きな手も、そっと一撫でして離れていく。 「……棚は倒れなかったな」 ぽつりと、長次が呟く。私も身を起こして、辺りを見た。一面、棚から雪崩れ落ちた本と巻物だらけ。少し身じろぎしただけで、手や足が本の小山に当たる。 「、足は」 「……うん、なんともない。長次は? 怪我してない?」 長次に庇われたのだということを、ようやく現実として理解する。あの酷い揺れの中、長次自身が言ったとおり棚が倒れる可能性だってあったのに、それでもきっと躊躇なく私のところまで来てくれた。 「俺は大丈夫だ。……?」 長次は、いつもの気配で。私を安心させるように、顔を覗き込んでくれる。答えずに、長次の身体に視線を向ける。手も足も胸もお腹も頭も顔もさっき触れた背も、たぶん無傷だ。それに、今一度ほっとした。 「ごめん。……危ないことさせちゃった」 私が足を怪我してなかったら、長次にこんなことさせなくてよかったのに。小さく震える手を伸ばして長次の腕に触れると、長次は少し呆れた気配になる。 「……怪我など関係ない」 言葉と共に強引に腰を引き寄せられて、そのまま抱え上げられる。 「長次」 「余震が来るかもしれない。……ここは危ないだろう」 本だらけの畳の上を移動して、長次は私を図書室の入り口へと下ろす。周りに本棚のないところ。長次は入り口の扉が開くのを確認して、私を振り向く。 「、そこで動かずに待っていろ」 「長次」 危険なものがないか調べるためだろう。歩き出そうとする長次を、ほぼ反射的に腕を伸ばして引き止めた。怪訝そうに足を止める長次は、それでも私の前に膝をついて視線を合わせてくれる。 「どうした?」 「……わかんない」 大きな地震は初めてじゃない。地震だけじゃない、山崩れだって、台風だって、大火事だって、いつ来るか分からない災害として幼い頃から常に身近に感じていた。だからそれに対する緊張感も気構えもあるけれど、それでもどうして私はこんなに、 ……どうしてこんなに震えているのか。 「」 長次も私が怯えている意味が分からないみたいで、戸惑った様子で頭を撫でてくれる。馬鹿みたいだ。まるで小さな子どもみたいだ。命に別状どころか、私と長次は怪我だってしなかったのに。 災いなんて、珍しくない。 地震も、山崩れも、台風も、大火事も、 戦も。 ──ああ、そうか。 「どうして長次は、一人で帰らなかったの」 ほとんど無意識に口から出た言葉に、長次の動きがぴたりと止まった。 無意識の言葉。けれど私は、夏休みに入ってからずっとそのことを気にしていた。それが長次の優しさだと知っていても。 「長次一人なら、家に帰れたのに。……そうだよね?」 長次は否定も肯定もせずに、ただじっと私を見ている。それが答えだ。 家に帰るのが危険だと言われていたのは、私だけ。長次一人ならば、山道を越えてなんとか帰れるだろうと、先生達が言っていたのを聞いた。 それでも長次が残ってくれたのは、『私が帰れないから』だ。それ以外の理由なんてなにもない。 長次は、昔からずっと私を甘やかしてくれた。きっと自分のしたいことを全部後回しにして、ときには放棄して、私の傍にいてくれた。 今だって。 長次が一人で帰っていれば、自分の身を顧みずに私を庇うことなんてなかったのに。 「……俺が、お前を残して帰るわけないだろう」 私の不安を感じ取ったのか、長次はゆっくりと抱き締めてくれる。温かな優しい腕は、いつだって近くにいてくれる。 長次は優しい。長次に優しくしてもらうのは嬉しい。だけど長次の負担にはなりたくないのだと、最近になって強く思うようになった。 そうだ、恋仲になってからは、特に。 その上不注意で足を怪我してしまった私は、たとえ明日戦が終わったとしても、帰れない。傷は確かに深くないけど、走れる程に浅いものじゃない。たぶん、完治するまで十日はかかる。 長次は帰れるのに。長次一人だけなら、今すぐにだって帰れるのに。 私が長次に甘えているから。 「………………」 長次は、ただ私を抱き締めてくれているだけだった。きっと、落ち着くのを待ってくれていたんだと思う。 長次の腕の中で、私はゆっくり息を吐く。 私が長次に甘えているのは確かだけど、それは長次のせいじゃない。 「……ごめんなさい」 ゆっくり離れようとすると、逆に引き寄せられた。ぽんぽんと、それこそ子どもを宥めるように、優しく背を叩いてくれる。 「。俺がしたことは、お前にとって迷惑か?」 「……え?」 耳元でそっと囁かれる、長次の低い声。いつもは小さくて聞き取りにくいけど、これくらいに近くにいれば直接に耳に響いてくる。耳に……身体の中に。 「俺が一人で帰らなかったのも、お前を庇ったのも、どちらも俺自身のためだ。……お前がそれを否定するならば、謝るのは俺のほうだ」 「違う。そうじゃなくて、私が長次の邪魔してるから」 「」 慌てて長次の言葉を遮って否定しようとした言葉を、さらに名を呼ばれて遮られた。 「お前を少しでも邪魔だと思うのなら、俺はお前に告白などしていない」 そっと、頬に長次の手が触れる。顔を上げさせられて視線が合った瞬間に、優しく重ねるだけの口付けが落ちた。かあっと顔が赤くなって行くのが分かる。 「……長次、それ恥ずかしいよ」 「お前が変なことを言うからだ」 やれやれと呆れた様子で、長次は私から離れて立ち上がろうとする。離れる直前、軽く私の頭を撫でて。 「俺がお前の隣にいることに、余計な気遣いをするな。……でなければ意味がないだろう」 「……意味って?」 「俺とお前が恋仲でいる意味だ」 言った後、今度は自分でも恥ずかしかったのか、長次は僅かに顔をしかめて私に背を向けてしまう。その背を視線で追いかけて、私は自然に微笑んだ。 私は、一人でいることがあんまり好きじゃない。人がたくさんいて、騒がしいところのほうが落ち着く。それは昔からで、長次もそのことをよく知ってくれている。 だから、長次は私を一人にせずに残ってくれたんだと思っていた。寂しくないように一緒にいて、退屈しないように本を選んでくれて。 ……それはきっと間違いじゃないと思う。長次の行動のほとんどは私に対する思いやりだ。 でも、 そのことを長次も嫌だと思わないでいてくれるなら。 私と一緒にいる時間を、幸せだと思ってくれるなら。 それは確かに、想い想われる仲なんだろう。 「長次」 「……動くなと言っただろうが」 ゆっくり立ち上がって、被害を確認している長次の元に足を進める。それ以上は来るなと無言で制されたところで足を止めて、「あー」と顔をしかめた。 「すごいね、これ」 今まで精神的に不安定だったから気づかなかったけど、さっきの地震が図書室に与えた影響はそれは酷いものだった。 私と長次がいた場所では運良く本棚が倒れなかったけど、思いきり倒れているところが何カ所もある。その本棚を元の位置に直すのだけでも大変そうなのに、さらに面白いくらい広範囲に雪崩れている本の海、折れ曲がっている貴重な古書、衝撃で解けて破れてしまっている巻物。それはもう、正しく酷い惨状だ。長次が夏休みに入ってからせっせと整理していたのも、たった数瞬で全部水の泡になってしまっている。 「」 「……なに?」 「どうせ帰るに帰れんだろう、これは」 長次はざっと図書室内を見回して、ため息を吐く。確かに、この惨状の図書室を放置して帰るなんて、長次に出来るはずがない。 不謹慎だと思いつつも、私は少し笑う。すっと、心が軽くなった。 「私も手伝うよ」 「元に戻すのに何日かかるか。……いや、何十日か」 「いいよ。夏休みいっぱいかけて綺麗にすれば」 「お前の足が治っても帰れんぞ」 「……戦が終わっても、帰らなくていいよ」 ね? と少し離れた場所にいる長次に微笑むと、長次はすごく珍しく、本当に小さくだったけど……普通に笑ってくれた。 「まずは学園内を回るか」 「そうだね、誰か下敷きになってたら大変だし。学園長先生、お元気そうに見えるけどご高齢だしね」 入り口に歩き出そうとすると、後ろから追いついてきた長次が無言で手を貸してくれる。 私も無言でその手を借りて、図書室の扉を開ける。 図書室を出るときにちらりと後ろの惨状を見て、それからすぐ隣の長次に微笑んだ。 「ありがとう、長次」 「……なんのことだ」 私を好きになってくれて、ありがとう。 終 |