田村三木ヱ門夢
二話『火器について思うこと』後編





 部屋を飛び出したと三木ヱ門は、とりあえずユリコを連れて行った場所に向かった。無論三木ヱ門が何度も確認しているのだから、そこにはユリコはやはりおらず、ただ薄暗い木陰があるだけだ。
「分かってたけど、ほんとにいないね……」
「そこらへんもざっと探してみたけど、いなかったんです……」
「あの大きさを見落とすことはないしね。こりゃ、本格的に誰か動かしたわね。三木、行こ」
「え……あてがあるんですか、先輩」
 救いを見いだしたような笑顔で、三木ヱ門がに身を乗り出す。
「あてって言うか……ユリコ一人じゃさすがに動けないでしょ。絶対に動かした誰かがいるはずなのよ」
 三木ヱ門は、ふむ、と頷く。ユリコがいなくなったことによる動揺はようやく治まったのか、表情も先ほどより少し落ち着いていた。
「たとえば、ここに石火矢が置いてあるのを見つけたら、どんな役目の生徒だったら動かすと思う?」
 の問いに、三木ヱ門はハッとする。
「用具委員ですか?」
「その可能性は高いと思う。用具委員なら、放置されたように見える石火矢があったら、きっと回収するでしょ。だからまずは用具委員に聞きに行きましょう。確か今日は活動があったはずだし、まだ間に合うと思う。行こう、三木」
「はいっ!」
 二人で走り出しながら、は頭の中で他に心当たりがありそうな人物を挙げていく。用具委員でなければ、石火矢をよく扱う火薬委員、通りかがって親切心を出した生徒、もしくは教師。先ほどは否定したけれど、三木ヱ門に嫌がらせという点では滝夜叉丸なら──いや、彼は性格上そんな地味なことはしないだろう。となると、やはり怪しいのはまず用具委員、そして火薬委員だ。
 とりあえず優先順位を定めたところで、少しだけ安心する。三木ヱ門は走りながらも「ユリコー」と心配そうにそこらに呼びかけて、返事がないことにしょんぼりしている。あれほど火器が好きなのだ、自分の相棒と言い切るユリコが行方不明なのはそれは心配だろう。
 早く見つかればいいんだけど、と思いつつが用具倉庫へ向かう道を駆け抜けていると、ふと長屋に帰ろうとしている三年生を見かけた。その顔がまさに今探している用具委員だと気づいて、は方向転換し、三年生の元に駆け寄る。
「わ、先輩、急にどうしたんですか!」
「三木、こっち! ……作兵衛! 作兵衛ーーー!」
「うわ! 先輩と田村先輩! お、俺になにか用ですか!?」
 突進してきた上級生二人に驚きながら、作兵衛は三木ヱ門とに交互に視線を向ける。は、がし、と作兵衛の肩を掴み、
「作兵衛。一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
先輩、かかかか顔が怖いんですけど、俺、なにかしましたかっ!?」
 は、まさかもしやアレやソレがバレたんでしょうかー!! と一人で挙動不審になっている作兵衛に、三木ヱ門が横から尋ねる。
「おい作兵衛。お前、ユリコを見なかったか?」
「ユリコって……田村先輩のお気に入りの石火矢ですか? いえ、貸出票が出てるのは見ましたけど」
「作兵衛、さっき委員会があったんじゃないの?」
「ええ、もう終わりましたけど。その時石火矢の在庫確認しましたけど、ユリコはまだ戻ってなかったです」
「そっか……じゃあまだどっかにあるのね。作兵衛ありがと、ごめんね!」
「引き止めて悪かったな作兵衛、じゃあな!」
 次々と声をかけてまた走り出して行く二人に、作兵衛は「いえ……」と首を横に振る。あっという間にいなくなった先輩達に、なんでユリコを探してるんだろう、と作兵衛が不思議に思っていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「おい、作兵衛」
「食満委員長、どうしたんです?」
 先ほど委員会で別れたばかりの留三郎が、作兵衛の元に歩いてくる。目を丸くして振り返る作兵衛の前で、留三郎は足を止める。
「お前、もう倉庫の鍵は返したか?」
「いえ、今から返しに行くところですが」
「ならちょっと貸してくれ。鍵は後で俺が返しておくから、お前はもう長屋に戻っていいぞ」
「あ、はい、分かりました」
 作兵衛が鍵を取り出して留三郎に手渡すと、「じゃあな」と留三郎も去っていく。
「……なんだ?」
 首を傾げてから、作兵衛は「まぁ、いっか」と考えることを止め、自分の部屋に戻って行った。



「次は……火薬委員ね。あそこはもう委員会終わってるだろうし、直接部屋に聞きに行くしかないわね。やー、腕が鳴るわー」
 が、うふふふふ、とどこか愉しそうに笑う。の言葉で今走っている方向が忍たま長屋なのだと気づき、三木ヱ門はぎょっとする。
「へ、部屋って先輩、まさか」
「久々知の部屋だけど」
「そんなアッサリと!」
 目を剥く三木ヱ門に、はぱたぱたと軽く手を振り、
「余裕よ余裕。少し前にも、竹谷に参考書貸したままだったことに気づいて取りに行ったし」
「竹谷先輩の部屋にですか!?」
「勿論。あいつ爆睡してたから、勝手に取ってきたけどね」
「……先輩、忍たま長屋になんか入っちゃ駄目ですよ」
 どこか責めるような視線を送る三木ヱ門に、はきょとんとする。
「なにを今更。三木の部屋の上を通ったことも何回もあるよ。三木だって女子の長屋にくらい忍び込めるでしょ」
 に問われて、三木ヱ門は「うっ」と言葉に詰まる。ほらね、とは軽く肩をすくめる。
「お互い様だよ。てか、今は手段なんか選んでられないし」
 忍たま長屋の前に辿り着き、は人影がないのを見計らって長屋の廊下に忍び込み、緩い天板の箇所を探して、そこから天井裏にするりと上がる。あまりの手際の良さに唖然としつつ、三木ヱ門もその後に続く。
「ええっと、五年の長屋はあっちだから……久々知の部屋は……」
 足音を消しながら、は忍たま長屋の間取りを把握しているのか、全く迷いのない足取りで進んでいく。もしかしてちょくちょく来ているんだろうか、と三木ヱ門は不安に思う。定期的に会いに来ている相手がいたりしたら、どうしよう。
 嫌な予感に、焦りばかりが募っていく。例えばもし同学年だったら、こうして先輩が夜中に忍んで来てくれたかもしれないのだ。……なんで、私は四年なんだろう。
 一瞬ユリコを探してるんだということを忘れて本気で落ち込みそうになった時、が急に三木ヱ門の腕を掴んだ。
「っ、先輩、どうし──」
「しっ。三木、ちょっと黙っててね」
 三木ヱ門の腕を掴んだまま、はじっと足元に視線を向ける。多分部屋の位置を特定しているんだと察して、三木ヱ門は口を閉じる。が掴んだ手の温もりが伝わってきて、どくん、と胸が高鳴る。
 ユリコが見つからないのに、私はなにを考えてるんだろう。そう思いつつも、すぐ傍にがいるという事実は三木ヱ門にとって大きすぎる。が三木ヱ門のことをただの後輩としか見ていなくても、もしかしたら他に好きな人がいても、三木ヱ門がを好きだという気持ちはどうしても変わらないのだから。

 ……ユリコ。
 いなくなった石火矢を思い、三木ヱ門は俯く。
 ユリコ、私はどうしてこんなに先輩が好きなんだろう。嫉妬して、落ち込んで、振り向いてくれる可能性なんか多分ないのに、どうして私はこんなにも先輩が好きなんだろう、ユリコ。

 もちろん、いなくなった石火矢から答えは返ってこない。三木ヱ門が嘆息すると、それと同時にが動く。
「ここだよ、三木」
 は軽く微笑んで三木ヱ門の手を離し、天井の板をこれまた手慣れた様子で一枚外すと、ちらりと中の様子を確認して、そのまま下に飛び降りた。



 兵助の同部屋の忍たまは、出かけているらしく不在だった。兵助だけなら話がしやすい。は部屋の中に静かに着地すると、机に向かっている兵助に後ろから声をかける。
「ねえ、久々知」
「うわっ! ……え、!?」
 どうやら、真面目に勉強をしていたらしい。兵助は振り向きざまに手にしていた忍たまの友を取り落として、信じられないものを見る目つきで、の上から下まで視線を向ける。
「な、なにしに来たんだ!?」
「どうしてそんなに驚いてんの久々知、ちょっと聞きたいことがあって来ただけよ」
「ままままままって、、冷静になれ! とりあえず深呼吸だ深呼吸、早まっちゃ駄目だ!」
 兵助はなにを慌てているのか、ぶんぶんと否定するように両手を振っている。
 早まるなと言われてもわけが分からない。混乱している兵助の様子に、とりあえず一発殴ろうかとが拳を握りしめた瞬間、兵助が叫ぶ。
「頼む、夜這いなら他の奴のところにしてくれ! 俺には将来を誓い合った運命の恋人が!!」
 ようし良い度胸だ、思いきり殴ろう。
 が顔をひきつらせながら一歩進み出た瞬間、と兵助の間に勢いよく人影が割り込んでくる。
「違います久々知先輩! 夜這いなんかじゃありません!」
 真っ赤な顔で否定する三木ヱ門に、兵助はきょとんと目を瞬かせる。
「あれ、四年の田村じゃないか。なんでお前まで一緒にいるんだ?」
「もともと、先輩が私に付き合ってくださったんです!」
「え、そうなのか……っておい、殴るな! ほんの冗談だろ!」
 慌てて机の下にでも逃げ込みかねない兵助に、は握り締めた拳をしぶしぶ下ろす。まぁ今日は用事があるわけだし、殴るのは我慢しておこう。
「それでお前達、なんの用だ?」
「聞きたいことがあるって言ったでしょ。久々知、ユリコ見なかった?」
「ユリコって……田村の石火矢か?」
「はい。委員会活動が始まる前に木陰に置いてきたんですが、委員会が終わって戻ってきたら、いなかったんです」
「いや、俺たちは見てないよ。用具委員なら知ってるんじゃないか?」
「先ほど委員に確認したんですが、知らないと言われたんです」
「そっか……」
 うーん、と兵助は軽く腕を組んで、首を傾げる。
「悪いけど、力になれることはないかもしれないな。人手が足りないなら俺も手伝おうか」
 言葉だけではなく腰を浮かしかけた兵助に、は三木ヱ門に視線を向ける。三木ヱ門はすぐに首を横に振り、
「いえ、先輩に手伝って頂いてますし。お気持ちだけで十分です」
「そうか? 早く見つかるといいな、ユリコ」
「はい。久々知先輩、ありがとうございます」
 三木ヱ門が頭を下げる横で、も三木が決めたならそれでいい、と軽く頷く。
「じゃあね久々知、ありがと! もしどこかでユリコ見かけたら教えてくれる?」
「うん、分かった。……てか、わざわざ天井裏から来なくても、田村だけ来させればいいじゃないか。お前、この間も八左ヱ門の部屋に忍び込んだだろ」
「あらま」
「あらまじゃないよ。せめて一声かけてやれよ、お前から借りたのになくしたかもって心配してたんだぞ、あいつ」
「あはは、今度謝っとくよ。じゃあね、おやすみ」
「おやすみなさい、久々知先輩」
「おう。田村、頑張れよ!」
 笑顔で手を振る兵助にもう一度頭を下げて、三木ヱ門は先に天井裏に上がったを追いかける。は三木ヱ門が戻ると天板を元の位置に直し、さて、と三木ヱ門に視線を向けた。
「どうしよっか、三木」
「どうしましょうか、先輩……」
 用具委員と火薬委員に心当たりがなければ、もう正直言ってしらみつぶしに探すくらいしか方法が思いつかない。
「うーん、じゃ、とりあえず手当たり次第探して、そんで、そこらにいた生徒に聞き込みしましょう。ユリコが放置されてたらいくらなんでも誰か見てるわよ、大きくて目立つから」
「は、はい!」
 は三木ヱ門を連れて素早く忍たま長屋を後にすると、とりあえず起点となる、ユリコがいなくなった場所へと戻るために駆け出した。さすがにそろそろ時間が遅いので、通りがかる生徒も少ないし、明かりも大分消されている。
先輩、その……いいんですか」
「なにが?」
 走りながら、三木ヱ門がの顔色を窺うように話しかけてくる。
「いえ、だって実習でお疲れだったみたいですし。ユリコは、その、私が探しますから」
 なんだ三木は遠慮してるのか、とは思わず頬を緩める。今更なにを言い出すかと思えば。
「ここまで来てそんなこと言わないの。こうなったら絶対に見つかるまで探すわよ!」
 言い切ってから、(あれ、それとも遠回しに邪魔だと言われただろうか)と思いつくが、その時三木ヱ門が「はいっ! ありがとうございます!」とどう見ても嬉しそうに返事をしたので、は内心ホッとする。
「それじゃまず──」
! 三木ヱ門ーーーーーーーー!」
 突然に大声が響いて来て、と三木ヱ門は驚いて足を止める。物凄く聞き覚えのある声だったけどどこからだろう、ときょろきょろと辺りを探っていると、すぐ傍の長屋から人影が飛び出してきた。
「ここにいたのか、お前達!」
「し、潮江先輩!?」
 まさしく見間違えようもない委員長の姿に、二人は慌てて駆け寄る。
「どうしたんですか、こんなところで」
「お前達、ユリコは」
「いえ、用具委員と火薬委員に聞いたんですけどまだ──」
 状況を説明しようとしたを遮って、文次郎が口を開く。
「ユリコは見つかった」
「えええええ!?」
「どこ、どこでですか!?」
 突然の言葉に度肝を抜かれて食いつく二人に、文次郎は少し複雑そうな顔で、とある場所を指す。
「倉庫……石火矢格納庫だ」




 つまりは、こういうことだったらしい。
 校庭十周を申しつけられた会計委員の下級生組、左吉と団蔵そして左門は、ランニングを終えてから忍たま長屋に戻ろうとした。すると、道すがら見覚えのある石火矢がぽつんと置いてあるのを発見する。
「あ、これ田村先輩のユリコだ」
「ほんとだ、ここに置いてたんだな」
「先輩方帰るの遅くなりそうですし、僕たちで倉庫に戻しませんか?」
「そーだな、今日は早く終わったしな」
 ということで三人で意気揚々と倉庫に戻し、鍵が開いていなかったのでそこらにいた用具委員長に開けてもらい、返却票に記入して、そして三木ヱ門にユリコを戻したことを伝えようと会計委員室に再び顔を出したところ、……三木ヱ門は居らず、それどころかユリコ行方不明事件で三木ヱ門と共にまでもが探しに行ったと文次郎に聞かされ、真っ青な顔で学園中を探し回り、文次郎もそれを手伝っていた、ということらしい。

「え、じゃあ、あの子達が三木の代わりにユリコを戻したんですか!?」
「ああ。留三郎から鍵を借りた。三木ヱ門、一応ユリコを確認してこい」
 軽く鍵を放る文次郎に、三木ヱ門は呆然としつつそれを受け止める。
 まさに灯台元暗し。まさか先に帰った下級生達が張本人だなんて思ってもみなかった。今までの徒労を思って軽い脱力感を覚えながら、けれどユリコが見つかったことで、はホッと安堵のため息を吐く。なによりあんなにもユリコのことを心配していた三木ヱ門のことを思うと、自分のことのように嬉しかった。
「良かったね、三木! ほら、ユリコに会いに行こう?」
「……ユリコ……無事なんですね」
 鍵を握りしめて、三木ヱ門はまだ呆然としたまま文次郎に問う。文次郎は億劫そうにしながらも「ああ、無事だ。だからさっさと確認してこい。自分の目で見ないと納得出来んだろお前は」と石火矢格納庫を指す。そして「俺は会計委員室に戻る。途中であいつら見つけたら部屋に戻れと伝えてくれ」と残し、とっとと長屋の中に消えていく。
「ユリコ……」
「行こう三木、良かったね」
「……は、はいっ!」
 が三木の腕を掴んで軽く引くと、三木ヱ門はようやく実感が持てたのか、満面の笑顔で頷いて走り出す。
 脇目もふらずに倉庫に駆けつけると、三木ヱ門はさっそく鍵を開けようとする。もその隣で倉庫が開くのを待っていると、後ろからどたばたと忍びらしからぬ大きな足音が聞こえてきた。振り返ると、
「田村先輩!」
「ああああ、先輩も!」
「すみません、僕たちのせいでーーー!」
 駆けてきたのは、下級生達だった。左吉に団蔵に左門の三人は、思い切り走ってきたらしく肩で息をしながらも、全員一緒に頭を下げた。
『すみませんでした、田村先輩、先輩!!』
 大きな謝罪の声に、は軽く引き、三木ヱ門もびっくりしたように目を見開く。けれど、すぐにやれやれと笑い、頭を下げたままの下級生達の頭をぽんぽんぽん、と軽く叩く。
「わっ」
「わっ」
「わわわわっ」
 三人揃って同じような声を上げて、そしてこれまた三人同じような動きで、おずおずと顔を上げる。
「……まぁ、取り乱した私も悪かったからな」
 三木ヱ門が嘆息すると、怒られなかったのがものすごく意外だったのか、三人はお互いの顔を見合わせてから、そして三木ヱ門に視線を向ける。
「お、怒ってらっしゃらないんですか、田村先輩」
「ユリコが無事なら、それでいい。でも私はともかく先輩と潮江先輩には謝ってくれ。私を手伝って委員会の仕事を放り出してくださったんだ」
『すみませんでした、先輩!』
 三木ヱ門の言葉に、三人は一斉にに頭を下げる。三木ヱ門が大人なこと言ってるなーと感心していたは、突然に自分に注意が向いて軽く焦りつつ、頭を下げる下級生達を見回す。
「……まぁ、みんな悪気があったわけじゃないしね。三木が怒ってないなら私もそれでいいよ」
 の言葉に下級生達は一様にホッとして、口々に「ありがとうございます!」と微笑む。
「だからお前達、もういいぞ。ああ、潮江先輩からお前達にもう部屋に戻れと伝言を言付かってるんだ。とりあえず今日は帰って、明後日の委員会の時にでも潮江先輩に今日のことを謝ってくれ」
「はい!!」
「分かりました、必ず!」
「田村先輩、先輩、ご迷惑おかけして本当にすみませんでした!」
 下級生達は口々に言うと、来たときとは違って軽く思える足取りでぱたぱたと忍たま長屋へと帰っていく。その後ろ姿が消えるまで見送ってから、と三木ヱ門はなんとはなしに目を合わせて、笑う。
「……ほんとに良かったね、三木」
「はい。ユリコを運んだのがあいつらで良かったです」
 三木ヱ門はそう言うと、改めて倉庫の鍵を開ける。大きな扉が音を立てて開き、薄暗い倉庫の中を月の光が柔く照らす。
 足早に中に入っていく三木ヱ門に、もその後に続く。パッと見は同じに見える石火矢の一つに、間違いなく三木ヱ門のお気に入りのユリコがちょこんと並んでいた。
「ユリコ」
 三木ヱ門はユリコに駆け寄ると、その鉄製の筒を優しく撫でる。本当に嬉しそうにただその仕草を続ける三木ヱ門には今一度ユリコが見つかって良かったと安堵して、扉に向かう。
「じゃあ三木、私も戻るね」
 邪魔しては悪いだろう。が三木ヱ門に声をかけると、三木ヱ門は慌てて立ち上がり、に駆け寄る。
「ん、どうしたの三木」
先輩、ユリコを一緒に探してくださって、本当にありがとうございました」
 真面目な顔で三木ヱ門に礼を言われて、は苦笑する。
「いいよそんなの。気にしないで」
 特に大したこともしていないし、と軽く手を振るが、三木ヱ門は真面目な顔を崩そうとせずにまっすぐにを見る。
先輩は、どうしてユリコを探すのを手伝ってくださったんですか?」
「え?」
 三木ヱ門の言葉に、は目を見開く。まさかそんなことを聞かれるとは思わなかった。他人が困っていたら手伝うのは普通だろう。ましてや同じ委員会で、可愛い後輩だったら、尚更だ。なぜそんなことを改めて聞かれるのかが分からず、は首を傾げる。
「だって……三木も私がなにか探してたら、手伝ってくれるでしょ?」
「そ、それはそうですけど」
「三木がユリコを大切にしてるから」
 は三木ヱ門の視線をまっすぐに見返して、続けた。
「それじゃ、答えにならない?」

「……いいえ。ありがとうございました」

 三木ヱ門はそう答えて、なぜか戸惑ったように俯いてしまう。三木ヱ門の様子に怪訝に思いながらも、は「じゃあね三木、おやすみ」と踵を返す。「はい、おやすみなさい先輩」と背中に届く声はいつも通りで、それにホッとしながら倉庫を後にした。









 大切。
 大切にしているもの。
 が去った後の倉庫で、三木ヱ門はユリコの手入れをしながら、さっきのの言葉を思い返していた。
 が言った通り、三木ヱ門だってがなにかを探していたら、それを手伝うだろう。探しているのが、それこそ『の好みの男の子の名前が付けられたなにか』であってもだ。
 が大切に思うものなら。……大切な人が、大切に思うものなら。

 ──私もきっと、それを大切に思う。

 が三木ヱ門のことをなんとも思っていないことは、悔しいほどに理解している。けれどが自分を親しく思ってくれているということは、純粋に嬉しい。それがたとえ後輩に対するものだとしても、嬉しいことに変わりはない。

「ごめんな、ユリコ。……ごめんな」

 ぽつりと、三木ヱ門は目の前の石火矢に謝罪の言葉を繰り返す。
 少しだけ──思ったのだ。ユリコがもう少し、見つからなければいいと。
 そうしたらは、もう少し自分の隣にいてくれただろうから、と。

 が好きだ。
 
 たった一つの年の差が埋まることは、これからも絶対に無い。絶望的なほどに三木ヱ門は年下のままで、は年上のままだ。
 けれどそれだけで諦めたくはないと、三木ヱ門は強く思う。
 それだけでは諦めたくないほど、好きなのだ。自分がおそらく眼中にないと分かっていても、好きなのだ。

 だから──

 三木ヱ門はが好きで、大事なことはそれだけで。
 そのとても簡単なことを、にたった一言伝えればいい。

 やるべきことが見つかると、三木ヱ門の胸中は軽くなった。まだ見ぬ誰かに嫉妬するよりも、が振り向いてくれないと嘆くよりも、に気づいてもらえばいい。
 私はただの後輩ではなくて、先輩を想う男の一人なのだと。


 好きです、先輩。


 その一言だけを。




















 終

 →三話『体調不良』