『フンドシパニック☆攻防戦──各委員会代表のフンドシを奪え!』
その一「タイトルに偽りあり」






「……というわけでだ。次回予算会議までもう日がない。ここらで恒例の対策会議を開こうと思うのだが……」

 会計委員室。
 いつもならば中央に並べられている文机を部屋の隅に押しやって出来た空間に、会計委員達がぐるりと円になるように腰を下ろしている。
 委員長の文次郎、三木ヱ門と左門、団蔵と左吉。
 そしてこれに、女子委員のを加えた計六人が会計委員全員……なのだが。

「あのアホ女はどうした」

 本来ならば三木ヱ門の隣に座っているはずの、いつも口と手を同時に出すやかましく乱暴な問題児の姿がない。
 委員長の苛立った視線を向けられて、委員達は困惑の表情で首を横に振る。文次郎は舌打ちすると、ぎろりと三木ヱ門を睨み付けた。

「あいつの手綱はお前が握る役目だろう、田村。はどうした」
「委員長。お言葉ですが、手綱を握られているのは少なくとも私のほうで……」
「ばかたれ、んなことは知ってる。だがあいつを止められるのはお前しかいないだろうが。野放しにしてんじゃねーよ」
「いえ、ですから…………はい、分かりました」

 文次郎に無言で促されて、仕方なく三木ヱ門がを呼びに行こうと腰を浮かしかけた、そのとき。

「すみません、遅れましたーーーーーーーー!」

 ばっしーーーーん! と(用具委員長が聞いたら「戸が傷むだろうが! 誰が補修すると思ってんだ!!」と叫びたくなるような)強い勢いで戸を開けて、一人の女子生徒が委員室の中に飛び込んでくる。

先輩!」
「遅刻してすみません! くの一教室の授業が長引きまして! ええほんとすごく長引きまして! 嘘じゃないですよ!」
「お前、女子生徒一人だからとりあえずそれ言っとけばいいと思ってるだろ! 俺さっきここに来る途中に五年の女子とすれ違ったぞコラ!」
「あっさり見破られてしまいましたか。まぁこれくらいの洞察力がなくてはギンギンに忍者してる立場がないですもんね! たまには褒めて差し上げますよ潮江先輩!」
「どーしてお前はそう無駄に偉そうなんだ! それで、なんで遅れたんだ。正当な理由以外は認めんぞ」

 さっさと座れと顎をしゃくられ、は戸を後ろ手に閉めながら、「もちろん正当な理由です」と真顔で頷く。

「実は後輩と『男子生徒の中で一番●●(ピー)早そうな奴ランキング』の話で大盛り上がりしまして、つい委員会のことを忘れました」
『ぶっ!』

 たまらず吹き出す三年生以上と、ぽかんとする一年生。
 一度は吹き出したものの、文次郎は仕方なしに口早に吐き捨てる。

「あ、足の速さだろうが、勘違いすんな」
「ハッ、ヘタレ委員長めが」
「人が無難に流してやろうとしてるのを、鼻で笑ってんじゃねぇよ!」
「あの先輩、僕は何位ですか?」
「わ、私もお聞きしていいですか」
「興味津々かよお前ら!」
「早さって……なんの早さ? ピーって入って聞こえなかった」
「僕に聞くなよ左吉、知らないよそんなの」
「ふふふ。左吉と団蔵、あと一、二年もすれば分かることだけど、どうしてもと言うならこの私が直々に大人の階段上らせてあげる。……どう?」
「お願いします、先輩!」
「僕もぜひ!」
「いたいけな一年生を汚すんじゃねぇよ!!」

 わきわきと手の指を開閉させながら本気で一年生に向かおうとするを引き倒し、文次郎はその首をぎりぎりと締め上げる。

「きゃー、潮江先輩に犯されるー」
「自分でも説得力がないと分かってんなら、無理に棒読みで悲鳴上げんな。つかお前ほんといい加減にしろよ、委員の素行の責任取るの俺なんだぞ!」
「ところで委員長、自分が何位なのか知りたくないですか?」
「っ……。…………な、何位だ」
「あらやだ、委員長も興味津々じゃないですか。……喜んでください、六年生でぶっちぎりの一位でしたよ」
「そうか一位か……って、つまりそれ早いってことだろうが! てめーら見たこともねーくせに! そもそもそれ言ったの絶対にお前だろ!」
「やだ、なんで分かるんですか!? みんな、『委員会で潮江先輩と一緒の先輩が言うことだから、その通りなんでしょうね☆』と納得してくれました」
「お前、そんなにも俺を社会的に殺したいのか!?」
「あの、楽しそうなところ大変申し訳ないんですけど、そろそろ話を先に進めないと時間が足りなくなります、先輩方……」
「誰が楽しそうだコラふざけんなーー!!」
「確かにそうね、三木。ほら潮江先輩、いい加減遊んでないで委員会やりますよ」
「世界でただ一人お前にだけは言われたくないわーーーーー!」

 文次郎が激昂した隙にするりとその腕をすり抜けて、はさっさと定位置の三木ヱ門の隣に座る。
 手のひらを返したようなの様子に、腹は立つがいい加減委員会を進めねば確かにまずい、と諦めて、文次郎はやれやれとその場に座り直した。
 の登場でいっぺんに妙な雰囲気になった空気を戻そうと、仕切り直すために「で、だ」と嘆息混じりに口を開く。

「とっとと委員会始めるからな。……おい、今日の議題は理解してるのか」
「ええ、男子生徒の中で誰が一番貧相そうか、でしたね。私が思うにうちの委員ちょ」
「そういう話はくの一長屋の風呂でやってろ、この下品アマがぁぁぁぁ!」
 勢い良く投げつけられた帳簿を片手で受け止めて、は「はいはい、男子が風呂でそういう話をしているのは分かりました」とニヤリと微笑みながら帳簿を膝の上に置く。ほんとお前あとなにか言ったらコロス、とぎらぎらした瞳を向ける委員長に軽く肩をすくめ、
「ちゃんと分かってますよ。次の予算会議の対策でしょう? この時期いつもそうじゃないですか」
「分かってんなら茶化すんじゃねーよ! ああああもう!」

 再び激昂する文次郎と「ほら潮江先輩、遊んでないで委員会しますよ」と火に油を注いでいるとを見やりながら、こそこそと団蔵と左吉が耳打ちし合う。

「なんか今日の先輩、すごく下品じゃないか?」
「さっきぼそっと『下品表記したからなんでも言える』って言ってた」
「なにが乗り移ってるんだよ……」
「ほらほら一年生、静かにして。心配しなくても、さっきのことならちゃんと委員会終わった後に手取り足取り教えてあげるから」
「手取り足取り腰取り!? ……ぶっ!」
「左門こら、鼻血拭け! 先輩もそろそろ普通にしてください! ほんとに委員会やる時間なくなります!」
「はーい。ごめん三木」
「……なんでお前、三木ヱ門の言うことなら聞くんだよ……」


 閑話休題。
 とにかくようやくに委員全員が集まったので、文次郎の指示で三木ヱ門が議題を纏めるための紙と炭とを用意する。
 まだ会議が始まってすらいないのに疲れた顔をしている文次郎は、二度目の仕切り直しのために気合いを振り絞り、口を開く。

「じゃあ始めるからな、全員よく聞けよ。…………いいか、予算会議まであと十日ほどだが、先月学園長が委員会費で自分の銅像なんざ建てたために、急遽総予算を二割方削減せざるを得なくなった……のはお前らもよく知っている通りだが」
「すぐさま怒り狂った立花先輩に破壊されてましたけどね」
「その破片をきり丸がかき集めて鉄クズ屋に売ってましたけどね」
「それでまた学園長が怒り狂ってワシ以外夏休みナシとか言いだして、教師陣含めた学園在籍者全員から総スカン食らってましたけどね」
「とにかく、だ。そういうわけで、今回は本当に金がない。ないもんは出せんが、各委員会が『はいそうですか』と簡単に納得するはずがない。いつも以上に、必死で予算をもぎ取ろうとするはずだ」

 予算会議には大分慣れている上級生とは違い、下級生はうわあ、と心底嫌そうに顔をしかめる。正直、毎度命があるだけ儲けものだと思うほどの乱闘なのに、あれ以上とは想像もしたくない。

「さて。これを踏まえて……なにか意見はあるか、お前達」

 ぐるりと文次郎が会計委員を見回すと、委員達は一様に首を捻ったり顔を見合わせたりしている。まぁ、すぐにいい案など出るはずがない。少し考えさせようと文次郎が放置していると、三木ヱ門が「あの」と声を上げる。

「やっぱり、早めに迎え撃つ準備をするのが一番じゃないでしょうか。各委員会が総攻撃してくるのはもう分かり切ったことですし」
「……まぁな。あいつらに口でなにを言っても無駄だ。拳で決着つけたほうが早いことは確かだが」
「一番厄介なのは、うち以外の委員会が全部共闘したときでしょうか。数の上では圧倒的にこちらが不利ですから」
「いっそ委員会代表だけ一人ずつ呼ぶか。ずらずら委員連れてこられちゃ迎え撃つにも限界があるからな」
「あとは予算会議前に襲撃かけられるのを防ぐことですね。三日前くらいからは特に気をつけて……」

 と。三木ヱ門と文次郎が今までの経験から意見を交わし合い、下級生達がふむふむと真面目に聞いていると、唐突に「委員長」とが発言を求めて手を挙げる。
 文次郎は嫌そうにを見て、やれやれと仕方なしに「なんだ」と声をかける。
 は「えっとですね」と前置きして、真面目な顔つきで口を開く。

「実際のところ、各委員会代表の弱みを握ってしまうのが一番だと思うんですよ」
「弱み? 脅迫か」
「もちろんそうです。脅迫材料を全委員会分集めてしまえば、予算くらいどーとでもなります」
「そりゃまあ、そうだな。それだけなら一見まともな意見だが」
「ですから」

 は一度言葉を切ると、『どんっ!』と無意味に力強く片膝立てて畳を踏んづけ、拳を握って気合い十分に叫んだ。



「各委員会代表のフンドシを奪ってくる、というのはいかがでしょうか!?」



 しーん。

「……三木ヱ門、こいつを医務室に押し込んでこい。やはりまともじゃない」
「お気遣いは無用です、委員長。いいですか、真面目に考えてみてください。潮江先輩が誰かにフンドシ盗まれて脅されたとして……」
「あほか、どーいう脅しだ、どーいう。忍者が自分の下着なんぞで脅されてたまるか」
「ちっちっ、何事もやりようです。たとえば、茶色の染み付けて食堂前の掲示板に名前付きで貼りだしてやる、と言ったら? その上それを想い人に見せてやる、と付け足してもいいですが」

 げっ、という顔をしたのは、文次郎だけではなかった。想像してしまったのか、他の委員全員があからさまに驚愕した面持ちでに視線を向けている。

「ナイーブな年頃の男子達には効果てきめんな脅しかと思われますが、いかがですかナイーブな男子代表の潮江先輩」
「誰が代表だ、誰が。……お、俺にはそんな女いないからな、痛くも痒くも……」
「へぇぇぇぇ? 目が泳いでますよぉー?」
「うるせえよ! つかお前、なんでそういう方向には頭が回るんだ!」
「三木と左門はどう思う?」
「絶対に嫌です」
「想像しただけで泣けます」
「団蔵と左吉は?」
「確実にこれからの学園生活、『茶フンドシ』ってあだ名で過ごすことになると思います」
「い、嫌ですそんなの! そんなことあったら退学します!」

 自分事のように怯えている委員達に、は楽しそうに微笑む。機嫌良く人差し指を一本立て、それをくるくる回しながら、

「まぁ、あれですね。先ほど委員長が言ってましたが、『社会的にコロス』というやつです。効果は抜群ですよ絶対。……というわけで私はフンドシ脅迫作戦を推しますが、いかがですか?」
「却下だ。いくら委員会上での敵とはいえ、男としてそんな卑怯な真似は」
「甘いですね。使えるものはなんでも使うのが忍者です、潮江先輩。これ以上に良い案があるのでしたら、どうぞ私がこの帳簿の隅に『男子生徒の中で一番下手そうな奴ランキング』の落書きを終える前に出してください」
「神聖な帳簿にそんな落書きすんなバカタレが!!」
「三木、炭一個借りるね」
「あ、はい」
「って、なに素直に貸してんだ田村! 帳簿取り上げろ! 末代まで残る恥だぞ!」
「第一位、うちの委員長。理由、生理的になんとなく」
「聞いてんのかこらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」





「……なぁお前達、どう思う?」
「ん? なんですか神崎先輩? なにが下手なのかってことですか?」
「違う。先輩の案のことだ。どう思う?」
「やり方は荒っぽいとは思いますけど……いいんじゃないですか? それで予算会議がすぐ終わるなら、僕達も楽ですし」
「団蔵は?」
「僕もそう思います。あっちだって毎回卑怯な手使ってくるんですし。……神崎先輩はお嫌なんですか?」
「んー……嫌と言うかだなー……。あのな、委員会代表ってことは、委員長か委員長代理だろ?」
「はぁ。そりゃ、委員会代表ですからね」
「ってことは、確実に上級生だぞ? お前達、上級生のフンドシ簡単に奪えると思うか?」

 ようやく左門の言いたいことに気づいて、左吉と団蔵は言葉を詰まらせる。
 お互いの顔を見合わせてから、未だに文次郎を適当にあしらいつつ落書きを続けているに視線を向ける。

「……嫌というより、嫌な予感だな」

 ぽつりと言う左門に、団蔵と左吉も顔をひきつらせて頷いた。

「予算会議の前に……」
「予算会議以上の波乱の予感……」












 終

 →その二「もちろん最初はあの委員会」に続く(かもしれない 続いてしまいました)