中在家長次夢
一話『幼なじみ』
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きり丸が整理中の古書を持ち上げたのと、図書室の戸が引かれたのはほぼ同時だった。がらがらと戸が開く音と共に、六年生のくのたまが入ってくる。その相手が顔見知りだったので、きり丸は「あ」と声を上げて、古書を抱えたまま戸に向かった。隣で同じく作業をしていた怪士丸も、「あー」とその後に続く。 「先輩、こんちはー!」 「こんにちはー……」 一年生二人に声をかけられて、六年生のくのたま、も「おっ」と微笑む。 「きり丸、怪士丸、久しぶり。……その本、すごい量ね。委員の仕事でしょ?」 「そうなんすよ、重いし、くしゃみは出るし。これがアルバイトなら一生懸命やるんすけどねー」 「湿っぽい本の匂いは、落ち着きますけどねー……」 「大変だろうけど、委員会の仕事じゃしょうがないもんね。二人とも頑張ってね」 「はい、頑張ります! で、先輩、本を借りに来たんですか?」 「うん、そうなの。長次、どっかにいる?」 「いますよー……あれ、さっきまではここにー……。えーと……」 きり丸と怪士丸はきょろきょろと辺りを見回す。あの無口委員長のことだ、名を呼んでも多分返事をしない。どこだろうと迷っていると、先にが相手を見つけた。 「あ、いたいた、奥だね。ありがとね、二人とも」 「いえいえー。あのう、よろしければお礼はこっちでー」 と右手を差し出すきり丸に、はぷっと笑ってから、「きり丸はいい子だねー」と頭を撫でる。きり丸の隣、怪士丸の頭も撫でて、は図書室の奥へと進んで行った。 「なにやってんのきり丸ー……」 「ドケチとして、とりあえずお礼を求めるのが習性になってんだよ」 言いながら、きり丸はの後ろ姿を目で追いかける。は図書室にたまに顔を見せる上級生だが、それよりも学園内では根っからの明るさで知られている。他人と一緒にいるのが大好きな性格で、後輩同輩関係無しに声をかけるし、面倒も見るし、逆に助けも求めるし、その上雰囲気を盛り上げるのが上手いらしく、の周りには自然と人が集まっている。そういう意味で、一年生から六年生まで、広く知られている先輩だ。 「先輩、こんにちは。中在家先輩でしたら、奥にいらっしゃいますよ」 「こんにちはー、先輩」 途中、一年生と同じく整理をしていた雷蔵と久作に声をかけられて、は一度足を止める。 「うん、こんにちは。二人とも頑張ってるね。はかどってるー?」 「いえ、全然。先輩、手伝ってくださいませんか?」 「こら久作、駄目だよ。先輩は図書委員じゃないんだから」 「あははは、図書委員も楽しそうだけどね。私もこの後、委員会があるんだ。ごめんね久作、雷蔵。じゃあねー」 「はいっ、先輩も頑張ってくださいね」 「お引止めしてすみません、先輩」 二人に送られて、はまた奥へと歩き出す。 その先には、こんもりとした本の山。図書室はどこもかしこも本だらけだが、それにしてもここまで来ると圧巻だ、という一角に辿り着いて、は「すごい」と嘆息する。 「……長次ー、埋もれてる?」 本の山の奥で、ん、と低いうなり声のようなものが聞こえる。は本の山を迂回して、たくさんの本に囲まれて仕事をしている長次にようやく相対する。 「長次ー!」 にこやかに微笑むに対して、長次は視線を合わせずに軽く頷いた。が覗き込むと、長次は新刊本に図書室所蔵の判を押しているところだった。 「ごめん、仕事の邪魔かな? ちょっといい?」 の言葉に、長次がようやくに視線を向けたとき、ぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。 「中在家先輩ー! この本、判が薄くなってるんで持ってきましたー」 「押し直し、お願いしますー……」 きり丸と怪士丸が、たくさんの本を抱えて駆けてくる。長次は二人に顔を向けて、ぼそぼそとなにか呟いた。きり丸がふむふむとそれを聞き、 「分かりました。この山の本、いろは順に並べればいいんですね。だってさ、怪士丸」 「はーい、分かりましたー……。えーと、いーいーいー……っと」 長次からの新しい指示に、きり丸と怪士丸は本の山の前に座り込む。は長次と同じく一年生二人が本に埋もれているのを見てから、また長次に視線を戻す。 「ごめん長次、忙しかったなら今度でいいけど」 の言葉に、長次は軽く首を横に振った。続いてなんの用だと視線で問うので、はその場にしゃがみ、風呂敷に包んで抱えてきた本を取り出して長次に見せた。 「この本なんだけどね。同じ作者の本って、図書室にあるかな?」 その言葉に、長次はしばし黙してから、ぼそぼそと返した。常人にはなにを言っているか全く分からない長次語に、きり丸が翻訳しようかと顔を向けたとき、は軽く肩をすくめた。 「そっかー。二冊とも貸し出し中なら仕方ないね。じゃあ、返却されたら私の名前で取り置いてもらえる?」 「……分かった」 ようやくまともに声に出して頷く長次に、は「お願いね」と微笑んだ。二人を見ていたきり丸が、目を丸くする。 「先輩、中在家先輩の言ってること分かるんですか?」 「うん、分かるよ。だって私、長次と付き合い長いもの」 言われて、きり丸は「あー」と合点の行った顔になる。 「そりゃそうっすね、お二人とも、同じ六年生ですもんね」 「んー、そうじゃなくてね」 軽く首を横に振ってから、は黙々と新刊本に判を押す作業をこなしている長次の頭をぽんぽん、と撫でた。あの恐ろしい委員長の頭を撫でるなんて、ときり丸と怪士丸は見ているだけでゾッとしたが、長次は全く意に介さず、されるがままになっている。は長次の頭に手を置いたまま、楽しげに微笑んだ。 「私と長次ね、幼なじみなんだ」 「……お、幼なじみ!? 中在家先輩と!?」 「それ、ほんとですかー……!」 怪士丸も、きり丸に続いて声を上げる。は二人の反応を良しとしたのか、嬉しそうに頷いた。 「ほんとだよ。同じ長屋で育ったの。長期休みに家に帰るときも一緒。ね、長次」 「…………そうだ」 ぽつりと、顔を上げて長次が無表情に頷く。 きり丸と怪士丸は思わずお互いの顔を見合わせる。 いつも明るくて人と接するのが大好きなと、ほとんど真逆と言ってもいいだろう無口で人を寄せ付けない図書委員長が幼なじみだなんて。しかも、二人の様子からすると仲も悪くなさそうだ。 「これ言うと必ずみんな驚くのよねー」 ねー、とは同意を求めるように長次の顔を覗き込むが、長次はむっつりと答えず、作業に徹している。しかしむしろ押し黙っているときこそが長次の機嫌が良い証なのだと、後輩達は知っている。 (あの中在家先輩が、されるがままに子ども扱いされてるなんて……!) (こ、怖いよう……!) 世にも恐ろしいものを見たと言わんばかりに一年生二人は軽く後ずさるが、その次の瞬間、はっとなにかに気づいたように、きり丸がぴょんっと前に出る。 「……じゃ、じゃあ! 先輩、中在家先輩の小さい頃のこと、知ってるんですか!?」 「ん?」 「中在家先輩の小さい頃ー……!?」 ぱたぱたと、怪士丸も驚いてきり丸の隣に並ぶ。どうやったらこんなに不気味……いや恐ろしい性格に成長してしまうのか、容易には想像出来ない子ども時代を知るに、後輩二人の期待に満ちた視線が向けられる。 は「あー」と楽しそうに笑うと、長次の頭から手を離して立ち上がった。 「あはは、聞きたい?」 「はい、聞きたいです! 中在家先輩って、どんな子どもだったんですか!?」 これはいける、と好奇心丸出しでの前に駆け寄ってきたきり丸に、ぞわりと殺気が襲いかかる。寸前で気づいたがきり丸の腕を強く引くと、きり丸がそれまで居たはずの床板に、ぐさりと手裏剣が突き刺さる。手裏剣には縄がくくりつけられ、その先は長次の手元に繋がっている。縄標。 「うわ!?」 「……図書室では静かに……」 ぼそぼそと言いつつ、長次が縄標を回収する。 いやいやいやいや、今明らかに違う理由で投げたでしょ! と怯えつつ、きり丸は助けてくれたの腕にしがみつく。 「もー、なによ長次、そんなに照れなくてもいいじゃないの」 は面白そうに笑いながら、落ち着かせるようにきり丸の背中を軽く叩く。 (照れてるんすかーーー!? あれで照れてるんすか中在家先輩ーー!?) (き、きり丸、離れたほうがいいよ、危ないよ) 怪士丸がこっそりと耳打ちするのに頷いて、きり丸はととと、と二人から距離を取る。すぐ近くの本棚の影に隠れて、顔だけを出し、 「……で、先輩、中在家先輩ってどんな子どもだったんすか?」 「きり丸ーーー!」 どこまで好奇心丸出しなのか。懲りなさすぎるきり丸に、さすがに怪士丸も声を上げる。はその様子にぶっと噴き出し、 「あはははは、そんなに聞きたいの? 可愛いなぁきり丸、じゃあね、とっておきの──」 「」 「うわっ」 意気揚々と話そうとしたを、長次が腕を掴んで引き止め、じっと視線を向ける。端からは睨み付けているようにしか見えないその長次の視線に、はなぜか神妙な顔になる。 「分かったわよ、そんなに恥ずかしいなら言わないから」 の言葉に、長次は軽く頷き、掴んでいたの腕を離す。そして、何事もなかったかのようにまた仕事に戻った。 (どこがー! どこが恥ずかしがってるんすかーー!?) (先輩、すごいー……! 喋らなくても中在家先輩の気持ちが分かるんだー……!) きり丸と怪士丸が大人しく心中だけで騒いでいると、が苦笑して口を開く。 「ごめんねきり丸ー、長次が嫌がってるから、残念だけど」 「い、いえ。僕こそ、無理なお願いしてすみませんでした」 「でもほんとはまだ興味津々でしょ?」 「えぇ、えぇ、それはもうーー!」 飛び上がる勢いのきり丸の隣に、ぐさり、と再び縄標が投げられる。きり丸が慌ててまた近くの本棚の後ろに隠れ、が「もー、乱暴なんだから」と長次を振り返っている。 「」 「……分かってるよ、言わないから」 ごめんね、とは長次に小さく謝ると、持ってきた本を風呂敷に包み直す。 「じゃあ、私もう行くね」 「え、先輩もう帰っちゃうんですか」 「帰っちゃうんですかー……」 ぱたぱたと近づいてくるきり丸と怪士丸に、は「うん」と微笑む。 「私もこれから委員会の集まりがあるの。じゃあ長次、さっきの取り置きの件よろしくね」 「ああ」 「先輩、また来て下さいねー!」 「来て下さいねー……!」 「うん、また来るよ。作業中に邪魔してごめんね。またねみんなー!」 ぶんぶんと手を振りながら、は笑顔で図書室の扉に向かう。途中来たときと同じように久作と雷蔵にも声をかけて、は図書室を出て行った。 「先輩が中在家先輩と幼なじみだなんて、びっくりだなぁ」 「そうだねー……」 声を掛け合いながら、一年生二人はようやく作業を再開する。目の前の委員長は未だむっつりと押し黙っている。どう見ても仏頂面だが、長次的には上機嫌なのだろう。それを察して、きり丸はまだ抑えられない好奇心のままに、うきうきと声をかける。 「中在家先輩、先輩とずっと一緒に育ったんですか?」 「……ああ。生まれた時からだ」 きり丸の言葉に、長次は頷く。同じ長屋と言うからには、ほとんど家族のようなものだ。にとって、長次の顔を見て感情を察するくらい、なんでもないことなのかもしれない。凄いなぁ、ときり丸は素直に感心する。 「それじゃあ、もう兄弟みたいなもんですよね。先輩ってすごく面白いですし明るいですし、あんな人といつも一緒にいるなんてきっと楽し──」 「きり丸」 「は、はいっ!?」 「一つ言っておくが──」 突然に長次の顔が近づいてきて、きり丸は飛び上がるほど驚いた。 長次は至近距離できり丸の顔を覗き込みながら、真顔で続ける。 「は、俺の嫁だ」 沈黙。 「わ、分かりました中在家先輩……」 きり丸が機械的にこくこくと頷くと、長次は乗り出していた身を戻し、何事もなかったかのように作業に戻る。 怪士丸が唖然とし、きり丸がまだ恐怖に身体をすくませている後ろで、ばさばさと大量の本が滑り落ちる音がする。 咄嗟に二人が振り返ると、どうやら話を聞いていたらしい雷蔵と久作が、驚愕の表情のまま抱えていた本を見事に床にぶちまけているところだった。 終 →二話『屋根の上』 |