くの一教室実習シリーズ
『菓子を渡して金品をねだれ!』編

『今回の実習内容』



「はい、皆さん、ビスコイトは出来ましたか?」

 にっこり微笑む山本先生に、女子一同全員で「はーい」と答える。それぞれの手には、売り物のように綺麗に包装されたビスコイトが一袋ずつ。くの一教室の四年生から六年生まで、合同の調理実習で作り上げたものだ。
 しかしにこにこと上機嫌の山本先生を前にして、『これはなにかあるな』と女子生徒は一律に緊張していた。なにしろ今回作ったこのビスコイト、先生から直々に『なにも混入させないように』とお達しが出ているからだ。
 くの一教室の調理実習と言えば、毒はもちろん、悪戯目的の下剤にワサビ、はたまた小石などの異物、末は炸裂弾に至るまでどばどば混入させること自体が目的なのだ。こんな甘っちょろい、ただ単にお菓子を作るだけの授業なんてあり得ない。
 しかもこの包装、先生から一人一人に渡されたもので、先生には誰のものか分かるように紐の色まで違う。ここまでしていて後は自分達で楽しくおやつの時間に、という展開になるわけがない。

「さて、それではここからが本番です」

 案の定、山本先生は急に真面目な顔つきになった。参考のためにと山本先生が作ったビスコイトの袋を掲げて、「よく聞いてね、みんな」と全員の注目が集まるのを待つ。
 やがてしんと静まり返った教室に、山本先生の声が響く。

「このビスコイト、男子生徒に渡してらっしゃい」

『は?』

 その言葉に、全員一致で唖然とする。なんで男子生徒なんかに。しかも毒も入ってないのに、とぼそぼそ言う生徒たちに、山本先生は楽しそうに微笑む。

「あなた達が不思議がるのも分かるわ、ただのお菓子ですものね」
「そのとおりです、先生。男子のアホなんかに渡すくらいなら、私達で食べたいです」
 そうだそうだ、お茶会にしましょうよ先生、こんなの男子にもったいない、とわいわい騒ぎ出す女子生徒達。
 山本先生はその様子をじっと眺めてから、うんうんと頷いて、そして次に「でもね」と首を横に振る。

「これは中間試験の実習なのよ」

 言われて、教室内がぴたりと水を打ったように静かになる。
 中間試験の実習……?

「はい、では概要を説明します。みんな静かにね」

 山本先生は背を向けて、チョークを掴んで黒板に向かう。慣れた手つきでチョークを動かし、



 中間試験実習概要

 一、『男子生徒に菓子を渡すこと』
 二、『渡せるのは男子一人に対して一つだけ。複数人が重なった場合、一番初めに渡した生徒のみ実習得点が与えられる』




 さらさらと書かれていく概要に、女子生徒達は『なんだそりゃ』という思いを隠せない。渡してどーなる、こんなもの。男子が喜ぶだけじゃない。どんな実習だ。それならやっぱり自分達で食べたい。ほんとほんと。でも楽は楽だよ、これで点数もらえるなら。と女子生徒専用の矢羽根で話し合っていると、山本先生がくるりと振り向く。

「そうね、それじゃ楽すぎるわよね。先生もそう思います」

 にこっと微笑まれて、矢羽根を交し合っていた生徒達がびくりと震える。うふふと微笑みながら、山本先生は再び黒板に向かう。



 三、『教師・事務員・その他学園外の男子に渡すことは禁じる』
 四、『男子生徒は四年生以上。三年生以下は認めない』




 次々に書かれていく概要に、なんだやっぱり楽じゃないかと女子生徒達が怪訝に思ったその時、山本先生のチョークが続けられる。



 五、『その礼として、対価になるものを貰ってくること』



 対価──?



 六、『対価は、物でも労働でもなんでも可。自分たちが思う『対価に見合うもの』を要求すること』



 物、労働?
 なるほどと、生徒達はおぼろげに実習内容を理解する。
 つまり、この菓子を押し付ける代わりになにか分捕ってくればいいのだ。
 そんなもの、男子生徒を呼び出して『殺されたくなかったらこれを受け取って、素直に金目のもん出しなさいよ』と脅迫すればいいだけの話だ。誰なら楽に奪えそうかと悪辣な顔つきでほくほくと生徒達が考え始めたその時、山本先生が一際大きな字で、衝撃的な文章を書き終えた。



 七、『脅迫は不可。あくまで相手から対価を貰えるように『お願い』すること。対価は正規の手段で交渉したものしか認められない』
 八、『後日、男子生徒本人から確認を取り、不正な行動があった場合は失格とする』




「はぁーーーーーーーーー!?」


 ばしん、と数人の女子生徒が、勢いよく机を叩いて立ち上がる。

「なななんですかそれ、私達に男子生徒に、し、下手に出ろと!?」
「無理ですよ、普段あれだけ川に突き落としたり吊るしたり煮たり焼いたりしてるのに!」
「私達見るだけで逃げる男子もいるんですよ!?」
「結果がよければなにをしてもいいのが忍者じゃないんですか!?」
「それに、絶対中になにか入ってるって思われますよ! 疑われますよ確実に!」


 立ち上がらなかった女子生徒達も、ざわざわと不安げにお互いの顔を見合わせる。
 お、『お願い』。男子生徒に、『お願い』。

 や り た く な い 。


「分かります、先生もね、くの一は恐れられて一人前だと思うから、あなた達のことは誇りに思います。ですが、これは試験なんです。先生も辛いのよ」

 ふう、と山本先生が頬に手を当てる。本当に申し訳なさそうにしながら、くるりと教室の女子生徒に視線を向ける。

「でもね皆さん。くの一の本質は、見た目と行動で惑わせて油断させることよ。恐れられていて、なおかつその上で油断させられたら一流なの。大体ね、」

 と、山本先生は一度鼻で軽く笑う。流し目の、妖艶で魅力的な微笑みで、


「思春期の単純な男子くらい騙せなくて、なにがくの一かしら?」


 その微笑みに、女子生徒は「うっ」と身を引く。本気だ。先生は本気なのだ。
 本気で、男子生徒に色香で金品をねだれと言っている。
 脅すなら十八番だが! ねだる! 男子生徒にねだる!

 出来る出来ないに関わらず、嫌 だ !

 衝撃を受けている女子生徒達にくるりとまた背を向けて、山本先生は再びチョークを握る。



 九、『対価は、男子生徒がすぐに用意出来ないものだった場合、一週間以内に回収すること』
 十、『期限は今日中とする。日付変更までに、渡した相手と対価(予定)を報告すること』




 書き終えて、山本先生はチョークを置く。
 絶句した様子の女子生徒達を見回して、

「一つだけヒントをあげましょう。『相手を選ぶこと』よ。そのために、渡せるのは男子生徒一人に対して一つだけと決めているの。あなた達より男子生徒の数のほうがずっと多いわ、頭を使いなさい」

 山本先生の言葉に、女子生徒達は眉をひそめる。相手を選ぶ。……お願いできるような相手を、だ。
 山本先生の意図に気づいて、なるほど、と一部の生徒達は頷き合う。この実習の本質は、『早いもの勝ち』だ。

 作戦を考える顔つきになった生徒達に、山本先生は満足そうに微笑む。途端鳴り響く授業終了の鐘の音。放課後の始まりだ。

「さあ、放課後から明日まで、時間はたっぷりあるわ。使えるものはなんでも使いなさい、可愛い私の生徒達」

『はいっ!』

 頷いて、女子生徒達は一斉に立ち上がる。手に手に菓子袋を握り締めて、戸から窓から天井裏にと、瞬く間に消えていく。



 善法寺先輩! 押しに弱いから強引に頼めばきっと行ける!

 五年の不破なら楽そうだけど、みんな同じこと考えてるだろうしなぁ。

 むしろ普段モテないやつのほうがいいんじゃないの、舞い上がるから。

 ちょっと涙でも見せてやればイチコロよ、男子なんてアホだもの。



 途端に無人になった教室で、山本先生はうんうんと嬉しそうに頷き、教卓から離れる。






 実習、開始。


誰に渡しに行きますか?