綾部喜八郎夢
三話『好きだと一言』前編



「あ」

 休日の昼間。なんとなくぶらぶらと学園内の覆い茂った木々の中を歩いていたら、突然に見知った相手に出くわした。
 綾部喜八郎。向こうもこちらに気づいたのか、顔を上げて視線を向けてくる。

 ぽつりと名を呼ばれて、こちらも「綾部」と片手を上げる。
、散歩?」
「そんなとこかな。綾部はこんなところでなにし……ああ、穴掘ってるのね……」
 疑問を言い終える前に理解出来て、嘆息する。実際のところ綾部は木の下に腰かけていただけだったけれど、どうせ『あそこに掘ろういやここに掘ろういっそどっちにも掘ろう』とかそういうことを考えてるんだろう。別に直接掘ってるのと大差ない。
「……掘ってないけど」
「うん、まぁね、今は掘ってないけどね……」
 でもきっと大差ない。綾部は学園屈指のモグラ男だ。穴を掘らないと呼吸が出来ないのだ。私はそういう認識でいる。
「ねぇ、。なんでこっち来ないの?」
「ん……」
 綾部の姿を見つけてから一歩も動いていないのが分かったのか、綾部が首を傾げる。なにを分かり切ったことを、と私は半眼になりつつ、答える。
「綾部の姿を見たら、とりあえず周囲に三十個は穴があると思って警戒してるから」
 すると、もしかして誇らしいのか、綾部が微かに笑った。誇るところじゃないのに!
「心配しなくても、ここら辺には掘ってないよ」
「ほんと? あんたいっつも私のこと落とすじゃない」
 それはもう、うんざりするほどだ。綾部は私の落ちっぷりが気に入ってるらしく、私だけ狙って落とすようなことすらする。正直物凄く迷惑だけど、綾部は幾度言っても止めようとしないので、最近はほとんど諦めている。けれど、落ちなくていい穴に落ちることはない。綾部を見たら警戒するのは当然だ。
「確かに、はよく落ちてくれるけどね。……でも、嘘は吐かないよ。この辺りには掘ってない」
 断言する口調で、綾部は言う。確かに、思い返してみれば、綾部は私に嘘を吐いたことは一度もない。
「うん……そうだね」
 なので信じて、足を踏み出す。ここでもし穴があって綾部がいつもの棒読みで「だーいせーこー」などと言うことがあったら本気でキレようと思っていたけど、実際綾部の元にたどり着くまで、なにも起こらなかった。
「……ほんとだ」
「座る?」
 綾部が隣を視線で指すので、素直にそこに腰掛ける。
 ここは実習なんかによく使われる木立で、鬱蒼と木が覆い茂っていて、あまり見通しはよくない。今は昼間だから明るいけど、それでも休日にはそれこそ自主トレとか、今の私のように散歩くらいにしか使われない場所だ。
「ねぇ。綾部はここでなにしてるの?」
「ん……、別に。暇だったから」
「ぶらぶらしてるの?」
「うん」
 短く答えて、綾部は空を見上げている。木の下で、ただぼうっと。
 なんとなく、私もそれに倣う。どちらにせよ暇だったのは事実だし、……実のところ、穴云々は別にして、綾部といるのは嫌いじゃなかった。『に身動き取れないようにしてほしいから』とか『穴に落とすのが好きだから』とか理解出来ない理由で穴に落とされまくってても、なにを考えているのかさっぱり分からなくても、なんとなく、綾部と一緒にいるのは落ち着く。……勿論穴のことは抜きで。
 綾部は綾部で、この男にしか分からない理由……穴云々……で私を気に入ってるらしいし、私と綾部は一緒にいることが多かった。勿論これも大抵、穴云々……が原因であることが多いけど。
は、休日はいつも本を読んでるんだと思ってた」
 ぽつりと突然の言葉に、私はちらりと隣の綾部に視線を向ける。そう、私は自他共に認める本の虫だ。図書室前でもしょっちゅう綾部の穴に落とされるから、綾部もそれをよく知ってる。
「うん、大抵はそうなんだけど。もう借りたの全部読んじゃってね、暇だったの」
「また借りてくればいいのに」
「今、図書室整理中で入れないの」
「ふーん……」
 呟いたきり、綾部はそれ以上なにも言わない。会話が繋がらない。なんせモグラ男と本の虫だ、共通する会話がほとんどない。
「……ねぇ、
「ん?」
「あれ、ウスバカゲロウ」
「あーほんとだねー……で、それがなに?」
「別に、なにも」
「そっか。……綾部、ほらあれ、変な雲」
「……うん、変だね」
 ああ、なんだろう、これ……。
 あまりに中身のない会話に、さすがに自分でもアホかと思う。けれど別に綾部といるのが気まずいとかじゃなくて、こう、だらっとした空気がむしろ心地良くて、それがちょっと不思議だった。
 綾部は、本当になにを考えてるんだかさっぱり分からない男だけど、やっぱり私はこいつが嫌いじゃないんだなと今一度思う。
 うん、嫌いじゃない。好きかどうかは分からないけど、嫌いじゃない。てか、こんなわけの分からない男を好きになったら後が大変だ。……でも、それはそれで楽しいかも。いやいや、落ち着け私。
 よく分からない展開を繰り広げている脳内に、私は軽く悩む。
 もしかして私は、ほんとに綾部が好きなんだろうか。いや、別にこうして隣にいても、胸が高鳴ったりしないし、好きになって欲しいともそんなに思わない。もちろん、嫌われるのは嫌だけど。
 ──まぁ、つまり嫌いじゃないということなんだ。納得が行って、私はほっと息を吐いた。そもそも悩むようなことでもなかった気もするけれど。
「ねぇ、
「なに?」
 丁度良く綾部が声をかけたので、私はつまらなく展開していた考えを折りたたんで頭の隅に寄せた。綾部は相変わらず、ぼうっと空を見上げている。好きだのなんだの一人で考えるよりは、まだ綾部と中身のない話をしていたほうがマシだ。
、これから暇なの?」
「うん、暇」
 綾部の問う言葉に、私も空を見上げながら、頷く。
「予定もないの?」
「うん、別にない」
「ほんとに?」
「うん」
「じゃあ、抱かせてくれない?」
「ん、…………え?」
 かくん、と頭を揺さぶられたような衝撃が走った。
 もう一度、今聞いた言葉を繰り返してみる。抱かせてくれないかと、綾部は言った。
 ──なに、それ。
「……今、なんて言ったの、綾部」
 もたれていた木の幹から起き上がり、恐る恐る、隣の綾部を覗き込む。綾部は見上げていた空から、私へと視線を移した。
「っ……」
 別に睨まれたわけでもなんでもないのに、視線を受けて思わず身を固くした。綾部はほとんどいつも通りで、怯んでいる私に向けて、淡々と繰り返す。
「抱かせてくれない? って聞いた」
「……なに、いきなり」
 綾部があまりにもいつも通りに見えたから、私は言葉の意味を間違えて覚えていたんだろうかとさえ思った。抱く。抱かせる。抱かれる。
「それ……そのままの意味で言ってるの?」
「うん。と寝たい」
 ぐっと、心臓を一度掴まれたみたいに鼓動が早くなる。頭に血が昇っていく。なにを、綾部がなにを言ってるか、まだ本当の意味で理解出来ない。
「……?」
 触れられてもいないのに、綾部の視線だけで身が竦んだ。
 綾部は私をからかっているのだろうか。そんな冗談を言う男だとは思わない。でも本気でそんなことを言う男にはもっと思えない。
「なに、言ってるの」
 呆然と口から滑り落ちた言葉に、綾部が無表情のまま私に身を寄せる。咄嗟に身を引きそうになるのを、綾部の手が私のそれを掴んで引き止めた。私の瞳を覗き込むように顔を近づける。
「……嫌?」
 嫌、とか。そういう問題じゃないのに。私を覗き込んでくる綾部の瞳は、とても嘘を言っているように思えない。本気? ならばなぜ、いま、どうして。
 掴まれている腕が少し強くて、私の鼓動の高鳴りはどんどん強くなっていく。
「なんで……そんなこと、言うの」
 私の声は、自分でも分かるほどに震えていた。綾部は一つ瞬きをして、ほんの少し考えるように沈黙を置いた後、小さく答えた。
「焦ってるから」
 ……焦ってる? その言葉の真意がまた分からなくて、私は戸惑う。怯んでいる私に気づいたのか、綾部は私から少し身を引いてくれたけど、手は離してくれなかった。どくどくと心臓の音を聞きながら、私は考える。綾部がなにを思ってるのか。
 焦ってる。単純に考えれば、それは同級生がみんな経験しているからとか、そういう意味なのだろうけど、綾部がそんなことを気にするなんて思えない。
「……綾部、そんなこと、気になるの」
「うん、気になる」
「早くしなきゃって……?」
「そう」
 綾部は世間体なんて気にしないだろうと思っていたのに。そこまできっぱり言い切られてしまったら、私はそれ以上なにも言えなくなる。
 軽く頬に手を触れられて、小さく震える。普段ならはさほど気にしない距離でも、今は混乱するだけだった。身を引こうとする私を追いかけるように、綾部が顔を寄せてくる。
は、嫌?」
 綾部の瞳が、近くにある。いつも見ているそれとは違う気がして、私は初めて綾部に対して恐怖を感じる。揺らめくような瞳。こちらを捕食する獣に似た気配。男の、それ。
 身が竦む。目の前にいるのが綾部だとは信じられない。けれど綾部に違いない。……なら、どうして綾部はそんなことを言うのだろう。
「なんで……私なの。私が、暇そうにしてたから? 誰でもいいのに?」
 私の言葉に、すうっと綾部の気配が冷えていく。ぞくりとする。怒気ではないけれど、それに近いなにか。気配とは別に、綾部は相変わらずなにを考えているか分からない顔で、小さく首を横に振る。
「違う。……僕はがいい」
 それは、私の機嫌を取るための言葉なのだろうか。どうせ寝るなら私がいいと。それはある部分では嬉しい言葉で、そして、とても悲しい言葉だった。
 綾部にとって、私はそんな暇つぶし程度の相手だったのだろうか。確かに恋仲だったわけでは到底ないけれど、良いところ友人というだけだったけれど、それでも、簡単に身体だけ繋げるような、そんな女だと思われていたのだろうか。私のことを誤解している男に抱かれるなんて、絶対に嫌だ。
 けれどどうしてか、拒否するのはもっと嫌だった。
 綾部は私の答えを待っている。抱かれるか、そうでないかの答えを。私が嫌だと言ったら、綾部はきっとそれ以上なにも言わないだろう。でも、嫌だと言えない。嫌なのに、断ったらもっと嫌なことになりそうで、それが出来ない。
 分からない。
 綾部は、静かに私を見ている。女の子みたいな端正な顔。けれど男には違いない固い身体。今私の頬に触れている指先も、腕を掴んでいる手も、全て男の人のものだ。
 ──綾部のことは、嫌いじゃないのだ。
 先程出た答えに、私は涙が出そうになる。なんで、こんなことになってまで、私は綾部を嫌えないんだろう。
「じゃあ……いいよ」
 掠れかけた声で答えると、綾部は無言で、私を引き寄せた。


 途端、息を呑むような強い勢いで抱き締められて、驚く。男と口付けすらしたこともない私は、身内以外の男に触られるのさえ初めてで、どうしたらいいのか全然分からず、身体から力が抜けないままだった。男子生徒の中では綾部はさほど大きいほうじゃないし、並んでいてもそう思わないけれど、こうして直接触れられると、自分よりよほど大きいんだと思い知らされる。他人の体温、綾部の匂い。自分が今からなにをしようとしているのかを思うと泣きそうになって、慌てて堪える。
 抱くと言ったくせに、綾部は随分長い間私を抱き締めているだけだった。身じろぎもせず、ただ時折私の髪を撫でるだけ。けれど、そのおかげでようやく綾部の身体に慣れて、私は大分力が抜けるようになった。ぽつりと、綾部が私を抱き締めたまま耳元に囁く。

 名を呼ばれると同時に首元に綾部の指が触れて、小さな痺れが背筋に走る。くすぐったいのと、緊張しているのと、そのない交ぜになったような痺れ。
「なに……?」
「僕の部屋でもいい?」
 場所の話か、と私はぼんやり思う。綾部の部屋、と思い浮かべて、なんとなく怖くなる。その怖さがなんなのか分からないけれど、こんな真っ昼間から人がたくさんいるところでするのも嫌だった。私はそれまで固まっていた腕を伸ばして、綾部の背に回す。どうせ抱かれるならどこでも一緒だ。そう思ったら、するりと言葉が出た。
「ここがいい」
「……ここ?」
 綾部にしがみついて、小さく頷く。ここは広大な学園の一部で、まず誰も来ない。だから、ここでいい。
 綾部は顔を上げて、しばし考えるようにした後、「そう」と答えた。
が、その方がいいなら」
 ぽつりと、綾部の声が耳元でする。
 衣擦れの音がする。綾部の身が少し引かれて、私の顔を覗き込む。ほんとに近い距離。ぼんやりとそれを眺めていたら、綾部の手が私の頭の後ろに触れる。
 ──目、閉じるんだっけ。
 近づいてくる綾部の瞳をただ眺め続けながら、私と綾部は唇を重ねた。
 一瞬、重ねるだけの口付け。すぐ忘れてしまいそうなその感触。綾部はどこか躊躇するような様子で、もう一度確かめるように私の唇に触れる。柔らかい感触。次はさっきより長く、少し強く、表面同士を重ね合う。他人との初めての零距離に戸惑いつつも、私はあまり実感が湧かず、ただ綾部にされるがままになっていた。
 唇を重ねたまま、綾部が私の身体を離す。ずっと抱き締められていたから、突然に軽く寒気を感じる。秋の初め、まだ寒さを感じる程じゃないのに、そんなにも長く綾部の体温に馴染んでいたと思うと、そっちのほうが恥ずかしかった。
 重ねていた唇も離れ、綾部の手が私の肩に触れる。とん、と軽く押されて、そのまま草の上に押し倒された。私の身体の上に綾部が覆い被さって、顔を上から覗き込む。もう後戻りできない体勢に、軽く頭に血が昇る。

 手を伸ばし、綾部は私の頬に触れる。そのまま綾部の手は私の首を滑って、肩に触れ、そして、そこで躊躇うように止める。なにかを言おうとして、けれどそれを止める仕草を幾度か繰り返す綾部に、私は心を決めた。
「綾部……ごめん、ちょっとだけどいて」
 目の前の肩を押すと、綾部はすぐに身を引いてくれた。
 起き上がり、私は一度吐息を漏らして、綾部に背を向ける。そして、着物に手をかけた。
 綾部が息を呑むのが分かる。さすがに少し気恥ずかしくて、手が震える。男の前で肌を晒すなんて、勿論そんな経験だって一度もない。しかもこんな昼間から。けれど綾部に対する悲しみのような醒めたものが、その羞恥心を抑えていた。
 上着を手早く脱いで、木の下に放り出す。休日でもともと頭巾は被っていなかったから、すぐに上は裸になった。髪を束ねていた組紐を外し、それも脱いだ着物の上に重ねた。立ち上がり、今度は袴に手を伸ばす。腰帯を解いて、躊躇せずに全て取り払う。ついでだからと足袋すら脱いで、私は本当に裸のままになった。
 今は初秋で、落ち葉はまだあまりなかった。枯れかけた草が覆い茂っていて、春先とまでは行かなくとも地面は柔らかい。どうせ実習で野宿には慣れているけれど、それでも好都合なのは確かだった。足の裏に伝わる草と地面の感触は、それほど悪いものじゃない。
 振り向かないと。自分から裸になっておいて、ここで躊躇するのはおかしい。大体綾部は誰でも良くて、単に私が近くにいたから誘っただけで、そして私は恥ずかしがるような綺麗な身体をしていないのだから。
 それでもやっぱり少しは恥ずかしくて、私はゆっくりと振り向いた。綾部はちらりと私を見て、そしてすぐに視線を逸らす。相変わらずその顔は無表情に近かったけれど、頬に微かに朱の色が混じっている。そんなに見たくないものだろうかと、私はほんの少し傷ついた。
「綾部」
 名を呼ぶと、綾部はようやく私に顔を向ける。けれど僅かに視線を逸らしていて、はっきりとは見てくれない。恥ずかしいし、まじまじと見られる方が嫌だけど。それとも、期待はずれの身体を見て萎えたんだろうか。そのまま綾部の前に膝をつこうとすると、突然綾部が顔を上げた。
「待って、汚れるから」
 言いながら手早く上着を脱いで、地面の上に敷いてくれる。腕を引かれて、その上に腰を下ろしてしまう。
「いいの? 綾部の着物が汚れるのに」
「いい」
 短く答えてから、綾部は残った下着も脱いで上半身を裸にさせた。鬱陶しそうに着物を払う姿に、普段男の裸も見慣れていない私は、どくんと心臓が高鳴る。細身なのに、鍛えられた男の身体。私との明らかな違いをまざまざと見せつけられて、少し戸惑った。
 そして、綾部はゆっくりと私に視線を向ける。逸らしていた今までのものとは違う、なにかを含んだ強い視線。
 びく、とその時、よく分からない恐れに身体を引きそうになった。瞬間綾部に腕を掴まれ、強引に押し倒されて組み敷かれる。
「あや……んっ」
 名前を呼ぶのすら遮って、綾部の唇が私のそれに重なる。先程交わした口付けとは違う、性急で強引な口付け。歯と歯が触れて痛んだけれど、綾部の勢いは止まらず、私の顎を掴んで歯を割って、無理矢理に中へと舌をねじ込んでくる。
「ん……っ、ん!」
 ねっとりとした綾部の舌が、私の舌を絡め取る。どうしていいか分からず反射的に逃げようとする舌を、綾部のそれが追いかけて強引に絡まされる。綾部の舌の味が、私の口の中を満たす。口腔内に溢れる唾液を舌ごと吸われ、飲み下される。
 呼吸が上手く出来なくて苦しくて、綾部を押し戻そうとしても叶わなかった。深い口付けに嫌悪は感じなかったけど、強引すぎる行為に頭の中が白くなっていく。吸われすぎて舌が麻痺してきた時、ようやくに綾部が唇を離してくれた。それも名残を惜しむように唇を幾度も軽く重ねながら。
 思わず咳き込む。いつの間にか涙が滲んでいた瞳のせいで、視界が歪む。口元に手を触れて濡れた唇を拭うと、綾部の手が私の頭を軽く撫でた。
「ごめん」
 性急だったことを指しているのか。綾部は詫びながらも、少し荒い呼吸で私の首筋に唇を寄せる。舐められ、吸われてぞくりとする。綾部の手が私の頭から離れて、そのまま急に下腹に触れた。触れられた腹に痺れが走る。綾部は顔を上げて、私の胸元に視線を下ろす。その視線に普段の綾部とは違う、浮かされた熱のようなものを感じて、私は咄嗟に目を逸らした。だから綾部の手が私の胸に触れようとしていたのに気づかず、その感触に驚いて身を固くした。
「っ! あ、綾部……」
 綾部の手が、私の胸に触れる。さすがに一気に頭に血が昇る。けれど深い口付けのせいか身体に力が入らず抵抗も出来ず、綾部の指が膨らみに沈んでいくのを受け止めるしかない。最初は確かめるようなゆっくりとした動きだったのに、少しずつ綾部の指に力が込められて、左右の膨らみを綾部の手で揉みしだかれる。
「ん……っ」
 自分でだってあまり触らないのに、男に、それも綾部に触られていると思うと、羞恥と共にぞくぞくとよく分からない痺れが背筋を駆け上ってくる。刺激に固くなった頂きを指で触られるだけで、背中に震えが走る。愛撫されている。綾部に。それだけで頭がおかしくなりそうだった。
は、柔らかいね」
 膨らみを柔く握って手の中で形を変えながら、綾部が言う。そのどこか濡れたような声に戸惑いながら、「そんなことないよ」と否定する。
「嘘じゃない。は柔らかくて、温かい」
 言いながら、綾部が頭を下ろす。胸元に、柔らかな髪の感触。気づいた時には綾部は私の胸に顔を埋めていて、片方の膨らみを愛撫しながら、もう片方に唇を寄せている。甘噛みして、頂きに舌を這わせて吸われて、身体の熱がどんどんと増していく。堪えきれずに、自分でも聞いたことのない甘い声が漏れた。
「や……! ち、がう。他の子のほうが大きいし、き、綺麗だから」
 はしたない声を上げるのが恥ずかしくて、吐息混じりにそう言うと、綾部は一度動きを止める。本当のことだ。私より胸が大きい子も、綺麗な子も、たくさんいる。
「そんなの、どうでもいいよ」
 ぎゅ、と少し強めに膨らみを握られて、思わず身を固くした。綾部はすぐに力を抜いて、また私の胸に唇を這わせる。
は綺麗だよ」
 愛撫されながらそう言われて、私は一瞬泣きそうになる。なんで。誰でも良かったくせに、そんなこと言うんだろう。
 それまで緊張で動かなかった腕をゆっくりと伸ばして、綾部の髪に指を差し込んだ。綾部は拒絶せずに好きにさせてくれたから、綾部の頭を柔く撫でたり、髪を梳いたり、首筋や肩に触れたりした。綾部も私の胸だけじゃなくて、背中とか、肩口とか、脇腹に手を伸ばして、まるで綾部自身を刻みつけるみたいに肌を撫でた。性的なものを感じさせるそれに、否応がなしに身体が火照りを帯びる。
 けれど太股に手を伸ばされた時、さすがに慌てて綾部の肩を叩いた。
「や、駄目」
「……どうして」
 綾部は私の胸元から顔を上げて、身体を起こして私に視線を合わせる。近い視線にぞくりと震える。いつもはなにを考えているか分からない綾部の視線は、今は先程感じたように熱を帯びていて、ゆらめく欲の色が見えた。
「だ、だって……」

 突然に名前で呼ばれて、一瞬唖然とする。その隙に綾部に唇を奪われて、強引に舌を押し込まれる。抵抗出来ずに、身体の力が抜けていく。口の中の隅から隅まで綾部の舌が這い回り、乾いていた私の舌は一気に綾部の唾液と自分の唾液で満たされる。どちらの舌なのか、境界すら曖昧な口付けの最中に、綾部が私の太股に手を伸ばす。太股から、お尻、それから下腹まで撫でられているだけなのに、その手が触れた後が熱くなる。
「……っん、……うぁ……」
 自分の嬌声が嫌なのに、どうしても漏れてしまう。恥ずかしい。すごく、恥ずかしい。綾部は口付けの最中も目を閉じようとはせず、じっと私を見つめてる。獣に似た雄の気配。欲に浮かされた、雄の視線。多分私を求めてくれてる、綾部の欲。
 ──その瞳を見る度に、下腹に震えが走る。
 腕を伸ばす。綾部の首に手を回して、縋るようにしがみつく。綾部の瞳が細められる。私の視界が軽くぶれて、頬を涙が伝っていく。汗ばんだ綾部の手が私の身体をまさぐって、熱をどんどん移していく。重ねたままの唇に、綾部の頬から零れた汗が染みる。塩味のそれを飲み下して、私は綾部の舌にも縋るように自分の舌を擦りつける。やり方なんて知らない、ただ綾部の動きに合わせるだけの返し方。
 私はその時確かに欲情していて、綾部を欲しいと思っていた。触って欲しい。触ってくれたら心地良いから。綾部が欲しい。すごく、欲しい。
 綾部は、私のことなんか欲しくないのに。
……」
 口付けを解いたのは、綾部のほうからだった。また名前で呼ばれて、それだけのことに昂ぶる。綾部の熱で頭は軽く浮かされていて、言葉を返すのに時間がかかった。
「な、に……」
「ん……」
 綾部は私の顔を覗き込んで、二度ほど啄むような口付けを落とした。一度起き上がって、袴と下穿きを脱いで、そして、改めて私を抱き締める。綾部の熱い身体が私に密着して、その温かさが流れ込むように私に伝わってくる。
 その瞬間、私は下腹に違和感を抱いた。そしてすぐにそれの原因に思い当たって、数瞬唖然とする。私の下腹に触れている、固い感触。綾部の胸でも腹でもない、それは、
「あ……」
 身が竦む。綾部はそれに気づいたのか、私を抱き締めたまま、私の耳元に唇を寄せた。

 名を呼びながら、綾部は私の耳朶を舐め上げる。下腹にある、綾部の雄の昂ぶりが、じんわりと私に熱を与えてくる。恥ずかしくて綾部にしがみつくと、綾部の片手が急に動き、私の腰元に伸びた。
 綾部は身体を浮かせると、手を私の足の間に滑らせる。反射的に強張る足を割って、綾部は私の耳を舐め上げながら、躊躇なく私の身体の中で一番熱い場所へと手を滑り込ませた。
「……や、綾部、……やめ、て」
「嫌だ」
 もう片方の手だけで肩を押さえつけられていて、私は力任せに綾部を拒絶することは出来なかった。綾部が欲しいと思っていても、そこを触られるのは抵抗があった。すでに愛撫されて濡れているそこに、綾部の指が触れる。瞬間、身体の中を痺れが広がり、頭にまで伝わるそれに涙が滲んだ。
「っや……! や、やだ、綾部……!」
 柔い動きでも直接に指の腹で襞を割られて、びくんと身体が震え、昂ぶりの痺れが昇ってくる。綾部は私の秘所に蜜で濡れた指をこすりつけるように愛撫しながら、「ねえ」と私の耳元に囁く。
「ねえ、。……は誰かに抱かれたことがあるの」
「んっ……なん、で」
 なんでそんな、分かり切ったことを聞くんだろう。綾部の指は止まらずに私を追い立てて、あまり上手く頭が回らない。私は綾部に縋る力を強めて、ゆっくりと言葉を吐く。
「そんなの、あ、綾部は、知ってるでしょう……」
「知らない」
 囁かれるのと同時、綾部の指が軽く抉るように秘所に触れる。普段なら感じるだろう痛みは濡れているせいで少しもなく、私は甘い刺激に震えながら、涙の浮かんだ瞳を綾部の肩に押しつける。
。知らないから、教えて。今まで、誰に抱かれたの」
 熱に浮かされた綾部の声に、乱暴な色が混じる。なんで、そんなこと聞くんだろう。わけが分からず、私は小さく首を横に振る。
「い、ない。いないよ、そんなの」
「本当に?」
「綾部が、初めて。ぜんぶ」
 ぬるりと、綾部の指が離れた。最後の刺激に身を震わせていると、綾部が身体を浮かせて私を今一度組み敷いた。膝を立たせられて、開かされる。熱くこもった場所が、空気に触れてひやりと冷えた。
「……綾部」
 なにをされるのかは分かっていた。酷い痛みがあることも。
 綾部が、私の顔を覗き込む。今日は覗き込まれてばかりだなとぼんやりと考えていると、綾部が軽く私の頬に口付けを落とした。そして、なにかに耐えるように僅かに目を細めて、ぽつりと尋ねた。
「入れてもいい?」
「……ん」
 分かっている。我慢するのが、綾部にとってとても辛いのは分かっている。綾部の瞳は熱に浮かされていて、その視線は女の私には危険のものにしか思えなくて。
 荒い呼気、汗ばんだ肌。綾部が私を愛撫した全て、そのためだと理解していた。
 ──本当は、私じゃなくてもいいくせに。
 でも私が断ったら、綾部は違う女の子を誘うと思ったから。それだけは、絶対に嫌だったから。
 ……そうだ。
 ようやく、理解する。私はやっぱり、綾部が好きなんだ。
「うん、いいよ……」
 答えると、綾部は一つ吐息を漏らして、慎重な動きで私の秘所に指を少し埋もれさせた。軽い異物感に身を固くすると、綾部はすぐに指を抜いて、代わりに熱いものを押し当てた。
 綾部の昂ぶりだ。どくん、と一度大きく鼓動が揺れる。今から痛みを感じると思うと、自然に身が固くなる。
、入れるよ」
 綾部の言葉と共に、ぎち、と指とは比べものにならないほどの質量を持ったそれが、私の中に押し込まれた。
「────っや……!!!!」
 激痛に、私は反射的に綾部を押し戻そうとする。けれど綾部は無理矢理に私を押さえつけて、押し込む力をさらに強める。先程の昂ぶりも全てが消えそうな、圧倒的な痛み。裂かれそうなそれに耐えられず、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
「い、いや、綾部、痛い! おねが、抜いて……」
 思わず叫んだ言葉に、綾部は苦しげに吐息を漏らすだけで答えてくれない。どころか一層突き立てられてて、一瞬痛みに意識が飛びそうになる。
「い………あ、あ、………っ!!」
 握りしめていた私の拳を、綾部が無理矢理開いて指を絡める。加減出来ずに、その指に爪を立てた。身体を裂くような痛みが襲って、私は必死に綾部の身体に縋り付いた。
……ごめん、ね」
 綾部が名を呼んでくれても、痛みは薄らいでくれなかった。涙を流しながら、私は痛みに喘ぎ続ける。
「もう少しだから、……お願い」
「あ、綾部……んっ……」
 私の中に刻みつけるように、綾部のそれが肉を押し開いて入ってくる。今どれくらいまで埋め込まれたのかも分からない。
「綾部……あや、べ」
 ほとんど子どものような泣き声で、私は綾部に縋り付く。痛いのは覚悟していたし、少なくとも合意の上のことだったからなんとか耐えようとしたけれど、それが分かっていても痛みは酷く、体中から血の気が引いた。
 綾部が私を抱き締める。繋いだ手に力が込められて、綾部の荒い吐息が耳元にかかった。、と綾部は囁いて。そして、にげないで、と微かな声音が続けられる。
「……え……」
 にげ、る? 言われた意味が分からなくて戸惑った。その瞬間、ぐ、とこれまで以上に容赦なく痛みが広がった。
「い、や………やあああ!」
「ぐっ……!」
 それを最後に、綾部はようやく動きを止めた。激痛は消えたものの、じんじんと中から無理矢理に押し入られた痛みが昇ってきて、呼吸に合わせて響くそれに、身体が小さく震えた。
、大丈夫?」
「あ……、う、ん」
「入ったから。全部」
「ん……うん……」
 気遣わしげに私を見る綾部が、流れ落ちる涙を拭ってくれる。とにかく息を落ち着けようと、私は呼吸を繰り返す。けれど吸っても吐いても痛みが響いて、もはや全身に駆けめぐる痛みに呆然とする。
「お、ねがい。綾部、ちょっとの間、動かないで」
 またあの激痛を感じるのが怖くて、私の頬と額に口付けを繰り返す綾部に懇願すると、綾部は軽く眉をひそめながら、私の頭を撫でた。
「ん……努力する」
 その声すらもう苦しそうで、すでに私のことを気にして動かないようにしてくれているのは分かった。どうにかして少しでも痛みを遠ざけようと、下腹を探るようにしていると、突然に綾部が声を上げる。
「っ! 駄目、。締まる」
「え……っあ、……!」
 私の中めいっぱいに突き立てられた綾部のそれが、まだ中から圧迫してくる。大きくなる。痛みよりも恥ずかしさが先に来て、かっと頭に血が昇る。慌てて力を抜こうとして上手く行かず、逆に下腹に力が入った。
「……やめて、。我慢できなくなる」
「ご、ごめ……っや! あ……綾部……!」
 綾部がいきなり動いて、痛みがぶり返す。一度動くと歯止めがつかないのか、綾部は強く腰を打ち付けてくる。抜かれる度に、押し入られる度に、先程よりマシとはいえ鈍い痛みが脳内にまで響く。
 強引に綾部に引き寄せられて、唇を重ねる。痛みで上手く動かない私の舌を絡め取って、吐息すら共有するように深く口付ける。
……、
 口付けの合間を縫って、綾部は何度も私の名を呼ぶ。懇願するように。どこか悲しげに。
 痛みではない、違う意味で涙が流れそうになる。綾部は、誰でもいいくせに。私じゃなくてもいいのに!
 思ってしまうと、それ以外のことを考えられなくなる。私のことを気遣ってくれるのも、私が抱く相手だからだ。それだけだ。私のことを好きでもなんでもないくせに、抱いて、私に欲を移して、あんたは、私があんたのことを嫌いじゃないって知ってるから! だから!

 口付けを解かれる。抽出を繰り返したまま、綾部はまた私の頬と額に口付けを落とす。い、やだ。私のことなんか好きでもないくせに。
「嫌。……やだ、綾部、やだ! 離して!」
 痛みじゃない、悲しさに耐えられなくて綾部を押し戻そうとすると、綾部は虚を突かれた顔になって、そしてすぐに逃げようとする私を押さえつけた。束縛する腕は強いのに、私の行動が分からないらしい戸惑った顔が、私を見る。今まで見たこともない、悲しげに揺れた綾部の顔が。
。嫌なの? ……僕が嫌い?」
 その一言に、息を呑む。酷い。綾部は酷い。そんな言い方は、ずるい。すでに繋がってるのに、私は綾部に押し入られてるのに、一番近い愛し方をしているのに、でもこれは私が望むものじゃない。
「ち、違う……。ごめん……ごめんなさい」
 違わないのに。嫌なことに変わりはないのに。それでも、綾部の言葉が私を縛る。
 綾部は、もうなにも言わなかった。けれどそれからは、先程までの多少気遣いのあった動きはかき消えて、手荒に私を揺さぶって痛みを与えた。今度も、痛いと声を上げても動きを止めてくれず、逆に口にする度に、動きが増すことになった。
「あ、あやべ、……痛い、痛い……」
「ごめん。……、ごめん」
 謝って欲しくなんかない。どうせならもっと酷く抱けばいい。私の心なんか気にせずに、道具として抱けばいい。そうすれば私は綾部に幻滅して、嫌いになれる。こんな風に、中途半端に希望だけ残して変に抱いてくれるよりは、そのほうがきっとすっきりするのに。
 綾部にされるがままになっていると、突然に綾部が苦しそうに呻いた。綾部の腕が私の腰を掴んで、一気に引き抜く。
「っん! い……っ!」
 その動きにすら痛みを感じて身震いすると、次の瞬間、私の下腹に熱いものが勢いよくかかる。粘着質のそれはぴしゃりと跳ねて、私の頬に数滴弾けた。
「あ……」
 思わず反射的に顔に手を伸ばした私の上に、綾部が力が抜けたように身体を密着させる。綾部の放った精が私と綾部の下腹に挟まれて、ぐちゃりと水音を立てた。
「ご、めん……」
 荒い息のまま、綾部はのろのろと顔を上げて私の頬にかかったそれを指で拭う。私も自分の指で拭っていると、その手を掴まれて絡められる。ぎゅっと、確かめるように。
 そのまま、しばらく綾部は動かなかった。つ、と自分の太股に溢れ出した蜜が滴るのを感じて、恥ずかしくなる。痛みはその時には大分引いていて、私は綾部の身体の重みと、自分の身体から熱が引いていくのを感じていた。
 それも、長くは続かなかった。それまで静かに息を整えていた綾部が起き上がって、ゆっくりと私の唇に口付ける。舌を浅く絡めながら、唇自体を柔く吸われる。これで最後だろうかと思って、私は綾部の首に手を回して、その唇を受けた。
 けれど、違った。綾部の手が私の胸に伸びて、口付けと同じで柔く揉みし抱かれる。先程痛みのせいで全て消えた昂ぶりが少し戻ってきて、私は小さく喘ぎを漏らす。
 綾部が動く。綾部の放った精が肌の上で水音を立てる。下腹に感じる、綾部自身が少しずつ大きく、固くなってくる。
 唇を重ねながら、綾部が私に目で、いいか、と尋ねてくる。正直なところ本当は痛かったから嫌だったのに、私はまた否定出来ない。一度も二度も同じだと醒めた心持ちで、舌を絡めたまま「いいよ」と答えた。
 綾部は少しの間、勃ち上がるまで口付けと胸への愛撫を続けて、そして今度はゆっくりと、私の中に入ってきた。さっきほどじゃない、でも身体を引き裂かれるような痛みに、綾部にしがみついて耐えた。
 正直私は痛むばかりで、傷口を抉られるその痛みにまた泣いたけれど、綾部は私を離そうとはしなかった。
 男は、性行為に痛みを感じない。初めてなら他の誰かと比べることもない。だから、綾部は私の慣れぬ中でも心地良いと感じたはずで、それで私を離すことをしないのだと、それは分かっているのに。
 二度目は、綾部は一度目よりも少し動きを落としてくれた。中で綾部のそれがゆっくりと動くのが分かるくらい、私も痛みと行為に少し慣れていた。
「綾部……」
 綾部に手を伸ばす。頬を包むように両手で綾部の顔を引き寄せて、その汗ばんで熱い頬にゆっくりと口付けをする。綾部の動きのままに揺さぶられて痛みを感じながらも、もうこの行為が終わったら触れられないのだと、そう思って悲しくなる。
……どうしたの。痛い……?」
 そんな私の様子がおかしく思えたのか、綾部が尋ねる。
 痛いのは、確かだ。でもそれを言ったところで、綾部は私を離してくれない。私も、強くそれを望んでるわけじゃない。
「違う。……綾部、気持ちいい?」
 ん、と綾部は軽く私の唇を吸って、私の額に自分の額を触れさせた。至近距離で瞳が覗き込まれる。近い、綾部の顔。
「うん、気持ちいい。すごく」
 綾部の目が細められる。殺気に少し似た欲情の気配に、私はぞくりと背筋が震える。求められている。私じゃなくてもいいのに。けれど求められている。今は、私が。
「そ、か」
 綾部にしがみつく。綾部は私を抱き締める。荒い吐息。多分、快感に浮かされているんだろう。綾部の手が私の肩をまさぐって、肌の上に唇の跡を残して行く。軽く甘噛みして吸われるそれに、私も身体が熱くなる。同じように与えられる、圧倒的な痛みと共に。








 →三話『好きだと一言』後編