鉢屋三郎夢
六話『夜明け』前編
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「突然の思いつきじゃーーーーーーーーーーーーー!!!」 忍術学園恒例の、学園長先生による突然の思いつき。 今回運悪くその気まぐれの的になったのは、五年男女全員だった。 いつもよりも少し早くお布団に入ったのは覚えている。 その夜は夕食を済ませてお風呂に入って予習復習を終わらせても、まだ就寝時刻までだいぶ時間があった。普通の子なら自主トレとか他の部屋に遊びに行くとかいろいろ選択肢があるんだろうけど、私はこういうときはいつも迷わず寝てしまう。少し前に学園長先生のお使いで徹夜してしまった経験があるから、なおさら眠れるときには眠っておこうという気持ちが大きかった。 だから同室の親友に先に寝るねと声をかけて、さっさとお布団を敷いて潜り込んだ。親友が気を遣って燭台の火を消してくれようとするのを、そのままでいいよと伝えて、身を縮めて目を閉じた。 そのまま心地良い眠りに落ちてしまえば、目覚めの良い朝を迎えられたんだろうけど。 「五年全員集合! みんな起きて!」 ほとんど寝入ったという感覚がなかったから、寝て一刻も経っていなかったと思う。ぱたぱたという足音と共に、くの一教室五年の学級委員長が次々と五年生の部屋の戸を開けて声をかけていく。布団から出ると、すぐ隣で寝る準備をしていたらしい親友が、困ったような緊張したような顔で「なんだろうね」と首を傾げた。 上級生にもなると、夜中に突然叩き起こされて「はい今から実習です」ということは珍しくない。咄嗟のときにでも対応出来る訓練なのだろうしそれは理解しているけれど、一度頭が眠りに落ちてからのこれは、いつも辛い。 目を覚まして素早く忍び装束に着替え、集合場所だと伝えられた校庭へと急いだ。授業ならともかく試験じゃなきゃいいなと思いながら私含む五年生の女子がたどり着くと、校庭にはすでに五年男子達がいて、あれなんで女子が? という目を向けていた。すでにその場に集合している先生達も、五年男女の担当教師だ。一体なんだろうと女子同士で顔を見合わせたとき、学園長先生の声が響いたのだ。 「それではこれから、五年生対抗山中ランニング大会を始める!」 その言葉で全てを察して、うわ、と生徒達から苦悶の声が漏れた。私含めてみんなまたかと一斉にため息を吐き、楽しそうな学園長先生に半眼を向ける。その隣に並んでいる先生達の顔もほとんど私達と同じもので、気づいていないのは学園長先生お一人だった。 ──よりにもよってランニングかよ、この夜中に。 五年専用の矢羽音で、次々と愚痴が聞こえてくる。私もうんうんと同意の矢羽音を飛ばす。試験ならばともかく、学園長先生の思いつきとなると授業点数も期待できないし。 ──俺、朝早くから委員の当番なんだけど。授業じゃないなら寝かせてくれねーかな。 ──なんで五年生しかいないんだろ。私達だけなの? ──学園長先生がサイコロ振ったら五が出たからだって。さっき三郎が言ってたよ。 ──よし。これ終わったら、学園中のサイコロ細工して五が出ないようにしてやる。 ──早く部屋に帰って寝たいな……。 ──ねぇ、学園長先生を的にして手裏剣投げたら、問題になるかしら。どう思う? ──明らかに退学だろ。大体成功するとも思えないし、気持ちは分かるけどやめとけよ。 ぶつぶつぶつぶつ愚痴を零し合う生徒達をよそに、学園長先生は声を張り上げる。 「ルールは簡単じゃ! 明かりを持たずに裏々山を山頂までランニングしてくること! 一位のやつにはわしから褒美をやろう!」 ──褒美って、どうせまたいつもの…… という全員一致の矢羽音は裏切られなかった。 「なんと今回はわしのグッズの詰め合わせじゃ! ブロマイド五枚セットに等身大フィギュア、学園長トレーディングカードにお風呂で膨らむ学園長人形、わしの顔を縫い込んだ手ぬぐいに湯飲み、一日デート権に隠し隠さず綴った学園長自伝まで! もちろんすべてサイン入りじゃ!」 ──あーすごいすごい。で、そろそろ帰っていいかな? ──誰でもいいからもらってあげなさいよ。私以外の誰かが。 ──保健委員、呼ばれてるぞー。 ──前向きに考えろよ。学園長先生のグッズって、学園の外だと結構良い値で売れるらしいぞ? ──売ったのバレたらそっちのほうが怖いよ……。 矢羽音では文句たらたらでも、抗議を直接口にしないのがこの学年のいいところ……というかおとなしいところだと思う。これまでの学園生活でこの程度のことにはすでに慣れてしまっている、というのも大きいんだろうけど。 とにかくつまりはそういうことで、私達は夜中に山中ランニングをすることになった。 一、裏々山を山頂まで登ってくること。 二、一人一人別々の場所から一斉に出発すること。 三、とにかく一番先に山頂までたどり着いた者の勝ち。 学園長先生が仰ったとおり、ルールは本当に簡単だった。裏々山なんて慣れた場所だし、順位が低くても『長期休暇がなくなる』みたいな罰則もなさそうだから、今回はまだましな方だ。とりあえず一位にならないよう適当にやって早く終わらせよう、という雰囲気がそこら中から漂ってきていた。その間を、先生達や学級委員達が、説明や準備のために忙しく歩き回っている。 「……んー……」 「、大丈夫? まだ眠い?」 「ん……目は覚めたけど……」 心配そうに顔を覗き込んでくれる親友に、小さく微笑む。寝起きは悪くないからもう頭ははっきりしてるけど、だからといってやる気はあんまり湧いてこない。学園長先生には申し訳ないけど。 「早く終わらせて部屋に戻ろうね。……あ、はい! じゃあ、も頑張って!」 「うん、ありがとう。また後でね」 先生に名を呼ばれて、親友は足早に駆けていった。それを見送ってぼーっとしてると、「おい」と後ろから軽く頭を叩かれた。 「あ、三郎」 振り向いた先には、腕に『審判』と縫い取りされた布を巻いている三郎がいる。面倒そうな顔で、ほら、と折りたたまれた紙を差し出された。 「お前の出発地点だ。鐘の音で開始だから、それまでにそこで待機してろよ」 紙を受け取りながら、私は眠さもあって三郎に羨む視線を向けてしまう。三郎は学級委員長だから、いつもみたいに審判役でランニング大会には参加しないんだろう。 「三郎、いいなー……」 「そう言うなよ。これはこれでかなり面倒くさいんだぞ。後片付けも俺達がやらなくちゃならないし」 ぶつぶつ零す三郎に、それはそうなんだろうなとちょっと申し訳ない気持ちになる。学園長先生の思いつきで一番被害を受けているのは、学級委員長委員会と先生達だろうから。 「ほら、そろそろ行ったほうがいいぞ。今日は三日月だからあんまり明るくないしな」 「うん。三郎も頑張ってね」 頷いて三郎に背を向けた瞬間、ぐい、と後ろから髪を掴まれた。頭巾を被るためにひとまとめにしていたから、その勢いで後ろに倒れそうになる。 「わっ! な、」 なにするの、と文句を言おうとしたそのとき、ぽつりと三郎の声が耳に届く。 「──気をつけろよ」 「……え?」 「じゃあな」 ぽん、と私の背を軽く叩いて、三郎はさっさと闇の中に消えていった。どういう意味だろうときょとんとしていると、「早く行きなさい」と先生に促されて、慌てて自分の出発地点に走り出した。 夜は忍者の時間。 今日みたいにあまり月の光がない夜なんて絶好の……と忍務なら言えるのだろうけど、これはただのランニング大会。頂上まで来いというだけならば、正直明るいほうがありがたいのに。 紙に書かれていた出発地点へとたどり着いて、私は眠気がぶり返さないようにと軽く手足を動かした。その間に身体が温まってきて、目もかなり闇に慣れてきた。まあ程々に頑張ろう、と気合いを入れたとき、ちょうど開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。 一呼吸して、走り出す。裏々山には慣れている。昔から実習や自主トレで使っていたということもあるけど、私はそれ以外にもよくこの山にお昼寝に来ていたから。 とりあえず頂上付近まで行って、ゴール地点を確認してから誰か到着するのを待っていようかな、と無難に考える。たぶん、みんな同じ考えだと思うけど。 雲が多い今日は、元々少ない月光がすぐに消えてしまう。僅かな光と土地勘を頼りに木々の間を走っていると、ふいに、ぞくりと悪寒が走った。 「っ!」 頭で考えるより先に、その場から飛び退いて伏せた。駆けていた最中だったから、伏せるというより勢いのままに地面の上を転がることになる。頭を庇ったせいで二の腕を少し擦り剥いたけど、次の瞬間、さっきまでいた場所に鋭く石が穿たれたのを知って、息を呑んだ。 小石で抉られた地面。これは投石……印字打ちだ。 第二撃に備えて咄嗟に茂みに飛び込んで気配を消したとき、「ほう」と明らかな人の声と気配が発された。 音を立てないように必死に息を殺していると、その気配は草を踏みしめて近寄ってくる。 「腐っても五年か。避けられんだろうと思ったが」 「…………」 「声を聞いて分からんのか。不意打ちはもうやらんから、出てこい」 呆れた声に、私は仕方なく気配を消すのをやめて、その場から起き上がる。 声を聞いて分からなかったわけじゃなくて、なんだか嫌な予感がしてこのままなかったことになればいいのにと思っていただけなんだけど。 「……こんばんは、潮江先輩」 「おう。月光が少なくていい夜だな」 数歩先。にやり、と笑う潮江先輩の姿に、私は嘆息する。夜目にもはっきり分かる目の下の隈、それなのになぜか圧倒される気配。殺気を出されるまで、私は潮江先輩の気配に全く気づかなかった。印字打ちの正確さといい、さすが最上級生だと素直に尊敬する。 もちろん、この人に勝てる気は全然しない。 「えっと、私はランニング大会の途中なんですけど、潮江先輩はいつものギンギン鍛錬ですよね、お疲れ様です。ではまた学園で」 そそくさと逃げようとしたら、案の定「あほか」と引き止められた。 「状況判断の鈍いやつだな。気づけよ。ランニングなんてチンケな大会を学園長先生が思いつくわけないだろうが」 「つまり……?」 「つまりだ。五年が頂上に辿り着くのを、四年と六年で妨害する。それをかいくぐってゴールしたやつの勝ちだ。言っとくが、俺達妨害側はゴールさせた人数に応じて長期休暇の宿題が増えるらしいからな。手加減すると思うなよ」 嫌な予感が当たってしまう。確かに、少し簡単過ぎるなとは思っていたけど。 「ご丁寧に説明ありがとうございます。では私はこれで」 「おいこら、なに帰ろうとしてんだ」 踵を返そうとしたけど、やっぱりまた引き止められた。 「あの……私、こういうのあまり得意じゃないんです」 「だろうな。得意そうには見えん」 言いながら、潮江先輩が前に出る。その分だけ身を引きながら、私は焦った。潮江先輩も分かってるんだろう。この後ろは、少し先が崖になっている。逃げ場がない。 「それに私、潮江先輩みたいに寝なくても平気な身体じゃないですし……」 「相変わらず腑抜けた女だな。だから、なんだ」 「ええ、なのでぶっちゃけ」 「ぶっちゃけ?」 「……やる気が、ありません」 「ふっ」 素直に言うと、潮江先輩は腰に手を当ててやれやれと笑った。あれ、もしかして分かってもらえたのかな、と期待した瞬間、 「……っんの、気合いの足りんくの一がっ!! 俺が直々に根性叩き直してくれる! 刀を抜け!」 思わず耳を塞ぎたくなる、雷みたいな怒声が響いた。 「やっぱり……」 無駄だろうなと思っていたけど、やっぱり駄目だった。刀なんて持ってないから、とりあえず腰元から苦無を取り出す。潮江先輩にはときどき、昼寝しているときに『忍びともあろうもんが、昼間から外で寝るなんて醜態晒すな!』と叱られる。はっきり言って、六年生の先輩の中で一番苦手だ。 「俺は女子だからと手心を加えたりせんからな。どっからでもかかってこい!」 「………………はい」 諦めて、私は苦無を構えて潮江先輩を見据える。 この先輩に真っ正面にぶつかって勝てる可能性は、一割もないだろう。私は直接的な戦闘があまり得意ではないし、潮江先輩はなによりも年上の男の人だから。 こういうときに口が上手かったり泣き落としが使えれば、少しは不意をついたり油断させたり出来るかなと思うんだけど、私はそれも苦手だ。仕方なく、苦無を構えたままもう一歩下がる。 私はこの山をよく知っている。たぶん、潮江先輩と同じくらいには。 「潮江先輩」 「なんだ? 繰り返して言っておくがな、俺も自主トレ中に駆り出されて苛ついてんだ。優しい対応なんぞ望むなよ」 「いえ、それは分かってます。ですから、」 「なんだ」 「ごめんなさい」 手にした苦無を潮江先輩に投げつけ、踵を返して地面を蹴った。一瞬間を置いて、弾かれた金属音が響く。続いて私に迫る気配。それに追いつかれる前に、目の前に広がった崖へ勢いよく飛び降りた。 身体がふわりと宙に浮き、そして急激に沈む。その独特の感覚を覚えながら、地面を蹴ったと同時に取り出した鎖鎌を崖途中の木に投げつける。手応えを感じて身を固くした瞬間に落下が止まり、どん、と身体が木の幹に叩きつけられた。そのまま静かにしていると、だいぶ上のほうから「ちっ」と舌打ちの音と共に潮江先輩の気配が消えた。私を追ったのか諦めたのかは分からないけど、とりあえずあの場から逃げるのは成功したらしい。ほっとして木の幹に登り、体勢を整えて鎖鎌を直した。 辺りに人の気配がないのを確認して、木から下りる。崖途中で勾配のきつい場所を滑らないように慎重に移動して、獣道へとよじ登った。 改めてまたほっと身体の力を抜いて、私はやれやれと座り込む。ざっと身体に異常がないか確認して、ため息を吐いた。 一位にはなりたくないけど、妨害で怪我をするのも嫌だ。とはいえゴール付近にはさらに六年生と四年生が待ちかまえているだろうし、下手に動くのも避けたい。 試験かもしれないからと、実戦用の装備をしてきたことは幸運だった。いつもなら鎖鎌なんて重くて持ってこないから。 耳を澄ますと、遠くからほんの小さくだけど金属音とか人の声とかが響いてくる。きっと出発地点によって妨害相手もすでに決まってたんだろう。 さて、これからどうしようか。 いつまでもこうしていても潮江先輩が追いついてきてしまうし、とりあえずは喧噪の少ないところに移動しようと、私はその場から立ち上がる。周囲の様子を探りながら、走り出した。 頂上付近は特に危険だろうから、中腹あたりで落ち着ける場所を探そうかな、と思う。私も伊達にここで遊んだり昼寝をしていたわけじゃない。けれど、それはさっきも思ったように、潮江先輩を初めとする六年生と四年生も同じだ。 ……やりにくいなあ。 中腹へ向かう間には、他の気配は感じられなかった。慣れている場所とはいえ、山は広い。朝まで見つからないように隠れているのも悪くない手だろう。 この状況下だと、少しでも熟知している場所にいるほうが有利だ。足は自然に、よく自主トレやお昼寝で使っていたところへと向かう。ざわざわと風に木々が揺れる雑音が絶え間なく届く。その中に人の気配がないか慎重に耳を澄ませながら、私はとにかく駆け続けた。 ──ふと。唐突にそれに気づいて、私は反射的に近くの木へと素早く登った。 木を揺らさないよう、静かに木の幹に腕を回して気配を消して、下を覗き込む。 数呼吸ほど待つと、薄い気配を纏った人影が現れた。月が雲で隠れてしまった闇の中ではあまり見えないけど、明らかに学園の装束を着た生徒だ。身体の線は男子生徒。手に持っているのは木刀だろうか、子どもの背ほどもありそうな長いなにか。 私は木の幹からもう少し身を乗り出す。同年の生徒ならば、今は味方だ。一人でいるよりも二人のほうが心強いし、そうだったらいいなと思ったとき、雲が晴れて、弱い月光が辺りを照らした。 ……残念。 月の光に浮かび上がった人の姿は、五年生ではなかった。木刀だろうかと思ったのは、彼がいつも持っている鋤だ。 四年の喜八郎君。私のことには気づいていないのか、喜八郎君は辺りを窺いながら、ごそごそと茂みや木の根元を探る。たぶん、得意な罠を仕掛けているんだろう。 私は静かに懐を探る。さっき苦無を投げてしまったから、直接戦闘に使えそうな武器はあまりない。鎖鎌と、小刀と、あと棒手裏剣が何本か。 このまま、なにもせずにやり過ごすのが一番だろう。せめてもと罠を仕掛けている場所を覚えようと目を凝らして喜八郎君を見ていると、少し前に出すぎたのか、ざわ、と幹を揺らしてしまった。 しまった、と思ったときには喜八郎君が顔を上げて、私が潜んでいる木に視線を向けた。その目が細められ、喜八郎君の手がぴくりと動きそうになった瞬間、私は木から飛び降りた。 着地したと同時に、小刀を構えた。距離は五歩分程しかない。木の上に向いていた喜八郎君の視線が、地面に下りた私へとゆっくりと移動する。 そして次の瞬間、改めてその手が動いた。無言のままに。 ────っ! 瞬時に襲う風を切る音に、反射的に飛び退いた。続いて放たれる二撃、三撃。急所を狙う攻撃を、私はほとんどぎりぎりで避ける。このまま追い詰められたら、まずい。 焦る気持ちに強く地面を蹴り上げ、後ろに飛び退いて距離を取った。 喜八郎君の動きは、そこで止まる。小刀を構え直す私に、喜八郎君はきょとんとした表情で首を傾げた。あてが外れた、というように。 「おや。先輩でしたか」 「あれ? 気づいてなかったの」 「ええ。たぬきかきつねだろうと思ってました。どうせ獲るならうさぎがいいのになって」 真顔で言われて、どう返そうかちょっと迷う。私の顔を見ていたはずなのに。 喜八郎君はさっきまで振り回していた鋤をくるくる回して、地面へと軽く突き刺した。 「ちょっとだけ人かなと思いましたけど、先輩だとは思いませんでした。動きが俊敏でしたから」 「……えーと、ありがとう……かな?」 たぶん褒めてもらったんだろうな、と解釈する。……たぶん。 「つまり、いつもは俊敏には見えないってことかな」 「はい。先輩はよくぼーっとしてらっしゃるので、もっと鈍いんだろうと思ってました」 うわ。一応は先輩の私にこの言葉。さすが喜八郎君だなと私は妙に感心してしまう。 喜八郎君はざくざくと手遊びするように鋤を地面に突き刺しながら、「ああ」と思い出したように頷く。 「そういえば先輩、あまり僕の穴には落ちてくれませんね。野生っぽいんでしょうか。今もやっぱりたぬきを相手にしてる気分です」 「たぬき……」 全力で失礼なことを言われてるけど、なんだか怒る気がしないのは、喜八郎君に悪気がないからなのだろう。……でもそれはそれでどうだろう。 「私はたぬきよりもうさぎのほうがいいな」 「そうですね。うさぎのほうが絶対に美味しいです」 「うん。可愛くて美味しいなんて最高だよね」 「僕もそう思います」 頷いて、喜八郎君は地面に突き刺していた鋤を持ち上げた。その先を、ゆっくりと私に向ける。 相変わらずの、淡々とした無表情で。 「では、うさぎを狩るつもりで行きます」 →六話『夜明け』後編 |