中在家長次夢
『二度目の鼓動』


十七話
「前日の夜」その三





 予感なんてものはなにもなかった。
 私はただ幸せで、そしてこの幸せがこれからもずっと続いていくのだと思っていた。
 私の隣には長次がいてくれるのだと、そう、なんの根拠もなく信じていた。

 私は、長次が好きだった。愛していたし、大切だったし、これからもずっと一緒にいたかった。
 長次もきっと、同じ思いでいてくれていると信じていた。
 それを実感出来ることが、私の幸せであり、誇りでもあった。

 だからこそ。


 その夜。
 私は、長次に関する全ての記憶を失った。







 長次と別れて部屋を出た途端に、冷たい風が頬に触れた。いつもなら寒いと思うんだろうけど、今日はなんだか身体がぽかぽかしていて、涼しくて気持ちいいと感じるほどだった。頭がふわふわしていて、まるで夢みたいに現実感がない。長屋の廊下を歩きながら、さっきのことをぼんやりと思い出す。
「…………うわ」
 まずい、と思ったときには身体がまたかあっと熱くなった。座り込み、すぐ緩むほっぺたをぺちぺちと軽く叩く。カメ子ちゃんから頂いた塗り箱を抱え直し、気合いを入れて立ち上がって、また歩きだした。
 求婚してもらえるのって、余程綺麗なひとじゃなければ一生にそう幾度も経験できることじゃないと思う。それも、自分もこのひとと添い遂げたい、と思っているひとからの求婚なんて。
 今まで卒業のことを思うたびに長次との将来を考えてはいたけれど、在学中に言ってくれるなんて思わなかった。長次は真面目だし、私のことが嫌でなければ、いつかは一緒になれるだろうと思っていたけど。
 思ってはいたけど、本当に長次に望まれたと分かるとすごく嬉しい。すごく幸せ。
 なんだかまた幸せな気持ちがこみ上げてきて、持っていた塗り箱をぎゅーーっと強く抱き締めた。
 明日目が覚めたら、すぐ長次に会いに行こう。ずっと一緒にいてくださいって返事をしよう。せっかくだから、私が今思ってるのと同じくらい、長次にも幸せだと思ってもらえるように、ちゃんとした言葉で。だって、きっと一生のうちに幾度も思い出す、大切な記憶になるだろうから。
 夫婦になったら子どもも産める。私と長次に似た子ども達に囲まれるのって、今以上にすごく幸せな気がする。そうだ、子どもが出来たら、お父さんはこんな風に求婚してくれたんだよって教えてあげたい。
 ああでも、その前にお互いの家にきちんと報告に行かなくちゃいけない。卒業したら結婚っていうことは、もう次のお休みくらいには話しておいたほうがいいかもしれない。想像しただけでこそばゆくって恥ずかしい。もうなんだか頭がいろんな幸せなことでいっぱいになってきて、私は落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせた。
 とりあえずは、明日ちゃんと返事をしてからだ。それから、二人で今後のことを一つ一つ考えていけばいい。
 ゆっくり深呼吸して、私はそれまで浮かれ気味だった足取りを慎重なものにした。よくよく考えたらここはまだ男子寮だし、見回りの先生に見つかったらなにも言い訳できない。浮かれるのは自分の部屋に帰ってからでも充分だ。
 前後左右を見回して誰の気配もないことを確認して、長屋から地面へと降りる。よく晴れた夜空に、月が綺麗に浮かんでいた。月明かりに照らされないように気をつけて、女子寮への道を急ぐ。
 女子寮と男子寮は、少し離れている。こうして夜中にこそこそ行ったり来たりするのは面倒くさいなと思うことも多い。でも、夫婦になったらそんなこと思わなくてもいいんだよね。
 くすぐったい気持ちで学園内を歩いていたら、ふとこちらに近付いてくる微かな気配と足音に気がついた。咄嗟に身を固くしてその方向を確かめ、すぐ近くの茂みに隠れる。気配を殺して葉の間から窺うと、ふらりふらりと眠そうに歩いている小松田さんの姿が見えてきた。手に持っている小さな灯りが揺れている。夜の見回りだろう。
 あんなに眠そうにしていて大丈夫だろうかと自分が隠れていることを忘れて心配になったけれど、小松田さんはしょぼしょぼと目をこすりながら、案外しっかりした足取りで去っていった。
 ゆらゆらと揺れる灯りが遠くなり、やがて視界から見えなくなる。ふう、と一つ息を吐いた。一応ともう少し待ってみたけれど、誰の気配も感じられない。ここは生徒長屋からも教師長屋からも自主連場からも離れているから、夜中は人通りが少ない。さっき見回りの小松田さんが通って行ったのだから、もうしばらくは誰も来ないはずだ。
 よし、と小さく頷いて、茂みから立ち上がる。腕や足についてしまった葉っぱや土を軽く落として、歩き出そうと足を踏み出した。
 そのとき、ふいに視界が闇に包まれた。
 月が雲に隠れたのかと思ったけれど、すぐにそうじゃないことに気がついた。ぐらりとなにかに引かれて身体が揺れる。自分の身体を支えられず、後ろの地面へと倒れ込んだ。衝撃で背骨がぎしりと軋む。身体を動かそうとした途端、お腹の上に押さえ込むように重みが落ちた。
 反射的にそれを押しのけようと手を伸ばして、その手を両手纏めて頭の上に押さえつけられる。嫌な角度で力を入れられて、手首に痛みが走った。
 間違いない、相手は人間だ。襲われる。瞬時にそれだけを察して、躊躇いなく息を吸い込む。大声を出そうとしたそのとき、狙ったかのように首元を絞められた。
「──っ」
 息が詰まる。呼吸のしにくい苦しさに、じわりと涙が滲む。視界はいつまで経っても闇に包まれたままだ。おそらく目隠しかなにかされている。
 暴れようとしたけれど、すでに体勢を変えられないほどに身体を押さえ込まれていた。たぶん相手は一人だ。それもかなり体格がいい。まさか生徒ではないだろう。では教師? それこそまさか……

「おとなしくしていれば、乱暴にはしない」

 突然に。低い声が耳に届いた。同時に首を絞められていた指から力が抜け、どくどくと血液が流れ出す。小さく咳込んで、必死に空気を吸い込んだ。
「お前は、だな?」
 抑えられた冷たい声。まだ若い男、けれど明らかにもう幼くはなかった。土井先生、それくらいの年だろうか。
 名を確かめる時点で、生徒でも教師でもあるはずがない。ならば、学園に忍び込んだ侵入者か。
 男に返事をするかどうかを一瞬迷い、結局はくの一の教えの通りにした。私はこの男の気配をまったく感じ取れなかった。力で敵いそうにない相手に退路を断たれたときは、相手の要求を全て呑め。決して抵抗せずに隙を待て。油断させろ。叩き込まれた『生きるための』教え。
 それを今一度思い返して、ゆっくりと頷いた。ゆるりと、固い指が喉笛に触れる。偽れば潰すと言うように。焦るなと自分に言い聞かせて、耳を澄ませて相手の次の言葉を待った。
。中在家長次と同郷だな?」
「…………」
「答えろ」
「そ、う」
 まだ軽く首を絞められたままで大声を出すことは出来なかったけれど、かろうじて聞き取れるほどの声は出せた。焦るなと言い聞かせた直後なのに、身体中に痺れのように不安と緊張が広がっていく。
 長次。どうして、長次?
「お前は、福富屋と懇意だな?」
 続けて問われた言葉に、私はさらに怪訝に思う。福富屋と懇意?
 福富屋。しんべヱとカメ子ちゃんの実家のはずだ。なぜ福富屋? それとなぜ長次──
 ぞくりと。そのとき、背筋に冷たいものが走った。まさか。動悸が速くなって行く。動揺を見抜かれてはまずい。出来る限りそれを抑えながら、私はゆっくりと首を横に振る。
「……知らない。福富屋は貿易商だってことしか」
「お前が持っていた塗り箱の送り主だ」
 くそ。思わず舌打ちしそうになった。私の手の中には、もうあの塗り箱はない。どこか近くに転がっているのだろうそれには、確かに福富屋の屋号が刷られている。
「懇意か、そうでないかを答えろ」
「……懇意……だとは、言えない」
「その塗り箱は、あの家が特に親しい者に配るものだが」
「ちがう、ほんとによく知らない。あ、余ったから、ついでにもらっただけ」
 慎重に、出来る限り言葉を選ぶ。どうすればいい。どうすれば。
 ぎりっと奥歯を噛みしめたとき、身体にかかる重さがぐっと増した。男が身を乗り出したように。
「まあ、いい。殺されたくなければ、俺の言うとおりにしろ」
「……なに」
「お前は中在家長次と同郷の出で、長い付き合いだ。先に言っておくが、それを知っている俺は、その故郷についても熟知していると思わないか? お前、親と友人は不必要か」
「……っ」
 乗るな。挑発に乗るな。腕を押さえ込まれているから、肩は使えない。足も無理だ。あとは噛み付くくらいだけど、首に触れられているからそれも出来ない。せめて、声さえ自在に出すことが出来れば。ここはまだ学園内なのに。
「自分の立場が理解出来たか? ならば聞け。いいか、殺されたくなければ、中在家のガキから情報を聞き出して来い」
「……情報」
 小さく繰り返す私に、男の声が答える。慎重な、鋭い声音。
「そうだ。……聞き出すことは二つ。一つは、『福富屋が密談に使う小間への道』。もう一つは、『取引の日』だ」
 福富屋。やはりそうか。嫌な予感が当たってしまい、顔をしかめそうになる。福富屋は大きな貿易商だ。情報を欲しがる勢力も多いに決まってる。
 情報。『福富屋が密談に使う小間への道』と『取引の日』。
 長次はよくお店に出入りしている。だからその中のことなら、私には分からないけど長次は知っているのかもしれない。
 けれど、取引の日?
「取引……って、なんの」
 疑問のままに口にした問いに、男の気配がざわりと変化した気がした。抑えようとはしているけれど、獰猛な気配へと。
「中在家のガキは、数日後にあるはずの福富屋と南蛮商船との取引に関わっている。……取引品は大量の重火器と、その詳細な設計図」

 ──ふいに。
 私の頭に、昼間のことが鮮明に蘇ってきた。図書室で、カメ子ちゃんが言っていた言葉。

『福富屋で大事なお客様をお迎えするんです。お父様が、将来の参考に私達も同席するようにと仰って』
『先日も南蛮書の買い付けを手伝ってくださって、本当にありがとうございました』

 ぞわりと、血の気が下がる。南蛮商船との取引。大量の重火器。その設計図。──戦の準備。
 同じように、さっき何気なく耳にした長次の言葉も蘇る。頂いたお菓子のお礼がしたくて、しんべヱはいつ学園に戻るかと聞いた、あのときの。

『ちゃんとお礼言いたいな。長次、しんべヱがいつ戻ってくるか分かる?』
『……五日後以降』
『以降?』
『五日後に商談があり、学園に戻るのはそれ以降だと。……十日後までには戻ると言っていたが』

 ああそうだ、私は聞いた。この耳で聞いた。私はすでに『取引の日を知っている』。
 無意識に唇を噛みそうになるのを、寸出のところで堪えた。まずい。まずい。まずい!
 この男が取引の日を狙い、重火器と設計図を奪おうとしているのは理解出来る。どこの勢力でも戦力になる武器は喉から手が出るほど欲しいだろう。けれど私がそれをこの男に言ってしまえば、なにが起こる?
 まず、福富屋が危ない。取引を仕切っているはずのしんべヱとカメ子ちゃんのお父さん、そしてもちろん二人も。昼間、私の前で微笑んでいた二人を思い出して、焦りが募る。
 でも、それだけじゃない。
「どうして、私じゃなくて、長次に直接聞かないの」
「…………あの中在家のガキよりは、お前のほうが御しやすそうだったからな」
 数瞬言葉に迷ったような沈黙で、理解した。こいつはきっと、長次に顔を知られている。つまり、『福富屋の関係者』。
 だからこいつは、今は長次の前に出られない。今、は。
 溢れ出す悪寒にぞっとする。落ち着け、落ち着けと繰り返す。早くなる動悸と、震え出しそうになる身体を抑えるために。
「お前も福富屋とは交流があるだろう。聞き出すことは容易のはずだ」
 少し離れたところで、固い音が響く。カメ子ちゃんにもらったあの塗り箱を、軽く蹴飛ばしたような音。
 決めなければいけない。考えろ。すぐに考えろ。私はどうすればいい。どうすればこの場を切り抜けられる。
 ここはまだ学園内だ。油断させられれば、なんとかなる。信じろ。きっと。
 気づかれないようにゆっくりと息を吐き、強張っていた身体から無理矢理に力を抜いた。
「……手、痛い。少し緩めて」
「話が終わったらな。このまま両腕を折ってもいいんだが」
「長次から、聞き出してくればいいんでしょう?」
「なにを聞き出すか理解しているか」
「その……大きな取引がある日と、それと福富屋が密談に使う場所。でも長次が知らなかったら」
「どちらも知っている。あいつは幾度もその小間に通されているはずだ」
 やはりそうだ。こいつは福富屋の関係者。
 怯えたように見せかけろ。自分に言い聞かせて、ゆっくりと頷く。
「分かった。その二つのことを、聞けばいいのね」
「ほう、やけに素直だな」
「お願いしたら、長次はたぶん教えてくれると思う。たぶん、だけど……」
「いいのか? お前のせいで戦が起こる。福富屋も被害を被る」
「火器がどこにあっても戦は起こるでしょう。……それに、先生に教えてもらったの。敵いそうにない相手には全面降伏。要求は全て呑めって」
「ふん、いい教えだな」
「その二つでいいなら、今からでも長次に聞いてくる。どうすればいい?」
「さきほど別れたばかりだろう、すぐには中在家のガキも怪訝に思うはずだ。明日でいい。明日の同じ時間、情報を持ってまたここに来い。言っておくが、それまで学園内であろうと俺に監視されていることを忘れるなよ」
「……それで、私と長次は助けてくれる?」
「情報が本物ならば」
「分かった」
 ぎこちなく頷くと、男の手が首元からするりと離れかける。あっさりとした動きに怪訝に思ったそのとき、

「──そんな未熟な嘘に騙されてやると思うなよ」

 嗤うような低い声と共に、喉元が突然に強く絞まった。
「っ!」
「いかに見習いとは言え、六年間忍びの技術を学んだ女だ。解放した途端に教師に伝わることくらいは承知の上だ」
 咄嗟になにか言おうとしても、肺からの空気は声にならずに滑り落ちていく。苦しさが頂点に達して咳込む寸前、指の力がふっと緩んだ。
 大きく呼吸をする私に、男の声が続く。耳元で。
「もともと、今のお前を使って中在家の小僧から情報を引き出そうなどとは思っていない。お前が取引の日も密談の場所も知らないならば、お前を傀儡にするだけだ。痛みや絶望で、ひとは簡単に素直になる。……くの一見習いでしかないお前に耐えられるとでも」
 反射的に目の前の気配に噛み付こうとした瞬間、それを待ちかまえていたように、口の中に乾いた布のようなものが押し込まれた。そのまま、頭が地面に押しつけられる。
「舌を噛まれても面倒だからな。まあ、心配するな。仕事が全て終われば、俺の顔を知っているあの小僧もすぐに後を追わせてやる。なんなら二人一緒に殺してやってもいい」
 ……ふざけるな。
 頭の中が煮え立つように熱くなる。そう、やはりそうだ。こいつは仕事が終われば長次を殺す。顔を知っている長次を生かしておいても、不利になるだけだ。私を使って長次に接触させたなら、なおさら。
 ふざけるな。誰が、誰がそんなことを。
 先生。なんとかして先生に、このことを、

「悪く思うなよ。余計なことを話しすぎたからな。……こんな機会は滅多にない。失敗するわけには行かん」

 ぐ、と地面にまた頭を押しつけられる。抑えつけられていた手首に縄のような感触が触れる。声は出せない。身体も動かせない。
 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。がんがんと、痛む頭を必死に動かす。

 考えろ。

 こいつに情報を渡すわけには行かない。成功すれば私も長次も殺される。だけど決して失敗出来ないのならば、こいつは取引が終わるまでは顔を知られている長次には絶対に近づけない。

 私が情報を渡せなければ。
 私が長次からなにも聞き出すことが出来なければ。

 長次は無事だ。私が死んでも。

 それで全ては上手く行く。そう信じて構わないのだろうか。

 命を大切にしなさいと、山本先生はいつも言っていた。
 逃げられるときは絶対に逃げなさい。逃げられなければ考えなさい。女の武器は、その性と頭。女を見下している男達を、その頭で見返してやりなさい。
 そのとき、あなたの一番大切なものはなに?

 命。
 確かに、そうだ。私は自分の命が大切だ。死にたくなんてない。絶対に死にたくなんてない。
 でも、『一番大切なもの』は、私の命だろうか。



『──。俺と共に生きてくれ』



 そうだ。あの言葉に応えるためには、私と長次が二人揃っていなくては駄目なのだ。私だけ死んでも。長次だけ死んでも駄目だ。
 ならば、万一にでも可能性があるほうを選ぶ。



「分かったら、おとなしくしていろ。俺の役に立てば、苦しまずに殺してやる」



 身体が無理矢理に起こされる。反応する間もなく、首の後ろに衝撃が走った。がくんと脳内が揺れる。頭の中で鐘が鳴るような頭痛が響き、一気に身体から力が抜けた。















 長次。
 遠ざかっていく意識の中、長次の姿を思い浮かべる。傍にいてほしいと望んでくれた、大好きなひと。

 長次。ねぇ長次。
 私がいなくなったと分かったら、必ず先生達が探してくれる。
 それなら可能性がないわけじゃない。私とあなたがまた会える可能性も、きっとある。

 長次にちゃんと伝えておけばよかった。大好き、大好き、大好き、何回も何回も、飽きられるくらいに言っておけばよかった。
 あの場でちゃんと、返事をしておけばよかった。

 大好き。長次、大好きよ。
 あなたに関することは絶対に言わない。
 なにをされても、どう脅されても、絶対にあなたを危険に晒さない。
 私は確かに見習いだ。拷問の訓練を受けたこともない。狂わない自信もない。
 だけど、それでも残されている手はある。


 長次。あなたのことは、絶対に言わない。


 私がもし壊れても、あなただけは守ってみせる。
 出来る限りの力で、あなただけは守ってみせるから。



 だからどうか忘れないで。
 私があなたを愛していることを。












 急激に、意識が薄れていく。
 もう欠片しか残っていない自意識の中、図書室での記憶が頭をかすめた。
 長次の隣で、しんべヱとカメ子ちゃんといたときのこと。
 にこにこと微笑んでいた二人のことを思い出して、あの二人が背負ったものの重さを思って泣きそうになる。
 

 、と長次に呼ばれた気がした。
 幻聴だとは分かっている。だけど嬉しかった。
 長次。大好きだよ。大好き。長次。長次、長次……




 長次。




 、ともう一度長次に呼ばれた気がした。


 それを最後に、私の頭は真っ黒の闇に塗り潰された。
















































 闇の中、煌々と照らす月の光が、新たな人影を映し出す。
 夜に溶け込むような、黒い影。

「あーあー、さっきから見てたけど、女の子相手にやりすぎだねえ」
「っ!? お前、学園の関係者か」
「私のことは気にしなくていいよ、名乗るのも面倒だし。伊作君に会いに来ただけだったんだけどねえ。さすがに見ちゃったものを無視するわけには行かないだろう?」
「……俺の邪魔をするつもりか」
「ああ、別に君の邪魔をするつもりはないよ。つもりはないけど……むさ苦しい男と若い女の子だったら、まあ本能として女の子の味方に回るよね」
「貴様──っ」
「悪いけど、ここの学園の子には少し借りがあるんだ。これ以上は君の好きにはさせておけない」















 →十八話「七日目」その二