斉藤タカ丸夢
『秋時雨、星月夜まで』前編
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最近、日が落ちるのが早くなった。 朝晩は随分冷え込むようになったし、夏の間は色鮮やかな緑だった木々も、少しずつ赤茶色に染まっている。今も大きな夕日が辺り一面全部を照らしていて、紅葉と合わせて赤々と燃えるような情景を作り出していた。 この季節の夕日は空気が澄んでいてとても綺麗だけど、瞬く間に消えてしまう。堪能出来るのは今だけかなと残念に思いながら廊下を歩いていたら、ふいに視界の端にふわふわした固まりが見えた。なんだろうと立ち止まって視線で追いかけて、すぐにその正体が分かる。 夕日で赤く染まった庭。一体どこから取ってきたのか、高さが私の肩ほどもありそうなススキの山に、一年生達がわいわいと集まっていた。 「あ、先輩こんにちはー!」 その中の一人に声をかけられて、私も声の持ち主に気づいて微笑んだ。同じ委員の後輩、伊助君だった。ということは、その周りでススキの穂を束にしようと四苦八苦しているのは、一年は組の子達なんだろう。 「伊助君、そのたくさんのススキ、どうしたの?」 「あ、これはお月見用に取ってくるようにって、学園長先生に頼まれたんです」 「そっか、もうすぐ十三夜だもんね」 「なに、伊助の先輩? 火薬委員の先輩? こんにちはー!」 「いつも伊助がお世話になってますー!」 周りの一年生達も、私に気づくと次々に元気に挨拶してくれる。こんにちは、と私も一人一人に微笑んだ。 「こんだけあったら茅葺き用に売れるんだけどなー。なあなあ、内緒で半分くらい俺にくんね?」 「こらこらきりちゃん、駄目だよ。余ったら用具委員にあげる約束だったでしょ」 「食満先輩、きっと補修に予算使わなくていいって喜ぶよー」 「ねー。僕達、褒めてもらえるかなぁ」 にこにことはしゃいでいる一年生達を見ていると、こっちまでどこか嬉しくなってくる。よいしょよいしょ、と自分達の背よりも高いススキの束を作ってる姿が可愛くて、思わず顔がほころんだ。 きっとススキを取りに行ってるときも、こんな風にみんなで楽しそうに作業してたんだろう。 「みんなご苦労様。……ススキ、綺麗だね」 赤い夕日に照らされて、ふわふわと風に揺れるススキは綺麗だった。伊助君がにっこり笑って、ススキの山に手を伸ばす。 「よろしければ、先輩も少しお部屋に持って帰りませんか?」 「え、いいの?」 「はい! いいよな、庄左ヱ門」 「うん、いいよ。欲しい人に配っていいって学園長先生も仰ってたしね」 伊助君の隣にいる真面目そうな子が頷いて、「ですから、どうぞ」と伊助君が、一握りのススキの穂を私へと差し出してくれる。 「……ありがとう」 ススキもだけど、気持ちが嬉しくて心から礼を言うと、伊助君は「どういたしまして」と少し照れたように笑ってくれた。 もらったススキを手に部屋へと帰る道を歩いていたら、その間に日は沈んでしまった。今の季節は、日の光がないと肌寒い。月が出るまでは暗いし、塹壕とか罠とかに気をつけて歩かなきゃ、と気を引き締めたときだった。 「あ、ちゃん!」 少し遠くから、聞き慣れた声が響いてきた。 「……タカ丸さん?」 顔を上げると、廊下の向こうからタカ丸さんが笑顔で駆け寄ってきてくれるところだった。そのタカ丸さんに挨拶することも忘れて、私はまじまじとタカ丸さんの上から下まで視線を向けてしまう。 着ているのは四年生の制服だけど、六年生と同じ、大人に近い体格。暗い中でもよく目立つ、明るい色の髪の毛。柔らかな表情もふわふわした雰囲気も、私のよく知ってるタカ丸さんのものだった。 でも。 「な、なに? どうかした?」 私の視線に戸惑っているタカ丸さんに、首を傾げる。同年の鉢屋の変装、ということはないみたいだけど。 「タカ丸さん、どうしてここにいるんですか?」 「え!? ……えーと、いちゃ駄目だった……?」 びっくりしたような傷ついたような顔で言うタカ丸さんに、私は慌てて「違うんです」と首を横に振る。 「だってタカ丸さん、男の人でしょう? ここにいて大丈夫なんですか?」 ここはすでに女子寮の中だから、一応は男子禁制だ。それに、くの一教室の生徒が総出で作り上げた罠を、タカ丸さんが無傷で突破できるとは思えなかったから。 「ああ! うん、許可はちゃんと取ってるから、大丈夫だよ」 ほっとした様子のタカ丸さんは、にこにこと私に頷く。安心したような柔らかな笑顔で。 「放課後にね、髪結いして欲しいって下級生の子に頼まれたんだ。ついでに変装術に使う化粧も教えて欲しいって言われたから、それでここにね」 「ああ……」 そのこと自体は、初めてじゃなかった。髪結いも化粧も私達の勉強の一つだから、男子生徒の中でもタカ丸さんだけは女子寮に入る許可が下りやすい。そう。考えてみれば、決して珍しいことじゃない。 「お疲れ様です、タカ丸さん」 「あ、そんな言い方やめてよ。疲れてなんかないよ、僕が役に立てるのこれくらいだしね」 穏やかに笑うタカ丸さんに、私も小さく笑い返す。笑えていたと思う。 「ちゃんに会えるなんて運が良かったね。今から部屋に戻るの?」 「はい。食堂に行く前に荷物を置きに帰ろうと思って──、タカ丸さん?」 ふと、タカ丸さんが不思議そうな視線を私の手元に向けていた。その視線が示すものに気づいて、私は手に握っているものを掲げてみせる。 「これですか?」 「あ、ススキだね。もうすぐお月見だからかな?」 「はい、さっき伊助君にもらったんです。……あの、もしよかったら、タカ丸さんもいかがですか?」 「え、いいの?」 タカ丸さんの顔がぱっと明るくなる。その表情を見て、私もすごく嬉しくなる。数本もらったススキをちょうど半分に分けて、片方をタカ丸さんに差し出した。 「どうぞ」 「ありがとう。じゃあもらうね」 タカ丸さんは私の差し出したススキを受け取ろうと手を伸ばして、なぜかそこで一瞬逡巡したそぶりを見せた。どうしたのかと訊ねる前に、タカ丸さんは伸ばしていた右手を下ろし、代わりに左手でススキを受け取る。 「……タカ丸さん?」 「ううん、なんでもないよ。……ありがとうちゃん。部屋に飾るね」 「はい。私もそうします」 いつもの柔らかな笑顔で、タカ丸さんがお礼を言ってくれる。私もタカ丸さんに会えて良かったなと思いながら、微笑み返した。 「ほんとはもう少しちゃんといたいんだけど、僕もそろそろ部屋に戻らなくちゃ。またね、ちゃん」 「あ……」 「ん? どうしたの、ちゃん」 思わず声を上げてしまい、タカ丸さんが不思議そうな顔になる。慌てて、私は引き止めようとしていた感情を抑え込む。タカ丸さんは忙しいから、邪魔しちゃいけない。 「いえ……なんでもないです。おやすみなさい、タカ丸さん」 「うん、おやすみちゃん。また明日ね」 そう挨拶を交わして、タカ丸さんは迷いのない足取りで女子寮の廊下を歩いていく。罠に掛かる気配がないのは、きっとタカ丸さんを呼んだ子が事前に外していたからなのだろう。 「…………」 タカ丸さんの後ろ姿が曲がり角の向こうに消えて行くまで見送って、私はようやくに自分の部屋へと歩き出す。そのときふわりと冷たい風が吹いて、少し髪が乱れた。それを直しながら、ちょっとだけ沈んだ気分にため息を吐く。 ──髪結いとお化粧。 じんわりと胸に広がる、あまり楽しくない感情。 それを振り払うように、私は早足で部屋へと戻った。 夕食を食べ終わってススキの置き場所を考えていると、同室の友達が同じようにススキを数本持って帰ってきた。一年は組の子が配っていたのをもらってきたらしい。 二人してどこにしようかと悩んで、結局窓のすぐそばに飾ることにした。瓶に挿して窓辺に置くと、窓の外から月の光が落ちてきて、まるでお月見を先取りしているような気分になる。 「これで栗とかあったら完璧なんだけどね」 「十三夜になったら、食堂のおばちゃんが配ってくれるよ。きっとお団子も」 そうだねと友達と笑い合う。行事ごとの特別な献立は滅多に食べられないから、普段学園で生活している私達にはご馳走だ。楽しみにしている生徒もたくさんいる。 「じゃあ、私はもう寝るね。おやすみ、」 「おやすみなさい」 同室の友達は、布団に潜り込むとすぐに寝てしまった。私もその隣に布団を敷いてから、またススキと月の光を見上げる。 昼間のさわさわと涼しい空気は、夜になると途端に寒さに変化する。冷えないように上衣を羽織って、私は窓を少し開ける。さっきよりも強く落ちる月の光は、まだ柔らかだけど綺麗な色だった。 ……月を見ると、タカ丸さんを思い出す。 たぶん、その色なんだろう。他の人より鮮やかな色。髪だけでなくて、雰囲気も。 温かで柔らかいそれが、私は好きだ。 少し前までもやもやとしていた感情は、もうだいぶマシになっていた。 タカ丸さんも、こんな風にススキを飾ってくれているだろうか。半分こにしたススキが私とタカ丸さんを繋いでくれる気がして、そう思うと少し嬉しかった。 そうしてしばらく月を見上げていたら、さすがに寒さに耐えられなくなってきた。友達を起こさないようにそっと窓を閉めて、私も布団に潜り込んだ。 次の日の放課後は委員会活動だった。 地味だ地味だと言われ続けている火薬委員会だけど、仕事が楽だというわけじゃないと思う。確かに主な仕事は火薬量の確認くらいだけど、この学園は火薬を使う生徒が多いから、突然に事件が起こって駆り出されることも珍しくない。……特に多いのは、四年の三木ヱ門君と六年の立花先輩が原因での騒ぎだけど。 「だからな。そもそも生徒に授業以外で火薬を扱わせなきゃいいんだよ」 先に集合場所に着いていた二人も、同じことを考えていたらしい。三郎次君が、嫌そうな顔で伊助君に話しかけている。対する伊助君は、困ったような表情。 「でも、それだと自主練が出来ないですよね?」 「だから、それでいいんだよ。もともと忍者は、緊急時以外に火器なんて使わないんだ。立花先輩と田村先輩の戦い方見てみろよ、あんなの目立って仕方ないだろ」 「あー。……確かに、あのお二人が暴れた後は絶対なにか壊れますからねー」 掃除と修復が大変です、とこぼす伊助君。二人の元にたどり着いて、私は「こんにちは」と声をかけた。 「随分早いね、二人とも」 「あ、先輩! こんにちは!」 「こんにちは、先輩。下級生は今日、最終時限が自習だったんです」 伊助君が笑顔で、三郎次君が律儀に理由を説明しながら、頭を下げて挨拶してくれる。 「あ、先輩はどう思いますか? 池田先輩は、生徒が自主的に火薬を扱えないようにするべきじゃないかって仰るんですけど」 「ん……そうだね。そうすれば、騒動も私達の仕事も、今までよりずっと減るだろうね」 伊助君の問いに答えると、三郎次君が当然だという表情で強く頷いた。つい最近も立て続けに爆発騒ぎがあったから、たぶん上級生の火薬の扱いの荒さに腹が立ってるんだと思う。 「でも、どっちが勉強になるかで言えば、今のままでいいと思うよ。火薬の扱いに長けるにこしたことはないし、騒動を鎮める技術も身につくしね」 そう言うと、二人は同時に嫌そうな顔をした。私の意見に全く賛成出来ない……ということではなくて、たぶん『騒動を鎮める技術なんて身につけたくないです』ということだと思う。なぜならその役目は、(火薬が絡んでいれば)大抵私達に回ってくるからだ。 「火薬委員会って、やっぱり地味ですね」 伊助君がぽつりと言うと、三郎次君がすぐになにか返そうとして、それから結局無言で通した。そんなことない、と否定しようとして、そうでもないかと思い直したのだろうか。 私は苦笑して、否定も肯定もしなかった。この仕事が地味なのだとしても、私は火薬委員会が好きだ。だからどちらでも構わない。 けれどさすがにそろそろ話を変えるべきだろう。なにかないだろうかと話題を探して、すぐに思い出した。 「そうだ伊助君、昨日はススキありがとう。部屋に飾らせてもらったよ」 「いえいえ! 喜んでもらえたならよかったです!」 「なんだ、は組はくの一教室にも配りに行ったのか」 笑顔を返してくれる伊助君に、三郎次君が少し意外そうな表情を向ける。 「先輩は、僕達が用意しているときに偶然お会いして、もらってくださったんです。……池田先輩もぶつぶつ言ってたけど、結局は持って帰ったじゃないですか」 「まぁ、取ってきたのがは組とはいえ、季節ものだからな。一応礼は言っておいてやるよ」 「は組とはいえって、どういう意味ですかー」 ぷくーと軽く膨れる伊助君の隣で、三郎次君は悪びれない様子で肩をすくめている。同室の友達が言っていた通り、あのあと一年は組があちこちに配りに行ったのだろう。 ススキの山を前にわいわいと賑やかに作業していた一年生達を思い出して、私は少し笑う。 「あ、もうみんな集まってるんだね。おはよー」 そのとき後ろからかけられた柔らかな声に、誰なのかと思考が追いつく前に振り返っていた。 視線の先には、昨日会ったばかりのタカ丸さん。 「おはようって……もう夕方ですけど、タカ丸さん今まで寝てたんですか?」 「あ、そうだったね。なんか口から自然に出ちゃったんだ」 三郎次君のじとーとした(なんと言うか明らかに尊敬はしていない、という感じの)視線と声をあっさりと受け流して、タカ丸さんは私と目が合うと笑ってくれる。 「ちゃん、昨日はススキありがとー」 「あ。あれは伊助君にもらったものなので、お礼は伊助君にお願いします」 「ありがとう、伊助君」 「いえいえ! 僕だけじゃなくて、は組みんなで取ってきましたし!」 照れつつも少し誇らしげな伊助君に、タカ丸さんはにこにこと笑顔を向ける。 「あるのとないのとじゃ、部屋の雰囲気が違うよね。窓のところに飾ったよ」 窓。そのタカ丸さんの言葉に、私は一瞬鼓動が跳ねる。普通ススキは窓辺に飾るものだと思うけど、タカ丸さんと一緒だということは、些細なことでもすごく嬉しい。……些細なことすぎて、ちょっと恥ずかしいけど。 顔が赤くなってないだろうか。どうか気づかれませんようにと思っていると、「あ」と伊助君がなにかを思い出したように声を上げた。困ったように眉根を寄せて。 「あの、タカ丸さん。もしお会い出来たらでいいんですけど、滝夜叉丸先輩に『ススキ半分返してください』って言ってもらえますか?」 「ん? どうして?」 「そーいやあの人、『私の輝きに負けぬためにはこれくらいは必要だ』とかあほなこと言って、ススキたくさん持って帰ってたな。あほだから」 「あれは用具委員の分なんですよー……。十三夜が終わってからでもいいんですけど、僕達が言っても聞いてくださらないんで……」 「うん、分かったよ。お月見が終わったらいらなくなるだろうし、僕が滝夜叉丸君の部屋に回収しに行くよ」 「ありがとうございます! は組か用具委員の誰かに渡してもらえたら分かると思いますんで、お願いします!」 タカ丸さんの言葉に、伊助君はほっとした顔になる。これで安心ですー、と伊助君が嬉しそうに両手を合わせたとき、私はようやくそれに気づいて眉をひそめた。タカ丸さんと三郎次君もすぐに気づいて、顔を強張らせる。私達三人の視線に気づいてきょとんとしている伊助君に、三郎次君が言う。 「お前、その手どうしたんだよ」 そう、手。今まで気づかなかったけど、伊助君の手(両手の手のひらと指のほぼ全部)には、ぐるぐると包帯で布当てがしてあった。その巻き方でさほど酷い傷じゃないことは分かったけど、見た目にかなり痛々しい。 「ああ……ええと、昨日ススキを触ってたんで、少し切れちゃったんです」 苦笑して手を開いて見せる伊助君に、私は昨日の大量のススキを思い出す。ススキの葉は、肌が切れるくらい鋭いから。 「それ、大丈夫? 酷くないの?」 「痛くない? 筆とかちゃんと持てる?」 タカ丸さんと私が聞くと、伊助君は「はい、大丈夫です」と頷く。 「ひっかき傷くらいのがたくさんついてるだけなんです。ほとんど痛くないし、手を洗うときちょっと沁みるくらいで」 「ススキで手が切れるなんて当然だろ。どうして素手で触ったりするんだよ」 やっぱりは組は馬鹿だなと呆れ顔で、三郎次君は伊助君の頭をぽんぽん叩く。少し付き合ってみれば、三郎次君のつっけんどんな態度には優しさが隠れているのだと分かる。伊助君も一応もっともだと思っているのか、ぽんぽん叩かれるままに「はい……」と困った顔をしている。 「医務室には行ったの?」 「はい! は組全員で行きました!」 「全員ってお前らなぁ……誰か一人でもいいから、もっと早く気づけよ」 「ススキを取るのに一生懸命だったから、言われるまで全然気づかなかったんですっ」 胸を張る伊助君に、三郎次君が「威張ってどうする」と呆れている。 そのやりとりが可愛くて、私は少し笑う。きっとタカ丸さんもにこにこしてるだろうなと視線を向けると、どうしてかタカ丸さんは少し複雑そうな顔をしていた。不思議に思ってタカ丸さんの様子を見て、これもようやくに気がついた。 それとも、今まで私達に気づかれないように隠していたのかもしれない。後ろに回されたタカ丸さんの右手には、伊助君と同じように布当てがしてあった。伊助君と違って包帯は指の間や手首に巻いてあったけれど、見た目の痛々しさはあまり変わらない。 「タカ丸さんも、怪我してるんですか?」 「……あ、バレちゃったね」 私が思わず口にすると、タカ丸さんが右手を前に出した。「えっ」と三郎次君と伊助君が声を上げる。 「それどうしたんですか、タカ丸さん」 「うん。僕も昨日、ちょっとススキで切っちゃったんだ。お風呂に入ってから沁みてやっと気づいたよ」 困ったように笑うタカ丸さんに、三郎次君がやれやれと、伊助君が連帯感を抱いたのか嬉しそうな顔になる。 「タカ丸さん、大丈夫ですか?」 「うん、ほんとに少しだけだからね」 「さすが、タカ丸さんもは組の授業に参加してるだけありますね。いっそは組に入ったらどうですか」 呆れているのか皮肉めいた口調で言う三郎次君に、タカ丸さんはにっこり笑う。 「三郎次君は、ほんとには組が大好きだよね」 「す、好きじゃないです! 嫌いです! なに言ってんですか!」 きーらーいーでーす! と叫ぶ三郎次君の前で、タカ丸さんはなにも言わずににこにこしてる。その二人に、伊助君が交互にきょろきょろと視線を向けている。そして私がその三人を見つめていたら、そのときようやくに最後の火薬委員、私と同年の委員長代理が、たくさん紙束を抱えて私達の元に駆け寄って来た。 「もうみんな来てたのか。待たせてごめんな」 「久々知」 「あ、久々知先輩ー!」 久々知は自分以外の委員をざっと確認して、それから伊助君の手に視線を向ける。 「伊助、昨日はススキありがとな。手、大丈夫だったか?」 「はい! 久々知先輩に教えてもらった後、ちゃんとみんなで医務室に行きましたから!」 「……言われたのって久々知先輩だったのかよ」 「最初に気づいたのは雷蔵だったけどな」 久々知はそう言うと、次にタカ丸さんの手にも気づいて、今度はあからさまに顔をしかめた。 「斉藤、お前までどうしたんだ、それ」 「僕もススキで切っちゃった」 「……あのなぁ」 ほらほらと右手を振ってみせるタカ丸さんに、久々知がなんとも言い難い表情になる。伊助君がぱたぱたとタカ丸さんの隣に並んで、二人して「お揃いですねー」「お揃いだねえ」とほのぼのしている。 「……は組」 ぼそっと三郎次君が呟いたとき、かーん、と高い音が響いた。時刻を知らせる鐘の音だ。これは、委員会があるときは委員会開始の合図になる。 音が余韻を持たせて消えていき、久々知が「よし」と声を上げる。 「じゃあ、始めるか。……えーと、と斉藤と俺は焔硝倉で火薬の在庫確認と明日の授業の用意。伊助と三郎次は、委員室で在庫表と火薬の使用許可申請書を照らし合わせて、誤りがないか調べてくれ。申請書は土井先生が持ってらっしゃるはずだから」 「はい、分かりました」 久々知が持っていた在庫表の束を、三郎次君が受け取りに行く。それから無言で手招きしてタカ丸さんの隣にいる伊助君を呼ぶと、伊助君も素直にそっちに駆けて行った。 「伊助、手を痛めてるんだから無茶するなよ。三郎次、気をつけて見ててやってくれ」 「あ、僕大丈夫です」 「分かりました、久々知先輩。……お前なぁ、それ以上包帯増えたら、箸も握れなくなるぞ」 言いながら、ずるずると伊助君を引っ張って行く三郎次君。それを見送って、久々知は私達に視線で行くぞと合図した。久々知が焔硝倉に向かうのを、私とタカ丸さんもその後を追い掛ける。 「、今日は斉藤に仕事のやり方を教えるから、お前はこっちを頼む」 歩きながら、久々知が私に在庫確認用の紙を渡す。私が頷いて受け取ると、次に久々知は持っている用紙の束を半分抜き取り、タカ丸さんに差し出した。 「補充用の白紙の在庫用紙だ。斉藤、持っててくれ」 「ん、……うん、分かった」 タカ丸さんは反射的に右手を出そうとして、それからすぐに左手で受け取った。そのときちらりと布当てだらけの右手が見えて、少し胸が痛む。手が使えないと、授業だけでなく日常生活のほとんどで苦労することになる。伊助君はまだ軽い傷だろうけど、……タカ丸さんは大丈夫だろうか。 焔硝倉にはすぐに着いた。久々知は腰元から鍵を取り出して、いつ見ても強固そうな焔硝倉の扉を開ける。 焔硝倉はその用途上、学園内で一番と言っていいほどに造りがしっかりしている。火薬は貴重な戦力だ。どこの城や組織が奪いにくるか分からないし、他にも雷や台風などの天災から被害を防ぐためでもある。私達火薬委員にも、とにかく焔硝倉を無人のままに開け放しておかないことと、鍵を失わないことが言い含められる。久々知が出した鍵も、紛失しないようにと腰元に紐で結わえてある。 鍵が外されて閂が抜かれ、焔硝倉の扉が開く。焔硝倉には空気穴程度の隙間しかなく、日光はあまり入らない。いつものように扉を開け放したまま、私達は焔硝倉へと入った。 →後編 |