竹谷八左ヱ門夢
『向日葵に恋して』前編



「生物委員に、ですか?」
 図書室に本を返して女子寮に戻ろうとしたら、突然木下先生に呼び止められて一つの箱を手渡された。
 両手に収まるほどの大きさの、蓋が簡単に開けられないようになっている白い箱。軽く振ってみると、ころころころころと小さな音がした。
「ああ、委員の誰かに渡してくれれば分かる。頼んでもいいか」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、悪いがよろしくな」
 試験が近くて、先生達は忙しそうだ。木下先生は私が頷くと同時に踵を返して、早足にどこかに去って行く。
「生物委員にかぁ……」
 手の中の箱を一度見下ろして、よし、と私は縁側から地面に降りて飼育小屋へと歩き出した。


 生物委員と言うと、はっちゃんのことがまず頭に浮かぶ。だってはっちゃんは私と恋仲で、一番好きな人だから。
 どうせだからはっちゃんの顔を見に行こうと、私は飼育小屋への道を急ぐ。今日は一応は休日だけど、生物委員にお休みの日はほとんどない。特にはっちゃんは委員の最上級生で委員長代理だから、授業がない日もある日も雨の日もかんかん照りの日も、ほぼ毎日生き物達の世話をしている。
 だから今もきっと、自室よりも飼育小屋にいる可能性のほうが高いと思う。今日はいいお天気だから、小屋のお掃除日和だし。
 箱をころころと鳴らしながら歩いていると、目的地の飼育小屋の前、視線の先に思った通りにはっちゃんの背中があった。小動物の餌を作ってるのか、たくさん盛られたニンジンを手早く小刀で切り分けている。少し辺りを見回したけど、他の委員は見当たらなかった。きっと「今日は俺一人で大丈夫だから」って下級生達を休ませてあげたんだと思う。いつもそうだから。
「はっちゃん」
 あと数歩の距離まで近づいて声をかけると、はっちゃんは「ん?」と振り返って、そして私だと気づいて笑ってくれる。
「どうした、。俺になにか用か?」
 私に顔を向けながらも、はっちゃんは手元のニンジンを切り分ける速度を緩めない。すごいなと感心しながら、私ははっちゃんの隣にしゃがみこんで視線を合わせた。
「用がなかったら、はっちゃんに会いに来ちゃだめかな?」
 冗談交じりに聞いてみると、はっちゃんはきょとんと一度作業を止めて、それから伸ばした手で私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「いや。用がないのに来てくれんのが一番嬉しい」
 微笑んで言われた言葉に、自分から聞いたのにかあっと顔が赤くなる。だけどはっちゃんは私がどうしていきなり赤くなったのか分からないみたいで、不思議そうな表情で、私の顔を覗き込む。
「どうかしたか? 
「ん……なんでもないよ」
 照れ隠しに微笑むと、はっちゃんもつられたように笑ってくれる。ぽん、とまた優しく頭を撫でてくれてから、ニンジンの匂いのするはっちゃんの大きな手がゆっくり離れた。そのまま作業を再開するはっちゃんを、私は隣に腰を下ろしてじっと眺める。
 私は、はっちゃんが委員会の仕事をしてる姿を見るのが好きだ。はっちゃんはどちらかと言えばそんなに几帳面なほうじゃないけど、生き物の世話に関することはとても細やかで丁寧だ。下級生が多くて大変だろうに、はっちゃんは弱音も愚痴もほとんど言わない。いつも前向きに、楽しそうに仕事をしている。
 それが、はっちゃんのかっこいいところの一つだと思うから。
「…………あ」
 はっちゃんをしばらく見ていて、ふとようやくに、ちゃんとした用事もあったんだと思い出した。
「ねぇ、はっちゃん。私ね、はっちゃんに会う以外にも用事があるの」
「お? なんだ?」
「これね、さっき木下先生から預かってきたんだけど……」
 切り終えたニンジンを餌籠に移しているはっちゃんに手の中のものを差し出すと、はっちゃんはほんの一瞬驚いた顔をしてから、やれやれと苦笑いを浮かべた。
「……。その中、見たか?」
「ううん、だって箱の蓋、中が見れないように蝋で閉じてあるし…………え?」
「深く考えなくていい」
 嫌な予感に固まってしまう私の手から、はっちゃんが箱を取り上げる。……なんか、ころころころころたくさん、中にたくさん…………なに?
 想像してしまって怯える私の表情に、はっちゃんは慌てたように「大丈夫だ」と声をかける。
「もう死んでるからな、気にすんな」
「死!?」
 今更慌てても仕方ないのに、すうっと血の気が引いて行く。
「む、虫? もしかして、毛虫?」
 ぞわわ、と背筋に走る痺れに泣きそうになると、はっちゃんは困った顔で「あー、余計なこと言ったな。悪い」と謝る。
「虫じゃないんだけどな。……は聞かないほうがいい」
 気になるだろうけどごめんな、と続けるはっちゃんに、私は慌てて頷いた。はっちゃんは私をからかったりしないから、本当に聞かないほうがいいんだと思う。
「ありがとな、。苦手なのに悪かった」
「……ううん」
 私が嫌がると思って気遣ってくれたのか、はっちゃんはその箱をすぐに用具籠の中に隠してくれた。私は生物委員のはっちゃんが大好きだけど、申し訳ないけれど虫が苦手だ。あのちっちゃいのがかさこそ動くのを想像しただけで、悲鳴を上げてしまいそうになる。それをはっちゃんもよく知ってるから。
「私がはっちゃんに会いたかったから、いいの」
「じゃあ、木下先生に感謝しないとな。俺もに会いたかったから」
 はっちゃんの何気ない言葉に、私はまた顔を赤くする。でもはっちゃんは今度はそのことに気づかない様子で、「よし」とニンジンが入っている餌籠を片手で持ち上げる。
「なぁ、これから暇か?」
「う、うん。今日はこれから勉強しようと思ってただけだから、少しくらいなら」
「あー」
 はっちゃんはちょっと嫌そうな顔になる。
「そういえばもうすぐ試験だったな……」
「はっちゃんは、あとどのくらいでお仕事終わるの?」
「この餌やったら終わりなんだけど……そーか勉強か……」
 残念そうなはっちゃんの声に、私もしゅんとする。せっかくはっちゃんに会えたんだから一緒にいたいんだけど、勉強もしなくちゃいけないし。
 でも今日ははっちゃんに会えただけでも嬉しいよ、と言おうとすると、その前にはっちゃんがパッと顔を輝かせた。思いついた、というように。
「じゃあ、俺と一緒に勉強しようか!」
「え、はっちゃんと?」
「おう。どうせ俺もそろそろ試験勉強しなくちゃいけないし」
 な? と笑うはっちゃんに、私も心が明るくなる。いつだって、はっちゃんと一緒にいられるのは嬉しいから。
「うん! じゃあ私も手伝う!」
 すぐに頷いて、地面から立ち上がってはっちゃんに駆け寄った。




 生物委員のお仕事が終わってから、一緒に井戸で手を洗って一度別れた。
 どっちの部屋にしようか迷ったけど、はっちゃんの同室の子が遊びに行っていて夜まで帰らないからと、はっちゃんの部屋で勉強することになった。
 自分の部屋に戻って勉強道具を風呂敷に包んで、るんるんと天井裏から男子寮に向かう。あまりに浮かれ気分で用意していたせいで、同室の子に「また竹谷のとこー?」と言われたくらいだ。……私バレバレだなぁ。
 でもはっちゃんのことが大好きなのは本当だから、別にいい。慣れたはっちゃんの部屋への道を急いで、天板を外して下に飛び降りた。
「お、。早かったな」
 二人で使いやすいようにだろう、普段は壁際にあるはっちゃんの文机が部屋の中央に移動していた。私は「お邪魔します」と頭を下げて、抱えてきた風呂敷を下ろす。
 持ってきた教科書や参考書や筆記用具を文机の上に並べ終えると、はっちゃんが「ほら」と座布団を差し出してくれる。
「ありがとう。……じゃあこっち側使ってもいい?」
「おう」
 文机の右側に渡してもらった座布団を敷いてその上に座ると、はっちゃんも同じ型の座布団を敷いて(たぶんはっちゃんが私に貸してくれたのがはっちゃんの、はっちゃんが使ってるのが同室の子の座布団だと思う)、私の隣、文机の左側に座った。
「じゃあ、始めるか」
「うんっ」
 はっちゃんが忍たまの友を開いたのと一緒に、私も自分の教科書を開いた。
 せっかくの休日なのにはっちゃんと遊べないのは残念だけど、同じ空間にいられるだけでも嬉しい。まず試験範囲を確認して教科書の下にそれを書き込んでから、内容全てを頭に叩き込むためにひたすらに書いて暗記し始めた。
 一人で勉強をしているときみたいにすごく集中は出来なかったけど、はっちゃんと一緒にいられて、さらに勉強も出来るなんて一石二鳥だ。それにはっちゃんに呆れられたら嫌だなと思うと、勉強にも身が入るし。
 ……でも、はっちゃんはあんまり集中出来ないみたいだった。少し時間が経った頃、突然にうーん、と首を傾げて、
。勉強って面白くないな」
 そんなことを真顔で言うから、ちょっと笑う。
「うん、楽しくはないよね。はっちゃん、どっちかって言うと実技のが得意だし」
「実技は勝手に身体が動くからなぁ。教科は頭使わないと覚えられない」
 うーん、ともう一度首を傾げて教科書を睨み付けるはっちゃんを、私は軽く覗き込む。
「私でよかったら、分からないところのお手伝いするよ?」
 私は別に頭がいいわけじゃないけど、そこまで勉強が嫌いじゃない。はっちゃんの役に立つなら嬉しいからと聞いてみたら、はっちゃんは教科書を睨み付けていた瞳を私に向けた。そしてきっぱりと。
「分からないところがどこなのかも分からない」
「……はっちゃん、もしかして全然勉強してない?」
「全然してない」
 なぜか自信満々胸を張るはっちゃんに、私は苦笑する。握っていた筆を置いて、はっちゃんの手元に視線を下ろす。確かにはっちゃんが言うとおり、その教科書はとても綺麗だ。
「はっちゃん、今まで試験どうしてきたの?」
「別に、いつもしてないわけじゃないんだ。最近はあんまり時間が取れなかっただけで。それに、…………教科試験はいざとなったら奥の手があるだろ?」
 ニヤっとちょっと悪戯っぽく笑う顔に、ああ、と気がついた。
「カンニング?」
「ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ」
 あれは楽だよなー、とはっちゃんは思い出す顔でうんうんと頷く。少し前に五年生のクラスが全員で結託して行った、カンニング騒ぎのことだろう。あれは今でも記憶に新しい、結構な騒ぎだったから。
「だけどあれ以来、先生達のほうも俺らがカンニングする前提で試験監督するようになったからな、やりにくくなった」
「女子もたまにやるよ、それ専用に矢羽根作ったり。でもほとんど先生に見破られるんだよね」
 結局のところさすが忍術学園の教師だ、ということなのだと思う。はっちゃんは、ふー、とため息をついて、やれやれと教科書をめくる。
「でもせっかくと勉強してるんだしな。……分かるとこだけでいいから教えてもらっていいか」
「うん、もちろんだよ」
 苦手だからだろう、ちょっと緊張した面持ちのはっちゃんに、出来る限り丁寧に分かりやすく説明する。私の拙い言葉ではっちゃんが理解してくれて笑ってくれると、ホッとする。
 それに、はっちゃんが勉強してくれるのは嬉しい。成績の良い人が好き、という意味じゃなくて。
「……私ね、はっちゃん」
「ん?」
 試験範囲を覚えるためにじっと集中していたはっちゃんが、顔を上げて私に視線を向ける。その私が一番好きな顔に、ゆっくり微笑む。
「私、はっちゃんの成績が良くても悪くても大好きだよ。……でもね、」
 私の言葉を待つはっちゃんの手に、自分の手を重ねて軽く握った。
「一緒に卒業したいから、はっちゃんが勉強してくれたら嬉しいよ」
 もちろん卒業出来なくても、はっちゃんが好きなのに全然変わりはないけど。
 はっちゃんは私の言葉に数瞬きょとんとしてから、それからゆっくり顔を強張らせた。もしかして勉強して欲しいなんて言って怒っちゃったかなと慌てて手を引っ込めようとすると、はっちゃんの指がすぐに私の手首を掴んで引き止める。

 はっちゃんは私の顔を覗き込んで、真剣な表情で言う。
「俺、ちゃんと勉強するから」
「……え?」
「そうだよな。と一緒に卒業出来なかったら意味ないもんな」
 はっちゃんは私の手を離して身を引いて、真剣な面持ちのまま、また教科書に向かう。筆を取り上げて、
「卒業したらすぐを嫁に貰うんだからな。俺だけ卒業出来ないなんて全然意味ない」
 独り言のようにそう言って、はっちゃんはさっきよりもずっと集中した様子で筆を動かし始める。
「………………」
 はっちゃんの言葉に衝撃を受けて真っ赤になった私は、言葉の真偽を確かめようと口を開きかけて、結局成せずに押し黙った。
 ……はっちゃんは、私をからかったりしないから。
 どきどきいう胸の鼓動を抑えるだけで精一杯で、私ははっちゃんの顔がまともに見れなかった。でも、すごくすごく嬉しい。
 震える手で教科書の頁をめくって、私も無理矢理に自分の勉強に戻った。……どきどきのせいで、あんまりはかどらなかったけど。

 

 ようやくどきどきも治まって、はっちゃんが集中し出して二刻くらい経った。はっちゃんの部屋に来たときは昼をちょっと過ぎたくらいだったのに、もう夕方になっている。自分の勉強も一段落して軽い疲れにほっと肩の力を抜いたとき、はっちゃんも筆を置いて息を吐いた。
「あー、久しぶりに勉強した。実技より疲れる。……は疲れてないか?」
「少しは。ちょっと休憩しようか、はっちゃん」
「賛成」
 凝ったなー、とぐるぐる軽く肩を回すはっちゃんに、私も倣って伸びをした。うん、気持ちいい。
「やっぱ慣れないことは長い間出来ないなー……あいつら見習わないとな」
「久々知とか不破とか鉢屋のこと?」
「ああ。三郎なんかいつも適当にやってるように見えて成績良いんだよなー……。あ、今度ここ雷蔵か兵助に聞いてくるか……」
 はっちゃんは最初のときとは違う真面目な様子で、私が教えてあげられない男子生徒専用の科目範囲に目を落とす。
「ねぇはっちゃん、いきなり詰め込むのは大変だよ。私でよければいつでも手伝うし、今日はここまでにしない?」
 はっちゃんがその気になってくれたのは(その理由も含めて)とても嬉しいけど、無理して欲しくない。ただでさえいつも生物委員のお仕事で、遊ぶ時間なんてほとんどないのに。
「……んー、そうだな。たぶんの言うとおりだ。俺の頭、今いっぱいいっぱいだ」
 はっちゃんは笑って、ぱたんと教科書を閉じた。私も「うん」と頷いて、手元の教科書や参考書を閉じて一固めにした。硯と筆も片付けると、はっちゃんは「あー」と気が抜けたように声を上げて、ごろんと畳の上に転がる。
「はっちゃん?」
 結構疲れちゃったのかもしれない。はっちゃんの隣に腰を下ろしてその顔を上から覗き込むと、はっちゃんは私の手を取って軽く握ってくれる。
「頭がぼーっとする」
「……はっちゃん、もしかしてあんまり寝てないの?」
 さっきまで気づかなかったけど、ちょっとだけはっちゃんの目が赤い。それとも集中して勉強してたからだろうか。
 はっちゃんは「んー……」と生返事をして、握った手ごと私を引き寄せる。引かれるままにはっちゃんのすぐ傍に膝を寄せると、こてんとその上にはっちゃんの頭が乗せられる。
「……膝枕」
 思わず呟くと、はっちゃんはふわ、と一つ欠伸をして目を閉じた。私の手を握ったまま。
「昨日また脱走騒ぎがあったから、あんまり寝てないんだ」
 いつものことだけどな、と苦笑するはっちゃんの頭を、そっと撫でた。はっちゃんが今日一人で飼育小屋にいたのは、やっぱり下級生に対する配慮だったんだろう。きっと委員の下級生達も夜通しの捜索で疲れていただろうから。
 ゆっくり、はっちゃんの頭を撫で続ける。いつだって私はそんなはっちゃんのことが大好きだけど、はっちゃんが身体を壊してしまうのは嫌だ。
 撫でるたびに、はっちゃんの身体から力が抜けていく。膝上のはっちゃんの頭は少し重いけど、はっちゃんが楽になるなら足が痛くても痺れても構わないから。
 はっちゃんが寝ちゃったら起きるまでここにいよう、と決めたとき、ふいに握られていた手が離された。はっちゃんの目が開いて、私を見上げる。
「……
「なに、はっちゃん?」
 少し小さなはっちゃんの声に、耳を寄せるつもりで顔を近づけると、首に腕を回されて引き寄せられた。そのまま、唇が重なる。
「っん……」
 柔らかな感触に、頭にじんわり血が昇る。私も手を伸ばして、はっちゃんの頬に触れた。優しい口付けに、心があったかくなる。
 でも、それはほんの一瞬だった。はっちゃんは一度口付けを解いて私の膝の上から頭を下ろすと、また私を強く引き寄せる。ぐらりと体勢が崩れたのを見越したようにはっちゃんの腕が腰に回されて、もつれこむようにはっちゃんの隣に身体が倒れた。
 間髪入れずにまた重なった口付けに驚いて目を見開くと、はっちゃんの腕が強く私を抱き締める。逃げるのを防ぐように。
「……あ、……はっちゃ」
、身体の力抜いて。……舌出して」
 私の両頬を包むように手を触れて、はっちゃんがそっと囁く。ぎゅっとはっちゃんの肩を掴んで言われた通りにしようとしたけど、突然のことで混乱してて身体が上手く動かない。
 はっちゃんの唇が、私の上唇と下唇を交互に優しく啄んだ後、それを合図にして少し強引に歯を割って舌が入ってくる。生温かなはっちゃんの舌に恥ずかしくなって、慌てて強く目を閉じた。
 私の舌にゆっくりと絡むはっちゃんの舌は、味を確かめるように口の中を探る。舌同士の接触で自然に溢れ出す唾液に、その動きがもっと強くなる。優しいけれど有無を言わさぬ舌の愛撫に、頭に甘い痺れが走る。少し息苦しくて呼吸を求めて口を開くと、その隙にまたはっちゃんの舌が奥まで入ってくる。
「……んっ、う……」
 はっちゃんの肩を押し戻そうとしても、はっちゃんは引いてくれない。ぬるぬるした舌の感触に翻弄されて、どんどん変な気分になっていく。恥ずかしい。
「はっちゃ……くるし」
 舌が浅く絡んだときに頼むと、はっちゃんはゆっくり瞬きをして、それからようやくに舌の絡みを離してくれた。最後に音を立てて啄まれて、それだけで身体の熱が上がる。
 大きく息をして、ちょっと涙目ではっちゃんを見た。
「ど、したの。いきなり」
「ごめん。の近くにいたら欲しくなった」
 頭を撫でながら耳元で囁かれて、びくっと震える。欲しい、って。
「はっちゃん……」
「……駄目か?」
 すごく近くで、はっちゃんの瞳が私の瞳を覗き込む。はっちゃんの指が、お互いの唾液で濡れた私の唇を優しく拭ってくれる。
 駄目じゃ、ない。嫌じゃないけど、でも。
「でも、はっちゃん寝てないんでしょ? 疲れてるんじゃ……」
「なんだ、そんなこと心配してくれてんのか」
「あ、当たり前だよ……」
 はっちゃんをちょっとだけ睨むと、はっちゃんは一度唇を重ねてから、私と視線を合わせて微笑んだ。
としたいんだ」
 ぎゅっと腰を引き寄せられて、密着する私とはっちゃんの身体。もう私より熱いはっちゃんに、私は腕を伸ばして自分からも身を寄せた。
「私もはっちゃんが欲しい」
 恥ずかしいから小さな声で言うと、はっちゃんは嬉しそうに笑って私を優しく組み敷いた。








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