| 『鉢屋三郎』 | |
余裕がないことは分かっていたのに、どうしてあんなことしちゃったんだろう。 私は色の授業が苦手だ。苦手というより、致命的に向いていないという自信がすごくある。容姿に自信はこれっぽっちもないし、そもそもくの一志望としてよくないことだけど、お化粧とかにもあんまり興味がない。 だから今回の実習だって、本気で頑張らないと駄目だと分かっていたのに。 たぶん、見てしまったのがいけなかった。同年の男子か頼みやすい先輩を探して学園内を走り回っていたとき、ふと、今まではぜんぜん目に入らなかった医務室の裏の木陰が、すごく魅力的に見えたのだ。 昨日、数日後にある筆記試験の勉強のためにちょっと寝不足だったのもいけなかった。私は昼寝、特に外で寝るのが大好きで、いつもどこでなら気持ちよく眠れるかという視線で学園内を歩いている。男子を探しつつも、無意識にそれを頭に入れていたに違いない。 見た瞬間、思わず足を止めてしまった。今まで気づかなかったけれど、ここはもしかしてすごくいいお昼寝場所じゃないだろうか。そんな気がして仕方なかった。 ちょうどよい大きさの木。影の広さも申し分なくて、今の時間はすっぽり地面を覆っている。柔らかそうな草、乾いた地面。風通しのよい場所。 思わずしゃがみこんで、そわそわした気持ちで草を撫でてみた。思ったとおり、柔らかくて、とても気持ち良かった。 『お昼寝したい』 案の定、私はそう思った。けれど普段能天気に生きている(という自覚がある)私でも、さすがにこれはまずいと分かっていた。だって今は試験中、それも私の苦手な色の試験だ。今手の中にあるこのお菓子を誰かに渡して、それだけじゃなくてお礼になにかもらってこなくてはならないのだ。そんな大事な試験中に寝るとかありえない、いくら私でもありえない。 優先順位を今一度考える。……明らかに今は試験が大事だ。今一度考える意味もない、当たり前だ。 うんうん、と私は自分で出した答えに神妙に頷く。そう、私は試験中。昼寝ならこれが終わってから存分にすればいい。早く終わらせれば終わらせるほどに、お昼寝の時間も増えていくのだ。早く済ませればいい、そうしたら素敵な昼寝の時間が手に入る! よし、と気合を入れる。自分が昼寝の欲求と勝ったことにほっとして、私はその場から立ち上がる。そして心の中で『後でまたくるから待っててね』と木陰に向けて呟いて、そしてまた走り出した。 思うに、私はこの時、結構な時間悩んでいたのだ。 自分では一瞬の躊躇のつもりだったんだけど、私がそうしている間に、ほとんどの女子は行動を起こしていたから。 つまり。 私は完璧に出遅れてしまった。 「く、久々知!」 「ごめん、もうもらった!」 「竹谷ーー! 私を助けると思って!」 「悪い、今食ってる!」 「雷蔵…………え、図書室整理中? 部外者立ち入り禁止? そこをなんとか……ダメ?」 とにかく、全部が遅かった。あそこで迷っていなければ間に合ったかもしれないけど、見つけた男子ほぼすべてがもう誰かにもらっていて、私はお願いすることすらできなかった。ねだることは出来なくても、お願いすることは慣れているし、なんの躊躇もないのに! こうなったら仕方ない、誰でもいいから四年生以上の男子に手当たり次第にお願いしよう! ほとんど見境なくそう思って、私は廊下を勢いよく走り出す。とにかくお昼寝とかもうどうでもいい、実習単位のために男子生徒を探して走り回っていたら、 「わっ!?」 突然、走っていた私の目の前に人影が現れて、腰元に腕を回されて無理矢理に勢いを止められた。全速力で走っていたせいで前に倒れそうになるのを、強い力で支えられる。 「……あ、三郎」 私の勢いを止めた張本人、呆れたような視線で私を見下ろしてくるのは、間違いなく三郎だった。嫌な予感がする。 「……目の前にイノシシが突っ込んできたから捕獲してボタン鍋にしてやろうと思ったら、お前か」 だめだ、怒られる! 今までの経験からそれを悟る。 「ごめんなさい!」 ほとんど反射的に謝ると、三郎はとても嫌な笑みを浮かべた。目が笑ってない。 「いいか、『廊下は走るな』。一年生でも知ってる規則だ。分かるな?」 「か、顔が怖い、三郎、笑顔が怖い!」 「ちょっと来い、説教してやる」 「え、……えっ!?」 まずい、逃げよう。 走り出そうとすると、三郎は私の腰を抱えたそのまま、ひょいっと軽い動きで私を肩に担ぎ上げた。 「ま、待って三郎、私今忙しいの! 後で聞く、後で聞くからー!」 「うるさい。鍋にすんぞ、ウリ坊」 「な、ならせめて美味しく食べてください……!」 「……食うか、ばーか」 というわけで担ぎ上げられたまま移動させられ、近くの空き教室にぽいっと放り投げられた。 女子連中が殺気立っていたから、嫌な予感はしていた。またどうせ人騒がせな実習だろうとたかをくくっていたら、案の定六年のくのたまに「不破君これもらってくれない!?」となにかを押し付けられそうになった。雷蔵じゃねーって。 とりあえず話だけ聞いて把握してから、「すみません俺鉢屋なんで」と断ろうとしたら、「鉢屋君でもいいんだけど!」と迫られそうになったので、即座に逃げた。去り際に「ちっ、逃がした」と舌打ちが聞こえて、やれやれと思う。 それから、出来る限り女子のざわついた気配を避けながら学園内を探し回って、ようやくにを見つけた。 まだ誰にも渡していないことは分かったが、それでも明らかに焦った面持ちで誰かを必死に探している。それが不特定多数の男子なのか、そうではなくて目当ての男子がいるのかは知らないが。 とりあえず、そんなことさせてたまるか。 そんなわけで、空き教室で向かい合う私と三郎。冗談かと思ったらそうじゃなかった。私は本当にお説教を受けている。 「大体だな、お前は普段から注意力が足りないんだよ。どこででもぐーすか寝るわ、誰構わず懐くわ、食い物に餌付けされるわ。この間お前、大食い大会に出たいとか言ってたらしいな? 先月しんべヱと張り合って腹壊したのを覚えてないのかよ」 最初は一応ちゃんとした『廊下は走るな』に関係した話だったんだけど、それからどんどん違うことにまで逸れてきた。『いい機会だから全部言ってやろう』と思われたのかもしれない。 もちろんその間にも、時間は刻々と過ぎている。さすがに焦る。 「さ、三郎!」 意を決して遮ってみた。 「私語は却下だ」 身も蓋もない! 普段けっこう三郎に迷惑をかけているので多少のお説教は仕方ないかと思ったけれど、これ以上は時間を潰せない。時間があっても、私はこの手の実習が苦手だから。 「三郎、ごめん! 後で二倍聞くから、今は勘弁してくれない?」 「……なんで。用事でもあんのか」 「うん、その……大事な用事があって。だから、その後じゃ駄目?」 お願い、と頼むと、三郎は「ふうん」と私を半眼で見た。う、機嫌悪い。その視線に、私はちょっと怯みそうになる。 「なんだよ、用事って」 じろりと睨む三郎の言葉に、私はどう答えようかと戸惑った。 素直に『実習で、男子にお菓子渡してお礼になにかもらってこなくちゃいけない』と言えばいいのに、それを口にするのが少し嫌だ。きっと三郎は、そんなことも出来ないのか、とますます私に呆れるだろうから。 黙った私をどう思っているのか、三郎はただじっと私の顔を見ている。その視線から逃げたくて俯いたとき、ふと私は大切なことに気がついた。……三郎は、もう誰かにもらってるんだろうか。 顔を上げて、三郎を見る。三郎がなんだと視線で問うのにも答えられず、私の頭にさっきの考えがぐるぐる回る。 もし三郎が誰からももらってないなら、私のをもらってくれないだろうか。でも、三郎は目立つし結構モテるし、きっと誰かが見つけて渡してるだろう。三郎はちょっと捻くれて見えるけど、優しいから、本気で頼まれたらたぶん断らないと思う。 「……三郎」 「なんだ」 思わず名を呼んでしまうと、三郎は鋭い声で返す。いつもの余裕のある声じゃない、どこか固い響き。 「あのね」 意を決して、私は口を開く。隣に置いていた菓子袋を持ち上げる。 「あのね、三郎。これなんだけど」 一瞬視線を向けて、三郎は「ああ」と生返事みたいな声を上げる。 「三郎も、もらったでしょう? くの一教室の実習で、男子に渡してなにかお礼もらってこなくちゃいけなくて、それで」 言うのを躊躇して、けれど先を続けた。 「私、まだ終わってないの。色の試験苦手だし、それに期限が今日中で、だから、……実習が終わってからでもいい?」 言えた。そのことに少しだけほっとして、私から視線を逸らしている三郎の返事を待った。怒ってるのか、呆れてるのか、その無表情からは分からなくて、今度は不安になる。怒られるならまだいい。でも、失望されるのは嫌だった。 「……あてがあるのか」 やがて少しの沈黙の後に、三郎が言う。そう返ってくるとは思わず、私はきょとんとした。それから、首を横に振る。 「ううん。久々知とか竹谷に頼んだけど、もう駄目だったし……」 説明すると、三郎はちょっと嫌そうに私を見た。呆れてるのかと思って、私は慌てて言葉を付け足す。 「もらってくれそうな人探したんだけど、みんなもうもらってたから、だから……」 「」 ため息まじりに名を呼ばれて、私は反射的に口を閉じた。それから、三郎の顔を見返す。 「なに……?」 「俺はまだもらってない」 え? ぽかんとした。 「……ほんと?」 「嘘ついてどうする。物凄い勢いで押し付けられそうになったから、逃げてきた」 だからまだ誰からももらってない、と無感情に三郎が言う。 もらってない。……もらってない!? 「こ、これ!」 その意味をようやく理解して、私は咄嗟にお菓子を三郎に差し出した。 「私の、もらってください!」 叫ぶと、三郎は虚をつかれたような顔になった。差し出した私の菓子に視線を向けて、それから、……ぷっと噴き出して、少し楽しげな顔になる。けれど私はもう必死だ。三郎にずいっと迫る。 「もらってください! わ、私のでよかったら!」 「……そうか」 三郎は笑いながら、ひょいっと私の手から袋を取り上げた。あっ、と、軽くなった手に驚く。 「……い、いいの」 あっさり受け取ってくれたことが信じられなくてそう聞いてしまうと、三郎は軽く肩をすくめてみせた。 「他のやつはともかく、お前実習の点数悪そうだからな」 協力してやるよ、とからかうような言葉。でも私は、その言葉が優しさからくるものだって知っている。 「……あ」 ありがとう、と。言いかけて言葉が詰まった。 すとん、と。今まで胸にあった重いものがなくなって、身体が軽くなる。三郎がもらってくれた。そのことで、気が抜けそうなほどほっとした。 落ち着いてから、今度こそ、ちゃんとお礼を言う。 「……ありがとう、三郎」 「まだ早いだろ」 「え?」 聞き返すと、三郎はさっさと菓子袋をどこかにしまうと、「で」と私の顔を覗きこんだ。 「お前、礼になにをねだるんだ」 「…………はっ!」 そうだ! これからさらにお礼をもらわなきゃいけないんだ、と私は今更に思い出す。 「な、なんでもいいよ、使ってない小物とか」 「ねだるんだろ?」 「う」 「それが実習なんだろう?」 痛いところをぐさぐさ突かれて、私は頭を抱える。三郎、私がねだるなんて出来ないって知ってるくせに! 仕方ない。ねだるのはともかくお願いは出来る。ぱん、と両手を叩き合せて、三郎を拝んだ。 「なんでもいいから、いらないものください!」 「…………女らしくない。五点」 「そこをなんとか!」 「言っとくけど、千点満点でだ」 「思った以上に低いっ!」 どうすればいい。いっそ土下座……をするのは全然構わないんだけど、なんとなくますます女らしくないと言われる気がする。だからって色目を使うなんて出来るわけない。素直にお願いするしかない。 三郎を拝んでいた手を、膝の上に下ろす。ぐっと手を握り締めて、すぐ傍にある三郎の顔を見上げた。 「あのね、お菓子の対価になるものをもらってこいって言われてるの。だから三郎が釣り合いがとれると思うものでいいから、だから」 私を見下ろす三郎の瞳を、下から覗き込む。 「……お願い、三郎」 「………………」 しばしの沈黙の後、ぽん、と。いきなりに頭に手を乗せられて顔を下ろされた。「わっ」と思わず声を上げると、三郎は私の頭を軽く叩いたりぐりぐり撫でたりを繰り返す。 「ちょ、三郎……」 「……お前、ほんとに色気ないよな」 どこか楽しそうに言いながら、三郎はまだ私の頭をおもちゃにしてる。なんだか分からないけど機嫌が良さそうなので、私はちょっとほっとする。 三郎はひとしきり私の頭で遊び終えると、「じゃあ」と軽い口調で口を開いた。 「お前、明後日の休み、暇か?」 「え? ……うん、用事はないけど……」 「じゃあ出かけようぜ。市が立つはずだから、お前の好きなもん、礼として買ってやるよ」 「え!?」 思わぬ言葉に度肝を抜かれる。同時にどくんと鼓動が高鳴った。 「いいよ、そんな! ほんとにいらないものとかで構わないから!」 「ばか、勘違いすんな。今手持ちのもので、お前にやってもいいものがないんだよ」 言われて、ちょっとの間返事に困った。それから、それならと考え直す。 「分かった。じゃあ、私も三郎になにか買うから、それでいい?」 「……なに言ってんだお前、菓子の礼だろ」 「だから、私もそのお礼。……それでいい?」 それは譲れない。私の作った菓子なんかで、三郎にわざわざなにか買ってもらうなんて、嬉しいけど……申し訳ない。じっと三郎を見上げると、三郎はちょっと視線を逸らして、それから一つ嘆息した。 「分かった。じゃあ、明後日な」 「うんっ!」 すごく嬉しくて、はしゃぎそうになる。明後日が楽しみでわくわくする。 「……で、だ」 舞い上がってる私に、突然に三郎が声を低くした。びくっと身を縮めると、三郎はまたぽん、と私の頭に手を当てる。でも撫でるんじゃない、たぶん、逃がさないように。 「これで思い残すことはないだろ、」 「え、え、思い残すことって」 ずずずいっと近づく顔に、私は気圧されて軽く身を引く。三郎はさっき見せてくれたみたいな笑顔じゃなくて、じろりと私を睨んだ。 「説教の続き、するぞ」 結局私が解放されたのは、もうすぐ食堂が閉まるんじゃないかというくらい遅くまでだった。三郎の言うとおり思い残すことはなかったけれど、説教されたかったわけじゃない。しかも三郎の言うことはほとんど正論だから、耳が痛い。昔からよく私は三郎にお説教を受けてきたけど、先生とかに怒られるよりもよほど的確なので、三郎はよく人を見てるなぁとしみじみ思う。 まぁ今日はこれくらいで勘弁してやるか、と三郎はぐったり疲れた私の腕を掴んで立ち上がらせて、空き教室からまたぽいっと放り出す。 「じゃあな、。明後日、忘れるなよ」 長いお説教に疲労していた私は、別れ際の三郎の言葉でハッとした。そうだ。 「三郎、ありがとう」 「……なにが」 「さっき、まだ早いって言われたから、だから」 三郎は優しい。私はそれを知ってる。お説教もそうだけど、実習も、きっと私のことを心配してくれたんだ。昔から、ずっとそうだから。 私は三郎が優しいのを知ってる。だから、それを知ってるんだと、三郎に伝えたかった。 「ありがとう。……三郎は、優しいよね」 「……別に。お前見てると危なっかしいだけだ。てかお前、俺が言ったのちゃんと覚えてろよ。報酬の団子目当てに学園長先生のお使いなんて女らしくないこと、もうすんな。あとどこででも寝るのとなんでも食べる癖もやめろ」 「うっ」 急に矛先が変わって、私はそれ以上なにも言えなくなる。言葉に詰まった私に、三郎は小さく笑った。 「じゃあな、」 「ん、うん」 さっさと背を向ける三郎を、どこか後ろ髪引かれる思いで見送る。あんなに一緒にいたのに、別れるのが少し寂しい。 そして、明後日のことを思う。三郎と出かけるんだと思うと、その寂しい気持ちは薄まった。 なにを着ていこう。どこに行こう。なにを買ってもらおう。小さく踊る胸に微笑みながら、私も三郎に背を向けて長屋へと歩き出した。 ありがとう、なんて。 「……俺の一人勝ちなんだけどな」 先ほどのとのやりとりを思い出しながら、俺は小さく呟く。 一人勝ち。手作りの菓子だけならともかく、逢引の約束して、なにか買ってやる約束までして、しかもなにか買ってもらう約束だ。どれだけ俺に有利な取引だよ、明らかに天秤が釣り合っていない。 誰にも渡せないようにして、無理矢理俺に渡すように仕向けて。 三郎は優しいね、との声が頭に響く。 あいつはよくそう俺を評する。優しいね、と。 優しくなんかねーんだ。全部分かってて、弱みにつけこんでるだけなんだ。 けれど、と思う。 もしもが、優しい男が好きだと言うならば。 ずっと、そう誤解したままでいてほしい。 ※※※ 自分の部屋に戻ると、雷蔵だけでなく兵助と八左ヱ門までもが、わいわいと菓子を持ち寄って騒いでいた。 「お、三郎。お前もくのたまから菓子もらったのか?」 「ん? ……ああ、まあな」 兵助が聞く言葉を適当に流して、俺はさっさと自分の文机の上にからもらった菓子を置く。どこかぼうっとしている雷蔵の隣に腰を下ろしたとき、兵助の隣でばくばく菓子を食べていた八左ヱ門が、「なあなあ」と俺に視線を向けた。 「三郎、それ誰にもらったんだ?」 「教えない」 素直に言って、後々面倒なことになったら困る。答える気がないという意思表示にそこらに転がっている本を取り上げてぱらぱらめくり始めると、「ええー」と不満げな兵助と八左ヱ門の声が響いた。 「なんでだよ、教えるくらい別にいいじゃん」 「教えねえって」 俺の言葉に、「あ、もしかして」と兵助がなにかを思いついた顔になる。 「三郎、年上好きだからな。ほら、六年生に胸大きくて美人で男を見下した態度の先輩いたじゃん、あの人とかじゃないの」 「黙れ兵助。お前なんて味噌汁の具になれ」 「え、なに!? なんでいきなりそんな冷たい声になってるの!?」 事実と真逆だからだよ。 「ほほう、怪しいなー。これは図星ってやつじゃないのか」 「そうかもしれないなぁ。なあ三郎、あの先輩なんだろ?」 「言わねーって」 「ちぇ、つまんねえ。じゃあさ三郎、なにあげたんだよ」 そろそろ面倒になってきた。そわそわきらきらした乙女みたいな瞳で俺を見上げてくる兵助と八左ヱ門に、棒読みで答えた。 「俺の愛」 一瞬、白けた空気が部屋を流れた。 「三郎、それ面白くないよ」 「さすがに笑えない」 駄目出しかよ。とりあえず無視していると、二人は「ちぇ」と残念そうな様子になる。 「三郎決めたら折れないからな、つまんないの」 「つまんないの」 八左ヱ門と兵助は、なー、とまるで双子みたいに息の合った動きで顔を見合わせてから、それでこれどうする味の感想とか言ったほうがいいのかな、とかまた二人で菓子について騒ぎ出す。 と、それまで無言だった雷蔵がすっと俺に近づく。そして、小声で一言。 「ちゃんだよね」 さすがに身体の動きを止めた。 「なんで分かる」 「それに、すごい好条件でしょう」 「なんでそこまで分かる」 もしや誰かに聞いたかそれとも見ていたのかと顔をしかめて問うと、雷蔵は少し楽しげな瞳で微笑んだ。 そして、あっさりと、俺が隠していたことを見破る。 「三郎、すごく機嫌が良いからだよ」 …………まーな。 終 |