食満留三郎夢
一話『傍にいるのが当たり前で』





 今日の放課後、用具委員は用具倉庫の前に集合。

 委員長である食満留三郎が自身の決めた集合時間に大幅に遅れたのには、一応の理由があった。
 長引いた山での実習を終わらせてようやく学園に帰ってきた頃には、とっくに放課後になっていたせいだ。ただの委員ならば遅刻だけで済んだのだろうが、留三郎は委員長だ。自分が顔を出さねば委員は動けない。
 きっと全員待ちくたびれているだろうなと、少しばかり申し訳ない気分で集合場所へと急ぐ。
 見慣れた用具倉庫、その前にこれまた複数の見慣れた人影を見つけて、留三郎は「遅れて悪かった」と声をかけようとして──言葉を飲み込む。目の前に広がった不可解な場景に、逆に足を止めてしまった。

 まず、用具委員のくのたま、が草の上に座っている。
 左膝を立てて机代わりにして、その上で備品管理表らしき紙束に一枚一枚目を通して不備がないか調べている。おそらく、留三郎が来る前にと出来ることを処理していたのだろう。
 ここまではいい。理解不能なのは、その後だった。
 黙々と書類整理をしているの決して大柄ではない、どちらかといえば小柄な背中と両腕に、三人の忍たまが肩を寄せ合うようにして背を預けている。
 しんべヱ、喜三太、そして平太の三人。しんべヱと喜三太はすでにすやすやと眠っていて、平太は空を見上げてぼーーっとしている。
 そして最後の用具委員、作兵衛などは、の投げ出された右足を枕にして、ぐうぐうと大の字で爆睡している。
 それだけの後輩達の重みを受けても全く意に介さず仕事をしているだが、団子になっている用具委員も用具委員だ。一体なにしてるんだこいつらはと嘆息しつつ、留三郎は足を進める。
 一番初めに気配に気づいたのは、当たり前だが覚醒していただった。
「食満」
 随分遅かったねと首を傾げつつ、は備品管理表を片付け始める。
「ああ、待たせて悪かったな。……で、お前達はなにをやってるんだ」
「なにって……食満を待ってたんだけど……」
 は不思議そうな表情をするが、その感情は俺のものだと留三郎は思う。
「あ、食満先輩、いらっしゃったんですねー……」
 二人の声でやっと気づいたのか、平太が身を起こして、ぼんやりとした目を向けてくる。
「ふあーーー、まだ眠いよう……。あ、食満先輩だー」
「ほんとだー、おはようございます、食満先輩ー」
 平太に続いて、喜三太としんべヱも次々に目を覚ます。うーんと伸びをしながら身を起こしてから離れていく後輩達の中で、未だ豪快に眠り続ける委員が一人いる。作兵衛だ。
 の右足、多分一番枕に適しているだろう太股部分に頭を乗せて、幸せそうな顔でくーかー寝息を立てている。その脳天気な寝顔に少しムカッとくる。大体、忍びとして外部の様子に全く気づかないのはどうなんだ。
「……作兵衛」
 低い声で呼びかけても、まったく気づかず。
「ほら作兵衛、食満来たよ?」
 見かねて、が声をかける。両手で管理表を掴んでいるからか、枕にされている自分の右足を軽く揺らして、作兵衛の覚醒を促す。……なんかまたムカっとした。
「ふああーー、よく寝た…………ん?」
 さすがに目を覚まし、作兵衛は欠伸をしながら起き上がる。と、視界に留三郎を見つけて、一気に顔を硬直させた。
「けけけけけけけ食満先輩っっっ!」
「……遅い目覚めだな、作兵衛」
「ぎゃーーーーーーー!」
 作兵衛はその場で飛び上がると、飛び上がったと同じ勢いで思い切り土下座した。さすがに留三郎もぎょっとする。
「大変申し訳ありませんでした食満委員長」
 声がすでに死人のそれだ。
「え、なになに、富松先輩なに悪いことしたの?」
「さあ……? 一緒にお昼寝してただけなのにねぇ」
「……食満先輩も入れてあげなかったからなのかなぁ……?」
 ねー? と不思議そうに会話をする一年生達はとりあえず放置して、留三郎は作兵衛に近づく。気配が近づいたことに気づいているのだろう、びくびくびくと土下座したまま作兵衛が身を震わせた。そして、絞り出されるような声が。
「食満委員長、どうか、どうか故郷の両親ばかりはお咎めの無きように……!」
「……一体なにを言ってるんだお前は」
 呆れて、留三郎は作兵衛の首根っこを掴んでその身体を起こす。憔悴しきったように真っ青な作兵衛の表情が、また不気味だ。
「俺を鬼かなんかだと思ってるのか。別に怒っちゃいないから、さっさと立て」
 無理矢理作兵衛を立たせた横で、も備品管理表を纏め終えて立ち上がっている。先ほどの作兵衛とのやりとりをほとんど意に介していないあたり、変な奴だ。
「おい
「なに、食満。……あ、ちゃんとみんなに謝ったほうがいいよ、遅刻したこと」
「あ、ああ。すまんな、実習が長引いて……」
 慌てて謝ってから、いや違う、と思い直す。
「いえいえーおかげでお昼寝できましたしー」
「ぽかぽかで気持ちよかったですしー……」
 一年生の言葉に、ああそれだ、と仕切り直す。
「というかだな。お前達、なんで昼寝なんかしてたんだ?」
「さぁ……なんでって……なんでだっけ……?」
 はにゃー? と首を傾けて、喜三太が思い出すように視線を空に向ける。平太が、その隣で薄暗く笑顔を作って、どんよりと答えた。
「やることがなくて暇だったからー……、お昼寝しちゃおうってしんべヱがー……」
 そうではなく、なんであんなに団子になってたのかを聞きたいんだが。
「いや、そうじゃなくてだな──」
「ごめんなさい食満先輩。次は先輩も一緒にお昼寝しましょうね!」
「みんなでお昼寝したら、きっともっと気持ちいいですよ!」
 うきうきと誘う一年生に、留三郎は追求を諦めた。なんというかもう、そろそろ面倒くさくなってきた。
「いや、もういい。……じゃあ、始めるぞ。遅刻して悪いが、飯の時間までに終わらせないとならんからな。少し急いでくれ」
『はーいっ』
 さっさと話を切り上げて、留三郎は用具倉庫の鍵を開け、委員達に指示を出す。自分で言った通りあまり時間が無いのだから、くだらないことに構っていても仕方ない。
と一年は在庫確認だ。最近数が合わないから徹底的にやれと吉野先生からのお達しだ、あまりに在庫が狂っているところがあったら報告してくれ」
「分かりました」
「はーいっ」
 に記録用紙を手渡すと、入れ替わりに「じゃあ食満、これ」と先ほど整理していた書類を手渡してくれる。いつもながら几帳面に纏め上げられている書類を受け取って、「ああ。助かった、ありがとう」と礼を言う。は一つ頷くだけでこちらの礼に応えると、一年生達に向き直って記録用紙を配り、どこから在庫確認をするのか一人一人に采配を取り始めた。
 はなにを考えているのかよく分からないところがあるが、それでも根が真面目で仕事をきちんとこなすのが長所だった。正直なところマイペース過ぎる下級生が多い用具委員の中で、の存在は有り難い。一年生達は、に任せておけば問題ないだろう。
「じゃあ、俺と作兵衛は今日の分の武具の手入れを…………なにしてるんだ、お前」
 振り向いて作兵衛に視線を向けた途端、留三郎は顔を引きつらせた。作兵衛は「けけけけけけま委員長とふたりきりいいいい」と、か細い声で震えている。……ああ、本当に面倒くさい。
「作兵衛、お前な……」
「食満委員長、やっぱりさっきのこと怒ってたんですね……! 俺、二人きりになったら改めて叱られるんだ……! ああ先輩、せめて折檻は素手でお願いします、武具は勘弁してください……!」
「いい加減にしろよ、作兵衛。昼寝したくらいで誰がそんなに怒るんだ。大体、今は遊んでる場合じゃ──」
「ででででも俺、膝枕以外のなにもしてもらってないですから! いかがわしいことはなにも! 誓いますから!」
 膝枕という単語に三度目、ムカっときたが、ここで怒ったらそれこそ負けだと思い直す。そもそも作兵衛はなにを怯えているのか、そこからしてよく分からない。
「ああ……俺、死ぬのかな……。ですが、ですが食満先輩、ならば一年生のアイツらも同罪かと! どうか俺だけを極刑だなんて無慈悲なことはー!」
「おい、!」
 思わず救いを求める声を上げた。が立ち上がり、こちらに近づいてくる。「ぎゃー! 先輩から言質をとるつもりですか食満先輩ー!」とやはりわけのわからないことを言っている作兵衛を無視して、に向き直る。は一人で騒いでいる作兵衛を見て、きょとんとした。
「……作兵衛、なんか顔が面白いことになってるけど、どうしたの」
「俺にもよく分からんが、どうも俺と一緒にいるとこうなるらしい。、作兵衛と代わってくれ」
「うん、いいよ。……ねぇ作兵衛、面白い顔やめて、在庫確認してきて。ほらこれ炭と管理表。一年生にちゃんと指示出してあげてね」
「ああ先輩……違うんです、俺はただ昼寝がしたかっただけで……」
「はい、行ってきてね」
 にすら釈明しだした作兵衛をさらりと流して、はぽんとその背を叩く。ともあれ留三郎から離れられるということで落ち着いたのか、作兵衛は案外素直に一年生の元に駆け寄って行った。しばらく見ていたが、仕事もとりあえずこなしている。
「……なんなんだあいつ」
 普段から妄想著しい後輩だが、今日のそれは酷すぎる。
「食満のことが怖いんじゃないかな」
「だから、なんでだ」
 問うと、はあっさりと首を傾ける。
「……まぁ、いいか。それじゃはそっちの棚を頼む」
「うん、分かった」
 頷き、は指示された棚の前にすぐに座り込んで、武具の手入れを始めた。の、物静かで不平不満をほとんど言わず、黙々と作業に集中出来る性格は昔からだ。決して派手ではなくどちらかと言えば目立たないのだが、傍にいると妙に居心地がいいというか安心するというか、そんな雰囲気を持つのも、昔から変わっていない。
(まぁ、あいつらがにくっついてたのも分からないでもないがな)
 と同じく武具の手入れを始めながら、留三郎はそう思う。長い付き合いだから知っていることでもあるが、は後輩にも同輩にも好かれやすかった。それも優しいからとか成績優秀だからとかいうのとは少し違い、落ち着くから、という理由でだ。きっと後輩達は、そんなの雰囲気に惹かれているのだろう。それにしても、あんな団子状態にならなくてもいいだろうと思いはするが。
 は、丁寧に手裏剣を磨いている。用具倉庫の中は後輩達のぱたぱたと走り回る音で程々にざわめいていたが、それでもの回りだけ空気が違っているかのように、静かな雰囲気が漂っている。
 そう、つまり、傍にいれば落ち着くような──

 ふと。留三郎は唐突に昔のことを思い出した。
 あれはいつだったか。正確には覚えていないが、少なくとも下級生の頃だったのは間違いない。
 あの頃はまだ幼かったから、くのたま達との交流も比較的多かった。今みたいに委員会でもなければ会わないような、そんな遠い距離感ではなく、他愛もない遊びをしたこともあったし、喧嘩もした。
 そんな頃、なにかで共に過ごすことになった時に、が言ったのだ。『次の学期でなんの委員に入ろうか悩んでいる』と。
 それは多分、にとっては世間話の一つのつもりだったのだろう。けれどすでに用具委員に所属していた留三郎は、そのの言葉を聞いて、考えるよりも先に口にしていた。
『じゃあ、用具委員に入れよ』
 がきょとんとして『留三郎、用具委員だよね。楽しい?』と聞く言葉に、留三郎は『いや』と首を横に振り、心からの本音を口にした。
『お前がいると、俺が楽になる』
 は相変わらずきょとんとして、なにを言われたか分かっていない様子だった。留三郎としては、黙々と仕事をこなすがいれば用具委員の仕事も少しは楽になりそうだという、それだけの思惑だったのだが。
『それに、お前がいるとなんか落ち着くからな。だから、俺の隣にいろよ』
 他意は無い。ただ本当に、自分の本音を口にしただけだった。がいれば仕事が楽になるから。がいれば落ち着くから。ただそれだけ。
 は最後まできょとんとしていたが、結局小さく頷いた。
『分かった。じゃあ、用具委員に入る』


 ……ちょっと待て。

 そこまでようやく思い出して、留三郎は猛烈に焦った。バクバクと心臓が強く鳴り、頭に血が昇っていくのを感じる。
 実際、は約束通りに次の学期から用具委員に入ってきた。それから最終学年のこの年になるまで、留三郎も、そして自身もずっと用具委員のままだ。
 おいおいおいおいちょっと待て。
 物凄い勢いで、留三郎の脳裏に昔の自分がを誘った言葉が繰り返される。『俺が楽になる』はまだいい。自分がその場にいたら殴ってしまいそうな生意気なガキだが、それはまだいい。だがその次はなんだ。

『お前がいるとなんか落ち着くからな。だから、俺の隣にいろよ』

 それはなんだ、婚姻の申し込みかなにかか!!
 叫びだしたいほど猛烈な羞恥で、全身に冷や汗がどっと出る。どう聞いても愛の告白だ。だが無論、あの時の留三郎にそんな意図は全くなかった。もしくは全く気づいていなかった。ただ純粋にそう思ったから、それだけなのだが、『それだけ』の内容だけで十分に決定打だった。
 慌てての様子を確認したい思いに駆られたが、正直なところ怖くて振り返れない思いのほうが強い。それにしても、あの言葉になんとも思わず素直に委員会に入ってくれたに今更ながら驚いた。それともあの時はだって幼かったから、深く考えていなかっただけだろうか。ぜひそうあってほしい。
 もはや用具の手入れなど出来る状態ではなくなっていた。今更そんなことを思い出しても仕方ないのだが、思い出してしまうとどうしても意識してしまう。昔の自分がに告白ともとれる言葉を伝えていたことが嫌なのではなく、そんな大事なことを物凄く適当に物凄く考えなしに物凄く無意識に言ってしまっていた昔の自分が途方もなく恥ずかしい。
 で、実際どうなんだ、ともう一人の自分が尋ねる。あの頃の自分は、に惚れていたのだろうか。
 ……分からない。口にしたことは間違いなく本音だったが、それが男女間の好意だったのかどうかは、今となっては分からない。だけどおそらくは、単にのことを気に入っていた、程度だったのだと思う。
 では、今は。
 背中を流れていく冷や汗に、小さく息を吐く。
 今は、今……は。

「……食満?」
「っ!」
 心臓が爆発したかと思った。いつのまにか隣に座っていたが、留三郎の顔を覗き込んでいる。慌てて、赤くなっているはずの顔を背けた。
「な、なにか用か」
「ううん、ただ様子が変だったから」
 体調でも悪いの? とが心配そうに聞いてくる。い、いや……と曖昧に否定してから、留三郎はちらりとに視線を向けた。
 の黒い瞳が、留三郎のすぐ近くにある。肩にかかる髪と、少し表情の読みにくいおとなしい顔と、自身がそう望んだ、落ち着ける静かな雰囲気を纏って。今だけじゃない、これまでだって、いつだってすぐ近くにいた。それにすっかり慣れていた。だから俺はいつの間にかこんなにも鈍感になったのかと、留三郎は自分自身を憎々しげにすら思う。

「なに?」
「昔のことを、聞いてもいいか」
 まだ自分の顔が赤いだろうことを理解していて、それでもなお留三郎はに向き直った。は留三郎の様子を不思議そうにしながらも、「いいよ」と頷く。
「あのな、お前──、その。どうして用具委員に入ったのか、覚えてるか」
「私が?」
「あぁ。お前がだ」
 正直どういう答えを望んでいるのか、自分にだって分からなかった。けれども確認だけはしなくてはと、留三郎はの答えを待つ。
 は即答せずにしばらく静かに留三郎を見つめていたが、やがて考えるように宙に視線を向けた。そしてもう一度留三郎に視線を戻し、
 そして──小さく微笑んだ。
 その微笑みに、あまり見せることのないの微笑みに、留三郎の鼓動は跳ね上がる。
 はけれどその微笑みをすぐに消すと、二度瞬きをして、首を横に振った。
「覚えてない。……けど、それがどうかした?」
「……覚えてないか」
「うん」
 あっさりとした答えに、留三郎は安堵と共に消失感を感じて、複雑な気分になる。けれどホッとしたのも事実だった。もし『覚えてるよ。で、食満はいつ責任取ってくれるの?』などと言われたらもう、俺は……俺は、
(……もしかしたら嬉しいかもしれん)
 本気か俺。
 もう自分がどうしたいのか、分からない。いろいろな感情が入り交じる胸中にため息を吐き、留三郎はまだこちらを窺っているに「悪かったな。もういいぞ」と声をかけた。はそれ以上追求せず、静かに自分の持ち場に戻り、仕事を再開させる。
 もう一度嘆息して、留三郎もようやくまた作業を始める。武具の点検をしながら、とりあえず自分の心に一つの結論だけは導き出す。

 俺は、多分が好きだ。

 多分としか言えないのが情けないが、今まで本当にあまりに近くにいたせいで、その境界が友人としての親愛の情なのか男女としてのそれなのかが曖昧になっている。けれど多分……多分だが、きっと間違いない。
 幸いにもはあの言葉を忘れているようだから、仕切り直すことは可能だろう。は本当に感情が読めない女だが、それでも嫌われていると感じたことは一度もない。無論好かれていると思ったこともないが、それならばまだ望みがないわけじゃないのだから、二人きりになったときにでも思い切って──
 ふとその時、自分が考えていることがなにを意味するかに気づいて、留三郎は身体の動きを止めた。
 なにが『多分』だ、アホか俺は。
 どう考えても決定的だ。

 ──俺は、が好きだ。




 珍しくころころと表情を変えている留三郎のすぐ近くで、はその顔をじっと見つめていた。いつもならば視線や気配に敏感なのに、なにを考え込んでいるのか全くそれに気づいていない留三郎を、静かに眺め続ける。
 けれどやがては留三郎から視線を逸らすと、また黙々と武具の手入れをし始めた。夕方の赤い日光が差し込む用具倉庫。けれどその朱色とは別の、うっすらとした赤みがの頬に差しているのに、気づいたものは誰もおらず。
 ほんとはおぼえてるよ、と微かに呟いた、の声も誰にも届かず。

 
 想いの自覚と再確認は、まだ始まったばかり。






































「ねえねえ富松先輩。どうしてさっき、あんなに食満先輩を怖がってたんですかー?」
 作兵衛がまだビクビクと在庫確認をしている横で、脳天気な喜三太の声が疑問を投げかける。慌てて「ばか、声を抑えろ」と唇に人差し指を立てて、作兵衛は用具倉庫の端で手入れをしている留三郎の様子を窺いながら、こそこそと身を縮める。
「僕も聞きたいですー……富松先輩ー……」
「えー? あれって、単に富松先輩の被害妄想じゃないんですか?」
 ぱたぱたと近づいてくる同じく脳天気な平太としんべヱをキッと睨み付け、作兵衛は出来る限りの小声で、後輩三人を叱りつける。
「アホかお前ら、いいか、俺が妄想過多なのは認めるが、違うんだよ! 今回のは洒落になんねーんだ!」
「なにがです?」
「お昼寝してただけなのにー……」
「おおおおお前ら、本当に気づかないのかよ。いいか、よく聞けよ……食満先輩はな」
 耳を貸せ、と手招きをする作兵衛に、一年生三人は円陣を組むように集まって、片耳を向けた。作兵衛は慎重に、耳打ちする。

先輩のことになると、本当に鬼になるんだよ……!!」

「……ほえ?」
「まっさかー」
「そうですかねぇ……?」

「お前達はまだ一年だから分からないんだ! いいか、俺が昔足をくじいて先輩に背負ってもらった時なんかな、背負われてる俺を見て、食満先輩がものすごーくものすごーく冷たい目で睨んでたんだぞ! しかも『富松は俺が背負うから貸せ』って先輩から離されて! 食満先輩はちゃんと俺を背負ってはくれたけど、ものすごーくものすごーく冷たい声で『今度からは俺に言え、に頼むな』って脅したんだ! あの時の声、俺には死刑宣告に聞こえたね……!」

「……明らかに考えすぎじゃないですか」
「聞き違いとかー見間違いとかー誤解とかー」

「ちげーよ! さっきだってな、食満先輩が俺を見る目に悪鬼が乗り移ってた! 明らかに膝枕してもらった俺にムカっときてた! 俺殺される! 食満委員長に殺される!」

「ていうか先輩、そんなに心配なら膝枕なんかしてもらわなきゃよかったのにー」
「すごく……気持ちよさそうに寝てましたよねー……」

「ちょっとくらいなら大丈夫かなって思ったんだよー! ああ、俺は、俺は一体どうしたら……!」

 再びあーとかうーとか頭を抱えている作兵衛に、一年生三人は顔を見合わせて首を傾げる。

「やっぱり考えすぎだと思うけど」
「でも食満先輩と先輩、仲いいよねー。よく二人でいるし」
「なら試してみればいいんじゃない? 僕たち三人で先輩にくっついてみたら──」
「ああ……、それで食満先輩が怒るかどうか、確かめて……」
「あああああアホかお前ら、そんなことしてみろ、俺たち全員串刺しだぞ!」
「やってみなきゃ分かんないですよ、富松先輩」
「やんなくても分かるんだよ! おおおおお前らやめとけって、マジ死ぬぞ!」
「そんなわけないですって。んじゃ、行こっか」
「おー!」
「おー……!」
「だからやめろってアホ、この、どアホーーーー!」

 やろうやろうと騒ぐ一年生三人と、必死で止める三年生一人。
 結局騒がしすぎて「なにやってんだお前ら」と留三郎に気づかれ、作戦失敗。
 次の機会を待つと心に誓う一年生三人と、「もうやめろー! これ以上の犠牲は出したくないんだよー!」とむせび泣く三年生一人。


 用具委員達の作戦の結果は、いかに。




















 終

 →二話『炎天下』前編