笹山兵太夫夢
『触るな危険、恋とカラクリ』前編





 昼休みに入った途端、狙い澄ましたように大雨が降ってきた。
 昼食後はクラス全員で運動場で遊ぼう、と約束していたのも当然のように中止になり、食事を済ませた生徒達はみんな教室へと戻ってくる。
 他クラスの生徒も外に出られないので、近くの教室や廊下ではざわざわと騒がしい喧噪が響き渡る。
 『四年は組』と札の掛けられたこの教室でも、それは同じだった。
「っしゃーー! これで俺の勝ちな! 今日の晩飯奢れよ団蔵!」
「はぁーー!? お前どれだけ筋トレしてんだよ! つか今のほんとに腹筋か!? 早すぎだろ金吾!」
「いや、すごく早かったけど確かに腹筋だったよ。虎若、ちゃんと膝に頭ついてたからね」
「バネ仕掛けの人形みたいでちょっと怖かったけどねー、ねえナメ次郎」
「ちくしょーーー! 次はぜってー負けねーーー!」
「あーあー……お天気崩れちゃったねえ……雨ってゆううつ」
「ほんとだねしんべヱ、雨の音って眠気が増すような気がするし……教科書開いたら眠くなっちゃいそう」
「あ! やべ、俺長屋に教科書忘れてきたわ。ちょっと取ってくる」
「なら私も一緒に行くよ、きりちゃん。このままじゃ授業中に絶対寝ちゃうし、眠気覚まししなきゃ」
「おう、ありがとな。しんべヱはどうする?」
「あ、僕も行くよ! 二人とも待ってー!」
「ねぇ兵太夫、昨日からそれ、なに読んでるの?」
「んー、火縄銃の構造について書かれた本。虎若に貸してもらったんだ。カラクリの参考になるかと思ってさ」
「銃かー。確かに、銃って細かな仕掛けだらけだよね。分解して掃除してるとわくわくするもの」
「おーいみんなー、土井先生少し遅れて来られるそうだから、それまで静かに自習してるようにって……あれ、乱太郎達は?」
「おかえり、庄左ヱ門。さっき教科書忘れたって出て行っちゃったんだ。すぐ戻ってくると思うよ」
 どたばたと教室を出たり入ったり、筋トレ競争に励んでいたり、それを見物したり、興味のある話題に花を咲かせていたり。
 他に負けない騒がしさのは組の教室に、突然に「失礼しますー!」と女子生徒の声が響く。
「あ、ちゃん」
「兵ちゃん、三ちゃん、お昼休み中にごめんねー」
 ぺこりと教室内に一つ頭を下げて、女子生徒────は真っ直ぐに兵太夫と三治郎の元に向かう。同年で顔見知りの女子生徒なので、は組の生徒達も気にしない。
「どうしたの、ちゃん」
 笑顔でを迎える三治郎の横で、兵太夫は読んでいた本から顔を上げる。二人の前に腰を下ろすに、やれやれとした様子で視線を向けて。
「なにしに来たの、。辞書借りに来たんだったら、今日は持ってないからね」
「やだな兵ちゃん、そんな毎回借りに来ないよー」
「雨降っちゃったねえ、ちゃん」
「そうだね三ちゃん、湿気が多いと困っちゃうよねえ」
 同じような微笑みでにこにこと顔を合わせる三治郎と。兵太夫は読んでいた本をぱたんと閉じて、文机の上に置く。雨はやだねえほんとだねえと実のない会話を続けている二人に向けて、「で」と少し強めに言う。
、ほんとになにしに来たの?」
「二人にお願いがあって来たんだよ」
 傍目には若干冷たく見える兵太夫の視線にも、それに慣れているはまったく気にしない。あのね、と外を指差して、
「明日のお休みね、ほんとは校外実習の予定だったんだけど、この雨で中止になっちゃったの」
「そうなんだ? 雨くらいでなくなっちゃうなんて珍しいね」
「うん、もともとは一年生の付き添いだったからね。私達なら雨天決行だろうけど」
 それでね、とは三治郎と兵太夫に交互に目を向ける。そわそわと少しの緊張と期待が混じった瞳で。
「今日の夜、二人のお部屋に行ってもいい?」
「あー……」
 兵太夫はそれまで壁に預けていた身体を起こして、傍らの三治郎を見る。
「三治郎、お前今日は委員会だっけ」
「うん。今日は月に一度の飼育小屋の掃除だから、ちょっと遅くなっちゃうと思う。ちゃん、よかったら僕の道具使っていいよ。長屋から持ってくるの大変でしょ」
「ほんと!? ありがとう三ちゃん! いつも天井裏通るときに落としそうになっちゃって不安だったの」
「どういたしまして。気にせず好きに使っていいからね。……兵太夫は今日委員会は?」
「今日はたぶんすぐ終わるんじゃないかな。下級生に首桶の使い方教えるだけだから」
 兵太夫がそこで一旦口を閉じると、は子犬のようにきらきらした瞳で兵太夫の言葉を待っている。兵太夫は数瞬間を置いて、ようやくに答えた。
「……いつでも来ればいいんじゃない?」
「ありがとう! 二人とも大好き!」
 嬉しそうな満面の微笑みで、は二人の手をぎゅっと握り締めて喜ぶ。にこにこしている三治郎とは対照的に、兵太夫は「、手冷たいよ」と呆れたように言う。
 気にも留めないはすぐに手を離して、にっこりと二人に笑みを向ける。
「じゃあ、私も委員会あるから、ご飯とお風呂終わったらお部屋に行くね」
「罠に気をつけてよ。新作置いてあるから」
「え、どっちが作ったやつ?」
 きょとんとするに、三治郎と兵太夫がにやりと笑う。声を合わせて、
「「共同制作だよ」」
「わ、すごそう! 楽しみにしてるね!」
「罠が楽しみなんて言うの、ちゃんくらいだよねぇ」
「言っとくけど、今回のはほんとえげつないからね。気を抜いたらマジで医務室送りだよ」
 注意しているようで誇らしげな兵太夫に、はますます楽しそうに微笑む。
「分かった、気をつけるね!」
は気をつけててもどんくさいでしょ。他人の百倍気をつけるくらいでちょうどいいんだから」
「そんなことないよ。私、実技の成績真ん中らへんなんだよ?」
「自慢する成績じゃないよね。大体成績云々の前に、は全体的に未熟だから気をつけろって言ってんの」
 容赦のない兵太夫の言葉に、は少し困ったような表情になる。
「えっと、それって私が子どもっぽいってことかな?」
「そ。子どもは子どもっぽいって言われたら拗ねるでしょ」
 二人の会話に、三治郎が「あはは」とおかしそうに笑いだす。
「兵太夫、そんなこと思ってないくせに。だって兵太夫、いっつものこと」
「三治郎」
 なにかを言いかけた三治郎の言葉を遮って、兵太夫はじろりと三治郎を睨む。
「それ以上なにか言ったら、お仕置きね」
 冷たい兵太夫の声に、ハッと三治郎が芝居がかった仕草で口元に手を当てる。
「え、なになに。兵ちゃん、三ちゃんにお仕置きなんてしてるの?」
 わくわくした様子で乗ってくるに、兵太夫は薄い笑みを浮かべて三治郎に身を寄せる。
「最近は毎晩だよね、三治郎。お前が悪い子だから」
 指を伸ばして顎に触れる兵太夫に、三治郎もぎこちなく視線を逸らしてみせる。怯えたような小さな声音で。
「そんな……僕がなにを言っても、兵太夫は結局お仕置きするじゃないか。痛いの嫌だって言ってるのに……」
「嘘つき、虐められるの好きなくせに。最後にはいつも『もっと』って俺にねだるでしょ」
「ち、違うよ……こんなみんながいるところで言わないでよ、兵太夫のいじわる……」
 ぐす、と涙さえ滲ませる三治郎と愉しそうな兵太夫の様子に、廊下にいた隣のクラスの生徒から苦々しい声がかけられる。
「おい伝七、あそこの奴ら窓から捨ててくれ。なんか腹立つ」
「自分でやりなよ左吉……あと捨てたところでどうにもならないからね」
「え、三治郎、兵太夫にいじめられてるの!? どうしよう金吾、ナメさん!」
「喜三太、お前毎回騙されてるよな」
 教室の外と中、両方からの反応に、兵太夫と三治郎はにっこり笑って何事もなかったかのように離れる。
「で、そろそろ帰らなくていいの? 教室まで遠いでしょ」
 即座に元の表情に戻る兵太夫の言葉に、先ほどの二人を楽しそうに見ていたも「あ」と声を上げて慌ててその場から立ち上がる。
「そうだね、もう帰らなくちゃ。兵ちゃん三ちゃん、また後でね」
「うん、ちゃんまたねー」
、部屋入るときは一応俺がいるか声かけてからにしてよね」
「はーい!」
 二人にぶんぶんと手を振って、は嬉しそうには組の教室を出て行く。その姿をじっと見送っていた兵太夫は、ふと自分に向けられた視線に気づく。廊下、視線の主と思われる三年生の後輩が、兵太夫が目を合わせる一瞬前に踵を返して去って行き、すぐに視界から消えた。
 ゆっくり目を細める兵太夫の顔を、隣の三治郎が不思議そうに覗き込む。
「どうしたの、兵太夫」
「なんでもない」
 なんでもなくないでしょ、という顔の三治郎がさらに問おうとしたとき、どたばたと教室に数人の生徒が転がり込んできた。
「あー、遅刻するかと思ったけど、先生まだ来てなかったね。よかったね二人とも」
「それはよかったけど、お前は全然よくねーじゃん。よくまぁそう、ぽこぽこ穴に落ちるよなあ。しかも今日雨降ってるから泥だらけじゃん」
「乱太郎、大丈夫? 痛くない? ねぇみんな、乱太郎に手拭い貸してあげてくれないー?」
「慣れてるから大丈夫だよ。痣くらいだし、放課後に自分で手当てするから。あ、ありがとう伊助、庄左ヱ門。洗って返すね」
 塹壕にでも落ちたのだろう。酷い有様の乱太郎の姿に、大丈夫かー?と声をかけながらは組の生徒達が集まっていく。兵太夫と三治郎も続いて立ち上がり、手拭いを取り出しながら駆け寄った。





 本人がそう言っていた通り、三治郎は日が沈んでも部屋に戻ってこなかった。
 夕飯と風呂を済ませると、兵太夫は自室の対侵入者用の罠を少しいじる。それから普段は壁際に置いてある文机を三治郎の分も一緒に真ん中に寄せると、その上に今制作途中のカラクリの設計図を広げる。
 まだ就寝時刻には少し早く、周囲の部屋は弾んだ会話や行き来する足音で賑やかだった。明日が休みなので、なおさらに夜更かし前提で騒ぐ気満々だからだろう。
 その喧噪の中、兵太夫が設計図を書き込んでいると、ふいに上から慣れた気配がした。筆を置いて、兵太夫は天井を見上げる。
、北側から二列目と南側から三列目の天井板に触っちゃ駄目だからね。そのまま下に落ちるよ」
「はーい!」
 元気の良い声の後、カタン、と天井板が外れる。それからすとんと軽い音を立てて、が部屋の中に下りてきた。にこにこと一礼しながら。
「兵ちゃんこんばんは! お邪魔しますー!」
「入る前に声かけろって言ったでしょ。まあ、実験台になってもいいなら構わないけどね」
「声かけようと思ったら、それより先に兵ちゃんが気づいたんだよ。兵ちゃんすごいね」
「お前の足音がうるさいの。ほら、ここの机使っていいよ」
「ありがとう! 三ちゃん、失礼しますー」
 は抱えてきた風呂敷包みを下ろすと、嬉しそうに兵太夫の真向かいに座る。文机の上に広げられた設計図を見て、わ、と顔を輝かせた。
「これ、今作ってるやつ? えーと、飼育小屋の脱走防止用の檻かな?」
「そ。この間作ったのは飼ってた狼がぶっ壊したから、新しいの作ってるの」
「飼育してる生き物って、小さいのから大きいのまでいろいろだから難しそうだね」
「それだけやり甲斐もあるけどね。……で、お前今日はなにやるの」
 兵太夫が広げていた設計図を端に押しやっての使う場所を空けると、は持ってきた風呂敷包みを解き、少し大きめの紙を取り出した。
「これなんだけど、兵ちゃんよかったら見てくれる? まだちゃんと動くところまで書けてないけど」
「んー、ちょっと貸して。……ああ、三治郎の道具は押し入れにあるから適当に取って。余計なとこ触ったら一生部屋から出られなくなるから注意してね」
「はい、分かりました!」
 は兵太夫に紙を手渡すと、ぱたぱたと押し入れに向かう。その足音を聞きながら、兵太夫はに渡された設計図に目を落とした。
 他人にはあまり印象が良くないが、は兵太夫と三治郎と同じで、昔からカラクリが好きだった。設計図も書くし、組み立てて完成させるところまで一人でやる。下級生の頃はそれほどでもなかったが、最近は腕を上げて、女子寮に仕掛けられている罠の半分以上を任されているらしい。
 は普段にこにこと優しそうな印象だし、実際授業でもなければ他人の嫌がることをしない、温厚な性格だ。けれどカラクリに関してだけは別で、いかに的確にいかにえげつなく対象を引っかけるかという話にはきらきらと目を輝かせて参加するし、自作の罠にかかる生徒がいると満面の笑みで歓声を上げる。
「……ま、くの一らしいっちゃ、くの一らしいよね」
「三ちゃん、お借りしますー」
 兵太夫がぼそりと呟いたとき、大きめの箱を抱えてが戻ってきた。金槌や錐や砥石等、大工道具が納められた道具箱だ。箱の隅に小さく『夢前』と書かれている。
「どうかな、兵ちゃん。それ、ちゃんと動くと思う?」
 道具箱を下ろして再び兵太夫の前に座るに、兵太夫はがよく見えるようにと設計図を広げる。
「動くだろうけど、たぶんこれ何回か試してみないと使えないね。体重制限の幅があるから、実際やって微調整しないと」
「やっぱり? それ、五年生以上の男子生徒が引っかかるようにしたいんだけど」
「五年……ああ、侵入防止用?」
「うん。女子寮に夜這いに来る男子用」
 にこっと笑うに、兵太夫は一瞬身体の動きを止めた。それから「へえ」と唇の端を上げてを見る。
「なに、もしかして自分用なわけ?」
「まさか。私に忍んでくる物好きなひとなんていないよ。六年生の先輩にね、毎晩毎晩部屋に来る鬱陶しいのがいるから、なんとかしてほしいって頼まれたの。人気のあるひとって大変だよねー」
「ふーん」
「あ、なぁに兵ちゃん、駄目だよ。四年生の兵ちゃんだったらこのカラクリ作動しないかもしれないけど、お部屋に入った途端にボコられちゃうよ」
 心配そうな視線を向けるに、兵太夫はとことんまでに冷たい目になる。
バカじゃないの。俺がそんなことするわけないでしょ、時間の無駄」
「そうだよね、兵ちゃんはもてるもんね」
 にこにこと笑って頷きながら、は自分の設計図に視線を下ろす。その一部を指して兵太夫を見上げ、
「ここも聞いていいかな? 板のしなりを利用するから薄くしないと駄目なんだけど、あんまり薄いと強度が心配だし。なにかいい材料があったら──」

「ん? なに?」
 遮って呼ばれた名前に、は相変わらずにこにこと兵太夫に笑顔を向ける。なにも言わずにただじっとを見る兵太夫に、は不思議そうに軽く首を傾げる。ややあって、兵太夫は途端に興味を失ったように視線を逸らした。
「……ま、いいや。なんでもない。で、どこがなんて?」
「うん、ここなんだけどね──」
 兵太夫の様子に疑問を感じることもなく、はすぐに先ほどのように設計図の問題点を相談し始める。
 休みの日の前日には、は兵太夫と三治郎に許可を取り、よくこの部屋にやってくる。それは随分前からで、兵太夫も三治郎もそしても、この状態に慣れていた。ここにいれば設計図にしろ部品にしろすぐに助言が請えるし、なによりも同好の友と話すのは単純に楽しいのだろう。兵太夫と三治郎の側にいるときのは、いつもにこにこと幸せそうだ。
「ありがとう、兵ちゃん。じゃあこれは今度書き直して持ってくるから、また見てくれる?」
「気が向いたらね。……そういえば、前作ってた釣り天井はどうなったの」
「ああ、あれねー。ほら、忍たまが入学したときにやる恒例の、くの一教室のおもてなし会のときに使おうとしたんだけどね」
 手早く設計図を丸めて風呂敷の中に包みながら、は残念そうな顔になる。
「威力十分ですごく楽しいのに、『さすがに新入生死ぬからやめなさい』って山本先生に止められて使えなかったの」
「ふーん、作るのに時間かかってたのにね。余所で使うんでしょ?」
「うん! 今は空き教室に設置して、男子生徒が引っかかるの待ってるの。こっちに来れるのは上級生以上だし、死ぬことはないよ」
 早く誰かかからないかなあ、とわくわくした表情で、は持参した風呂敷包みからカラクリの一部らしい小さな部品を取り出して机に並べていく。
「兵ちゃんは今からなにするの?」
「さっきの設計図、だいぶ下書きしたから清書するの。机もう使わないなら、後は俺が使うよ」
「はーい」
 兵太夫が先ほど書いていた設計図と新しい紙を並べると、は机に乗せていた部品類を抱えて、床の上に移動する。汚れないように古紙を敷いた上に部品を置いて、そして「お借りします」と丁寧に三治郎の道具箱を拝み、中から錐やら小型の鉋やらを取り出す。
「……ん? 兵ちゃん、このちっちゃな釘どうしたの?」
「あー、それ使ってもいいけど、必要なときだけにしてよね。平太に譲ってもらった特製の釘なの」
「へぇ、これなら小さなカラクリ作るときに便利そうだね」
「使い勝手が良さそうなら、委員会の予算ちょろまかして買おうと思ってさ。お試し期間中」
 当然のように言う兵太夫に、も咎めもせずににこにこと頷く。
「釘だったら、フィギュア作成用予算に組み込めるだろうね」
「そ。だから今は大事に使ってよね。何本かなら試していいから」
「うん、ありがとう!」
 嬉しそうに微笑んで、はさっそく試せる部品がないかごそごそと風呂敷の中を探り始める。と、そこでふと気づいたように顔を上げて、心配そうな様子で外に視線を向けた。
「三ちゃん、随分遅いね? 委員会、長引いてるのかな」
「んー。今日はたぶん帰って来ないんじゃないの。さっき遠くから伊賀崎先輩の悲鳴が聞こえたから」
 設計図に筆を走らせつつ答える兵太夫の言葉に、は顔を曇らせる。
「そっか……いつもの脱走だったら帰って来れないよね……」
 生物委員会の日常茶飯事とはいえ、身近に委員がいるとなおさらにその大変さが理解出来る。兵太夫は手元の設計図を見下ろして、最初から書き直そうかと思案する。想像の上を行く脱走率の飼育小屋だ。もう少し強固な檻にしたほうがいいかもしれない。
「出来れば三ちゃんにも見て欲しかったんだけどな……三ちゃん、明日はきっと疲れてるよね」
 少し残念そうな表情で、は床に広げた部品を一つずつ種類別に分けて行く。その手つきを眺めながら、兵太夫は小さく嘆息して口を開く。
「三治郎に見て欲しいものって、さっきの設計図のこと?」
「うん。兵ちゃんも三ちゃんも、カラクリ作るの私よりずっと上手だから」
「……別にいいでしょ、三治郎なんかに見せなくても」
 兵太夫が言うと、は困ったような笑みを浮かべる。三治郎の道具箱からやすりを取り出して、木製の部品の一つを磨きながら。
「そうだよね、二人に頼らずに出来るようにならなきゃ駄目だよね」
「……そういう意味じゃないんだけどさ」
 勘違いをしているに一応否定してみるが、常日頃からそうであるようにはただきょとんとするだけだ。
 詳しく説明するのは嫌なので兵太夫がそれ以上なにも言わないでいると、はまぁいいかというように微笑んで、再び部品を磨く作業に戻った。








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