富松作兵衛夢
『いつの世までも末永く』三話
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「うおっ、作兵衛が花なんか飾ってるぞ! どうした!? 食うのか!? 食えるのか、これ!? 美味いのか!?」 「紫か。紫色は甘い花が多いんだったな、確か」 部屋に帰って文机の上に花を飾ったら、案の定同室の奴らに絡まれた。 「潮江先輩が、ほとんどの花は煮たら食えるって言ってたぞー」 「七松先輩は、ほとんどの花はそのまま食えるって言ってたな」 「じゃあ、きっとその花も食えるな!」 「うるせー! 食うための花なら飾るわけねぇだろうが! つか触んなよお前ら、この線から入ってくんなよ! 本気で怒るからな!」 「なんだよー。食えるかどうか聞いただけじゃないか。委員会で遭難したとき食おうかなって」 「おう。委員会で遭難したとき食えるかどうかだよな」 「おめーらの委員会はなんで今でもそうなんだよ……! いいからぜってーに触んなよ! あともう女子寮に迷い込むなよ、こちとら命がけなんだからな!」 大体お前ら何回女子寮に迷い込んだら気が済むんだ実はわざとやってんじゃねぇのかお前らがそんなだから俺最近後輩達に『あ、迷子の先輩達の保護者の先輩だ』とか言われてんだぞこら同い年で保護者ってどういうことだよおい、聞いてんのかお前ら! 仁王立ちして説教しても、左門はほうほうと、三之助はへいへいと、分かったような分かってないような返事をして、もう興味を無くしたようにさっさと布団に潜り込む。委員の後輩に死ぬほど説教すると言った手前、こんなもので済ませられねぇ。 正座させてやる、と二人が潜ってる布団を引っぺがしてやろうと思った瞬間、 「まぁ、その花は女にもらったか女にやるかのどっちかだろ。作兵衛のことだから先輩絡みに決まってる」 「作兵衛ー忍者の三禁を忘れるなよー! いちゃいちゃ禁止だぞ! 尻に敷かれるなよ!」 「うるせえええええええーーーーーーー! お前らもうさっさと寝ちまえええええええええええええ! てか俺どんだけバレバレなんだあああああああああああ!」 腹の底から叫んだら、「うるさいのはそっちだ、さっさと寝ろ三バカろ組!」って庭で自習してた藤内にしこたま怒られた。 その次の日も、もちろん用具委員会の仕事はあった。それでも昨日後輩達が頑張ってくれたおかげで、ここ最近にしては珍しく見通しが立てられるほどには少なくなっている。六年の試験も明日で終わるらしいし、今日も少し頑張れば、そろそろ落ち着けるだろう。もう一踏ん張りだ。 「よーし、全員揃ったな。それじゃ、とりあえず今日の仕事を纏めてくれるか、喜三太」 「はーい! 今日の追加修理箇所は、六年生の喧嘩に巻き込まれた川西先輩が不運で壊しちゃった食堂の椅子だけなので、昨日の修理の続きが主になると思いまーすっ。えっと、なにが残ってるんだっけ、しんべヱ?」 「はいはーい、昨日の続きはね、女子寮は全部富松先輩がやってくれたから……。図書室の本棚があと一つと、手裏剣投げ練習場の壁の仕上げと、それと昨日出来なかった学園長先生の盆栽の飾り棚でーす」 「あ、あとー……食堂のおばちゃんから、時間があれば食料品倉庫の整理を手伝って欲しいってお願いが来てますー……二人で半刻もあれば終わるそーです……」 「おう、みんなありがとな。食堂のおばちゃんにはいつも世話になってるから、手伝わねぇわけにはいかねぇな。昨日の修理が残ってるとこは、担当してたやつが続きを頼む。飾り棚は俺がやるから、あとまだ手が空いてるやつは食堂のおばちゃんのとこに行って、おばちゃんの手伝いと椅子の修理をやってくれ。やること分かんねぇやつはいるか? ……よし、じゃあ今日も早く終わらせて帰ろうな!」 『はーーーーい!』 元気のいい声と共に、委員達が自分たちの仕事に取りかかる。今日は昨日より仕事が少ないからだろう、みんな嬉しそうだ。用具倉庫から道具箱を取り出してきて、個々の修理場所に散らばって行く。 「仕事が終わったらここに集合な! みんななんかあったら三年生以上に聞いてくれ! 俺は学園長先生の庵かここにいるからな!」 「はーーーい!」 「山村先輩、釘これくらいあれば足りますか?」 「うん、大丈夫だと思うよ。じゃあ、図書室にいこー!」 「漆喰ちゃんと乾いてるといいけど……」 「食堂のおばちゃんのお手伝いしたら、美味しいご飯食べられるかなぁー」 「しんべヱせんぱい、よだれよだれ」 「うーん、じゃあ俺は先に整理すっかなあ……」 飾り棚の修理は、半刻もかからず終わるだろう。ここ数日ばたばたしていたから、用具倉庫の整理があまり出来ていない。それを先にしようかと思っていると、ふいに斜め後ろから「あのう、富松先輩ー……」と平太の声がした。 「ん、なんだ平太……ってかお前、何度も言ってっけど、声かけるときは目の前からにしたほうがいいぞ。慣れてねぇやつだと驚くからな」 「……日向先生にもよく言われるんですけど……これが僕と僕のクラスの個性ですから、簡単には変えられないです……」 「あ、ああ……そうかもな……。で、どうした、平太」 「はいー。どこも手が足りてるみたいなので、僕は富松先輩のお手伝いをしようかと……」 薄暗く微笑む平太に、そうかと俺は頷く。平太は暗い印象ばかりが強いけど、仕事もちゃんと覚えているし言ったこともきちんとやるし、頼りになる。 「そうだな。おばちゃんの手伝いに何人もいてもしょうがねぇしな。じゃあ平太、お前は備品の手入れをしてくれるか。最近時間が取れなかったからな、だいぶガタが来てるんだ」 「はい、分かりましたー……」 ぱたぱたと、平太が用具倉庫に備品を取りに行く。俺はさっき下級生達が置いて行った道具箱を開いて、その中身を取り出した。金槌とか釘抜きとか鉋とか、用具委員の補修用の道具だ。道具からきちんと手入れしとかねぇと、作業にも支障が出ちまうからな。 錆びかけているものを研ぎ直したり磨いたりしていると、用具倉庫から出てきた平太も、手入れが必要な手裏剣の入った籠を下ろして、俺のすぐ隣に座る。 「富松先輩、油ですー……」 「お、ありがとな」 錆び防止用の油を間に置いて、俺と平太は並んで備品の手入れを始めた。他の委員は全員それぞれ散らばって行ったから、二人きりだ。 そのときふと昨日のことを思い出して、そうだ言わなくちゃならねぇんだったと、平太に顔を向けた。 「なぁ、平太。ちょっといいか?」 「はい……? なんですか、富松先輩」 「えっと、あのな。昨日、俺が女子寮に修理に行ったときのことなんだけどな」 「あー……富松先輩お疲れ様です。僕ならあんな怖いところ、絶対行けません……」 考えただけでちびりそうになります……と平太は肩を落として縮こまる。平太は薄暗いところや不気味なところが好きなわりに、かなり恐がりだ。女子寮の修理を一番恐れている委員かもしれない。……昨日は俺も素でちびりそうになったけどな。 「いや、そうじゃねぇんだ。あのとき先輩が、自分が壊したから直してくれって頼みに来ただろ?」 「はいー……」 「あれな、違うらしいんだ。壊したのは先輩じゃなくて、その友達の先輩だったらしい」 本当は委員全員の前できちんと言うつもりだったけど、忘れてたから平太にだけでも言っておかねぇと。 今までにも先輩は自分が壊したってよく言いに来ていたから、委員達は先輩を誤解しているかもしれない。万が一恨まれたりしていたら、先輩が気の毒だ。 ま、本人はやっぱり気にしないかもしれねぇけど。 「ああ、そうなんですか……」 俺の言葉に、平太は小さく頷いただけだった。特になんの感想もありません、という風に。少し拍子抜けして、俺は続けて言葉を足す。 「や、あのな。たぶん先輩、昨日のだけじゃなくて今までのも、自分で壊したって言ってても違うかもしれねぇんだ。だからその……」 「分かってますよー……」 ぽつりとした平太の声に、言葉を切る。平太は手裏剣を磨く手を休めて、小さく微笑んだ。 「先輩だけが壊してるなんて、みんな思ってないですよ……。昨日も、先輩はきっと、言いに来るお役目なんだねってみんなで言ってました。……だから誤解してないですし、先輩のこと嫌いじゃないですよ……」 「……そうか」 俺がなにを危惧していたのかも分かっていたんだろう。その言葉に安堵したのも束の間、平太はすうっと微笑みを消す。少し悲しげに。 「それに、先輩が壊してても壊してなくても、僕達が女子寮に直しに行くことには変わりないですし……」 「そ、それはそう……だな。いつもわりぃな……」 「いいえ。だから富松先輩はほんとにすごいです……。喜三太とかしんべヱとかは結構楽しそうに行ってますけど、僕は怖くて……」 「あー、そうだな」 あの二人は、他の委員と違ってそこそこ女子生徒と仲が良い。性格的にあまり警戒心を抱かないだけかもしれねぇけど。 それはともかく、とりあえず俺はほっとした。女子生徒は先輩含めてみんな悪辣なところがあるけど、だからって誤解されるのはよくないしな。 「先輩はー……ちょっぴり変だけどいい人ですよねー……」 「……まぁ、変なのは確かだな」 磨いた手裏剣に油を塗りながら、平太が小さく笑う。惚れた欲目は置いておいて、あのひとは確かに遊び半分で男子をいじめたりしないし、総合的に嫌な人じゃない。でもいい人かと言われるとちょっと疑問に思う。男子で遊ぶこと自体、面倒くさいからやらないだけ、という気もするし。 「いい人ですよー……。この間ですね、富松先輩が実習でいらっしゃらないときに、委員会のお手伝いをしてくださったんですー……」 「へ? なんだそれ、聞いてねぇぞ。先輩が?」 「はいー。富松ちゃんには内緒ねって……あ、言っちゃいました」 「あー……まぁ、聞いてねーことにするから大丈夫だ。……そっか。いつかなんかで礼しねぇとな……」 「バイトがないからって、夜遅くまで手伝ってくださったんです……。先輩はいいひとですよ……用具委員会を手伝ってくださるなんて……こんなに大変な用具委員会を……」 きらきらきらきら、平太の目が輝いている。やべえ、それだけでこんなに懐柔されるとか、こいつめちゃくちゃ委員の仕事に疲れてるんじゃねぇのか。ちょっと心配になってきて、これから平太のことをちゃんと見といてやらねぇとなー、と。 そう思ったときだった。 「────っ!」 ぞわっ、と突然に背筋が震える。殺気だ。咄嗟にすぐ傍の平太を抱えて飛び退いた直後、今まで俺がいた場所に、近くの茂みから二つの影が勢いよく飛び出してきた。 「ひぇ……! 怖いよう……!」 「平太、どいてろ!」 平太を後ろに突き飛ばし、腰元から苦無を取り出す。辺りに学園生徒はいない。平太を庇ったまま二対一、どこまでやれるか分からねぇけど、やるしかねぇ……! 苦無を構えて、その二つの影に飛び込もうとした、その瞬間。 「ちょっと、どういう意味よあんた達! その気なかったけど殴るわよ!?」 「あれれ、ふつーに出てきただけで戦闘態勢とかどういうつもり? 知らない間に忍たまとくのたまとの全面戦争が始まってたのかな?」 二つの人影の正体が分かって、苦無を取り落としそうになった。 「……あ、あれ? 先輩方?」 「ご機嫌よう、富松君。その苦無は私達に投げようとしてるのかしら? どうなのかな?」 「そしてそこに転がってる小さいのは、私達だと分かった上で震えてるわね? そんなに悪役になって欲しいならほんとにやるわよ?」 直感で敵だと認識したその二つの影は、年上の女子生徒だった。ていうか正確には、昨日女子寮で会った、戸板を壊した二人だ。 げっ。 ものすげぇ濃厚な気配だったから、殺気と間違えた。 「三つ数える間に獲物下ろさないと、敵だと認識してタマ潰すわよ」 「すみませんでした!」 慌てて、取り出した苦無を腰の内袋に直す。びくびくしている平太は、震え上がって道具箱の後ろに隠れてしまった。や、やべえ……さっきとは違う意味で絶体絶命な気がする。 「てか、先輩達の気配が凄すぎたから間違えたんですよ! 学園内でそんな殺気みたいなの出さねぇでください! 賊にしか思えねぇです!」 「なに言ってんのよ、間違えたあんたが……って、やめるわ。ちょっと真剣な話なのよ」 「あららら、なら賊になってあげてもいいのよー……って言いたいところだけど私もやめておくわ。富松君ごめんなさい、あなたに頼みたいことがあるの」 急に真面目な顔になって、先輩二人は俺のすぐ目の前まで近付いてきた。その様子に俺も怪訝に思って、立ち上がる。 「あの、俺になにを……」 「捜してほしいの」 その言葉と共に、折り畳まれた紙を押しつけられた。捜す、という言葉に嫌な予感がした。今まで散々頼まれてきたことだ。 「捜すって、もしかして人捜しですか。俺は別にそれが仕事じゃねぇんですけど──」 「がいなくなったの」 打たれたみたいに、身体が硬直した。先輩達は真剣な顔で、言葉を続ける。 「それ、の部屋に置いてあったの。がどこに行ったか、私達には分かんないの。手当たり次第捜しても、見つからないし」 「富松君は、こういうの得意なんだよね。のこと捜してあげて」 「あんた、前からと仲良かったじゃない」 「お願い、富松君」 ぎゅっと、一人の先輩の手が俺の腕を握る。俺を謀ってるとは思えない。その指は小さく震えていて、冷たかった。 さっき押しつけられた紙を、ゆっくり開いた。真新しい白い紙に、先輩の字が並んでいる。 とても簡単な言葉で。 『家出します。心配しないでください』 ぞくっとした。 家出。その妙な言い回しに、背筋が凍えたように冷たくなる。みしり、と胸の奥が軋んだ。 早く、捜さねぇと。 「平太、後は頼む!」 「あ、ちょっと待ちなさいよ!」 駆けだした瞬間、足を引っかけられてひっくり返った。 「って、転ばせることねぇでしょうが!」 思わず叫ぶと、先輩達は地面から起き上がる俺に、強い口調で食ってかかる。 「一人で納得しないで、私達にもなにをすればいいか言って! どうしていいか分からないのよ!」 「がどこに行ったか、富松君には分かる!? ねぇ、私達どうすればいい!?」 そう怒鳴る二人の先輩達は、初めて見た、泣きそうな顔だった。 そうだ。先輩達もきっと分かってる。 先輩は、他人と深く関わらないようにしていた。俺にも分かるんだから、同級生の先輩達はもっとよく知ってたはずだ。 この紙の内容が大事なわけじゃない。先輩がこんなことをした。それこそがまずおかしいんだ。 だからこそ、早く見つけねぇと、ものすごくやばいことになる気がする。 「……俺には、先輩がどこにいるのか、はっきりとは分かんねぇです。でも捜します。先輩達も捜してください。人数は多いほうが絶対いいです」 「うん」 「見つかったら、狼煙でもなんでもいいから合図してください。あと、見つからなくても、夜になる前に一度全員学園に戻ったほうがいいです。……そんくらいしか言えねぇですけど」 「分かった。言う通りにする」 先輩達が、少し安堵した顔になる。それから、ゆっくり俺から身を引いた。 「みんなにそのこと伝えてから、私達も捜す。ありがとう、富松」 「富松君、ありがとう」 「いや、そういうのは見つかってからにしてください」 「そうだね」 ふっと、気を抜いたように二人の先輩が笑顔になった。そして二人とも、俺から勢いよく飛び退く。また茂みに飛び込んで姿が見えなくなったと思ったら、今度はちょっと楽しそうな声がした。 「頼んだわよ、富松。なんでがいつも用具委員との連絡係になってたのか、あんただってほんとは分かってんでしょ?」 「ちゃんと見付けられたら、株が上がるかもしれないよ? ね、恋する青少年」 「あーーー! もう驚かねぇっすよ! 全然驚いてねぇですからね!」 俺の叫びが届いたかどうか分かんねぇけど、先輩達の気配は瞬く間に消えていった。俺は握り締めたままだった紙を元通りにたたんで、懐に仕舞う。それから、道具箱の後ろから出てきた平太を振り向いた。 「悪い、平太。あと頼んでいいか。ちょっと行ってくる」 「……分かりました、富松先輩」 平太は小さく頷いて、それからぽつりと付け足した。 「先輩、早く見付けてあげてくださいね……」 「ああ」 そうだ。少しでも早く見付けなきゃいけねぇ。 不安そうな顔の平太の頭を軽く撫でて、ゆっくり息を吐く。 顔を上げて、校門へと駆けだした。 →四話 |