ホワイトデー企画鉢屋三郎夢オマケその2の続き(?)




 体中が痛かった。
 あちこちに飛び散った精と蜜は三郎が拭ってくれたけど、全身を巡る疲労感が酷くて、ただ三郎が後始末をしてくれるままに任せていた。
 抱かれる、というのがなにを境目に一度や二度というのか分からないけれど、たぶんかなり長い間、私は三郎に抱かれていた。貫かれていた場所は痛みが引かず、息をする度に鈍痛が走る。手足をのろのろと動かして、袴と上衣を着て腰帯を締めて、乱れた髪を結い直した。

 好きだと。
 お前だけしかいらないと。

 抱かれている間、痛みと熱に意識が半分飛びかけていた私に、三郎は幾度も囁いた。
 まるで情熱的な恋の台詞。本当に心から愛している人に言うような、そんな言葉。



 着衣を済ませた私に、三郎の腕が触れる。腰元に回されて身体を引き寄せられて、三郎の膝の上に乗せられた。三郎はじっと私の顔を見て、腫れた目をそっと撫でてくれる。

「真っ赤だな、目」
「……そう?」
「冷やしたほうがいい。腫れが引くのが遅くなる」
「うん……そうだね」

 曖昧に頷いて、私は三郎に身を寄せる。三郎はなにも言わずに私を抱き締めてくれる。
 疲労にまみれた身体にはその支えが心地良くて、私は力を抜いて三郎に身を預けた。
 三郎の体温と匂い。さっきはもっと近くにあったもの。

 なにか言わなくちゃと思うのに、なにを言えばいいのかが分からない。
 閨の作法なんて、私は知らない。房術の座学は受けたけど、そのほとんどが実際に体験してみなければ分からないことだったから。
 けれど、ただ一つだけ。先生から繰り返し教えられたことが頭に回る。


『閨のときの男の言葉を信用するな』


 これは、どんな男も閨のときは気が緩む、ということ。つまりはそれを逆手に取れという教えなのだろうけど。


 好きだと。
 お前だけしかいらないと。


 三郎が私に言ってくれたはずの言葉は、三郎の閨での癖なのだろうか。
 三郎と身体を重ねたことが今の一度きりしかない私には、確かめる術がない。

 三郎が今、なにも言わないことが不安だった。
 もしあの言葉が本当なら、私にはそれ以上の幸せなんてない。
 だから聞かなくちゃと思うのに、躊躇いが酷くてなかなか言葉が紡げない。
 私には閨の作法なんて分からない。もしかして本気にしたのかと嗤われてしまったら、きっともう私は三郎の前には立てない。

 それでも意を決して、顔を上げる。

「三郎」

 自分でも分かる、震える声で名前を呼ぶと、ゆっくりと三郎が私の顔を見下ろす。
 その視線を向けられただけで、今決めたはずのことが出来なくなる。聞くだけ。聞くだけなのに。
 それが出来ない。
 三郎は言い淀む私をじっと見て、それから口を開いた。
 固い声で。


「悪かった」


 ……え?
 驚いて動けなくなってしまった私に、三郎は淡々と、感情が出さないようにと努めているような抑えた声で言う。


「ごめん。嫌なことばかりした」


 ち、がう。ちがう。ちがうのに。
 否定しなければとそれだけは言おうとした私を、遮るように三郎が言う。


「忘れていいから」


 ──ぐさりと、胸が軋んだ。
 体中に悪寒が襲う。目の前が暗くなってくる。

 忘れる?
 忘れる……?


「俺のことは許さなくていい」


 ゆるす、ことなんて、もともとないのに。


「……ごめんな」





 どうして。
 どうして謝るの。どうして……?


「さ、三郎……な、んで……」


 あの言葉は。好きだって、お前だけしかいらないって、言ってくれたのは。
 やっぱり、本当じゃなかったの?


「……泣かないでくれ」


 あれだけ泣いたのに、また涙が溢れ出して、頬を伝って落ちていく。
 それを三郎が指で拭ってくれようとして、反射的にその手を払いのけた。
 ぴたりと打たれたように三郎の動きが止まる。自分がしたことに咄嗟に謝りそうになって、けれど悲しみが勝ってそのまま俯いた。
 
 忘れて欲しいの?
 三郎は忘れたいの?
 私なんかを抱いたことを、なかったことにしたいの?
 私なんかに好きと言ったことを、消してしまいたいの?


「わすれて、ほしいの?」
「……?」
「三郎は、そのほうが、いいの?」


 三郎は、ただじっと私を見たまま答えない。……そっか。そうなんだね。


「三郎が、忘れてほしいなら」

 あなたがそのほうがいいと言うのなら。


















「全部忘れる」






 三郎の肩を突き飛ばして、勢いよく立ち上がった。そのまま、三郎を見ずに背を向けて走り出す。
 、と後ろから聞こえた気がしたけれど、それは私が望んだ幻聴だったのだろう。
 三郎は私を追いかけてこなくて。

 ……私もそれを望まなかった。













 終