田村三木ヱ門夢
四話『多分ここが始まり』前編





 散々考えた。散々悩んだ。
 結果として、もうこうするしかないと思ったから、先輩を呼び出して、精一杯の勇気を振り絞って告白した。

先輩が好きです!」

 勢い余って大声になりすぎて、もうどうしたらいいのか分からなかった。
 けれど先輩は、数秒呆気にとられたように唖然としてから、ゆっくり微笑んだ。
 あ、あれ、もしかして、もしかして、と胸が高鳴る。
 もともと期待はほとんどしていなかった。ただ先輩を想うこの気持ちだけ知ってもらって、それからでいいから考えてくれないだろうかと、そう思っていたのだ。


「うん、そっか」


 けれど先輩は、そうあっさりと流すと、

「用はそれで終わり? じゃあまた明日委員会でね!」

 ──満面の笑顔のまま去って行った。



 ……あれ。

 今なにが起ったのかすぐには理解できず、かちん、と思考が固まってしまう。
 先輩に告白して。そして先輩は、そのまま返事もせずに帰ってしまって。

「……あ……」

 ああ、間違いない。これは、この展開はつまり、そう、つまり……

 ふられたのだ。



 ──理解した途端、死にたくなった。





















 ぱたぱたぱたぱた、自分の足音が響くのを感じながら、は早足に廊下の上を歩く。ああこんなに足音立ててるところを見つかったら先生にさぞ怒られるだろうなと思いつつ、そんなことに構ってられるか!とも思う。ぱたぱたぱたぱた、走るのだけは我慢して、とにかく足を進める。共用廊下を横切って、少し庭を降りて、そしてその先にある長屋の中へと飛び込む。
 頭に叩き込んである見取り図と照らし合わせて、目的の部屋へと急いで──
「ちょ!? !? お前なにしてんだ!」
 突然に見知った顔が現れて、驚愕の声を上げる。でもそんなものに構っちゃいられない。無視してずんずん先に行くと、「待て、待てって!」と後ろから尚も食い下がるように声が響く。ぐい、と腕を掴まれて、足を止めざるを得なくなった。
! ここ忍たま長屋だぞ、なに堂々と入ってんだお前!」
「うるさいわね、空気読みなさいよ!」
 掴まれた腕を振り解きながら、腹を狙って蹴り一発。ぐふ、とその場に倒れる顔見知りの忍たまに(よく見たら八左ヱ門だった)、これで大人しくなったと再度歩き出そうとすると、むんずと今度は足首を掴まれた。
「い……いきなりなにすんだお前! 悪いのはお前だろ!」
「黙ってなさいよ! 緊急事態なのよ!」
「……は?」
 きょとんとする八左ヱ門を振り落として、はさらに足を進める。途中廊下に出ていた忍たま達がぎょっとした顔で道を空けて行くのを気にもとめず、ようやくに辿り着いた、そこは会計委員長の部屋。声をかけることもせず、いきなり戸を思い切り開いた。
「委員長ーーー!」
「っ! ……な、、なんだお前、どうしてここにいる!?」
「そんなことどーでもいいんです!」
 どうやら自習でもしていたらしい文次郎の叫びを無視して戸を閉め、はずかずかと部屋の中に入り、文次郎の前に進む。
「どうでもいいってお前……」
「三木が!」
 文次郎の前に、どん、と勢いよく正座して、は呆気に取られている文次郎に向かって口を開く。
「み、三木ヱ門が?」
「三木、が……」
 つい先程起ったことが信じられなくて、は未だ混乱寸前の頭をどーにかしようと必死だった。言うのだって気恥ずかしい。しかし言わなくては始まらない。気合いを入れて、叫んだ。

「三木が、私のことを好きだとか言うんですよーーーーー!」

 しん、と静まり返った後。
「……帰れ」
 ぽつりと拒絶する文次郎に、は「いっやああああー! 相談乗ってくださいよ委員長ー!」と思い切りしがみついた。


 




 夕食を食べ終わり、部屋に帰ろうと廊下を歩いていた喜八郎と滝夜叉丸は、部屋の前に見慣れた紫の制服が倒れているのを見て、足を止めた。
「なんだ、あれは」
 滝夜叉丸が不審そうに言う言葉に、喜八郎は軽く首を傾げただけでとっととまた歩き出した。待て喜八郎、と慌てて滝夜叉丸がその後をついて行くと、倒れているのがよく知った人物なのだと分かり、慌てて駆け寄る。
「ど、どうした三木ヱ門」
 どさ、と行き倒れでもしたような格好で廊下に倒れ伏している三木ヱ門の異常な姿に、滝夜叉丸は軽く引く。喜八郎は、興味はないがこんなところに倒れられていると邪魔だ、と言わんばかりに冷ややかな目で三木ヱ門を見下ろしている。
「お、おい三木ヱ門、どうしたお前」
 気に食わない相手といえども、さすがにこの状態で放置しておくのはまずかろう。滝夜叉丸がゆさゆさとその身体を揺すってみても、三木ヱ門は反応しない。昏倒しているのかと思ったがそうではなく、ただぐったりと茫然自失の体で力が抜けているだけのようだ。真っ青な顔で焦点の合わぬ瞳が恐ろしく、滝夜叉丸はうっと手を離してしまう。
「わっ! どうしたの三木ヱ門君」
 後ろから聞こえた声に滝夜叉丸が振り向くと、タカ丸がびっくりしたようにこちらに駆けつけてくるところだった。タカ丸は慌てて三木ヱ門の元にたどり着くと、その場に座り込んで三木ヱ門の様子に目を見開く。
「ど、どうしたの? 二人とも、なにか知ってる?」
 問われて、滝夜叉丸と喜八郎は揃って首を横に振る。タカ丸は青ざめた三木ヱ門の顔を覗き込んで、「三木ヱ門君、三木ヱ門君」と覚醒を促そうとする。その横で、僕は関係ないと言いたげに、喜八郎がとっとと部屋に戻ろうとする。
「……あ……タカ丸さん……」
 ようやくに意識が回復したのか、三木ヱ門がぼうっとした目でタカ丸を見た。ちらりとその隣の滝夜叉丸にも目を向けたが、その瞳に相手の姿が映っているのか甚だ怪しいほどに曖昧な視線だった。
「どうしたの、三木ヱ門君。お腹減ったの? 体調でも悪いの?」
「気分は……良くないです……」
 相変わらず真っ青な顔で、三木ヱ門が無気力にどんよりと答える。
「一体どうしたの。医務室に運んだほうがいい?」
 タカ丸がかける言葉に、三木ヱ門は微かに首を横に振る。パタ、と喜八郎が自部屋の戸を開いた瞬間、絶望的な三木ヱ門の声が吐き出された。

「ふられました」

 しん、と静まり返る廊下。さすがのことに唖然としているタカ丸と滝夜叉丸の向こうで、パタン、と喜八郎が開いたばかりの戸を閉めた。そして三人の元に戻ってきて、三木ヱ門に向けて「…………」無言で合掌をする。
「ふ、ふられたって、三木ヱ門君」
「玉砕です。これ以上ないくらい完璧です。なにしろ笑顔でふられました……」
「い、いや、お前、ちょっと落ち着け、三木ヱ門」
 いきなりの失恋宣言にどう対処したものかと焦る二人(と静観する一人)の前で、三木ヱ門はばしん、と廊下の床を叩いて顔を上げる。どこかやけくそ気味に、
「ふられました……ふ、ふられました! ふられましたよーーーー!」
「おおおおおお前落ち着け、せめて声を落とせ!」
「三木ヱ門君、話は聞くからとりあえず落ち着いて、ね」
「ねぇ、なんでふられたの?」
「こら喜八郎、なに傷口抉ってるんだお前!」
「い、いいんだ、もともと期待はしてなかったから。でも、でも、ふ、ふられましたよ、ええ、ふられましたよ!!」
「ああもう! うるさいぞ三木ヱ門! いい加減落ち着け!」
「とりあえず、どこかに連れて行こうか。そこ二人の部屋だよね、貸して」
「ねぇ、なんでふられたの? 顔? それとも石火矢石火矢うざいから?」
「お前も追い詰めてないで手伝え、喜八郎!」
「どうせ、私なんかどうせ……でも流すのは! 流すのはあんまりです先輩、せめて考える素振りくらいしてくださってもいいじゃないですかーー!」
 吹っ切れたようにぎゃーぎゃー騒ぐ三木ヱ門を連れる二人(とちょっかいを出す一人)が部屋の中に消えて戸が閉められると、ようやくに廊下は静けさを取り戻す。あとには「なに今の声」「田村先輩ふられたんだって」「えええ!」「誰に? なんで?」とこそこそと囁き交わす忍たま達だけが、興味津々に部屋の様子を窺っていた。














「つまり、だ」
 顔をひきつらせつつ、文次郎は目の前で動揺しまくっているに向けて、今までに聞き出した情報を纏めようと口を開いた。
「お前は三木ヱ門に告白された」
「はい」
「しかし思ってもみないことだったから動揺した。そこまでは分かった。で?」
「はい。あまりに動揺したので、くの一秘伝・顔面操作の術で満面の笑顔を作って、とりあえず逃げてしまいました」
「で、その足で直接俺のとこに駆け込んできたわけか。……なにがしたいんだお前は」
 半眼になる文次郎に、はううっと身を縮めこませる。
「だって、だって三木が私を好きとかそんな……へ、変ですよ、おかしいですよー……」
 まだ頭が混乱しているのか、うーうー唸っているに、文次郎は嘆息を一つ。
「あのな。言っておくが、俺は三木ヱ門がお前に懸想していることは前々から知っていたぞ」
「なーーーー!?」
 本気で驚いたのか、はがばっと顔を上げ、それだけではなく凄い勢いで文次郎に詰め寄った。
「なんで教えてくれなかったんですか!?」
「アホかお前! どうして俺が言わなくちゃならないんだ! それはあいつの仕事だろうが!」
「でも……でもそんな…………あ、あれ。もしかして私……鈍感ですか? 委員会の他の子とかみんな知ってたりします? 知らないの私だけですか?」
 急に不安になったらしく恐る恐る聞いてくるに、文次郎は「あー」と首を傾げる。
「さあな、下級生のやつらが気づいてるかどうかは知らんが……まぁ、恐らく気づいてないだろうな」
「じゃあ、どうして潮江先輩は知ってるんですか」
「三木ヱ門が俺に妬いてきたからだ」
 答えると、はかちんと固まった。数瞬黙ってから、まさかと目を見開く。
「……え、あ、あの、それはもしや」
「お前が俺に気があるんじゃないかと誤解してたらしいぞ、あいつは」
 言ってやると、はとんでもなく恐ろしいことを聞いたと言わんばかりに硬直した。そして、おずおずと、
「あの、委員長に向かって申し訳ないんですけど……」
「お前が言いたいことは分かってる、言うな」
「ぶっちゃけほんと無理っていうか、ないわっていうか、三木は一体なにを考えてるんだろうっていうか」
「黙れ、ばか」
 真顔で無理無理と繰り返すの頭を一発はたいてから、文次郎はため息を吐く。なんだって会計委員の後輩はこうもややこしい奴らなんだろうか。
 はたかれたはいつもなら即座に反撃してくるだろうに、今はそのまま、うううう、と同じ音だけ繰り返して俯いている。目尻が赤くなっていて、ほとんど泣き出す寸前だった。
 はあ、と文次郎はため息を吐く。が三木ヱ門をふるにしろそうでないにしろ、とりあえず世話を焼くのは委員長の役目の内か、と諦めて。
「……分かった、話は聞いてやる。だからお前ももう少し落ち着け。そもそも、なにをそんなに動揺してるんだ」
「ありがとうございます……」
 珍しくしおらしく、はその場に座り直してきちんと正座をする。そして、俯いたままぽつぽつと口を開く。
「その……み、三木のことは嫌いじゃないです。可愛い後輩だと思ってますし、三木も多分私を慕ってくれてるし、いい先輩後輩関係を築けてるなって思ってたんです。でもそれは、その……委員会でも長い間一緒でしたし、なんていうか弟みたいな、そんな感じで……」
「男として見れない、と言いたいのかお前は」
「……そうなんでしょうか。よ、よく分からないんです。ていうか! そもそも私を好きってのがおかしいですよ! なんで私なんですか、なんで!」
 そこがとにかく理解出来ないらしく、は急に真っ赤に顔を染めてばしんばしんと畳を叩き出した。傷むだろうがと文次郎が引き離して、ようやく止める。
「なんでなんでって、そんなもん直接聞いてみりゃ分かることだろうが」
「そんな恥ずかしいこと聞けませんよ、っていうか、逃げちゃったし……うう、三木ー……な、なんでー……」
 じわっとの瞳に涙が滲み、頬へと伝う。いつも女とは思えないほどに荒っぽくて手がかかる後輩とはいえ、さすがに見てはいけないものを見た気がして、文次郎は視線を逸らす。なんちゅー面倒くさいことを。
 仕方なしにそこらにあった手拭いを投げてやると、は素直に受け取って、目元を拭う。
「とりあえずだな、。なんでもなにも、三木ヱ門がお前を好いているのは事実なんだ。お前が一番考えなきゃならんのは、それを受けるかどうかだろうが」
 なんでこんなことまで言わなきゃならないんだと思いつつ、文次郎はに告げる。は手拭いを目元から下ろすと、肩を落とす。
「わ、私……でも、分からないんです」
 はぎゅうっと膝の上の拳を握り締めて、また俯いて、途切れ途切れに続ける。
「三木は、好きです。でもそれはきっと、可愛い後輩だからです。み、三木が私のことを想ってくれるのは嬉しいですけど……でも、今までそんなこと、考えたこともなかったから」
 それは仕方ない部分もあるかもしれないな、と文次郎は少しばかりに同情する。が一つ年下の三木ヱ門を可愛がっているのは、文次郎も知っている。一年生の頃から面倒を見てきたせいで、今はどうあれ始めは男というより子どもでしかなかったのだから、今もその視点で三木ヱ門を見ていてもおかしくはない。好き嫌いではなくそういう対象として見ていなかったのならば、やはり動揺して当然だろう。
 まぁ、そうすると、今度は三木ヱ門が不憫ではあるのだが。
「じゃあ断れ。……いや、もう断ったのか?」
「いえ……逃げてきましたから、ちゃんとした答えは返してないです」
 はそう言うが、三木ヱ門にしてみれば、逃げられた時点ですでに拒絶されたと思っているだろう。ますます不憫になってきた、と文次郎は顔をひきつらせる。
「潮江先輩。私、三木が可愛いんです。いつの間にか私より大きくなっちゃったし、男の子だって分かってても……でも、でも私は前と同じで、三木が可愛くて……」
 上手く言葉に出来ないのか、は遂に口籠もる。
「あのな、。お前はつまり、どうしたいんだ。あいつのことを後輩としてしか見られないなら、きちんとそれを説明してふってやれ」
「わ、分かってます。私がちゃんと割り切れるなら、そうしたほうが三木にとっても良いことなんだって分かってます」
 でも、とはゆっくりと顔を上げる。先程拭ったばかりなのに、また涙が滲んで、頬に落ちていく。
「でも私、嫌なんです。たとえば三木をふったとして、三木が諦めてくれて……そ、それで、たとえば私じゃない誰かを好きになって、それで恋仲になって」
 はそこで一瞬口を閉じて、ため息を吐いた。微かに震えた泣き声で、続ける。
「それが、嫌です。せっかく三木が私を好きになってくれたなら、私は、三木に私を好きでいて欲しいんです。でも、私は三木のことを後輩としてしか見てないのに、そ、そんなの、駄目ですよね。そんなので恋仲になってほしいとか、三木に失礼ですよね」
「……ちょっと待て」
 なんだか矛盾している気がして、文次郎はの言葉を遮る。涙に濡れた瞳でが文次郎に視線を向けてくるのを、半眼で見返す。
「お前がなにを言ってるのかよく分からん。お前は、三木ヱ門のことを後輩としてしか見てないんだろう?」
「……多分、そうです」
「それなのに、自分を好きでいてほしいのか。お前じゃない他の女と付き合ってたら、嫌なのか」
「……はい」
「それは先輩だの後輩だのの範疇じゃないだろうが」
「え?」
 きょとん、とが目を瞬かせる。瞬いた拍子に、瞳からまた一筋涙が零れる。
「範疇じゃないって、でも……私は三木のことを後輩としてすごく好きですし、その、独占欲とか、そういう」
「そんな嫉妬深い上下関係があってたまるか。……おい、お前本当はどうしたいんだ、よく考えてみろ」
「…………私は……」
 ぽつり、とは俯いて、自分の感情を整理するようにしばし沈黙を持った。そうして、ゆっくりと顔を上げる。
「私は、三木が好きです。三木が私のことを好いてくれるのは、すごく嬉しいです。それで……私のことを好いてくれたなら、ずっとそのままでいて欲しいです。だから、恋仲になれるなら、むしろ嬉しいんです」
 そうして、少し諦めたように、淡々と続ける。
「でも私は、きっと三木を後輩としてしか見てないです。今までそうだったし、これからも多分そうです。三木がすごく可愛くて、一緒にいて欲しいです。でも……私がそんな、恋心以外の意味で三木の傍にいても……三木は嬉しくないですよね」
「ややこしくなってきたな……。とりあえず、一つだけ答えろ。お前、三木ヱ門と口付けするのは嫌か」
「……はっ!?」
「いいから答えろ、嫌か」
「……い、嫌じゃないですよ。三木可愛いですし。三木がしたいなら、……いえ、私がしたいです。でもそれは私が三木を気に入ってるからで」
「それだけあいつを意識しておいてまだ先輩面するつもりか、アホウ」
 文次郎は嘆息しつつ、ぱしん、との頭をはたく。え? とは目を見開いて、意味が分からないと言いたげに首を捻る。
「ど、どういう意味ですか。私、なにか変なこと言いました?」
「気づいてないようだから言ってやる。お前のそれはただの恋だ。三木ヱ門のことを後輩だ後輩だと考えすぎるからわけがわからなくなるんだ」
「こ、こ、恋?」
 告げられて、はぎょっと身を引く。自分の言動を思い出して、そしてそれを理解したのか、かあっと顔を赤くする。
「い、いや、でも私は三木のことは後輩として、その、好きなのであってですね!」
「いい加減認めろ。というか正直言うと凄まじく面倒だ。もういい、惚気話がしたいなら三木ヱ門と二人でやってこい、俺を巻き込むな」
 しっし、と追い払うように手を振ると、はまだ混乱しているのか、頭を抱えて、
「み、三木が好き? 確かに大好きですけど……恋? で、でも確かに普通の後輩だったら触りたいとか思わないし、でも私三木に触りたいし触って欲しいし……」
 あれあれあれ、と自覚した感情に顔を赤くするに、文次郎はさすがに嫌気が差す。
「あーもう! 人の部屋で惚気んじゃねえ! いいから、三木ヱ門に今考えていることを全部言ってこい!」
 勢い良く言葉を投げられて、はびくっと身体を震わせる。ううう、とまたひとしきり迷うように唸ってから、吹っ切れたように立ち上がる。
「わ、分かりました! 私、三木が好きです! 三木がすごく好きだし、ずっと傍にいて欲しいです!」
 それが本音だ。ようやく吐き出したに、文次郎は小さく笑う。
「おー、そうしろ。いいか、ふるにしろふられるにしろ付き合うにしろ、委員会に禍根を残すようなものは止めろよ。後腐れがないようにしっかり話し合ってこい」
「はい! あの、潮江先輩、本当にありがとうございました!」
 大きく頭を下げると、はそのまま戸を勢いよく開き、廊下に走り出して行った。勢いのある足音が、瞬く間に去っていく。
「……はぁ」
 本当に手のかかりすぎる後輩だとため息を吐きつつ、文次郎は開け放されたままの戸を閉めようとその場から立ち上がる。と、ふと気づいて顔をしかめた。
「……あいつ、人の手拭い持って行きやがった……」








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